マイト、悪魔の洞窟を訪問する
悪魔が住むという洞窟があるのは、村にほど近い森の中。危ないので昔から近づかないように言われていた場所だ。
しかし悪魔の話を聞いていなければ真逆の印象を抱くに違いない。
周囲には高い木々が生い茂っているが見上げると木漏れ日が漏れているため視界は明るく、危険な大型動物などもいないのか、警戒心の薄い小動物たちの囀りがそこかしこから聴こえてくる。
どちらかといえば不気味さよりも安らぎを感じる場所だ。
そんな中ぽっかりと開けた空間にある山肌に沿ってできた洞窟。
「本当にここに悪魔が住んでいるのか?」
伝え聞いた話と目の前にある看板からこの場所で間違いはない……はずなのだが……
『ようこそ、悪魔メナスの隠れ家へ!!』
そう看板に書かれているのである。
住んでいることを隠すわけでもないのに隠れ家とか書いている上、来客を歓迎しているように見える。
矛盾だらけのこの看板を作った主は頭のねじが緩いに違いない。
件の悪魔が作った……と考えるのが妥当だが、話に聞く悪魔像とのイメージの乖離が激しすぎる。
きっとこの看板は子供のいたずらだろう。
「いらっしゃ~い。ここは私の家なんだから住んでるに決まってるよ~」
看板についていろいろ考えているといつの間にか洞窟から人が出てきていた。
なんとも間延びした声の持ち主だが、見た目は全く穏やかな人ではなかった。
トロンとしたタレ目が印象的な美しい容姿をしていて、悪魔というわりにはきつさを感じない優し気な雰囲気をしている。
肩幅まで伸びた青い髪は洞窟暮らしとは言えないぐらいきちんと切り揃えられているのも印象的だ。
頭の上のものが目立ちすぎてるのと、ナンシーちゃんで見慣れていたからか気づくのが遅れたが、その胸元にナンシーちゃんほどではないもののそれでも手のひらには決して収まらないボリューム満点のものをお持ちになっている。
そしてゆったりとした服装なのに腰のくびれがはっきりとわかる上、そこからさらに視点を下げると胸に負けないようなむっちりとした肉付きのお尻が視線をくぎ付けにする。
総じて優しそうな大人の色香を持つ女性といった風体だが明らかに他と違う場所があった。
頭の上にある角と後ろの方に見えるしっぽだ。
間違いなく頭の付け根から白い巻角が生えているし、しっぽもゆらゆらとそれ自体が生き物のように動いている。
噂で聞く悪魔というのがどういった特徴を持つのかは聞いたことがなかったがおそらくこの人のことで間違いないだろう。
「あ、あなたが村に生贄を要求している悪魔で間違いないでしょうか?」
「失礼な子ね! 私は羊角族。悪魔族なんて血も涙もない連中と一緒にしないでね!」
俺が何かまずいことを言ったようで少しむっとしたような不満げな顔になった。
「す、すいません」
「わかってくれればいいの。こっちこそごめんね」
今度は申し訳なさそうな表情に代わる。
なんともころころと表情が変わる人だ。
この悪魔……いや、羊角族(?)の彼女が村に伝わる噂の悪魔その人で間違いないようだが……聞いていた話の人物像とまるで一致しない。
全然怖さを感じないし、まるで近所のお姉さんと話しているような気分だ。
・・・・・・・
「それでいけにえだっけ? ヴィルさんにお願いされた件だよね」
「えっ!?」
今ものすごく聞き捨てならないことを聞いたぞ?
ちなみにヴィルというのは村長の名前だ。
「いや、だからヴィルさんが『うちの村から娘を一人引き取ってもらいたい』って言ってた話じゃないの?」
どうやら聞き間違いというわけでもないらしい。
「え? あなたが言い出したんじゃないんですか? うちの村の村長から言い出したんですか?!」
「ふ~ん。あんまり細かいことは聞いてないけどあなたにはそういう風に説明してるのね?」
ふむふむと、何度か一人で頷いて納得した様子である。
一人で納得してないで説明してほしい。
「一応確認しておくけど君がマイト君で間違いなのよね?」
「はい、俺がマイトです」
「私はメナス。よろしくね~」
なぜか俺の名前を知っていた羊角族のお姉さんと俺は今更感のある自己紹介を交わした。
独特なテンポをお持ちのお姉さんだ。
「宜しくお願いします?」
「うん! えへへ~~そっかそっか。顔も悪くないし、性格も素直そうね」
「はあ? ありがとうございます」
なぜか褒められた。
「あなたが良い子そうで嬉しいわ。でもこんな良い子の妹さんが問題あるのよね?」
なんでかしらと首を傾げるメナスさん。
妹……というとクレアのことだろうか?
「え~っと、クレアを知っているんですか?」
「いいえ、ヴィルさんから聞いてるだけよ。……ああ、ごめんなさい! あなたは知らないって話だったかしら?」
また村長か。
いったこの人と村長の間でどういう会話がなされたんだろうか?
「まあ、いえにえ? ……の話もそうだけど一度戻ってヴィルさんに話を聞いてみたらいいんじゃないかしら?」
「ええ!? その村長に言われてここまで来たんですけど?」
村長に言われてこんな村から離れた森の中まで来たのに、たいした話も聞けないままもう一度村長に話を聞きに行けと言われても困る。
「ふふふ。訳が分からないよね? 私もヴィルさんからこう言うように言われてるの」
「どうして村長がそんなことを言い出したのかは聞いていますか?」
「うん聞いてるよ。でもヴィルさんから君には自分が話すからあまり私から事情を話さないようにって言われているんだよ」
メナスさんは少し困ったように言う。
だが俺はもっと困った。
「もう一度村長に話を聞きに戻れば、いろいろと説明してもらえるんでしょうか?」
「うん。私はそう聞いてるよ?」
俺が困っている様子が壺にはまったのか、メナスさんの表情はどこか楽し気だ。
おそらく彼女は今回の件について全てわかっているのだろう。
だが、ここで俺にすべて説明する気はないらしい。
「はあ……わかりました。村長ところに戻ります」
「うんうん、やっぱり素直でよろしい」
そういってメナスさんは俺の頭を撫でた。
これほど綺麗な人に子ども扱いされるのはとても恥ずかしいが、無邪気な笑顔の彼女を見ていると毒気が抜かれてしまう。
なんだかんだ言ってとても素直で良い人なのだろう。
すっかりここに来た時の怒りの感情はどこかにいってしまい、釈然としないもののメナスさんの言葉を信じて俺は一度村へ戻ることにした。