マイト、生贄の真実を知る2
色々と行き過ぎた愛情と行動を示す妹ではあるが陰でそんな酷いことをしていた……なんて聞いても信じられるわけがない。
話の途中で、ナンシーちゃんが羞恥に耐えながら服をまくって痛々しい暴行の痕を見せてくれたりもして心が揺れたが、やはり妹がそんなことをするとは思えない。
それに村の俺以外の男達が妹のいいなりになっているなどという荒唐無稽な話を信じろという方が無理だろう。
たしかに数年前から家庭内でも変化は生じていた。
親父を顎でこき使ってたり、母に反抗することも多くなった。
あと兄と義姉夫婦に対する接し方が心なしか冷たかった気もする。
だが、親父はアホだし、母に対しては反抗期が来ただけ。
兄夫婦に冷たいのは兄を取られて拗ねているんだろうと考えていた。
でもこんな話を聞いてしまうと……
「言われてみると心当たりがあるのじゃろ?」
口で否定しながら考え込む俺の内心を見抜いているかのような村長の言葉に俺は大いに動揺した。
「まあ、おぬしがすぐに信じないのも計画の内じゃからのう」
ほっほっほっほと村長が笑う。
孫娘がひどい目にあっているというわりに余裕のある態度である。
真剣な顔をした他の村人達がいなければ質の悪い冗談だと思うところだが、おそらくこの態度は狙ってやっているのだろう。
「では多少聞く耳を持ったようじゃし今回の生贄の件について話そうかのう」
「俺はまだ信じたわけじゃないですからね」
「ほっほっほ、わかっとるわかっとる」
にこやかな表情で頷いた村長はまた真面目な顔に戻り、
「まず一番大きな勘違いを正しておく。今回生贄に出すのはここにいるナンシーだということじゃ」
「はあ!?」
いきなり何を言い出すのだろうか?
「そう驚くことでもなかろう? 今の話を前提として考えればそれほど的外れな話でもあるまい?」
「いやいや、十分驚く話だと思いますけど?」
「先ほどのクレアとナンシーの話に、メナス殿の性格を考えてみよ。メナス殿が生贄なんぞとると思うか?」
そういえばそうだった。
あまりに衝撃的な話を聞かされて忘れていたが、元々俺自身が彼女と接してとても噂に聞いていた悪魔だとは思えず、なにより彼女の『村長が村から娘を一人引き取ってもらいたいと言ってきた』という言葉が真実かどうか問いただそうと思っていたのだ。
「では、やはり彼女が言っていたように今回の生贄の話は村長から言い出したことなんですか?」
「その通りじゃが生贄という言葉はあくまで外向き、クレアと男達に向けての方便じゃぞ」
生贄がクレア達に対する言い訳……生贄じゃないということは単純にナンシーちゃんが村を出てメナスさん達の村で暮らすということか?
そしてナンシーちゃんはクレア達から迫害されているという……つまり……
「……今回の話は最初からナンシーちゃんを村から、クレア達から遠ざけるのが目的だった?」
「ほっほっほっほ、ようやく一つ目の目的を理解したようじゃの?」
「一つ目!?」
「それはそうじゃろう。ナンシーを避難させるだけなら、危険じゃが他の村へ嫁がせることだってできるし、なにより最初からナンシーを生贄として指名すれば済む話じゃ。村の長として責任を取るため、孫を生贄に出すと言えば誰も不審に思うまいて」
たしかに村長の言う通りだ。
ただナンシーちゃんを村から出すだけならそのどちらかで済む話だ。
ナンシーちゃんは大切な妹分ではあるが、家族である村長達が決めたことなら俺もこんな走り回ったりせず、一言文句を言って引き下がらずを得ないだろう。
よそに嫁に出るなら残念がるものはいるかもしれないがなおさら誰も文句を言うまい。
別の目的があるというのは言われてみれば最もな話だ。
「じゃあ他にどんな意図があるっていうんですか? そもそも今回の生贄って公の場でくじで決まったんですよね?」
くじで決めるなら他の誰かが選ばれたのならともかく、ナンシーちゃんが選ばれてしまった場合、村長の言う別の目的が果たせなくなってしまう。
「無論、くじには細工をしておったのでクレアが選ばれたのはこちらが意図したものじゃ」
話の流れからすれば当たり前のことだろう。
しかし同時に別の疑問が思い浮かぶ。
「どうしてクレアなんですか?」
意味合いをがらりと変えて今日何度口にしたかわからない言葉が出る。
「理由のう。あやつが素直に生贄として出て行ってくれれば村としては万々歳じゃが……」
「ナンシーちゃんが行くことが決まってる時点でそれはないと思ってるんですよね?」
「そりゃあそうじゃ。おぬしの前では猫を被っておるがあれはそんな玉ではない。今頃おぬしが村におらんことに気づいたあやつは、男たちを使って儂を探しておるじゃろう。本性むき出しでの」
「はあ……その話はまだ半信半疑ですが……」
つまりクレアに話を持って行っても間違いなく断られるという前提なのだろう。
「まあつまるところは二つ目の目的はそこじゃ」
「はい?」
そことは?
「おぬしにクレアの本性を見せ信じさせること……これがクレアを生贄とした理由じゃ」
「その二つがどうつながるんですか?」
「ほっほっほっほ、いよいよこの場を誂えた理由でもある今日の計画について話そうかの」
「今日の計画って何ですか?」
「うむ。まず朝に皆に集まってもらって生贄が必要であるということを発表する」
「うちからは親父が行きましたね。それで大当たりのくじを頂いて帰ってきました」
「まあくじ引きといっても各家の年頃の娘の名が書かれたくじを儂が引くという方式だったから細工はたやすかったのう」
そんな抽選方式でよく誰も疑わなかったものだと思うが、皆自分の家から生贄なんか出したくないので自分の家の人間以外ならイカサマを疑うような声は上げないか? でも……
「本当にクレアに魅了されてるというならよく男達が納得しましたね?」
「いいや? 男達は烈火の如く怒り狂っておったぞ? クレアを差し出すぐらいなら自分の娘を差し出すと言っとたやつもおったの」
いや、さすがにそれは酷すぎるだろう。
俺がその家の娘なら家出ものだな。
「それでその場をどうまとめたんですか?」
「あらかじめ話を通しておいた、その場にいるすべての爺、婆、女衆で公平なくじで決まったのだから文句を言うなと強引に押し通した」
「うちの親父も兄さんも意気消沈してましたよ?」
「ほっほっほっほ。気にしなくていいじゃよ。先ほど申した通り、今頃クレアの一声で男衆が血眼になって儂を探しておるじゃろうからのう」
「村長を探して抗議するためですか?」
「暴力で強引に言うことをきかせる気じゃろう。おぬしがメナス殿の元より帰ってくる前にけりをつけたいじゃろうからの」
「はあ?」
あの長閑な村でそんな殺伐とした光景が展開されていると言われてもまったく想像できない。
「あまり納得がいってないようじゃが、まあよい。これから嫌でも目にすることになるじゃろうからのう」
続けるぞい、といって村長が話の矛先を戻す。
「無事男達を追い返したら、おぬしの親父経由でおぬしに話が伝わる。その話を聞いておぬしはどうした?」
「村長に抗議に行きましたね」
当人なのだから村長の知っているだろうになぜそんなことを聞くのだろうか?
「うむ。まあ十中八九は飛び出してくると思っておったが、万が一の場合はライラとウーニャにうまく誘導してもらうつもりじゃった」
「ええっ!! 二人も協力してるんですか!?」
……俺の行動が完全に読まれてるのは最早この際置いておく。
「そうじゃ。二人ともおぬしが見てないところでクレアに相当辛酸を舐めさせられたそうでのう。協力を持ち掛けたら二つ返事で了承してくれたわい」
色々と信じていたものガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。
たまにぎくしゃくすることはあっても、家族仲は良いものだと思っていた。
それがまさか村ぐるみで真っ二つに分かれていたとは……
「そうして儂のところにきたおぬしを今度はメナス殿のところに行くように仕向けたのじゃ」
まあ家族のことは今聞いただけでは信じられない。
しかし今わかってることは俺が完全に村長の掌の上で転がされていたということだろう。
もう自分の浅はかさを責めるべきか、村長の凄さを称賛すべきかわからなくなってきた。
俺が相当情けない表情で村長を見ていたのだろう。
「気にするなよ、この人が特別なだけだ」
「この爺さんは信頼できるが人が悪いんじゃ」
「昔はあんな感じであたし達の気持ちを弄んでいたんだよ。酷い人だよねぇ」
ここまで黙って聞いているだけだった他の村人達が口々に村長を口撃し、俺を励ましてくれる。
人望はあるのだが結構恨みを買っているらしい。
「ウォッホン。おぬしが飛び出ていった後、すぐさま儂等はここに来た。不自然にならん最低限の人員を村に監視として残し、合間合間に監視兼おぬしの誘導役の人間を配置してのう」
周りの言葉はスルーして村長は話を続ける。
さんざん虐められているわけだし追及してもいいが、まだまだ気になることがあるのでやめておいた。
「誘導は……まあ案内してもらいましたからわかりますけど……監視って?」
監視って……この場合は村のクレア率いる村の男達を警戒しているのだろうが……必要なのか?
「当然クレア達の監視じゃが、ライラとウーニャが来た時の確認要員も兼ねとるの」
「母さんと義姉さんが来る? それはなぜでしょうか?」
母さんと義姉さんに俺を説得させるつもりなんだろうか?
「ラウラ達にはクレアをここに連れてきて貰うことになっておる。……わざと後をつけられてのぅ」
はあ?!