マイト、村を出る(半強制)
先程まで、悲しんだり慌てていた様子が嘘のように普段通りの高笑いを上げる村長。本当に役者である。
「では、我々は予定通り村に戻り連中の監視をします」
「うむ、頼んだぞ」
村長との短いやり取りの後、村長夫妻に母さん、義姉さんを除いた村人達はクレア達と同じく村の方へと去っていく。
しかしその去り際に皆俺に対して、
「元気でな」
「身体に気を付けてね」
「ほとぼりが冷めたら里帰りしてくるんだよ?」
本当に俺が村から出ていくかのような別れの言葉をかけて去っていくのだ。
「どういうことですか?」
じろりと残った村長を睨み問い詰める。
間違いなくこの人が企みが絡んでいるはずだ。
「ほっほっほ。あんな手紙を書いた後、おぬしが何事もなく村に戻るわけにもいくまい?」
「あの手紙はクレアの本性を知るために必要だといって村長が俺に書かせた嘘の手紙でしょうが!」
俺はここで俺の知らないクレアの真実を知れると言われた。
そのための小道具として必要だと村長が言うので先程のような手紙を書いたのだ。
手紙の効果は確かにあって、実際にクレアを始め、村の若い男達が俺に隠していたものを知ることができた。
俺が村長から聞いている今回の計画とやらはここまで。
だから村から出ていくとかそんなことは全く考えていなかった。
本当に出ていかないといけないのだろうか?
「先程のクレアの様子を見てどう思った? わしらの言ったことは間違っておったか?」
唐突な質問だった。
そしてその質問に対するこちらの答えもわかっているのだろう。
村長が自身ありげなドヤ顔で詰め寄ってくる。
「くっ、たしかに村長達が言ってる通りでしたね」
「ほっほ。おぬしの父や兄、そして友人達の態度も酷いものじゃったろう?」
「はい、信じたくないぐらいに」
図星を突かれ俺は下を向き、声のトーンも幾分低いものになる。
俺が出て行ったと聞いたときの男達のあの様子には心底傷ついていたのだ。
どうやらクレアと相対しながらもしっかり他の連中の様子も観察していたらしい。
「ふむ、さすがにこれは失言じゃった。すまんの」
察しのいい村長は俺が本気で傷ついているのに気付いたのだろう。
ドヤ顔を引っ込めて真面目な様子で気遣ってくれた。
「じゃがおぬしの父や兄、友人も結局はクレアの影響でおかしくなっておるにすぎん。クレアから離れればきっとまた違った反応をしたはずじゃ」
「……そうだと信じておきます。ありがとうございます」
普段は飄々として人をからかうような態度をとっているが、こういう本当に人が傷ついている時には励ましてくれる。
周りの人間がこの人を評価する理由が何となくわかった。
やはりこの人には頭があがらない。
「ほっほっほっほ。よいよい。元はといえばおぬしを出汁に使わぬとクレアをどうにか出来なかったわしら大人が悪いのじゃからな」
「そうよ、マイト。親であり家族である私が止めることができなかったのが一番悪いんだから……本当にこんなことになってごめんなさい」
今まで俺と村長の会話を黙って傍で聞いていた母が俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
「でも本当に一番酷いのは父さんとライトだからね。息子や弟だけでは飽き足らず、嫁にまで迷惑をかけてるんだから」
耳元で母さんはそこは間違わないでねと、悪戯っぽく囁いた。
「嫁?」
迷惑をかけられた嫁というとこの場合……
母さんから視線を義姉さんの方へと移す。
こちらを見ていた義姉さんは俺と目が合うと恥ずかしそうに切り出した。
「えへへ、別にそんな酷いことをされたわけじゃないんだよ?」
「嘘おっしゃい! マイトの見てないところでクレアに虐められて、ライトに暴力を振るわれて……」
自分から言いそうにない義姉さんを慮って母さんが教えてくれた。
「たまにクレアと二人が揉めてたのは知ってたけど……そんな酷い話だったんだね?」
ただの親子喧嘩とか兄離れできない妹の心境とか、軽く考えていてごめんなさい。
「はあ……クレアが隠してたってのはあるけど……あんたはもうちょっと周りに気を配りなさい」
俺の言葉を聞いて母は盛大に嘆息した。
母曰く、どうやら義姉さんはクレアに陰で虐められたあげく、それを兄さんに相談すると今度は兄さんから暴力を振るわれ、親父からは無視されるという最悪の状況に陥っていたらしい。
俺と話す時はいつも微笑んでいた義姉さんがその裏でそんなことになっていたとは……
「気付いてあげられなくてごめんなさい、義姉さん」
母から離れて義姉さんに頭を下げる。
「わわっ!! マイト君は全然悪くないんだから頭をあげて!」
俺に頭を下げられた義姉さんはわたわたと手を振って取り乱している。
謝るなと言われても、ナンシーちゃんと並んで……いや、家でも一緒だった分、それ以上に妹の被害を受けていた義姉さんに対してクレアの兄として、ついでに兄さんの弟として謝らないわけにはいかない。
「ほっほっほっほ。謝罪合戦はそのあたりにしておこう。被害者同士がそんなことをしていても不毛なだけじゃからのぅ」
見かねた村長が場をまとめてこの話は手打ちとなった。
「さて、先ほども言ったがあの手紙に書いてもらったように、マイトにはしばらく村から離れてもらいたいのじゃ」
村を出ていく件はどうやら冗談ではなかったようだ。
「しばらくって……ここから一番近い村でも片道二か月以上はかかりますけど……野宿でもするんですか?」
ここから一番近い人里までの道のりは、山を幾つも越え、魔獣や野盗がひしめく危険地帯を越えた先にある。
一人旅ははっきり言って自殺行為以外何物でもない。
それこそ手紙に書いてあったように責任を取る行為といって納得できるような危なさだ。
少し前に出て行ったアンディ兄ちゃんはいったい何を考えて出て行ったのか……
しばらく村から離れるだけならまだ近隣の森で野宿でもした方が生存確率は高い。
「いやいや、もっと近くに良い場所があるじゃろう?」
「え? そんな場所ありましたっけ?」
この山小屋だろうか?
さっきクレア達も来て周知されてしまったのでそれはないか。
じゃあどこだろう?
「ほっほっほっほ。おぬしが今日行った悪魔の洞窟の先。メナス殿達の隠れ里じゃよ」
「ああ、そういえばそんな場所があるってさっき言ってましね」
たしかにあの洞窟のある場所なら村から近い。
それに人里なら安全である。
「でも、あんなに近いとクレア達に見つかったりしませんか?」
あの分だと間違いなくクレア達は俺を探すだろう。
そうなればあの洞窟に足を延ばす可能性は十分にある。
「実際にいってみるとそう思うのも最もじゃ。だがあそこにはメナス殿が常人を寄せ付けない結界魔法を幾重にも張り巡らせておる場所でのう。普通の人間にはあの洞窟を見つけるどころか近づくことさえできないようになっておる」
どうやら知らない間に生まれて初めての魔法に接していたらしい。
まったく気付かなかった。
魔法なんて魔族や王都の一部の偉い人しか使えない凄い現象という知識しかないけど……
「でも俺は普通に洞窟を見つけられましたよ?」
適当に走り回ったらすぐ見つけられるぐらい開けた場所だった。
「ほっほ。それはわしが事前にメナス殿におぬしが訪ねることを伝えておいたから魔法が解けておったのじゃよ」
なるほど。だからあんな都合よくメナスさんが出迎えてくれたというわけか。
「ほれ、納得したならはよう行け。他の皆が監視についておるとはいえ、クレア達がここに戻ってこんとは限らんからのぅ」
村長がそういうと俺の目の前に見覚えのある鞄が差し出された。
「マイト君の荷物はこの鞄にまとめておいたから」
先ほどから気になっていたが、何故か義姉さんが俺の鞄を持っていたのはそういうことだったらしい。
つまり俺が村を出てメナスさんの隠れ里に向かうという流れは元から規定路線らしい……俺の意思に関係なく。
いや、まあ行くのは問題ない。
気持ちの整理をつける意味でも村から離れたいからだ。
だけど……こうなんというか追い出されるみたいで嫌な気分。
「ええっと、ありがとう。義姉さん」
釈然としないものがあるが、まったく悪気がなさそうに微笑む義姉さんに何か言うわけにもいかない。
指示をしたであろう村長には何を言っても無駄なので結局何も言えずに鞄を受け取る。
「じゃあ、身体に気を付けてね」
「孫ができたらちゃんと顔を見せるんだよ!」
「ほっほっほ。わしも曾孫が楽しみじゃわい」
「はあ? それじゃあ行ってきます」
母さんと村長が訳のわからないことを言っていたので適当にスルーして、唯一まとな見送りの言葉をくれた義姉さんに別れの言葉告げて、俺は束の間の旅行気分で故郷を後にした。
別に具体的な期限を言われてないので三か月から半年ぐらい離れていればいいだろう。
後になって、俺はこの時点でもう少し村長と母の言葉の意味を考えておけば良かったと後悔することになるとは、この時点では夢にも思わなった。