第一話「一月が経過して」
マーサの罪を告発する闘いから一月が経過する。
マーサはアメリアに殺害され、共犯者であるマーサ隊の他の面々はマリアを除き禁錮刑に処された。
マーサを殺害したアメリアも逮捕の後、禁錮刑に処され、アメリア隊の面々は私、ラピス、アイリス、ミミを除き今も軍病院の精神病棟の中だ。
エストフルト第一兵舎のエリート部隊であるマーサ隊、アメリア隊は共に消失する運びとなった。これは由々しき事態であり、すぐさま兵舎の再編成が求められ____しかし、立て直しは遅々として進まぬまま。
サラは元々所属していたクレア隊に戻ったが、一月もの間、それ以外の私含めた5人は上から待機命令が言い渡され、宙ぶらりんの状態で放置を喰らっていた。
とは言っても、私達は私達で各々が自主的な訓練を行い、剣の腕を磨いている。特に私は____ガブリエラとの一戦があったためか、朝から晩まで剣を振っていた。
話は前後するが、エストフルト第一兵舎に帰還を果たした翌日の事。私は自身の内に生じたとある迷いについて相棒に打ち明ける。
「カネサダ、私このままで良いのかな?」
『良いのかって、何がだよ?』
「……“超変化”の力の事」
私の脳裏には、ガブリエラの背中から生えた第三の手の光景が浮かんでいた。
「カネサダも見たでしょ? ガブリエラのあの力。彼女の“超変化”を」
『……ああ、凄い力だった。まるで天使だが悪魔だか……およそ人智を超える異様だったな』
「きっと、次戦う事があったら……私、ガブリエラに勝てないと思う」
私は胸に手を当て____
「この力を使わない限りは」
剣の力だけでガブリエラを打ちのめそうとした私。しかし、それだけでは太刀打ちできない事が確信を持って言える。あの時もそうだった。結局は“超変化”の力に頼らなければガブリエラと互角に闘えない。
「カネサダは止めろって言うけど……私は……やっぱり、この力を使うべきなのかな? 例え、化け物に成り果てても____」
『勘違いしているようだが』
口を挟むカネサダ。
『俺は何も“超変化”の力を封印しろとは言ってねえぞ。しっかりと扱えるようになるまで使用は控えろって言ったんだ』
カネサダはそれから思い起こすように____
『ガブリエラの奴、これまでに何度も“超変化”の力を使っていたようだったが、あの通り人間の形を保っていやがる。どうしてか分かるか?』
カネサダの問いかけに私は首を振る。
『イメージの強さだ。容姿だけじゃない。己と言う存在の在り様。それらをしっかりと理解し、ものにしている。だから、“超変化”の力で姿を変えようとも、自由に元の状態に戻ることが出来ているんだ』
「……イメージの強さ」
『そのイメージの強さを支えているのが、騎士団の守護者としての自負。そして、騎士団への狂信的な崇拝。それらが奴の強力なアイデンティティとなり、その存在を留めるに至っている。例え人の形を失ったとしても騎士団を守護すると言う使命を果たす。皮肉な事に、この己を顧みない信念が、逆に奴の人の形を保っている』
その善悪は兎も角、ガブリエラは恐ろしい程の高い信念の持ち主だ。騎士団への傾倒が彼女を彼女たらしめ、“超変化”による変容からその身を保っているのだろう。
「……私にだって、信念はある。騎士団と闘うための信念が。……足りないの? 私の信念じゃ、“超変化”に対抗できないの?」
『残念なことにな』
カネサダはきっぱりと告げる。
『お前の信念が弱い訳じゃねえんだ。ただガブリエラのそれは……謂わば、狂人の境地。ぶっ壊れた人間だけが到達できる場所。そこまで行かないと、“超変化”の力には対抗できない。そして、お前の中にはそこまで辿り着く程の狂気がない』
狂人の境地。カネサダの言わんとする事は分かる。それは努力や鍛錬によって辿り着けるような場所ではない。その領域に足を踏み入れるかは、元来の気質に大きく依存するのだろう。
私の中にはガブリエラの様な狂気がない。あそこまで強く、盲目的に何かを信奉する事は出来ない。持って生まれた理性が、必ず狂人への道を阻む。
『お前じゃガブリエラのようにはなれない。だから、ガブリエラのように“超変化”の力に対応することは出来ない。……あくまでも、ガブリエラのようにはな』
含みのある言い方をするカネサダ。
『お前はお前のやり方で“超変化”の力を制するしかない。ガブリエラは“超変化”に敢えて飲み込まれる事でそれを為した。お前の場合はその逆。変容をはねのける事で“超変化”に対抗する。そこで重要になるのが、やはりイメージだ。お前の抱くべきイメージは“超変化”を凌駕する己』
「……“超変化”を凌駕する己?」
『お前の強さと自信の源。それは剣だ。お前の剣の腕が“超変化”の力を上回り、それを強く自覚した時、お前の中に確固たる己のイメージが出来上がり、“超変化”の変容をはねのけることが出来るようになる』
ようするにだ、とカネサダは締めくくる。
『前にも言っただろ____兎に角、剣を振れ』
今はまだ、私の剣の腕は“超変化”の力に及ばない。不相応な力を振るう者は破滅の運命を辿るとよく言われるが、今の私にとって“超変化”の力は過ぎた力なのだ。軽々しく使用して良いものではない。
ガブリエラとの一戦から数日が経過したにも関わらず、私の身体には違和感が残っていた。それは“超変化”の力がもたらす変容に私自身が耐えきれていない証拠。今の状態で力を行使し続ければ、いずれ取り返しのつかないことになると思われる。
変容に対抗する唯一の術は己自身が“超変化”以上に強くなる事だ。私の剣の腕が“超変化”の力に並び立ち、凌駕する時、変容を制御できるようになる。
だから、私のやるべき事は一つ____強くなる事。
剣を振る事だ。
それもあまり悠長に構えている時間はない。
私の中には予感があったからだ。遠くない未来にガブリエラとの再戦を果たすと。その時までに、私は“超変化”の力を己のものにしなければならない。
そのような理由があり、一月もの間、私は剣の腕を磨くことに没頭した。
鍛錬漬けの日々を送る私。そんなある日の朝食時の事だ。
「皆に話がある」
皆の集まる朝食の席、ラピスが改まった様子で口を開く。この一月の間、私、ラピス、アイリス、マリア、サラ、ミミの六人で一緒になって食事を囲むようになっていた。
「上からの通達で、このエストフルト第一兵舎に新部隊が設立されることになった」
ラピスの言葉に一同が顔を見合わせた。新部隊の設立。それは長い待機状態の終わりを意味する。
「先の大事で消失したアメリア隊、マーサ隊の補完をすべく新規二部隊の編成が為される。内一部隊は____私を隊長としたラピス隊として発足する予定だ」
ラピス隊。私は思わず立ち上がり____
「ラピス副隊長の部隊が新設されるのですね!」
興奮して声を弾ませる。私に続き、アイリスが立ち上がり拍手をした。
「おめでとうございます、ラピス副隊長! いえ、これからはラピス隊長、でしょうか」
沸いたのは私とアイリスだけではない。皆、一様にラピスに対し祝福の言葉を投げかけた。興奮に包まれる食堂の一画。ややあって、皆が落ち着きを取り戻すと、ラピスは咳払いをして話の続きを始めた。
「それで私の部隊なのだが、ミシェル、アイリス、ミミ、マリア、お前達には当然その一員になって貰う。他の隊員については他兵舎から騎士団本部が人員を引き抜き、部隊に補充要員としてあてがってくれるそうだ」
それから、ラピスの視線が私とマリアを交互する。
「部隊の副隊長なのだが……上はマリア、お前を指名だ」
「私が副隊長、ですの?」
マリアが私を見遣る。
「……その、ラピスさんとしては……ミシェルさんを副隊長に据えるつもりだったのではないでしょうか?」
「……まあ……そうなのだが」
ラピスの部隊が新設されると言う話は、私達が国家反逆罪の濡れ衣を着せられる以前から持ち上がっていたもので、彼女はその部隊の副隊長に私を指名する予定だった。
「部隊の体面ってやつ? 上層部がミシェル君を副隊長にさせないように、わざわざマリアを指名したんでしょ」
目を細め、サラが横から口を挟む。
「部隊の隊長と副隊長は貴族の出身者。暗黙の了解だからね」
サラに同意するようにミミは頷いた。
「ミシェルちゃんとしてはどうなの? 私はミシェルちゃんに副隊長を務めて欲しいな。マリアちゃんが駄目って訳じゃないけど……折角の機会なんだし……」
「私もアイリスさんに同意見ですわ。副隊長が嫌と言う訳ではありませんけれど、その役にはミシェルさんが相応しいかと」
アイリスとマリアから同時に視線を受ける私。困ったように頬を掻き、ぽつりと述べる。
「上の決定だし、大人しく従おうよ」
副隊長の役割に興味がない訳ではないが、波風を立ててまで務めたいものとも思わなかった。それに、マリアが副隊長ならば私としても不満はない。親友として誇らしい気さえする。
私の一言を最後にして、副隊長に関しては誰も何も言わなくなった。
「兎に角、我々は新たな部隊として再スタートを切る。皆、今後ともよろしく頼む」
一同を見回し、ラピスはそう告げた。
翌日____
朝食後の事だ。兵舎全体の早朝ミーティングが開かれ、私を含めた騎士達は訓練場に列をなして屹立する。整列する騎士達の前には中央指揮所から派遣された指揮官騎士が佇み、さらにその背後には見知らぬ騎士達がずらりと並んでいた。
「エストフルト第一兵舎の騎士達よ、朝早くからよく集まってくれた。私は中央指揮所で指揮官騎士を務めるものだ。さて、先の一件の際には貴殿ら兵舎のアメリア隊、マーサ隊が消失する大事となった訳だが、ここに至ってようやく再編制の準備が整い、本日新規二部隊の設立について貴殿らに伝達しに来た」
堅苦しい口調で指揮官騎士は告げる。
「エストフルト第一兵舎に設立される新部隊。一つはラピス・チャーストン殿を隊長、マリア・ベクスヒル殿を副隊長とするラピス隊」
指揮官騎士がそう言い渡すと、彼女の背後から十数人の騎士達が前へと進み出る。
「彼女らは本日付でラピス隊の一員として貴殿らと共に騎士の任務に就く者達だ。他兵舎からエストフルト第一兵舎のエリート部隊に足る優秀な騎士達を集めてきた。皆、よろしく頼む」
指揮官騎士の言葉と共にラピス隊の騎士となる者達は丁寧なお辞儀をし、静かに背後に消えていった。
「さて、ラピス隊と共にもう一つ、この兵舎には新たな部隊が設立される」
背後に目配せをする指揮官騎士。すると、一人の少女がゆっくりとした歩調で前に進み出た。
長く艶やかな黒髪。体格が小さく、幼い見た目であるにも関わらず、少女は妙に大人びて見えた。
そしてその風貌。少女の顔立ちは、明らかにこちらのものではなく、“東世界人”のそれだった。
「紹介する」
少女に手を差し向け、指揮官騎士は告げる。
「エストフルト第一兵舎に新設される八夜隊隊長、八夜・東郷・ドンカスター殿だ」