第二話「新部隊の顔合わせ」
「紹介する。エストフルト第一兵舎に新設される八夜隊隊長、八夜・東郷・ドンカスター殿だ」
指揮官騎士が告げたその名前に、私は身体に雷が落ちたかのような錯覚を抱く。
ドンカスターの姓。それは、黒髪の少女が私の血族であることを示している。
私の因縁の一族。
「ご紹介に預かりました。八夜・東郷・ドンカスターです」
小さな黒髪の少女、八夜は鈴の音の様に澄んだ声で切り出す。
「此の度は栄誉あるエストフルト第一兵舎において新たに設立される部隊の隊長の任を与えられることになり、誠に光栄に存じます。若輩者の身に甘えず、また隊長の肩書に恥じぬよう研鑽していく所存ですので、何卒宜しくお願い致します」
淀みない口調で八夜は挨拶を述べる。騎士達の間から拍手が鳴ると彼女は一礼し、静かに背後に下がった。
「そして彼女達が八夜隊に所属する騎士達となる」
八夜と入れ替わる形で騎士の一団が前に進み出る。指揮官騎士の紹介によれば、彼女達が八夜隊の騎士としてエストフルト第一兵舎に在籍することになるようだ。
ところで____
「……?」
何だ?
八夜隊の騎士達の中にやたらと私の事を見つめてくる少女がいた。気のせいではない。ただひたすらに私の事を注視している。
私に何か用なのだろうか。
「新規二部隊。人員の入れ替えでしばらくは困惑するだろうが、よろしくやって頂きたい」
指揮官騎士は最後にそう告げると皆に解散を言い渡し、早朝のミーティングはお開きとなった。
その後。
他の部隊の騎士達が去っていく中、ラピス隊と八夜隊の騎士達だけは訓練場に留まり、ラピスと八夜を中心に円陣を組むことになった。
静まり返る皆の中心でラピスが厳かな口調で切り出す。
「ラピス隊及び八夜隊の皆、改めて、ラピス隊隊長ラピス・チャーストンだ。さて今後の事になるのだが、指揮官騎士殿の話によれば我々新部隊隊員一同はしばらくの間、合同部隊として行動を共にすることになるそうだ」
ラピスの言葉に私達は顔を見合わせる。
「失礼な言い方になるかもしれないが、八夜殿はまだ隊長にしては若く、その上実戦での経験が皆無。そのため、私が良いと判断を下すまでは、私の元で実働部隊隊長としての業務を経験し、学んで頂く」
フィッツロイ家の別宅でカエデとルカから八夜の話は聞いていた。確か、彼女はまだ十四歳だった筈。隊長としては前例のない若さである上に、それがエストフルト第一兵舎のエリート部隊の長となると、重圧は相当なものと思われる。
「ラピス隊長の指摘された通り、私は実戦も経験したことのない未熟者です。彼女の元で騎士としての、そして隊長としての仕事を学び、一早く肩書に釣り合うだけの人物になれるよう努力を惜しまないつもりです。ラピス隊長、そして皆さん、どうかよろしくお願い致します」
丁寧なお辞儀をする八夜。
「ではこれより両部隊の隊長・副隊長で打ち合わせを行う。その間、皆は訓練を行い、各員で親睦を深めて欲しい。……ミシェル」
「あ、はい」
突然名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。
「お前が訓練を指導しろ」
「え、私が? ……は、はい、かしこまりました」
ラピスの指名に一瞬だけ困惑する私だが、すぐに了承の返事をした。
「では、後の事は任せるぞ」
そう言い残し、ラピスは副隊長のマリアを伴い、八夜と八夜隊の副隊長らしき人物と共に訓練場を去って行った。
残された私は皆に向き直り____
「皆さん初めまして。ラピス隊所属ミシェルです。ラピス隊長に皆さんの訓練指導を任されたと言う事で、本日はその指揮を務めさせていただきます」
およそ40名。見知らぬ騎士達の前で私は告げる。
「まずは各人の能力を把握すると言う目的で____」
「アンタ、何仕切ってんのよ」
その時だ。私の言葉を遮るように騎士の一人が声を発した。
「アンタごときが私達に指図してんじゃないわよ」
先程私のことをじっと見つめていた少女だ。意地の悪そうな顔を、不機嫌そうに歪めている。
……何だ、コイツ。
私は溜息を堪え、少女に尋ねる。
「貴方、八夜隊の人間だよね? 名前を聞いても良いかな?」
「は?」
私の言葉に不機嫌そうな顔を更に不機嫌そうに歪める少女。
「“名前を聞いても良い”って? アンタ、私の事忘れたの?」
「……?」
「もしかして、イジメられてた事がトラウマ過ぎて記憶がぶっ飛んでいるとか?」
「……えーと……貴方、誰……?」
少女の言葉から察するに、どうやら向こうはこちらの事を知っているようだ。私はそれなりに有名人なので、名前だけは他の者達に知れ渡っている事は承知しているのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。少女と私は実際に面識があるようだ。
……誰なんだ? 全く覚えがない。
「シシリー・ラーソン。同級生の顔を忘れたの?」
「……シシリー? ……あ、同級生だったんだ」
シシリー・ラーソン。同級生らしいのだが、正直な話、今初めて耳にした名前だ。いや、恐らくは学生時代何度か耳にした事はあったのだろうが、如何せん全く覚えがいない。あの時期は周りとの距離を取っていたので、一人一人の顔と名前などしっかりと把握していなかった。
「何よ、“同級生だったんだ”って。もしかして____」
「ごめん、貴方の事覚えていないや」
正直に告げるとシシリーは目の端を吊り上げた。
「学生時代、散々アンタの事イジメてやったこのシシリーを忘れたって言うの?」
「……イジメてやった? それ、自慢げに言う事なの?」
私の事をイジメていたと主張するシシリー。
イジメられた側の人間はイジメた側の人間が覚えていなくとも、そのイジメを一生忘れない。そんな格言があった気がしたが、私の場合その限りではないらしい。と言うのも、私は個人対個人ではなく個人対集団でイジメられていたため、加害者個々人の事はあまり認識していなかった。
「ミシェルのくせに生意気よ。アンタみたいなみなしごの言う事なんて聞けないわ」
「……はあ」
およそ40名の騎士達の前でシシリーは堂々と宣告する。私は頬を掻き困ったような溜息を吐いた。
……面倒な奴が仲間の中に。
『おいおい、ミカ。このままじゃ部隊の皆に舐められちまうぞ。しっかりしろ』
腰元で叱咤するカネサダ。分かっている。ラピスから訓練の指導を任されたのだ。情けない姿は見せられない。
私は息を吸い____
「下らないこと言ってんじゃないわよ、シシリー」
私が口を開きかけたその時、騎士達の中からミミが進み出て、荒々しい声を発した。
「……ミミ? どうしたの? アンタも嫌でしょ、こんな奴の言う事聞くなんて」
「こんな奴? アンタねえ____」
肩をすくめて同意を求めるシシリーにミミは軽蔑の瞳を向ける。
「そういう見苦しいの、いい加減止めにしなさいよ!」
「へ? ……ど、どうしたのよ、ミミ」
責めるように言い寄るミミにシシリーが狼狽える。
「私、もうそう言うのは止めにしたの。悪口も暴力も。アンタも私も、大勢で群れて、集団の力に酔っていただけの弱虫よ。情けないと思わないの? アンタなんて、ミシェルの足元にも及ばないちっぽけな存在よ!」
ミミは激しくまくし立てる。彼女の言葉はシシリーではなく、むしろ己自身を責めているようにも思えた。過去の自分自身を。
ミミの言葉に呆然とするシシリー。彼女にとって、それは堪え難い侮蔑だったのだろう。はっと我に返ると目の端を吊り上げて、怒鳴り声を発した。
「……ア、アンタ、ミミ! この私を! ラーソン家の人間である私をよくも! たかだかゴールドスタイン家のアンタが! 同級生のよしみで仲良くして上げてたのに、調子に乗って……!」
今にも殴り掛かりそうな勢いでミミに気炎を吐くシシリー。私は二人の間に割って入って____
「下がって、ミミ」
「……ミシェル」
「ありがとう、ミミ。後は私に任せて」
ミミを下がらせ、私はシシリーと向き合う。怒り心頭に発している少女の形相と対面する事に。私は短く呼吸をして、冷静な口調で切り出した。
「決闘をしようか、シシリー」
「……! ……決闘?」
「そうそう。ああ、正式なものじゃなくて、あくまでも非公式で簡易のやつね」
“決闘”と言う言葉に身構えるシシリー。
「私が勝ったら、シシリーには大人しく私の指導に付き合って貰う。もし私が負けたら____そうだね、私は貴方の従属騎士になる。まあ、口約束になっちゃうけど、必ず約束は守るよ」
「……従属騎士? アンタが負けたら?」
「ちなみに、ハンデも付けてあげるよ」
そう言うと、私はカネサダと複十字型人工魔導核を外し、ミミに預けた。
「私は武器も人工魔導核も無しで戦う」
その言葉に、シシリーはおろかその場にいた全員の騎士が目を丸くし、どよめきを発した。
「ああ、勿論、シシリーの方は自由に人工魔導核と武器を使っても良いよ」
「……アンタ」
眉間にしわを寄せ、シシリーが私に掴み掛かる。
「もしかして、私の事を馬鹿にしてるの? 私相手なら魔導の力も武器も必要ないって言いたいの?」
「……さあね。で、どうするの、シシリー。この決闘受けて立つの? それとも、負けるのが怖くて逃げちゃう?」
「馬鹿にして!」
挑発するように言うと、シシリーは顔を真っ赤にする。最早、彼女の中に勝負を引き受ける以外の選択肢はないように思えた。
「みなしごが! コテンパンにしてやろうじゃない! 受けて立つわ、その決闘!」
「決まりだね」
決闘を了承するシシリーの言葉を引き出した所で、私はミミに視線を送る。
「正式な決闘じゃないから立会人とかは必要ないと思うけど、ミミ、一応レフェリーを務めてくれないかな」
私の言葉にミミは静かに頷く。
そして、ものの数分で訓練場内に決闘の場が設けられた。
対面するのは私とシシリー。完全武装状態のシシリーに対し、私は徒手空拳。
「それではこれより、騎士ミシェルと騎士シシリー・ラーソンの決闘を始める。両者構えて」
私とシシリーを視界に収め、厳かにミミが告げる。手を天高く振り上げ____
「決闘開始!」
ミミが手を振り下ろすと同時に闘いの火蓋は切られる。
「さあ、コテンパンにしてあげるわ、みなしごッ!」
勇み、剣を掲げるシシリー。地を蹴り、私の身に迫る。魔導の力により強化された彼女の脚力が常人離れした一足飛びを可能にした。
「倒れなさいッ」
シシリーが踏み込み、私に剣を振り下ろす。勢いの乗った剣撃。当たれば昏倒は免れない。どころか、致命傷にさえなる。しかし____
「……いっ!? ぶへぇっ!」
シシリーの剣が私に当たることは無かった。踏み込みのために前傾したシシリーの体勢。私は軽く足をひっかけ、そのバランスを崩す____のみならず、彼女の腕を引きその勢いを利用。顔面からシシリーを地面に激突させた。
土埃が舞い、次いでシシリーの鼻血が噴き上がる。
____それで、勝敗は決した。
砲弾の様な速度で頭部を地面に打ち付けたシシリーはそのまま白目をむいて気絶。戦闘不能の状態だ。
「勝負あり! 勝者騎士ミシェル」
ミミが決闘の終了を告げる。訓練場にざわめきが発生した。
「い、今のは一体?」
「本当に人工魔導核も武器も無しで勝ったの?」
「あれが“ドンカスターの白銀の薔薇”の実力」
騎士達は皆、私に恐れと敬いの視線を向ける。生身で魔導騎士を相手取り勝利を収めたのだ。その畏敬は当然のことだった。
『危なげなく勝利したな、ミカ』
「当然」
ミミに預けた相棒に私は不敵な笑みを向けた。
いざとなったら魔導核の力に頼るつもりでいたが、その必要すらない。私はこの一月、人工魔導核を敢えて装備せずに訓練を行っていた。生身の身体を駆使する事により、己の身体能力の限界を高めるためだ。それと同時に私はカネサダからアウレアソル皇国の体術を会得していた。それは相手の力を利用する武術。つい先ほどシシリーを打ちのめした技術もその一つだ。
「さて、皆さん」
ミミからカネサダを受け取り、私は騎士達に向き直る。
「彼女同様、皆さんの中にも私に対し不満がある者がいるのかも知れません。もしそうだと言う方がいらっしゃるのなら、挙手願います。____決闘のお相手になりましょう」
私の言葉に、騎士達はしんと静まり返る。誰も手を挙げず、どころか死んだように息を潜めた。
「よろしい。では、訓練を始めます。……と、その前に」
私は気絶したシシリーに視線を送り____
「どなたか彼女を医務室まで運んで貰えませんか?」