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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第八話「カネサダの言葉」

 カネサダに身体を乗っ取られ、ゴールドスタイン姉妹相手に痴漢行為に及んだその後、私は兵舎の大浴場に向かっていた。


『なあ、ミシェルよ……周りには誰もいないんだ……返事ぐらいしてくれたって良いだろう?』

「……」

『悪かったって……勝手に身体を使ったことは……』

「……」


 先程から、私はカネサダの言葉を徹底的に無視していた。


 もうこれ以上、彼に関わりたくはない。今日はもう遅いので断念したが、明日必ずカネサダを元の場所へと返す。


『神に誓う。今後お前の許可なしに身体を乗っ取るような真似はしない』

「……」


 私が何度もカネサダの言葉を無視していると、彼から大きな溜息が聞こえて来た。


『情けない奴だなあ、お前は』


 それまでの下手に出ていた態度が一転、カネサダは責めるように私に口を開く。


『お前さあ、恥ずかしくないのか? あんな三下共相手にいいようにされて、それでも男かよ』

「……!」


 私はカネサダをきつく睨んだ。


 すると、カネサダは____


『はっ! 何睨んでんだよ! アイツらの前じゃ、びくびくしてたくせによお……俺相手には強気に出るのか? 本当に情けない奴だな!』

「……う」

『俺はお前のためを思って、アイツらのケツや胸を揉んでやったんだぜ! 良いか? 虐めってのは、やり返さなければ、どんどんその行為がエスカレートしていくんだ。ここいらで奴らを痛めつけねえと、お前への当たりは更に強くなるぜ』

「……」


 私はカネサダから逃げるように目を逸らした。


『俺は人の感情を読み取るのが得意でな。お前が今どんな境遇にいるのか、だいたい分かっちまうんだ。ミシェル、お前には負け癖が付いている』

「負け癖?」


 私はついカネサダの言葉に反応してしまった。


『何度も言うが、これまでの人生で幾度となく与えられ続けてきた“選択”を拒否し続けて来たお前は、何かを勝ち取るという経験をしてこなかった。それ故にお前は人生に敗北し続け、その悪い癖が身に染み付いちまってる。誰かにいい様に虐げられるのもその負け癖故だ。お前はやられてもやり返すと言うことをしてこなかった。だから、どんどんイジメは酷くなる』


 それからカネサダは____


『なあ、ミシェル、イジメはな……イジメられる側に問題があるんだぜ』


 そんな事を言い出した。


 私は彼が何を言ったのか、一瞬だけ理解ができなかった。


 一泊遅れてその言葉を飲み込み、呆れた視線をカネサダに向ける。


「何それ?」


 私は顔を真っ赤にしていた。


「虐められる側が悪いって言いたいの?」


 私の左手が鞘を強く握りしめていた。


 カネサダは悪びれもせずに告げる。


『その通りだ。イジメの原因はその被害者にある』


 私は思わずカっとなってしまった。


「野蛮だ!」


 震える私の口が、怒りの言葉を漏らす。


「野蛮だ、そんな考え方!」

『は!』


 カネサダは、嘲笑するように答える。


『人間なんざ、野蛮な生き物だ。それは幾ら文明が発展しようが変わらない真理だぜ』


 悟り切ったようにカネサダは続ける。


『個人間から国家間の問題まで、人間を支配するのは力への意志だ。勝利も正義も幸福も常に相手を容赦なく喰らう者の手にあった。刃向かう牙を持たないお前が、イジメの被害者になってるのは世の中の道理だ』

「……!」

『お前、何か勘違いしてねえか? どうして自分がイジメられるのか、それを考えたことはあるか? 騎士団でただ一人の男性だから? みなしごだから? それは違うな! お前がイジメられている原因……それは、お前に立ち向かう意思がないからだ』


 私は首を振ってカネサダの言葉を否定した。


「そう言えば、カネサダはホークウッドの剣だったよね?」

『それがどうした』

「貴方のその考えは、力ある者が正義を手にしてきた“英雄の時代”の考え方そのもの。暴力を惜しみなく振るう者、声高に自らの正当性を主張する者……そういった野蛮な人間が正義を捻じ曲げて来た負の時代の理論そのもの。時代遅れな卑しい考え方」


 私が侮蔑の視線をカネサダに向けると、尚も嘲る彼の声が返って来た。


『時代遅れ……か。時代が変わろうが、人間の本質は変わらない。野蛮な人間の性質は巧みに隠され、力の在り方も変わったが……喰う者と喰われる者がいる世界の在り方は変わらない。例え何世紀人類が続こうが、虐げられる者は常に存在し続ける。立ち向かう意思のない者は負け続けるんだ。その敗者の一人がお前だ……ミシェル』


 カネサダは憐れむように私の名を呼んだ。


『俺は長い時間を生きてきた。その中で、俺は人間の一つの傲慢を見た。人類は直線的に進歩の道を歩んでいると、大多数の愚か者が勘違いしていることだ。だが、それは違う。進歩しているように見える人類も、実際には行ったり来たりの繰り返しで、時に正しく、時に誤る。だってのに、人間は自分たちが正しい道を歩んでいると信じてやまない』

「……」


 私は静かにカネサダの話に耳を傾けていた。


『自分たちが正しい場所にいる。それは……それこそ、お前の馬鹿にした“英雄の時代”の愚かな考え方そのものだ』

「“英雄の時代”の?」

『あの時代、正義は常に勝者にあった。それは、正義こそが勝利を手にすると皆が妄信してきたからだ。人間共は安心したかったんだ。自分達は正しい場所にいて、正しい歴史の道を歩んでいると。勝者の正義を疑う事は、その心地良い夢を目覚めさせることに他ならなかった。世の中の在り方を疑うのは悪とされてきた』


 カネサダは叱咤するように、私を怒鳴りつける。


『疑え、ミシェル!』

「……!」

『世の中を! お前の置かれている状況! 全てを疑え! お前は自分が正しい場所にいると、そう勘違いしている! でもそんな訳ねえよなあ!? 冷静になって考えてみろ! この場所は本当に正しい場所か? 誰かに虐げられ続けるこの場所が正しい場所なのか!? こんなクソったれな状況下で、お前はただ身を潜めて震えるばかりだ! お前は自分が正しい場所にいると、そう心地良い夢を見る事で、それだけで自分を慰めようとしているに過ぎない』

「……貴方に何が分かるの?」


 私は苦し紛れに言い放つ。


「……私は……詰んでるの。ドンカスター家には勘当され、騎士団には頼れる仲間もいない。周りが敵だらけで……私には、力がないの」


 震える私にカネサダの怒りの声が飛ぶ。


『甘えるな、小僧!』


 その剣幕に私はびくりと飛び跳ねた。


『詰んでる、だと? 英雄となり全てを手に入れたホークウッドは、お前が想像も出来ないどん底の中にいた。だが、奴はそこから成り上がった! ホークウッドに比べれば、今のお前はとんでもなく恵まれた環境にいるんだぞ!』

「……英雄と一緒にしないで! 私とホークウッドは違う!」

『違わない! お前は奴と同じものを持っている!』

「……同じもの?」


 カネサダが腰元で頷く、そんな気配がした。


『一つは……暴力だ。お前には剣と魔導の才能がある』

「……暴力」

『暴力は黄金だ。ありとあらゆる国の貨幣が黄金との交換を元に価値を持つように、ありとあらゆる力____財力や権力、その他諸々の力は暴力を代替する仮初の力に過ぎない。この世の中で最も輝かしく純粋な力を持つお前は、本来、生まれながらの強者なんだ。____そして、もう一つ』


 カネサダは言い聞かせるように間を置き、告げる。


『復讐心だ』

「……復讐心?」

『ホークウッドが英雄になれたのは、その復讐心故だった。復讐が奴を成り上がらせた。世の中を憎み、変えようと燃え上がる暗くも輝かしい想いが、まずは奴の周りの環境を変え、リントブルミア王国を変え、サン=ドラコ大陸を変えた。もしホークウッドが普通の家に生まれていたのなら、奴が世界を変える事などなかった。なあ、ミシェル!』


 私の名をカネサダは力強く叫んだ。


『お前とホークウッドはよく似ている。お前たちは時代の敗北者だ。そして、その心の奥深くには強い復讐の魂が揺らめいている』

「……復讐? 私が?」


 私は胸に手を当て、考え込む。


 復讐。そんなもの微塵も考えたことはなかった。


 それは、私とは縁遠い言葉だ。

 だから、私にはカネサダが出鱈目を言っているようにしか思えなかった。


『今にわかるさ』


 まるでカネサダは予言をするように言い放つ。


『人間らしさを取り戻した時、お前の憎しみは一気に燃え上がる』


 ……人間らしさ?


『ホークウッドも同じだった。奴が人間になった時、その魂が産声を上げた時____復讐の炎が燃え上がって、周りの人間へと牙を剥いた』


 カネサダは何かを懐かしむように、声を弾ませた。


『俺は見てみたい。お前の中に眠る復讐心が燃え上がる様を。英雄の姿をもう一度見てみたいんだ』

「……」


 私は目を瞑り____


「下らない」


 そう一言吐き捨てた。


「貴方は私に英雄になって欲しいの? あのね、“英雄の時代”はもう終わったの。暴力が世の中を変える時代はとうに過ぎた。英雄はもう誕生しない」


 冷たく吐き捨てる私に、カネサダは笑い声を発した。


『まあ、肩の力抜けって。実の話をするとな……俺もお前にそこまで望んじゃいねえんだよ。この時代に英雄の誕生なんざ期待していない。ただ、俺は見てみたいんだ。どん底の人間が起こす……そいつの小さな革命をな』

「……」


 私は何も答えなかった。


 これ以上、彼と言葉をぶつけ合うのは無駄に思えたし、億劫だった。


「下らない」


 私は溜息を吐き、大浴場へと再び歩き出した。


 冷たくあしらう私。


 しかし、腰元の古びた鞘の中、微かにカネサダが笑ったようにも思えた。


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