第四十八話「秀蓮:反逆者の行方」
ミシェル先輩に負わされた怪我から回復し、私は実働部隊の業務に復帰を果たしていた。
先輩達に出くわしたあの日から既に二週間以上の日数が経過している。しかし、その後の彼らの情報は未だに掴めていない。バリスタガイ方面に向かった先輩達に対し、騎士団はヨルムンガンディア帝国方面に当たりを付け捜索を行っている。だから、彼らが捕捉される確率は極めて低いと言えた。
トルスティア第一兵舎。日課である施設内の清掃を終え、私は街中の巡回任務のため外出の準備を整えていた。
その折り____
「秀蓮、貴方に客よ」
「私にですか?」
同じ部隊に所属する騎士から呼び掛けられる。
「貴方の巡回任務は他の人に替わってもらうから、お相手よろしく」
そう言って私の肩をぽんぽんと叩く騎士。彼女の言葉から客人が誰なのか粗方予測する事が出来た。予定していた巡回任務を代行して貰い、相手をするような人物。十中八九、客人はラ・ギヨティーヌだ。
私にラ・ギヨティーヌ準隊員としての仕事が入ったのだろう。ミシェル先輩をこの街で捕捉して以降、私のラ・ギヨティーヌとしての任は一度解かれていたが、再び彼らに協力するように要請が来たのだ。
兵舎の出口に向かう私は、しばらくすると前方に見知った顔を認める。
「おや」
と、思わず私は声を零す。
「ガブリエラさんではありませんか」
灰色の長い髪に、小柄な私よりも更に小さな身体の同期、ラ・ギヨティーヌ最強の騎士であるガブリエラ・アンドーヴァーがそこにいた。身の丈程もある棺桶を背負い彼女はじっと玄関先で佇んでいたが、私の姿に気が付くと軽く手を振り前方に立ち塞がる。
「客人と言うのは貴方ですか?」
「はい、そうです」
頷くガブリエラさん。ラ・ギヨティーヌの客人だとは思っていたが、よりにもよって彼女が私の前に現れるとは。
「また任務ですか? “働き者の女神”を持つ貴方が、わざわざ伝達とは」
「任務ではありません。貴方に伺いたい事があって、このように出向かせて頂きました」
「伺いたい事?」
首を傾げる私。感情の起伏が乏しいガブリエラさんの表情をじっと観察する。伺いたい事とは一体何だろうか。
「例の反逆者、行方が掴めません」
「らしいですね」
「貴方、行方に心当たりはありませんか?」
腕を組み、目を細めるガブリエラさん。その口調に不穏なものが含まれていた。
「行方? 前にも言いましたが、ヨルムンガンディア帝国へと____」
「貴方、反逆者とは友人同士だったらしいですね」
刺すようなガブリエラさんの言葉に私は黙り込んでしまう。
「私は茶番が嫌いなので、単刀直入に述べます。貴方、彼らを庇って私に嘘の情報を吹き込んだのではありませんか?」
「まさか」
ガブリエラさんの疑惑に私は即答する。
「そんな事あり得ませんよ」
並みの人間ならばここで動揺や躊躇を見せるところだが、お生憎、踏んでいる場数が違う私はそのような失態を演じない。
「私の性分はよくご存じでしょう? 根っからの小心者。騎士団を裏切るような行為をするとでも?」
「確かに、その通りですね」
納得する仕草を見せるガブリエラさんだが、その手は背後の棺桶へと伸び、中から両側に取っ手の付いたギロチンの刃____“働き者の女神”を取り出す。
鈍色の胴体の先端に白銀の冷たい刃を宿す“働き者の女神”は、例え持ち主に振るわれずとも周囲に言い様のない恐怖と威圧を振りまいていた。
何故ガブリエラさんが“働き者の女神”を取り出したのか。その理由が分からず、私は内心動揺していると____
「秀蓮」
「はい? ……ぶはぁっ!?」
突如、私は腹部にガブリエラさんの拳を頂き、地面にうずくまる。
「……ガ、ガブリエラさん? 一体、何を____」
「もう一度問います。反逆者の行方に心当たりはありませんか?」
お腹を抱えてガブリエラさんを見上げる私を、彼女はギロチンの刃を片手に氷の様な冷たい瞳で見下ろしていた。
「貴方とは結構な付き合いになりますね。なので、親切心で教えて差し上げます」
ガブリエラさんは手元のギロチンの刃に目を向け、冷徹に告げる。
「女神様の前で嘘は通用しません」
私の視線が“働き者の女神”に向く。その冷たい刃は、責め立てるような光を湛えていた。
「う、嘘が通じない? な、何を……」
「女神様は全てを見通します。そしてその御声に耳を傾けることの出来る私にも嘘は通用しません」
全身から嫌な汗が噴き出す。ガブリエラさんが何を言っているのかよく分からないが、兎に角、今の彼女に虚言は通じないようだ。
「私は寛大です。貴方が今後、私やラ・ギヨティーヌ、騎士団にとって有益な人物であり続けるというのなら、背信行為については目を瞑りましょう。ですから」
「バリスタガイです」
ガブリエラさんが言い終える前に私は述べる。
「先輩達____反逆者はバリスタガイへと向かいました。間違いありません」
「バリスタガイ?」
ガブリエラさんは私から視線を外し、“働き者の女神”に語り掛ける。
「彼女の言っていることは本当ですか?」
ギロチンの刃と会話するガブリエラさんを私は静かに見守っていた。やがて____
「どうやら、嘘を言っている訳ではないようですね」
幾分か和らいだガブリエラさんの口調に私はほっと息を吐く。
「しかし、バリスタガイ……反逆者は何故そのような場所に? バリスタガイの先はオークの大森林で袋小路の筈。……あの街には常在の騎士がいないので、確かに潜伏するには持ってこい……いや、男性ばかりの場所にいては目立ってしまうような……」
ぶつぶつと独り言を述べ始めるガブリエラさん。再びその視線が私に向く。
「貴方の意見を聞かせて下さい」
話を振られ、私は予め抱いていた推測を披露する。
「反逆者がバリスタガイへ向かったのは、逃亡のためでも潜伏のためでもないと考えます」
短い付き合いだが、ミシェル先輩がどのような人物なのか私はよく理解していた。巨大な敵に対し膝を屈することを厭う先輩は、恐らく____
「反逆者は反撃に出るつもりです」
「反撃? それはつまり____」
「マーサさんとオークの繋がりを明かし、自分達の冤罪を晴らそうと画策している。そのために彼らはバリスタガイへ向かったと思われます」
私の意見にガブリエラさんは顎に手を添える。
「根拠はあるのですか?」
首都エストフルトではエストフルト・エコノミー・ジャーナル社、チャーストン分家屋敷を相次ぎ訪れ、協力を得ようとするも失敗に終わる先輩達。騎士団の力の前に、抗う事を諦めるだろうと多くの関係者は思っていた。ガブリエラさんもその一人である。なので、彼女は私の推測にやや懐疑的だった。
「根拠、ですか。根拠と言う程のものではありませんが」
そう前置きして、私は____
「実は数日前、このトルスティアの街中でマーサさんを見掛けたのです」
「マーサ・ベクスヒルを? それが何か?」
話が見えず首を傾げるガブリエラさん。
「その時はあまり気に留めなかったのですが、彼女、恐らくはバリスタガイへ向かったと思われます」
勘が良い人ならば、この時点で色々と察することが出来るものだがガブリエラさんは依然首を傾げたままだ。
「恐らく、マーサさん……彼女は反逆者の術中に嵌ってしまったものと思われます」
「どういうことですか?」
反逆者の術中に嵌る。その言葉でガブリエラさんは目の色を変えた。
「反逆者が何故バリスタガイへと向かったのか。それはマーサさんとオークの繋がりを示す決定的な証拠を得るためです。そして、その決定的な証拠と言うのが、マーサさんとオークの面会場面を記録した記録石になると思われます」
私は咳払いをして、時系列順に話を繰り返す。
「バリスタガイへ向かった反逆者は、まずオークの集落に乗り込みます。そして、力で彼らを屈服させ、言いなりにする。連絡手段は不明ですが、オークにマーサさんを呼び寄せて貰い、その結託が確認できる会話を繰り広げて貰う。そして、その様子を記録石に収める事で、繋がりの証拠とする。こんなところですね」
あくまで推測の範疇を出ないが、それなりに可能性のある説だと思われる。
「オークの集落に乗り込み、言いなりに……そんな無謀を?」
疑わし気に呟くガブリエラさんだが____
「いや、確か反逆者は……それならば、あるいは……。どう思いますか、女神様?」
手元のギロチンに尋ねるガブリエラさん。私の事など無視して、一人白銀の刃に向かってうんうんと頷いていた。
「成る程、可能性はあると」
納得した様子を見せるガブリエラさんは私に向き直る。
「兎に角、反逆者は今、バリスタガイにいる訳ですね」
「ええ、そうで____いえ、恐らくは違います」
ガブリエラさんの言葉に頷きかけるが、彼女の前では嘘が通じない事を咄嗟に思い出すと、本当の自分の意見を述べる。
「バリスタガイに潜伏している場合もありますが、既にエストフルトへと移動している可能性が高いでしょう」
「ほうほう」
視線で話しの続きを促すガブリエラさん。
「反逆者が何故証拠の確保に乗り出したのか。それは彼らが既に協力者を得た可能性を示唆しています」
「協力者を得た? そんな馬鹿な。彼らに与し騎士団に背く者がいるとでも?」
ガブリエラさんは信じられないと言った目で私を見つめていた。
「協力者を得たので、着々と反撃の準備を進めているのです。反逆者の保持していた件の記録石は既に抹消済み。手元にマーサさんを追い詰めることの出来る決定的な証拠がない彼らはそれを得るために動く必要があったのです」
半信半疑といった様子でガブリエラさんは私の話を聞いていた。
「そして証拠を得た反逆者は既に協力者の元、即ちエストフルトへと帰還している可能性が高いと思います」
「ちなみにその協力者と言うのは?」
尋ねるガブリエラさんに私は考え込む。
「それなりの権力を持ち、尚且つ反騎士団的な思想を持つ者……となると、文官系の貴族が妥当ですかね。あるいは、彼らに繋がりのある者」
予測を述べる私。とは言っても、これは仮説の上に仮説を立てるような行為なので、はっきりと断言できるものではない。
「成る程、参考になりました」
「ああ、言っておきますけどあくまで私の推測ですからね」
「分かっていますよ」
そう言ってガブリエラさんは“働き者の女神”を棺桶の中へとしまい込んだ。
「さて、今一度バリスタガイとエストフルトに人員を配置する必要がありますね」
立ち去ろうとするガブリエラさんに私は慌てて____
「あ、ちょっと、ガブリエラさん」
「どうしました、秀蓮?」
「いえ、あの……私はどうなりますかね?」
尋ねる私に何の事だとガブリエラさんは首を傾げる。
「ほら、その、どのような罰を受けるのかなと」
ガブリエラさんに先輩達がヨルムンガンディア帝国へ向かったと嘘の情報を与えた私。何かしらの罰を覚悟していたのだが。
「ん、ああ……初めに言ったではありませんか。“貴方が今後、私やラ・ギヨティーヌ、騎士団にとって有益な人物であり続けるというのなら、背信行為については目を瞑りましょう”と」
ガブリエラさんは背負った棺桶に触れる。
「今回の件で思い知った筈です。騎士団への背信が如何に愚かな行為なのかを。貴方は小心者であると言う一点において誰よりも信頼できます。今後はより従順に騎士団に尽くして頂くことを期待していますよ」
そう言って、私の前から立ち去るガブリエラさん。彼女の姿が見えなくなったところで、私は大きな溜息を吐いた。
「……はあぁあ」
一時は全てお終いだと、そう思ったのだが、どうにか首の皮一枚繋がったようだ。
ぐったりと壁にもたれ掛かり、そのまま地面に座り込む私。
「薄情ですね、私は」
我が身の可愛さ故に何の躊躇いもなく、ミシェル先輩達の情報を吐き出してしまった。
ミシェル先輩の事は大切に思っているが、私にとって私の身の安全が一番だ。それはこれまでも今後も変わりない。如何なる罵りを受けようとも、私は私のためだけに行動する。
「……“働き者の女神”ですか」
それにしても、まさかガブリエラさんに嘘を見破られるとは。女神様がどうのとか言っていたが、彼女には特殊な力があるらしい。今後は妙な小細工は通じない事を肝に銘じなければ。
「ミシェル先輩……大丈夫ですかね……」
身勝手な話だが、先輩の身を私は案じていた。まだ短い付き合いだが、私は彼に特別な想いを寄せている。それは先輩がただ単に美人だと言う理由だけではない。彼からはパパに似た何かを感じていた。それは自己保身を第一にする私とは対極の信念。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、心の底では強い憧れを抱かざるを得ない高潔の精神を彼は持っている。
私は自分が間違っているなどとは思わない。破滅を経験したことのない者に、保身についてとやかく言われても、肩をすくめるのみだ。
だから、私は改めない。
この先何があろうとも、私はあらゆる手を尽くして自分を守り抜く。
だから、この迷いは、きっと捨て去らなければいけないのだ。