第五十二話「マリア:屋敷内の防衛線」
ミシェルさんを執事として引き連れ、屋敷の外に飛び出したルカ様。戦闘が始まるとすぐさま屋内に戻り、屋敷中の人間を二階に存在する広い一室に集めた。
私、ラピス副隊長、アイリスさん、ミミさん、サラさん、フィッツロイ家の一同、客人として屋敷に滞在していた貴族達、屋敷の使用人、乙女兵士団の兵士達。各々が各々の不安と困惑の中にあった。
まず客人として屋敷に滞在していた貴族達だが、彼らは兎に角落ち着きがない。「騎士団が何故ここに!?」と口を開けばヒステリックな悲鳴を上げ、ルカ様を罵倒する者達もいた。気持ちは分からなくもない。彼らは一応の安全が約束されてこの場を訪れた身だ。それが、騎士団が目前に迫る危機的状況に立たされているので、気が立つのもいたしからぬと言うもの。
次に乙女兵士団の兵士達だが、彼女達も貴族達ほどではないが、激しい混乱の中にいた。兵士達は従者ではなく、魔導乙女騎士団の下部組織である乙女兵士団から守衛としてフィッツロイ家に派遣された部外者に過ぎない。計画の事も彼女達には秘匿していたので、突然の事態に天地がひっくり返ったような心地だろう。
事前に情報が与えられ事態の予測と覚悟が出来ていた筈の使用人たちは、それでも深く怯えている様子だ。彼らは私達の様な武人ではなく、あくまでも民間人。暴力に対し無力な分、抱える不安が大きいのだろう。
「外ではミシェルが戦ってくれている」
ラピス副隊長の言葉に、皆の視線が窓の外側に向く。前庭、大勢の騎士達を相手にミシェルさんが大立ち回りを演じていた。
「彼が騎士達を引き付けてくれているおかげで屋敷はまだ無事だが、今の内に備えておかなければならない」
ミシェルさんが派手に立ち回っているのは、騎士達を自分に注目させ、屋敷に近付けさせないようにするためだろうか。兎に角、今の段階では彼らが建物へ侵攻してくる様子はない。しかし、矛先はじきにこちらにも向けられることになるだろう。
「ミミ、魔導波感知センサーを」
「はい」
ラピス副隊長に促され、ミミさんが懐から六人分の魔導波感知センサーを取り出す。騎士達から取り上げた複十字型人工魔導核を改造して作り上げたものだ。身に着ける事で周囲の魔導波、即ち魔導核の気配を感じ取ることが出来るようになる。
「迎撃態勢を整えるぞ。三人二組に分かれ二正面に展開。一方は私が、もう一方はカエデ殿が率いる。よろしいですね、カエデ殿」
「ああ、任せて頂きたい」
カエデさんを含めた私達六人は魔導波感知センサーと各々の武器を装備した。
「組分けは……そうだな、サラとミミは私と、アイリスとマリアはカエデ殿と共に」
カエデさんに目配せをするラピス副隊長。この組分けで良いのか視線で確認を取っている。
「構わない」
短く一言で肯定するカエデさん。騎士団の序列に従うのであれば、今作戦の指揮はカエデさんに任せるべきなのだろうが、彼女は私達の戦力を正確に把握できていない。そのため、采配はラピス副隊長に任せ、自身は戦力の一つとして戦いに参加する事にしているようだ。ただし、体面の問題もあるのでラピス副隊長は作戦の決定事項を逐一カエデさんに確認するようにしていた。
「屋敷の皆が集うこの一室を死守する。私達の組は西側通路の防衛を、カエデ殿の組は東側通路の防衛を。まずは罠の設置に取り掛かる。よろしいですね、カエデ殿」
「分かった。さっそく行動を起こそう」
ラピス副隊長とカエデさんは頷き合い、すぐさま部屋を出た。私はアイリスさんと共に組分けされたカエデさんの後ろに付く。
「この屋敷は壊れても構わない。兎に角、敵の侵攻を阻むように罠を仕掛けよう」
ラピス副隊長の組と別れ、カエデさんが中に罠の入った大きな袋を掲げた。東側通路を進み、分岐点に地雷等の爆発系の罠を設置していく。
「爆発物をこんなに……よろしいのですか、カエデさん? 屋敷が本当に滅茶苦茶になりますわよ」
「ああ、なりふり構っていられない」
カエデさんが容赦なく爆発物を仕掛けるのでさすがに不安になった。この屋敷はあくまでもフィッツロイ家の別宅なので、仮に倒壊してしまったとしても構わないのだろうか。
「カエデさん、手際が良いですね」
器用に罠の設置を行うカエデさんにアイリスさんが感心した声を漏らす。彼女の言う通り、カエデさんは洗練された動きで、素早く正確に罠を仕掛け回っていた。
「実働部隊時代、私は“罠係”だった。その時の経験がこうやって生きているのだ」
「……“罠係”って……カエデさんが?」
「“東世界人”とのハーフで何かと苦労したのだよ。私の境遇は決して良くなかった」
ちくりと胸が痛む。カエデさんにその意図はないだろうが、彼女から何か責めを受けているような感覚を抱いた。
「だが、私は近しい者には恵まれた。多くの信頼できる仲間と友を得て、今では指揮官騎士として活躍の機会を頂いている」
作業の手を止めず、カエデさんは言った。
「決して良いものとは断じきれないが、世界は捨てたものではない。……彼にも、私のようにあって欲しいと願う」
彼、と言うのはミシェルさんの事を指しているのだろう。カエデさんは何かとミシェルさんの事を気に掛けていたが、もしかしたら自分自身の過去を重ね合わせていたのかも知れない。
罠の設置が完了し、私達は一度後方へ引き下がる。
「守り切れますでしょうか、私達だけで」
魔導波感知センサーに神経を集中しつつ、私はそんな事を呟いた。ミシェルさんは別格だが、私達も一応はエストフルト第一兵舎のエリート騎士。並みの魔導騎士相手には引けを取らないが、さりとて一騎当千の個人に多数で攻められると、対処できる自信がない。この場をたった数名で防衛する事に不安を覚えていた。
「ミシェル殿はたった一人で大勢の騎士を相手に奮闘している。それに比べて我々の使命のなんと容易い事か」
「ミシェルさんと比べるのもどうかと……」
「兎に角、我々はやらねばならない」
有無を言わさぬ口調でカエデさんは告げる。こういう所はいかにも指揮官騎士らしい。
前庭で戦うミシェルさんの様子を気にしつつ、屋敷への侵入者を警戒する私。落ち着かない。心がざわざわとし、不安で喉が渇いて来た。
私、アイリスさん、カエデさん。この三人で本当に騎士達を押し返すことが出来るのか。
「……!?」
数分後、その時は来る____
「どうやら、お出ましのようだな」
呟くカエデさん。魔導波感知センサーを装備している私達は人工魔導核の気配を察知することが出来る。魔道具を通じ、今建物内に押し入る多数の魔導波を感じ取った。
「行くぞ、まだこちらの人工魔導核は起動するな」
冷静に指示を出すカエデさんは、身を低くし屋敷の廊下を駆け抜ける。
魔導波____魔導騎士の気配は二方向から迫ってきていた。片方はラピス副隊長の西側から、もう片方はこちらの東側から。
人工魔導核を起動してさえいなければ私達の位置が敵方に割れることは無い。そのため、私達は正面から騎士達と戦うのではなく、索敵と罠と地の利を活かして彼らを迎撃する。
「止まれ、この先に敵がいる」
通路をしばらく進んだところで、カエデさんが再び指示を出す。そして____
「爆発後、すぐに斬り込むぞ」
カエデさんの言葉を掻き消す様に、前方で爆発が起きた。魔道具を搭載した遠隔起動が行える爆弾。それが起爆したのだ。
建物が倒壊する音と騎士達の悲鳴が重なる。私達はすぐさま複十字型人工魔導核を起動し、混乱の最中に身を投じた。
「このような策は不本意なのだがな」
鞘から剣を抜き放ったカエデさんが、爆発と建物の崩壊に巻き込まれた騎士達に斬撃を繰り出していく。急所は外しているものの、真剣で斬られ、騎士達から血潮が噴き出した。
「こっちは任せて下さい!」
アイリスさんが負けじと剣を手に敵に立ち向かう。私も援護するように続いた。
「……ハアッ!」
私の剣が敵の騎士の一人の肩を切り裂いた。間髪入れずに、別の騎士にも刃を振るう。爆発による混乱で態勢が崩れている騎士達。おかげで私は複数人を同時に相手取れた。
「マリアちゃん、後ろ!」
「見えていますわ!」
アイリスさんの忠告。敵の剣が背後から私に迫っていた。しかし、私は易々と不意打ちに対処する。ここ数日のミシェルさんとの模擬戦の成果か。敵の刃が止まって見える。
「一旦引くぞ!」
しばらく乱戦を繰り広げていた私達だが、カエデさんの一言で戦闘を中止し、撤退を開始する。敵方の混乱が収まって来たので、態勢を立て直される前に戦線を離脱する作戦だ。
爆弾を投げつけ、爆風を起こすカエデさん。その隙に私達は後方に引き下がる。
「人工魔導核を未起動状態にしろ!」
カエデさんの命令。退避して敵方の姿が見えなくなったところで再び人工魔導核を未起動状態にし、魔導波感知センサーを起動させる。そうすることで、私達は騎士達から姿をくらますことが出来るのだ。
「もう一度、行くぞ」
しばし訪れる戦場の静寂。だがそれもほんの数分の事だ。敵方が侵攻を再開したところでこちらも前進し、罠を遠隔起動させる。爆発が騎士達を撹乱。複十字型人工魔導核を起動し、私達は乱れる敵の集団に攻め込んだ。
屋敷内には数段階に分けて罠が仕掛けられているので、私達は前進と後退を繰り返すヒット・アンド・アウェイの戦法を駆使し、敵に被害を与えながらその侵攻を遅らせる。数度目の強襲を経て、騎士達の足がぴたりと止まった。
「……敵の動きが止まりましたね」
「ここまでかなりの損害を与えたからな。奴ら、警戒しているのだろう」
アイリスさんの言葉にカエデさんが頷く。罠を利用したこちらの襲撃は、騎士達に多大な恐怖を与えたようだ。
「私達、なんとかなっていますわね……たった三人で……向こうは恐らく一個部隊程の人員を投入していますわよ」
「ああ、我々はよくやっている。罠を駆使した戦法が上手く行ったのと……何より、アイリス殿とマリア殿が優秀な騎士だったおかげだ」
私とアイリスさんに賛辞を贈るカエデさん。そう言う彼女も、指揮官騎士に相応しく高い戦闘能力を保持していた。実働部隊を去った後も鍛練を欠かさなかったのだろう。とても頼もしい。
「あっちは大丈夫かな」
後方を見遣り、アイリスさんが呟く。ラピス副隊長達の事を気に掛けているのだろう。あちら____西側からも魔導波の反応がある。
「今のところ、問題はない筈だ。魔導波の発生源を鑑みるに、奥まで侵攻されている様子はない。こちら同様上手く対処できているのだろう」
不安を拭い去るようにカエデさんがアイリスさんに答える。
「あちらにはサラさんもいますし、心配ありませんわ」
言葉を添える私。私達の中でミシェルさんに続き戦闘能力が高いのはサラさんだった。ミシェルさんのような別次元の強さはないが、その実力は三番手のアイリスさんを凌ぐ圧倒的なものだ。
「私達は私達の戦いに集中いたしましょう」
「それもそうだね」
頷き合う私とアイリスさん。ミシェルさんやラピス副隊長達の心配をしている場合ではない。私達は私達で、与えられた役割を着実に果たすのだ。
意識を魔導波感知センサーに集中し、敵の動きに注意する。現在、騎士達の侵攻は停止しており、そのため私達もその僅か後方で待機している状態だ。
「全然動きませんわね」
やや不安な声音で私は呟く。こちらとしてはこのまま敵が立ち往生を続けてくれていると有難いのだが……それにしても、死んだように騎士達の反応が一点から動かないのは不気味だった。嵐の前の静けさと言うか、何か裏があるように思えてならない。
沈黙が続き、次第に妙な焦りが募り出した。
「カエデさん、何だか妙なざわめきが____」
歓迎すべき筈の膠着状態に不安を覚え、カエデさんを見遣ったその時だ____突如、背後から魔導波の反応を感じ取った。
「……魔導波の反応!?」
私達は一斉に背後、ルカ様や屋敷中の皆が避難している一室の方向を振り向いた。
「どうしていきなり……!」
数はそれ程多くない。しかし、幽霊のように突如出現した謎の魔導波反応に私の動悸が速くなる。
「不味い、どうやら出し抜かれてしまったようだ」
目をすがめ、カエデさんが歯軋りをした。
「私達とラピス殿達が守りを固めている場所から、屋敷の者達を匿っている部屋に目星をつけたのだろう。そして、我々同様に人工魔導核を未起動状態にして目的の場所まで忍び寄ったのだ」
敵も間抜けではない。二つの防衛線からルカ様達の所在を推測し、背後を取ることぐらいはするだろう。
「母上達を守護しなければ! ……敵の数はそれほど多くない。マリア殿、至急母上達の元まで向かってくれないか」
「私ですか? ……はい、分かりました!」
迅速に指示を出すカエデさん。突然の指名に一瞬だけ困惑する私だが、すぐさま目的の場所へと急行する。
複十字型人工魔導核を起動し、屋敷の通路を疾駆する私。前方に魔導騎士の気配である魔導波を複数感じ取る。幸いな事に数はそれ程多くない。私一人でどうにか対処が可能なレベルだ。とは言っても、油断は禁物だが。
「……見えた!」
騎士の姿を目視で確認する。数は四人。疾駆の勢いを殺さぬまま、私は敵の一人に剣を放った。
「やあッ!」
私の刃は騎士の肩口を深々と抉り、その意識を奪った。鮮血が飛び散る中____
「……!?」
驚きで目を見開く私。こちらの強襲に驚き固まる敵の騎士達と視線が交差する。斬り捨てた騎士と残りの三人の騎士達。その顔に見覚えがあった。
いや、見覚えどころではない。それは私の良く知る……嫌と言う程慣れ親しんだ顔だった。
「……お姉様!」
反射的に後方に飛び退る。心臓を鷲掴みにされたような感覚を抱き、息が苦しくなった。
「マリアではありませんの」
目の前の騎士____マーサ・ベクスヒル、お姉様が意地の悪い笑みを浮かべた。