贈れなかったバレンタイン
切なさと共に机の引き出しに仕舞い込んだそれは、三月の卒業と共に再び日の目を見る。
(…………)
やりきれない想いが募り一度は手に取るも、やはり踏ん切りが付かず再び引き出しの中へ。
(卒業したらアイツとも滅多に会えないな……)
面と向かって素直に自分を出せない彼女は、努めてがさつな女を演じてきたが、今更乙女な一面を見せることが出来ずに明日の卒業を最後に、あの晴れやかな思い出たちと別れを告げなくてはいけない…………
──ギュッ……
明日が最後のチャンス。そう自分に言い聞かせ、もう一度引き出しから小さなチョコレートの包みを取り出しスクールバッグへと忍ばせた。
「先輩、おはよーッス!」
「おはよう! もう私と会えなくて清々するんじゃないのかぁ?」
「ハハハ」
「あっ! コイツ笑いやがったなぁ!」
後輩の肩を組み、いつもと変わらぬ挨拶を交わすも彼女はこっそりと乙女心の詰まった包みを後輩のスクールバッグへと押し込む。
やるべき事はやった。そう彼女は自分を褒め称え今日の卒業を迎えるのだった。
卒業式では友人が最初から泣き出し、自分の名前が呼ばれる頃には貰い泣きで真面に返事が出来ずに居た。
「……浪江晴香」
「は、はび!」
酷い鼻声で返事をし恥ずかしさと切なさで顔を覆い隠す。お決まりの仰げば尊しは、その日だけは何故か涙が止まらなかった。
式が終われば恩師達に挨拶をして回り、友人達と共に記念撮影。
帰り際、期待感が無かった訳ではないが、少しだけ後輩が何処に居るのか気になった……。しかし姿が見えず彼女は仕方なく友人達と家路へと着いた。
(さてはアイツ鞄開けてないな……)
教科書ノートは全て置きっぱなしの空鞄。ましてや弁当無しの卒業式の日に律儀に鞄を開けるような後輩ではないことは、彼女は当然知っている。
幸い後輩は彼女の家を知っている為、何かあれば自宅に訪れる事は可能だ。……何かあれば…………だが。
さして月日は三月十四日になり、世間はホワイトデー一色に染まった。
彼女は流石に今日は何かあるだろうと、少しだけオシャレな服を選び鏡の前でウキウキとした。
……が、彼女の期待を裏切るかのように、その日後輩が訪れる事は無かった…………。
(…………)
どうせ私なんか……と心の中で諦め、拗ねるように早々と就寝する彼女。チョコレートにはメッセージカードも添えてあり、誰が贈ったかは明らか。流石に今日の今日まで鞄を開けていない筈は無いと、彼女は乙女心に傷を付けられたような気持ちになった…………。
「愛しのアホへ―――Dear晴香」
その包みを開けてしまった事を酷く後悔するも時既に遅く、どうしたものかと遠藤遥は頭を抱えた……。
(どうして晴香先輩のチョコが私の所に……!?)
幼馴染みがホワイトデーのお返しに、安売りしてるバレンタインのチョコを大量に買っていた事は知ってはいたが、まさか本命チョコを開けずに人様に渡すアホだとは思いもしなかったのだ。
素直に返すべきなのだろうが、その恋心を知ってしまったバツの悪さに、遥は何ともやりきれない罪悪感に襲われた。
「コレ……」
次の日登校前にこっそりと幼馴染みへチョコを返した遥。勿論なるべく包みを丁寧に戻し、メッセージカードは目に付くように一番上に挟み込んだ。
「ん? 昨日あげたやつじゃん…………お?」
メッセージカードに目が行った幼馴染みは、カードを開き一目見てニヤニヤと笑った。
「お前俺の事好きだったのかよ!?」
幼馴染みのアホさ加減に、遥は開いた口が塞がらなかった。そして本来の贈り主の気持ちも知らないでヘラヘラしている幼馴染みが急に憎たらしく思えてきた。
「返しなさいアホ!!」
バッとチョコとメッセージカードを奪い取ると、遥はその日学校をサボって何処かへと出掛けた。
──ピンポーン
「はーい」
玄関がゆっくりと開き、晴香が驚いた顔で辺りを見渡した。
「あれ!? 遥ちゃん今日学校は!?」
「……それが…………」
遥はスッとチョコとメッセージカードを晴香に見せた。晴香はとても驚いたが、遥の説明を聞き軽く笑い飛ばした。
「ハハッ! あのアホはろくに確認しないで買った覚えのないチョコを他人に渡した挙げ句名前が一緒だからって遥ちゃんが告白しに来たと思い込んだのか! 漢字が違うだろっつーのに!」
あっけらかんと笑い飛ばす晴香に、遥は一先ず安堵のため息を漏らした。
「先輩、やっぱり高二の男はガキ臭くてダメですね。先輩にはもっとイイ男が見付かりますよ!」
「ふふっ、そうだと良いな!」
「あっ、先輩これからスイーツバイキングにでも行きませんか?」
「良いね! 行こう行こう!」
こうして二人の乙女は憂さ晴らしにスイーツバイキングへと出掛けたのであった…………