マイト、妹の真実を知る
「やってくれましたね、村長!」
今まで俺が見たことがないような剣幕で村長に詰め寄るクレア。
「はて? わしが何かしたかのぅ?」
対するは相変わらず飄々とした普段通りの村長。
「私を生贄にするなんて言い出しておいてしらばっくれる気ですか?」
「いやいや、あれは公平なくじ引きの結果じゃよ」
イカサマをしておきながら村長は全く悪びれた様子もなく言う。
「嘘つかないでください! お兄ちゃんを誑かしたりして何をするつもりですか!?」
どうやら親父達はごまかせてもクレアは誤魔化されなかったようだ。
「ほっほっほっほ。誑かしとるのはおぬしの方じゃろうに……」
真実を指摘されても全く動揺せずさらにクレアを責める村長。
人との交渉という面においてこの人は全く隙がないようだ。
「私はお兄ちゃんを誑かしてなんていません。ただお兄ちゃんを愛してるだけです!」
妹よ……最早周知の事実とはいえ、これだけの公衆の面前でその異常な愛を叫ぶのはやめてくれ。
今俺の眼前では妹のクレアと村長が舌戦を繰り広げているわけだが、それぞれの後ろには多くの人々が成り行きを見守っている。
クレアの後ろには親父と兄さんを含む村の男達。
村長の後ろには村長と同年代の爺さんに村中の女性達。
俺は村長陣営の中に隠されるように埋もれているためクレアは気づいていないようだ。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ということらしい。
ちなみに群衆の中に隠れているのは俺一人で、ナンシーちゃんはすでに悪魔の隠れ里に行き、母さんと義姉さんは村長の近くにいる。
クレア達が来る少し前に合流した母さんと義姉さんから少しだけ話を聞くことができたが村長の言うことは事実らしい。
まあ、わざわざ二人に確認せずとも今目の前に広がる光景を見たら信じざるを得ないだろう。
あの大人しいクレアが男達を引き連れ、村長に真っ向から文句を言ってるのだ。
二人の舌戦は尚も続く。
「まあ、今更マイトのことでおぬしと何を話そうと最早手遅れじゃ」
やれやれといった様子で首を振る村長。
「手遅れ? ……ま、まさか……お兄ちゃんに何か言ったんですか!?」
今まで強気に村長に噛みついていたクレアは激しく動揺した。
村長達の話からすると、クレアは俺に裏で色々やっていることがばれるのを恐れている。
この反応はその証左だろう。
「いや、何も言っとらんよ。ただのぅ……」
「ただ何なんですか?! 早く教えなさい!!」
激高する妹に歯に着せぬ物言いをする村長。
普段と全く違う妹にも確かに驚きなのだが、村長の演技も凄い。
「うむ、実はのう……おぬしの代わりにうちの可愛いナンシーが生贄として悪魔のもとに行ってしまったんじゃ……」
そういう村長は心底悲しんでいるように見え、涙すら流している。最早嘘泣きとかいう次元ではない。
「はあ。あの娘にしては殊勝な行動ですけど、それとお兄ちゃんとどう関係するんですか?」
意外な返答にクレアは虚をつかれたような反応を返す。
どうでもよさそうな感じだが、見聞きしている俺には驚きの反応だった。
親友が自分の代わりに生贄になってくれた、という事実を聞いた反応としてありえないものだからだ。
「相変わらず人の情がないやつじゃ……順を追って説明してやるからしっかり聞くがよい」
そういって村長は少し怒ったような口調でクレアに事のあらましを説明した。
俺が村長の家に行き、メナスさんのところまで文句を言いに行ったという事実。
俺の必死な訴えを傍で聞いていたナンシーちゃんが、心打たれて代わりに生贄となりに行ったという微妙な嘘。
そして……
「……それで出て行ったナンシーと入れ替わりでわしの元に戻ってきたマイトが、責任を感じて村から出て行ってしまいおった」
……という真っ赤な嘘を。
「な、な、なんでお兄ちゃんが村から出ていく必要があるんですか!!」
この世の終わりのような顔をしたクレアは村長の胸倉に掴み掛りガクガクと揺さぶる。
「お、おぉう、いや、わしは止めたんじゃ。しかし聞く耳持たずといった感じでのぅ」
華奢なクレアであるが全く手加減せず揺さぶっているため、村長も本気で苦しいのだろう。
必死でクレアをなだめている。
ちょっといい気味だと思っているのは俺だけではないだろう。
「ほ、ほれ手紙。手紙があるんじゃろ? のう、ライラよ?」
「ええ、ほらクレア。マイトからあなた宛ての手紙よ。私達が頼んで書かせておいたわ」
村長に促され、母さんが二つに折り畳まれた手紙をクレアに差し出す。
「お兄ちゃんの手紙!?」
俺の手紙という言葉に反応した妹は村長を放り出すと母さんから手紙をひったくり、無言で手紙を読み始めた。
解放された村長がゴホゴホとせき込んでいるが、年寄連中からは舌打ちや、村長の解放を本気で残念がる声が聞こえてくるのは村長の日頃の行いの賜物だろう。
「母さんや。俺には手紙とかないのか?」
「あるわけないでしょう!」
クレアの傍にいた父さんが母さんにそういって一蹴される。
「え~っと、ウーニャ? 僕には何か言ってなかったかな?」
「いいえ、何も」
同じく兄さんも義姉さんに同じような対応をされていた。
「お、お兄ちゃん……」
周りのそんなやり取りを気にも留めず一心不乱に手紙を読んでいたクレアが顔を上げた。その目には涙を浮かべ、小刻みに肩を震わせている。
「ど、どうしたんだクレア!? いったいマイトはなんて書いてたんだ?」
父さんが慌ててクレアに駆け寄り尋ねる。
「ぐすっ……はい……」
言葉にもならないのかクレアは父さんにそっと手紙を差し出す。
手紙を受け取った父が今度は目を通し始める。
「父さん、なんて書いてるんだい?」
クレアの様子に動揺した兄さんが父に問いかける。
「ああ、村長の言う通りみたいだ。自分が抗議したせいでナンシーちゃんが代わりに生贄になった。そんな自分が変わらず村で暮らすわけにはいかない。責任をとって村から出ていく……と書いてある。間違いなくマイトの字だ」
「そんな!」
兄さんが驚きの声をあげる。
家族が突然自分達に連絡もせず村を飛び出したのだ。
父、兄として当然の反応だろう。
……顔が嗤ってなければ。
後ろにいる他の村の男達も凄く嬉しそうな笑みを浮かべている。
皆実に腹黒そうな笑みだ。
あまり信じたくないが、皆クレアに好かれていた俺が村を出たという事実が相当嬉しいらしい。
昨日まで仲良くやっていたと思っていただけにこの反応は傷つく。
同じように本心を隠していたとはいえ、俺としてはクレアの反応の方がまだマシである。
しかし村長達が言っていた、クレアがナンシーちゃんやその他の女性達に酷いことをしていたというのもまた真実なんだろう。
手紙を読むまでのクレアの態度がそれを証明している。
はあ……本当に村を出たくなってきた。
ちなみにあの手紙は実際に俺が書いたものであり、内容に関しても父さんが言った通りなのだが……俺はここにいるので当然嘘である。村長に言われて書いたものだ。
「……追いかけないと」
ひとしきり泣いた後、クレアはそんな呟きを残して村の方へと駆け出していく。
「おい、待てクレア!」
父さんが呼び止めるが、クレアは全く速度を緩めることなく森の中へと消えていった。
「マイトの後を追いかける気じゃないのか?」
「何!? そんなこと言ったってマイトがどこに行ったのかわからないんだぞ?」
「知るかよ! そんなことより今はクレアを追いかけないと!」
父や兄を含め男達はガヤガヤと騒いだ後、一人また一人とクレアの後を追いかけていき、結局クレアと共に来た連中は全ていなくなった。
こうしてみると本当にクレアを中心として纏まっているらしい。
「ほっほっほ。予定通りじゃのぅ」