第1話 Wake up
俺の名は「踊る大パパイヤ鈴木ぽんぽこりん」!
通称「鈴木」!
アニメが大好きな33歳独身、魔法使い!
ある朝、異世界転生を試みて駅のホームから電車に飛び込むも、普通に失敗。
結果として自殺した形となってしまう。
かに思われたが!
マジで故意死す0.5秒前、時が止まって九死に一生を…。
あれ…何だっけ…?
俺は確かあの時、電車と衝突してミンチになったはず…。
一体何が起きてる?
それに何だこのモヤモヤした感じ…。
さっきまで誰かと話していたような奇妙な余韻。
駄目だ。全く思い出せない。
線路に飛び込んだ後に何が起きたのか、それを思い出そうとすると意識が混濁してしまう。
まさか、夢だったのか?
それにここはどこだ?
俺は宙を見上げる形で横たわっていた。
知らない天井だ…。
いや、厳密に言うと全く見たことがない天井という訳ではない。
トラバーチン模様の天井。
オフィスや学校でよく見かける天井だ。
そういえば、オフィスで残業して深夜1人になった時に、何度も仰ぎ見た天井もこの模様をしていたっけ。
そんな訳で、俺はこの天井をよく知っている。
でも、この空間を俺は知らない。
「………」
「成功したのか…異世界転生…?」
電車に飛び込んで、身体がぶっ飛び、タコみたいに捻じ曲がった四肢を目の前で見た時には、異世界転生の失敗を悟ったのだが、どうやら俺はまだ生きているらしい。
だが、まだ意識も朦朧としており、状況が整理できないでいる。
となれば、状況観察を継続する他あるまい。
そうすれば、きっと一つの真実が見えてくるだろう。
俺は仰向けになったまま眼鏡をグイッと手で押し上げ、現場検証を始める。
まずは、俺を囲い込むようにカーテンが引かれている。
そして、俺が横たわっているのは、感触から判断するにベッドの上らしい。
仄かに薬品やアルコールの臭いもする。
ここは病院か?
やはり転生は失敗したのだろうか。
ホームから飛び込んだ後で病院に運ばれ、そこで治療を受け、たった今、目を覚ましたということだろうか?
だが、それにしては若干の眠気はあるものの、体は割とピンピンしている。
寧ろ、肩の凝りや腰の痛みも取れて、背中に羽が生えたような軽やかさすら感じる。
おまけに二の腕や太腿、腹回りの贅肉が綺麗さっぱり消えているではないか。
おかげで、豚みたいな体型だった俺の体がまさに「萎んで」見えるほど。
あんなにズタボロで、文字通り首の皮一枚繋がったような状態の肉体が、治るどころか以前にも増して健康的で若々しく蘇るなんて、いくら医療技術が進んだ現代とは言え考えられないことだ。
一体何が起きている?
俺は既に死んでいて、ここは天国なのだろうか?
しかし、俺は天国に行けるような徳を積んだ覚えはない。
寧ろ俺の生前の行いを鑑みれば、地獄の方がお似合いだろう。
とは言え、ここが地獄だとすればあまりにも穏やかだ。
カーテンは木漏れ日を受け、時折窓から吹き込む微風はヒラヒラとそれを揺らしている。
耳を澄ませば、遠くの方で鳥の囀りさえ聞こえてくる。
こんな地獄もあるのだろうか。
そんなことを思っていると、ガラガラッという引き戸を開ける音とともに、誰かが部屋に入ってくる。
足音は一直線にこちらへ近づき、俺を囲うカーテンに人影が映る。
「開けるぞー」
そんな若い男の声が聞こえてくる。
それは明らかに、ここにいる俺に対して向けられたものだった。
「はっ、はい!」
俺は反射的に返事をした。
あれ?俺ってこんな声だっけ?
その影は返事をするや否や、カーテンに手を伸ばすと、さっと勢いよくそれを開ける。
開かれた幕と共に蛍光の太陽が俺の網膜を突き刺す。
「うっ…」
眩しさのあまり声にもならない声を上げる。
ぼんやりとしていた視界は次第に鮮明になる。
影の正体。
そこに立っていたのは、長身のほっそりとした青年だった。
20代後半ぐらいの爽やかな男。
緩くパーマをかけて波打つ髪が特徴的。
少し大きめの黒眼鏡は所謂ボストンフレーム。
服装はグレーのスーツで、中に茶色のベストを着ている。
鮮やかな緑のネクタイが爽やかな空気を呼び込んでいる。
きっちりとした印象で、すごく清潔感がある。
モテる男の特徴としてよく言われるあの清潔感とは、このことを言うのだろう。
「どうだ?体調は?」
「ま、まあまあ、死んだ割にはピンピンしてますよ…」
「死んだ?何を言ってるんだ?」
「バドミントン中に死んだ奴なんて見たことないから安心しろ!」
男は笑いながら優しい声でそう言った。
「やっぱりまだ、安静にしていた方が良さそうだな」
「鈴木は2組だから…ちょうど5限は俺の現文か」
「よかったな、次の授業の間もゆっくりしてて良いぞ!」
「どうせ今日は鮎川信夫の『死んだ男』の復習だ」
「現文が得意な鈴木には退屈な授業だろうて」
「保健室の先生は午後から出張中らしいから、もし何かあったら、遠慮せずに職員室まで来いよ」
「ホームルームの時間になったらまた来るから」
「それまでごゆるりと」
そう言い残して去ろうとした男は、はっと何かを思い出したように再びこちらを振り返った。
「あと、王寺にも後で礼を言っとけよ」
「バド中に倒れたお前を背負って、ここまで運んでくれたそうだからな」
じゃあなっと右手を軽く上げて俺に挨拶をすると、その男はやはり爽やかに去って行った。
まるで嵐のような一瞬の出来事に、俺の思考は少しの間フリーズした。
ふぅ…。
俺は一つ深いため息を吐く。
「状況が飲み込めない。」
「一体どうなっているんだ!?」
そう思うのが普通の人間だろう。
だが、俺は違う。
こういうシチュエーションはアニメで履修済みだ。
先程のあの男との会話、いや会話と呼ぶにはあまりに一方的な男の発言から察する事実は幾つかある。
まずは、一つ。
これは、あれだ。
俺が思っていた異世界転生モノじゃない。