マイト、村長の本当の陰謀を知る
故郷の村を離れて一年半の時が過ぎた。
束の間の旅行気分で村を出た俺だが、隠れ里でも色々あってなかなか離れることができなかった。
しかしこの日、ようやく俺は故郷の村へと戻ってこれたのだ。
去った時と違うのは荷物を持った鞄の代わりに一人の赤ん坊を抱いていること。
そして心も体も憔悴しきっていることだろう。
ただそんな疲れ果てた俺に対して母や義姉さんは優しくなかった。
実家に帰るや否や村の集会場へと連れてこられたのだ。
一緒に来た母や義姉さんは何も説明してくれず、少し離れた場所で俺から取り上げた赤ん坊を可愛がっている。
この状況について説明してくれるのはいつもの通り村長のようだ。
いつかの山小屋と同じような座席配置で、俺と村長が向かいあって座り、そこから少し離れた場所で車座で他の村人達が座っている。
主役は俺と村長で他は観客といった配置だが、その観客と思しき人々に違和感を覚えた。
何故かそれなりに若い女性しかいないのである。
メナスさんの隠れ里いる半年の間に紆余曲折あって、軽い女性恐怖症を患ってしまった俺としては非常に居心地悪い空間である。
「ほっほっほっほ。まずはよう帰ったの~マイト」
「ありがとうございます」
帰ってきて有無をいわさずいきなりこの場に連れてこられて動揺していたが、村長の変わらぬ高笑いに少し安堵した。
一番油断ならないのもこの爺さんであるのもまた事実なんだけど。
「して、あの赤子は?」
村長が今は義姉さんに抱かれている俺の連れてきた赤ん坊を指さす。
「俺とナンシーの子供です」
そう、あの赤ん坊は隠れ里についてほとんどすぐに結ばれた、俺とナンシーの子供だ。
つまり……
「うむうむ、予定通りじゃのう。良くやったマイト! わしもこれで曾爺さんか」
そうこの村長の曾孫ということだ。
心底嬉しそうな様子で俺の子を見ていることから歓迎されているようでほっと胸をなでおろした。
彼女の家族とも仲が良かったとはいえ、一切連絡せず結婚して子供まで作って帰ってきたんだ。もしかしたら反対されるかも……という考えは杞憂に終わったらしい。
しかし……予定通り……か。
「一年半前、村長達との別れ際に子供のことをやけに強調してましたけど……こうなることまで見越してましたね?」
「ふむ。まあ少し希望的観測も含んでいたがのう。クレアの件と同じで、ナンシーの気持ちは村中の者が知っておったから……」
おぬしを除いてのう。
そう意地の悪そうな顔で呟く。
その嫌味な言い方に反論したいところだが、全く間違っていないだけにぐうの音もでない。
隠れ里で暮らし始めてすぐにナンシーに言われたのだ。
「ようやく何の遠慮もせずに言えます。マイトお兄ちゃん……ずっと前から好きでした! 私と結婚してください!!」
そう言われて初めてナンシーの気持ちに気づいたのだ。
それまでは幼馴染の兄に対する兄妹愛みたいな感情だろうと思っていた。
とはいえ、元々女性らしく育ってきた彼女には異性を意識し始めていたし、昔から大事にしていた妹分。
二つ返事でその申し入れを受け入れた。
そこからの隠れ里での一年間は二人の子供、今ここにいる赤ん坊のレナシーが生まれたこともあって本当に幸せな時間だった。
「あの状況からナンシーを助け、想いを成就させてやるためにはああするしかなかったとはいえ、おぬしには苦労をかけておる」
「いえ、俺もナンシーと結ばれたことに後悔はありませんから」
「じゃが今の境遇にはかなり苦労しておるじゃろう?」
「もしかして村長は隠れ里での今の俺の状況について何か知っているんですか?」
言い回し的に明らかに何かつかんでる口ぶりである。
「まあ……のう。ナンシーを隠れ里に住まわせる条件として色々とメナス殿と話し合っておったからのう」
「はあ……村長。そのあたりを含めていい加減全部教えてもらっていいですか? 今の状況から何となくはわかっていますけど……さすがにもう俺には全部聞く権利がありますよね?」
「そうじゃな。今のおぬしの状況は男として羨ましさを感じんでもないが……おぬしのその酷い顔色を見ると同情せざるをえんわい」
本当に気の毒そうな目で俺を見た村長はぽつぽつと話し出した。
メナスさんのいる隠れ里は洞窟を抜け山に囲まれたところにある。
人口100人弱のここより小さい村はある一つの決定的問題を抱えていた。
それはそこに住む人のほぼすべてが女性であるということだ。
なんでも彼女達の種族、羊角族が交配して生まれてくる性別はなんと100%羊角族の女の子であり、出産を行う場合絶対に多種族の男を必要とするらしい。
必然として常にどこかから交配可能な男性を連れてこないと数を減らして滅びてしまうのである。
この近辺ではその交配可能な男性は俺たちの村から迎えるしかないわけで、それゆえ非定期に生贄という形で里に迎えているわけだ。
しかし長らく生贄を迎えていなかったので、隠れ里に残っている男性は最早枯れ果てた爺さんが3人しかいなかった。
「……そんなわけでちょうどメナス殿は若い男を求めておった。ナンシーを受け入れるのは良いが、一緒に若い男を里に住まわせるのが条件じゃとな。孫娘の想い人に種馬の役割を押し付けるのは酷だと思うたが、若い男じゃし? はぁれむだと喜ぶかと思って今回の計画を実行したんじゃが……ちとしんどいか?」
どうやら村長はわりと真面目にいけると思っていたようだ。
「いやいや、100人を俺だけで相手するんですよ? 最初の一年は男の子が欲しかったみたいで嫁であり、人族であるナンシーを優先して手出しされませんでしたけど……レナシーが生まれるや否や自分の子供を産むという欲求が抑えくれなくなったようです。ここ半年は水も出せなくなるまで一日中搾り取られてますよ……はははははははははははは……はあ~」
村長の話を聞きながら、自分の近況を説明していると思わず渇いた笑いと盛大な溜息がセットであふれ出た。
毎日毎日睡眠以外のほとんどの時間とっかえひっかえ襲い掛かられ、女性に対する恐怖心が芽生えるまでたいした時間はかからなかった。
食事こそ村にいた時よりもかなり良いものを食べさせてもらえるし、ナンシーやレナシーとの時間も優先的にとらせてもらえるが、性交に関してのみは一切の手加減がなかった。
最初のうちこそ羊角族の女性は美人ばかりで村長の言う通りハーレムだと思ったが、日がたつにつれどんどんと心も体もどんどんと消耗していった。
いかんせん人数が多すぎるのだ。
そんな生活を半年も送るころには今の憔悴しきった俺が完成した。
メナスさんの試算によると他種族ゆえ妊娠しづらい羊角族の女性達はまだ数人しか妊娠しておらず、この地獄の性交生活は運よくいっても30年ほど続くらしい。
だがこのままだと俺の寿命を縮める可能性が高いので、休息を兼ねて今回の里帰りと相成った。
一応は彼女達も俺のことを考えてくれているのである。
ただただ子供が絡むと猛獣になるだけで……
本当ならもっと早く帰ってくる予定であったが、ナンシーが身重になったり、羊角族の女性達の暴走もあってかなり遅くなっていたので、タイミング的には丁度良かった。
ちなみにナンシーはまた身重の体になっているために留守番である。