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雪の蝶  作者: Ppoi
3/4

やさしさの詩

大好きだったんだ。

大好き過ぎて他のことがどうでもいいくらい。

それなのに。

僕の気持ちはもう届かない。

伝えるべき人がいないから。


「おはよう」

彼女の名前は川井詩子。

「おっおはよう」

僕の名前は更家明。

この前、彼女は僕の彼女になった。

ずっと好きだった。

その思いをどうにかしたくて、もう抑え切れなくて、告白した。

なぜか、彼女は赤くなって「返事は明日」なんていうから断られるのかと思った。

それなのに、私もあなたのこと好きだったから、どう言おうってすごく考えてた、と言った。突然だったから言いたいことがまとまらなかった、とも言った。

その後の笑顔が綺麗で、なんで返事をするのに時間がかかったのかなんて気にするのも吹っ飛んでしまった。

そんなことを考えていたらいつの間にか時間がたっていたようだ。

「どうしたの?」

自分が赤面するのがわかる。

「明っておもしろい」

彼女が笑う。

それだけで嬉しくなる。

「ええ、そうかな?」

僕は照れ笑いをした。

あったかい。

一緒にいるだけで心があったかくなる。

学校の廊下でそんな短い会話をするだけで、僕は幸せだったんだ。


「私たち十六歳になっちゃったよね。将来のこととか考えてる?」

彼女は僕だけにそんな顔を向ける。

控えめで静かに笑っていて、上品で。

そんなイメージだったのに、全然違った。

あれは猫を被ってるのよ。家が厳しくて。

なんて言われた時、僕はうれしくなった。

僕には素の顔を向けてくれてる、ってわかったから。

「そうだね。詩子ちゃんは何か考えてる?」

「ぜ~んぜん」

唇をとんがらせた。

僕も彼女も椅子に座っていて机を挟んで向かえ合っている。

それだけで、もうドキドキする。

「というか、幸せな老後を営めたらいいな、しか思い浮かばない」

爽やかに笑った。

胸がドキリとする。

「そっか。老後は大事だよね」

「なんでそんな本気で答えてるのよ」

堪え切れないように笑い出す。

「明はなにかあるの?」

「僕? そうだな…思い浮かばない。どうしよう。まだ全然やりたいことがわからないや」

「明は本当に面白い。今からそんなことが決まってる人なんてそうそういないわ。だから、そんなに困った顔しないで」

笑われて、また自分の頬が熱くなるのがわかる。

彼女も笑いすぎて涙が出ているようだ。

その涙は綺麗すぎて、戸惑ってしまった。

秋の夕暮れをバックにした放課後のおしゃべり。

その一瞬は僕にとって宝物になった。


放課後教室で話たり、手をつないで一緒に帰ってたり、馬鹿な話をして笑ったりした。

僕は幸せだった。きっと、世界中の誰よりも。

これから起こることを予想できるはずもなく。


「転校?」

僕は聞きかえす。

「なんで突然!」

朝行くと彼女が休みだった。

「私に言われても困るわ。本当に突然決まったことらしいのよ。こちらも、行き先とか連絡先を教えてもらっていないの」

担任の榊先生は困った顔で僕を見る。朝、言ったのだ。川井詩子が転校したと。

直感した。この人は知ってる。知ってて隠してる。行き先を知らされてないわけない。

何か原因があるんだ。僕には言えないような……。

悔しかった。僕がもっと大人だったら……。

そんな思いばかりが頭をよぎる。

どうして?

どうして何も言わずに行った?


僕は何も考えることができずに過ごしていた。

今、自分がどうやって生活していたか覚えていない。


ある日、手紙がきた。

彼女が転校して、五ヶ月たった頃だった。

手紙を開けると桜の花びらがヒラリと落ちた。

詩子ちゃんの字が目に入る。懐かしい。

ふっと、胸に湧き上がった気持ちは

「会いたい」

というものだった。

激しくて大きすぎる願いだった。

僕はその願いを胸にしまったまま、郵便ポストの前で手紙を読み始めた。

明へ


元気にしてた?

私、明に会えて良かった。いつも明のこと考えてたんだよ。

明に初めて会ったのも桜の咲いていた時期だったよね。桜の花びらを同封するね。まるで、昔に戻ったみたいじゃない?

思い出すよ。明は初めて会った時、桜を見るために上を向いて歩いてて、転んでた。

私はそんな明を見て、正直笑ちゃった。入学式の日なのに、転んだせいで制服がドロドロになっちゃって途方にくれてる明をみたら、なんだか放っておけなくなっちゃったよ。だからハンカチを差し出したんだ。

そしたら、明、めいっぱい笑顔を私に向けたよね。一瞬で心奪われちゃった。

大好きだったんだよ?

うそなんかじゃないよ?

いきなり、いなくなってそんなこと信じてもらえるとは思ってない。だけど、私、本当に明のこと好きだった。

今更、こんなこと言うの、ズルイよね。

だけど、言わずにはいられなかった。


明がこの手紙を読んでいる時には、もう……。

もう、私はこの世にいないでしょう。


明と付き合っている時からわかってたの。

どうして、告白されたその日に返事をしなかったと思う?

知ってたの。自分がもう長くないことを。

だけど、私、本当に明のこと好きだったから、死ぬまで一緒にいたかった。

そう、一緒にいたかったの。

ダメだった。若いから癌の進行が早くて止められなかった。

明にも、言う暇もなく、私は病状が悪化して遠くの病院に入院することになった。

榊先生にはそのことを皆に言わないでってお願いしたの。だから、黙っていた榊先生を恨まないで。


明、私のこと忘れないで。私がいたことを忘れないで。

明だけは忘れないでいて。

私と過ごした時間を。


私の夢、明が叶えて。




涙が零れた。

詩子ちゃんが苦しんでる時、僕は何をしていたんだろう?

死ぬ気で探せば、詩子ちゃんが入院している病院を探せたかもしれない。

本気で探せば、詩子ちゃんに会えたかもしれない。

手紙に入っていた桜は色あせて茶色くなっていた。それだけ時間が経ったのだ。


雪が降ってきた。

もう、そんな季節になっていたんだ。


会いたい。

もう一度、詩子ちゃんに会いたい。


ヒラリ。

雪がまるで意思をもったかのように飛んでいた。

蝶みたいに。

そんな訳ない、僕は被りをかぶった。

それなのに、雪は蝶のように僕の方に向かってきた。


そして、信じられないことが起きた。

蝶は詩子ちゃんになったのだ。色素は薄かったけど。

そして、思い出と変わらない笑顔を僕に見せた。

「詩子ちゃん……?」

僕は半信半疑ながらも、その白い詩子ちゃんに向かって歩いた。

手を伸ばす。

白い詩子ちゃんはヒラリとかわし背を向けて走りだした。

僕は追いかけた。

必死で追いかけた。

追いつかない。まるで遊ばれているように一定の距離を保ったままだ。

そして、気づかなかったのだ。僕は。

そこが道路だということに。

右からトラックがきているということに。

走馬灯のように流れる思い出。

最後に見たのは、白い詩子ちゃんの笑顔だった。




口が動いていた。

「さようなら」




衝撃と共に僕の意識は終わった。

二度と始まらない終わりへと。

自分で書いておいて、結末に衝撃です。

2005年2月、13年前の私は何考えてたんでしょう。

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