ぶーちゃんと天使
私は天使の様だと褒められて生きてきた。
三歳の頃、七五三の写真を撮る時にカメラのシャッターを切る女性が、母に私を芸能界に入れる事を勧めた。
小学校に入学した時の初々しい写真は自分でも見惚れる程可愛かった。
中学に入学して一年が経った今は、地元のアイドルとして持て囃されていた。
この顔のおかげで何も困った事はなかった。
だけど、私には最近悩みが出来た。
中学校への通学路にいる一匹の猫が、私を日々困らせてくるのだ。
「今日もいるわねっ」
仏頂面でちょっぴりおデブさんな灰色の猫が、これみよがしに私の前を八の字を書く様に歩く。
「もうっ。仕方ないわね」
私は腰に手を当てて怒って見せ、しゃがみこんで猫を呼ぶ。
「おいでっ」
すると仏頂面で大きな欠伸をすると、私の手に頬をすりすりと当ててきた。
その流れで顎の下をカリカリとかいてやると気持ちよさそうにゴロゴロと音を立てて、この時は仏頂面な顔も目を細めて「ニャア〜っ」と鳴いたりする。
それを止めると、少ししてからもっとしてくれと私の顔を見つめるのだ。
「ぶーちゃんったら仕方ないわね」
こんな切なそうな表情で見つめられると、止めようにも止める隙を逃してしまう。
「ニャアァア〜」
「か、か…っわかいいっ‼︎」
ぶーちゃんの耳の裏をぐりぐりとマッサージしてやると、「そこそこ、そこだにゃ〜」と言っている様に鳴くのだ。
「お客さんここですかにゃ?」
今度は両頬を優しくかいたり、少し強くかいてやったりする。
「ニャ、ニャア〜っ」
頭をブルブルと振って、ぶーちゃんは顎をかくようにまたせがむ。
「ぶーちゃんはワガママさんね」
悪態をぶーちゃんに吐いた私だったが、顎をかいてくれと如実に言っている仏頂面な顔がどうにも嫌いになれないのだ。
それどころか最近はこんな顔が可愛いと思い始めている自分がいる。
「気持ちいいかにゃ?」
顔を覗き込む様に、私はぶーちゃんに顔を近づける。
猫なので何も答えてはくれないが、ぶーちゃんはゴロゴロと音を立てる。それも気持ちよさそうに。
最近知ったのだが、ぶーちゃんは顎の下をかかれるのが好きなようだ。
「あっ⁉︎また遅れちゃうわ‼︎」
立ち上がった私は、登校中である事を思い出して慌ててぶーちゃんにバイバイする。
「もうっ。ぶーちゃんが可愛いからっ」
私は天使と褒められて生きてきたが、今欲してやまない天使の羽は背中にも体の何処にもない。
駆ける私は中学までの道のりを、艶やかな黒髪を揺らして全速力で走った。
いつもこんな感じでぶーちゃんの事を愛でていると、中学に遅刻しそうになるのだ。
でもこんな毎朝が苦だと思わない。
私のちっぽけな悩みは明日も続きそうだ。