第五十一話「ミシェルとガブリエラ」
地面に転がるおびただしい数の騎士達。大量の血液が作る赤い絨毯。
____フィッツロイ家の別宅屋敷、その前庭は凄惨な戦場と化していた。
時間経過により乾燥し、赤黒く変色した血液。それは騎士達ではなく私が流したものだ。
白刃ではなく峰打ちで騎士達に応戦していた私は無傷の状態で彼らを翻弄していたのだが、騎士団の精鋭部隊ラ・ギヨティーヌが前線に出て来たところで、身体に刃を喰らうようになっていた。
通常の魔導騎士達とは異なり、ラ・ギヨティーヌは対人戦闘のスペシャリスト。個々の戦闘能力もさることながら、巧みな連携により私にダメージを与える。
ボロボロになった上着を脱ぎ捨て、私は自身の身体の状態を確かめた。シャツが血で真っ赤に染まっている。しかし、皮膚には傷一つ付いていない。“固有魔法”の“超回復”の力により、傷口はすぐに塞いでいるからだ。
『息が上がっているぞ、ミカ』
「……血を多く流し過ぎた所為だと思う。“超回復”だと血液まで元通りに出来ないのかな?」
奇妙な光景だった。地面に倒れているのは敵方の騎士なのに、その周囲に飛び散っているのは全て私の血液だ。
「……今何時だろう? 敵の数は後どれくらい?」
『今は開戦から丁度一時間が経過している。残りの敵は……そうだな、後半数ってところだな』
「……そっか」
簡潔に答えてくれるカネサダ。時間的にも敵の数的にも今は折り返し地点。溜息が私の口から漏れ出た。……後、半分かあ。
多少息は上がっているが、身体的な疲労よりも精神的な疲労の方が今の私には大きい。ラ・ギヨティーヌが前線に出てからは、防戦に持ち込まれてしまっている。彼女達は搦手が多いので気も抜けない。
だが、この戦い、その勝利は私に大きく傾いている。このまま戦闘を継続させてさえいれば、それだけで私の勝ちなのだ。王宮からの使者の到着、あるいはこのまま敵を全滅させるか。気の遠くなる話だが、ゴールは見えている。
『大丈夫か、ミカ?』
「平気。心労は凄いけど体力的には問題ないから。でも出来る事なら減った分の血が欲しいかも」
失った血を取り戻す。ここまで消耗して気が付いたのだが“超回復”の領分では外傷を癒すことは出来ても、血液の再生は不可能らしい。“超変化”まで“固有魔法”の能力を拡張して行使すれば、それは可能になると思われるが……カネサダとの約束がある。余程の事態に陥らない限り、“超変化”の使用は控えねばならない。
『来るぞ、ミカ!』
「分かってる!」
再び迫るラ・ギヨティーヌの刃。紙一重で躱し、正面の騎士に反撃の峰打ちを放とうとするが、それを阻むように横からもう一つの刃が私を狙う。二つ目の刃を咄嗟にカネサダで弾き、大きく後方に飛び退る私。
「ああ、もう!」
思わず歯軋りをしてしまう。巧みな連携により中々数を減らさせてくれないラ・ギヨティーヌ。彼女達が相手でなければ、もっと早い段階で敵方を全滅に至らしめていただろう。
「……どうにか、騎士団団長の元へと斬り込めないかな」
騎士団団長専用馬車の方へと何度も突撃を試みようとしたが、ラ・ギヨティーヌが相手で、それ以外の大勢の騎士達が守りに徹しているこの状況では、その隙が生まれない。それが叶えば、騎士団団長を人質にでもして敵方を沈黙させることが出来るかもしれないのだが。
「このまま持久戦を続けるしか……ん?」
ラ・ギヨティーヌと対峙し、油断なく剣を構える私。
しかし、突如____寒気のようなものを感じ取った。
全身の血潮が凍り付き、内臓を何者かに掴まれるような感覚。
それは、気温の変化によるものではなく、第六感が伝える生命への警告だったのだろう。
『……おい、ミカ』
「カネサダ」
相棒も何か異様な気配を感じ取ったようだ。私はごくりと唾を飲み込み____
「何か、来る」
その刹那、何かが空から墜ちて来た。前庭の地面を抉り、衝撃波を周囲に伝え、私の眼前に姿を現す。隕石ではない。それは……小さな女の子だった。
「やれやれ、ようやく到着しました。既におっぱじめているようですが……兎に角、間に合って良かったです」
身の丈程の棺桶を背負った灰色の長い髪を持つその少女は、落下の際に纏った土埃を払い、溜息を吐いた。
圧巻の登場に目を丸くする私の前で、少女は髪をかき上げ、小さく伸びをする。
「さて、貴方が件の反逆者……名前は何と言いましたかね……確か____」
『ミシェルよ、ガブリエラ。確か“ドンカスターの白銀の薔薇”なんて二つ名を持っていた筈』
「そうそう、ミシェルでした」
気のせいだろうか。少女の背負っている棺桶から女性の声が聞こえたような。私はカネサダを構え直し、目前の少女に問いかける。
「何者だ?」
私の問いかけに、少女はじっと値踏みするような視線を寄越す。
「私ですか? ____“働き者の女神”を持つ者です」
告げる少女。はためくマントにはラ・ギヨティーヌの紋章。
少女は背負っていた棺桶を地面に降ろす。中から両端に取っ手の付いたギロチンの刃____“働き者の女神”が姿を現した。
“働き者の女神”を持つ者。私は彼女の名前を知っている。
「ガブリエラ・アンドーヴァー」
「ええ、ガブリエラは私の名前ですね」
ギロチンの刃に付けられた取っ手を握り、ガブリエラは頷く。
「まあでも……どうでも良いですよ、そんな事」
自身の上体以上の全長を持つギロチンの刃を片方の細腕でくるくると回すガブリエラ。
「どうせ貴方は、今ここで死ぬんですから」
「……!」
一瞬____ギロチンの刃という鉄の塊が疾風の如く我が身に迫る。咄嗟にカネサダで斬撃を防ぐ私。鈍色と白銀の煌めきがぶつかり合い、火花が散る。
「速い……!」
「……今の一撃を防ぎますか」
ガブリエラの繰り出した神速の一撃に目を丸くする私。ガブリエラもガブリエラで己の放った一撃が防がれたことに、驚きの声を漏らした。
しばらく峰と刃で押し合いをしていた私とガブリエラ。隙を見て、カネサダを引き、少女に足払いを放つ。
「小賢しいことを」
私の放った足払いは、ガブリエラが後方に飛ぶことで易々と回避される。しかし、その行動が大きな隙を生んだ。少女の跳躍に合わせ、私は追撃の峰打ちを胴体に仕掛ける。
「……無駄です!」
「……!」
真横に払われたカネサダを、ギロチンの平らな胴体を盾にすることで、ガブリエラは防ぐ。すぐさま刀を翻して反対側に二撃目を放つ私だが、それも呆気なく弾かれてしまった。
「邪魔くさい……!」
大きなギロチンの刃は、ガブリエラを守護する盾としても機能していた。隙を見つけて何度もカネサダを振るうが、最低限の動きで峰打ちは阻まれてしまう。
カネサダを持ち替える私。峰ではなく刃を少女に向ける。ギロチンの刃____ガブリエラを守る盾をカネサダの鋭利な刃で一刀両断にするために。
「____斬るッ」
渾身の力を込めて放った斬撃がギロチンの平らな胴体にぶつかる。白刃が鈍色の刃を断ち斬る____かと思われたが、そうはならなかった。ギロチンの刃には傷一つ付かず、私に両手の痺れを与えるのみ。
「……き、斬れない?」
全てを断ち斬る刃を持つカネサダ。その斬撃が通じない。狼狽える私にガブリエラは呆れたような声を漏らした。
「愚かですね。女神様を断ち斬る事が出来るとでも?」
「……くっ」
あり得ない。カネサダの刃で断ち斬れない物があるなど。何かの間違いだ。動揺で手が震える私に____
『そこにいるんでしょ、フラン』
「……!?」
突如、ガブリエラの持つギロチンの刃から女性の声が聞こえ、私は目を丸くして後方に飛び退る。
「……お、女の人の声……?」
ギロチンの刃____“働き者の女神”を構えるガブリエラを凝視する私。確かに聞こえた。彼女の持つ鈍色の刃から女性の声が。
『フラン、だと……? お前、その気配、声……まさか……』
「どうしたの、カネサダ」
私の手元、カネサダが私以上の動揺を見せていた。
『俺をその名前で呼ぶ奴は一人しかいねえ……お前、まさか……エステルなのか』
カネサダの声が震えているのが分かる。未だかつて聞いた事のない相棒の声音に私は困惑を隠しきれない。
『久しぶりね、フラン。数世紀ぶりだけど、まだ私の事覚えてくれていたのね』
『お、お前……どうしたんだよ、その姿!?』
『どうしたのって、貴方と同じよ。元の身体を捨て、刃に魂を移したの』
私を無視して会話を繰り広げるカネサダに問いかける。
「カネサダ、どういう事? もしかして、知り合い?」
『……エステルだ』
「エステル?」
復唱する私にカネサダが重々しく告げる。
『エステル・ウォラストン。“白銀の団”副団長で____』
『“白銀の団”団長フランシス・ホークウッドの元妻よ』
「フランシス・ホークウッドの……え……カネサダの元……!?」
カネサダ、そして“働き者の女神”が伝える事実に天地がひっくり返ったような驚きを覚える。
ガブリエラが携える“働き者の女神”。その正体は“白銀の団”副団長エステル・ウォラストンで、フランシス・ホークウッド____カネサダの元妻。
「え、ちょっと待って……カネサダ……結婚していたの……?」
『あー……今はどうでも良いだろ、そんな事』
「どうでも良いって……初耳なんだけど……」
カネサダが結婚していたからと言って、それが私にとって何かしら大きな意味を成す訳ではない。ないのだが……少なくない衝撃を受けたのは認めなければならない。
『酷い男ね、フラン。貴方、知らないでしょう……貴方が国を離れた後、私、身籠ったのよ』
『……!? 身籠ったって……お前、子供が……嘘だろ……』
与えられる情報に脳の処理が追い付かない私とカネサダ。困惑の中、ガブリエラは容赦なく“働き者の女神”を振るった。
「……くっ!」
間一髪、ギロチンの刃を防いだ私だが、その重量でもって後方に吹き飛ばされる。
「死んで下さい」
ガブリエラは間を与えずに追撃を加えた。身の丈程の鉄の塊を自在に振るう少女の様は現実離れが過ぎて、その荒々しい様に関わらず神秘的ですらある。
「……いっ」
油断。いや、動揺を引きずってしまった。直撃は避けたものの、右の二の腕に深くギロチンの刃を貰ってしまう。反撃の斬撃を放つ私。牽制したところで、一度距離を取る。
「しぶといですね、貴方」
私の腕から噴き上げる鮮血を眺めながらガブリエラは呟く。
敵の動きを警戒しつつ、私は“超再生”の力で早急に傷口を塞ぐ。その様子を見ていたガブリエラは眉をぴくりと動かした。
「……貴方、今……身体の奥の魔導核から……“固有魔法”を……」
ガブリエラの瞳に危機感のような感情が宿る。
「どうやら、秀蓮の情報は本当だったようですね」
「……秀蓮の?」
「まさか、私以外に“固有魔法”の使い手が存在しているとは。……残念でなりません。その力、出来れば騎士団のためにあって欲しかったです」
ガブリエラの口から惜しむような溜息が漏れ出た。
「ですが貴方は反逆者。それ故に決して生かしてはならない存在。残念です。本当に残念。貴方ほどの力の持ち主がどうして騎士団に背く愚を犯すのですか」
それまで冷淡で冷徹な態度を取っていたガブリエラから感情的な言葉が発せられる。一回りも小さな少女にそのように責め立てられ、何だが妙な罪悪感が湧いてきてしまう。
「“赤き血の道”の先、人類がようやく手にした平和と秩序。その権化である乙女騎士団。その存在を貶める者は、誰であろうと地獄に堕ちて貰います」
切実な思いを以て紡がれたガブリエラの言葉に、私は眉根を寄せるのであった。
「……平和と秩序ね」
馬鹿にするように私は鼻を鳴らす。
「そんなものはまやかしに過ぎない。強者が弱者を喰らう“英雄の時代”の在り方は、形を変え、今も健在だ。胸に手を当てて考えてみろ。お前は今、どんな正しさを根拠に私達を始末しようとしているんだ? マーサ・ベクスヒルとオークの結託を隠蔽するために無実の同胞に罪を着せ、亡き者にしようとする。この行いの何処に正義がある?」
私の口を塞ぐように再びガブリエラはギロチンの刃を振るう。
「その言葉で確信しました。“ロスバーン条約”と乙女騎士団が敷く平和の意義を理解できない無知蒙昧な貴方は、やはりここで死ぬべきです。正直を言うと、貴方達の事はその能力を見込み、始末せずに生かしておこうと……そう言う選択肢もありました。ほんの毛ほどの可能性ですけど。ですがそれは、貴方達が騎士団にとって有益な存在であると確信が得られた場合のみの話。貴方は……貴方達は私が想像する以上に邪悪なケダモノのようですね。だから殺します。貴方も貴方のお仲間も貴方の愚かな思想に感化された者達も例外なく殺します」
一切の迷いもなく、殺意の言葉を吐き出すガブリエラ。異常だと、私は思った。騎士団を絶対の存在と仰ぎ、彼らが敷く平和と秩序に一片の疑いも挟み込まない。ラ・ギヨティーヌは騎士団信奉者の集団だと聞くが、彼女もその例外ではないのだろう。
“働き者の女神”を持つ者、ガブリエラ・アンドーヴァー。……コイツは……危険だ……。
「私もその言葉で確信した」
刀とギロチンの刃で押し合いをする中、私は声を絞り出す。
「____お前は……ここで死ぬべきだ」
『……ミカ?』
驚きの声を上げたのは相棒のカネサダだった。
「“ロスバーン条約”による変革が成されて以降、この世界は停滞し、秩序はただ腐敗の一途を辿っている。……乙女騎士団は変わらなければいけない」
歯を食いしばり、ガブリエラを押していく私。
「私は……私達は……騎士団を……この国を……この世界を変える……!」
力が拮抗していた私達だが、一度半身を引き、ガブリエラの態勢を前のめりに崩す。僅かだが少女に隙が出来た。
「お前のような存在は邪魔になる」
「……ッ」
私はカネサダの鋭い刃をガブリエラの首元に放った。それは必殺の一撃。恐るべき少女の反射神経により急所は外されたが、肩口を深々と抉り、鮮血を噴水のように噴き上げさせた。
「この……反逆者が!」
追撃を放とうとしたところで、ギロチンの刃による反撃が繰り出され、私は二撃目の刃を断念する。後方に飛び、カネサダを構え直した。
「お前をここで殺す。お前だけは……生かしておけない」
確信があった。目の前の少女ガブリエラは、この先、騎士団の変革を目指す私の前に最大の障害として幾度となく立ちはだかることになるだろう。
私が対峙した敵の中で、最も強く、最も執念深く、最も騎士団への忠誠心が篤い。その脅威は決して不殺の慈悲を与えてはならない程のものだ。
『ガブリエラ、早く傷の治療を』
「分かっています、女神様」
“働き者の女神”の声に頷くガブリエラ。彼女の身体の奥底____魔導核が活性化するのを感じた。直後、少女の肩口の傷は塞がり、流血がぴたりと収まる。
____“固有魔法”。よりにもよって、私と同じ“超回復”の力だ。
『油断は禁物、ガブリエラ。彼女……いえ、彼かしら、貴方に引けを取らない強さよ』
「そのようですね」
血で衣服を汚しつつ、それでも平然と佇むガブリエラ。
『ミカ、お前、“殺し”はしないって言っていたよな』
「うん、言ってた」
『ついに……やるのか?』
短く息を吐き、頷く私。
「騎士達、ラ・ギヨティーヌも……私の敵じゃない……だけど……コイツだけは違う」
チャーストン分家屋敷ではリリアナ・チャーストンとレイズリア・チャーストンに殺意を向けた。それは憎しみに起因するものだったが、今回の殺意は違う。怒りや憎しみではなく、言ってしまえば恐れから来るものだ。それも理性的な判断に基づく恐れ。感情の伴わない合理的な殺意。
「カネサダ……貴方に出会えたことは運命だったんだと思う」
『ああん、どうしたんだよ、急に』
「貴方に感じた運命を、私は彼女にも感じている。だけど、それは望まれない運命。きっと、私達は殺し合うために互いの生を受けたんだって……そう思うよ」
それは、馬鹿げた妄想に思えるのかも知れない。運命____なんの根拠もない戯言だ。しかし、私はその運命とやらを感じざるを得なかった。
ガブリエラは恐らく私と同等の力を持っている。剣の才能。魔導の才能。そして“固有魔法”。だと言うのに、私達は正反対の信念と価値観を抱いて生きているのだ。
「私は____ガブリエラを殺す。ここで殺さなければいけない」
「不思議ですね。私も貴方と同じ気持ちです。貴方だけは……ミシェルとい言いましたか____ここで殺す。ここで殺さなければいけない」
再び斬り合う私とガブリエラ。カネサダと“働き者の女神”がぶつかり合い、火花が散る。
「皆さん、近付かないで下さい! この人は私が……一人で始末します!」
仲間のラ・ギヨティーヌ達に向けガブリエラが叫ぶ。直後、振るうギロチンの刃の速度が格段に上昇した。仲間の支援を断ち切った事により、覚悟が決まったのだろう。今からの彼女は、正真正銘の本気だ。
しかし、覚悟が決まったのはガブリエラだけではない。“殺しを行わない”と言う精神的な枷を外した私。今から振るう力は、敵を屠ることに一心を傾けた、正真正銘の全力だ。
「死ね、反逆者ッ!」
「反逆者だと……ふざけるなッ!」
殺意と殺意の衝突。敵を噛み千切るように、気炎を吐き合う私とガブリエラ。
「何が反逆者だ! 反逆者はマーサの方だろう! 騎士団の裏切り者はマーサ・ベクスヒルだ! お前は……お前達は、刃を向ける相手を間違えている!」
「木を見て森を見ずとはこの事ですね! 些細な真実など闇に葬れば良いのです! 騎士団を貶めようとする行為……その大罪を自覚しないとは! 貴方達は反逆者です! 人類が信奉する平和と秩序と知性を否定する……邪悪でおぞましい存在です!」
「お前の方こそ、森を見て木を見ていない! 弱者を虐げ、強者の不正を是とする……そんな平和と秩序に……一体なんの価値がある!」
刃と言葉を重ね合う。その度に嫌と言う程思い知らされた。私達は決して分かりあえない。やはり、殺し合う運命にあるのだ。
『ガブリエラ、このままじゃ埒が明かないわ』
「女神様」
『しかもどうやら、こちらにはタイムリミットがあるようね。戦いを長引かせることは出来ないわ』
“働き者の女神”から聞こえる声に、後方に飛び退るガブリエラ。
「……タイムリミット? よく分かりませんが、早急に彼女……いえ、彼を始末する必要があるのですね」
カネサダと同じく“働き者の女神”にも人の心を読み取る能力が備わっているのだろう。こちらの事情を把握する事が出来るらしい。
『フラン、懐かしいわね。こうやって、刃と刃をぶつけ合うのは。剣術の勝負……私は結局、貴方に一勝も出来なかったけど』
『……エステル』
『だけど、その無念ここで晴らさせて貰うわ。この勝負、ガブリエラが勝つ。私のガブリエラが貴方のミシェルを打ち負かす。さあ、やりなさい、ガブリエラ____私の天使』
「はい、女神様」
静かな少女の声____
次の瞬間、ガブリエラの身体の奥から大きな魔導波のうねりを感じ取った。彼女の魔導核が異常な活性化を見せている。
「……!? ……これは」
カネサダを構える私の前に、細長くて黒い木の枝のようなものが出現する。先端は太陽を掴むように宙へと伸び、根元はガブリエラの背面に続いていた。
『背中から木の枝が……』
まるでガブリエラに寄生しているかのような異様な木の枝に、カネサダが警戒を露わにした声音を漏らす。
「どうやら、奥の手を使わなければいけないようですね」
ガブリエラの言葉に呼応し、彼女の背面から伸びる木の枝が独自の意思を持つかのように動き出す。
『ミカ、あの姿……あの力……』
「____“超変化”の力」
チャーストン分家屋敷での出来事を思い出す。憎しみと生命の危機の中、私は自身を異形の姿へと変えた。背中から巨大な触手を生やし、圧倒的な力でラ・ギヨティーヌを蹴散らした記憶が、目の前の光景と重なる。
「……魔導核よ、私に力を。反逆者を屠る断罪の姿を与えよ」
ガブリエラから伸びる黒い木の枝は、更に長く、太くその姿を変貌させる。そして、その先端がぱっくりと裂けたかと思うと、人間のそれを思わせる五指に別れた。
目前の異形____
言うなれば、それはガブリエラの第三の手。奇しくも、私がチャーストン分家屋敷で自身の触手に与えた姿と同様のものだった。
「“固有魔法”____“超変化”。天から与えられ、女神様に啓示を受けたこの力で、ミシェル……貴方を葬る」
ガブリエラの第三の手が、宙を掴んで拳を作り、私に押し寄せた。