防衛都市ニールゲンへようこそ
「此処が、ニールゲン……」
背中に粗末な斧を背負った少年はその巨大な都市を見て、驚きと共に呟いた。
無数の家、永遠に続くかのような大きな壁。
防衛都市と呼ばれる巨大な都市の姿は、少年に僅かな感動をもたらしていた。
「ここなら、俺も生きられる。冒険者なんて、出来るか分からないけど……」
少年には、転生者だという自覚があった。
そう気づいたのはいつからだっただろう。
地球の日本と呼ばれる世界で生きていた記憶が目覚め、全ての歯車がズレた。
前世の記憶に振り回され「意味の分からない事を言う奴」として仲間外れになった。
忘れようとして忘れられるはずもなく、混ざり合った記憶はそれまでの自分を塗り潰し、両親さえ少年を理解してはくれなかった。
悪魔憑きだと言われ始めたのはいつからだっただろうか。
神殿の年配の神官は「違う」と断言してくれたが、それで終わるはずもない。
日々感じる周囲の視線に居心地の悪さを感じる中で、神官は「旅に出るべきだ」と、そう少年に告げたのだ。
薪割りに使っていた斧と多少の金を餞別に、告げられた街の名は防衛都市ニールゲン。
対モンスターの最前線であるニールゲンは、出身を問わない冒険心に溢れた者……すなわち冒険者を広く求めていた。
多少言動が変な程度では誰も気にしない。そういう場所だったのだ。
「おっと、待った」
防衛都市ニールゲンの巨大な門の前で、少年は衛兵に止められる。
「坊主は初めてだな?」
「はい」
「此処に来た目的は?」
「冒険者になる為です」
少年が答えると、衛兵は「うーむ」と声をあげる。
「キツいなんて言葉じゃすまないぞ。すぐ死ぬ奴だっている」
「覚悟の上です」
それしかない。だからこそ少年がそう答えれば、衛兵は小さく溜息をつく。
「子供が死ぬのはあまり見たくないんだがな。まあ、いつでも人手不足だ。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「しっかりした子だ。ここに来る子供は大抵荒んでるか無駄に希望に満ちてる目をしてるもんだがな」
まあ、そうだろうなと少年は思う。
神父には色々と良い事を吹き込まれたが、モンスターと戦うなんてマトモな仕事であるはずがない。
モンスターを切るのを木を切るのと同じと思っていたか、あるいは死ねと思われていたのか。
まあ、単純に好意であったと信じていたいと少年は思う。
そして、そうであるならば。
「それで、少年。名前は?」
「キコリです」
そう名乗ろうと、少年は決めた。
木こりが木を切るように、モンスターを斬って生きて行こうと。
衛兵はキコリの名乗りに軽く頬を掻くが……やがて何かを書き込むと木札を1枚、キコリへと渡す。
「防衛都市ニールゲンへようこそ、キコリ。頑張って生き残れよ」