第四十七話「マーサとの面会」
「はあッ」
「……ッ! ……ああ、もう」
バリスタガイはジェームズ・セイヴァリ宅。薄暗い地下工房に乾いた音が絶え間なく響いていた。木の棒同士がぶつかる音。模擬戦形式の戦闘訓練が行われていたのだ。
「……はあ……これで連続六敗目ね」
私に木の棒を喉元に突き付けられて固まるサラが大きな溜息を吐いた。彼女から木の棒を引き、私は苦笑いを浮かべる。
「ねえ、良い加減他の人と交替しない、サラ?」
「む……いや、もう一戦お願い、ミシェル君」
「……うーん……うん、分かった」
頭を掻き、私はぎこちなく頷いた。再び向き合い、木の棒を構える私達。そして、七度目の模擬戦が繰り広げられる。
オークの交渉人ギ・アリスがバリスタガイを発ってから今日で四日目だ。一人、首都エストフルトまでマーサに話を付けに言った彼女だが、その間手持無沙汰な私達は剣の研鑽に勤しんでいた。
本日も訓練に精を出す私達。現在の私の模擬戦相手はサラだった。もう既に私に六度の敗北を喫している彼女だが、ローテーションを無視して未だ私との剣戟を継続している。自身の騎士としての力量に誇りと意地を持つサラ。どうしても私から一本取りたいのだろう。
「隙ありッ」
「……くっ!? ……はあぁ、これで連続七敗目ね」
繰り返される七度目の敗北にがっくしと項垂れるサラ。そのまま地面にしゃがみ込んでしまった。さすがに折れたかと思いきや____
「もう一度、良いかしら?」
「えー」
八度目の模擬戦を所望され、私は顔をしかめた。木の棒を地面に置き、サラの前で腕を組む。
「良いけど……一度休憩しようか、サラ」
「……うん」
私の言葉に、サラは素直に頷いて脱力した。二人で地面に座り込むと、傍らから水の入ったコップを差し出される。目を見遣るとそこにマリアがいた。
「お疲れ様ですわ、随分と長い間打ち合われていましたわね」
「うん、まあ……なかなか、諦めてくれなくてね」
マリアからコップを受け取り、私はサラをちらりと見る。私の視線に気が付き彼女はやや恨みがましく口を尖らせた。
「さすがに“ドンカスターの白銀の薔薇”と呼ばれただけの事はあるわね。まだ一本も取れないままよ」
サラもマリアからコップを受け取り、中の水をやけくそ気味に飲み干した。
「サラさんだって、素晴らしい剣の腕前ですわよ。私もまだ貴方から一本も取れないままですもの」
「……」
それは心からのマリアの称賛だったが、サラは微妙な表情を浮かべるだけだった。同情によるただの気休めだと思われているのかも知れない。
不機嫌そうにそっぽを向くサラに私は困ったように頬を掻き、ふとその視線がマリアの白い肌へと移った。姉のマーサにより黒い十字の焦げ跡を全身に刻まれていた彼女だが、魔導の力による修復もあってか、傍目には気が付かない程までそれらは消え失せていた。
「大分元通りになったね、マリア」
「え? ああ」
自身の肌に触れ、マリアは愛想笑いを浮かべる。
「近くで見るとまだ薄っすらと痕は残っていますけれど」
私はすぐさま____
「この件が解決したら軍病院で本格的に肌の修復をして貰おうか」
「そうですわね」
頷くマリア。肌に惨たらしく刻まれていた焦げ跡が消えた所為か、表情が幾分か明るく見えた。
思わず微笑みそうになる私だが、すっと真顔になって聞きそびれていた話を持ち出す。
「マリアはさ、ベクスヒル家についてどこまで知ってるの?」
私がそんな事を尋ねたのは、ギドラとのとある会話が理由だった。二日前の事になるのだが、私はふと疑問に思った事を彼に問いかけたのだ。
それは、マーサについて。彼女が一体どうやって、オーク____ギ族との繋がりを得たのか。そのファーストコンタクトが知りたかった。
ギドラ曰く____
「そもそもベクスヒル家とギ族は数世紀前からの付き合いがあるんだ。アイツとは気が付いた時には顔なじみになってたな」
マーサではなく、ベクスヒル家そのものが彼らと繋がっていたのだ。その場に居合わせ、話を聞いていたマリアは目を丸くしてショックで固まっていた。ベクスヒル家の秘密の繋がりについて、本家の人間でありながら彼女は何も知らなかったのだろう。
「ベクスヒル家は魔物研究の第一人者ですわ。人工魔導核に魔物のバイオミメティクスを持ち込んだのも当家です。ですから、魔物に関わりのある一族である事は私も把握していたのですが……まさか……」
「まさか、魔物と協力関係を築いていたなんてね」
「ええ……私、何も知りませんでした」
表情を暗くさせるマリア。
「何も知らされていませんでしたわ」
悔しそうに歯噛みをするマリアに私は息を詰まらせた。
「信用されていないのでしょうか……私はベクスヒル家に……」
「それは____いや、それで良いんじゃないの?」
私の言葉にマリアは首を傾げる。
「マリアに何も知らされていなかったのは、ベクスヒル家が貴方の高い騎士道精神を警戒していたからだと思う。貴方の正義の心を恐れていたんだよ。それは誇っても良い事なんじゃないかな」
騎士学校時代、まだ十歳になったばかりのマリアから私は既に騎士道の精神を感じ取っていた。誰よりも不正を嫌う彼女の心根は、ベクスヒル家の者達にとって厄介の種だったのだろう。だから、本家次女であるにも関わらず、一族の秘密について多くを明かされずに育てられたのだと考える。
「誇っても良い事、ですか」
私の言葉を復唱し、マリアは考え込む。その様子をサラも見守っていた。
「あんなクソッたれの一族に信用されて、何が嬉しいのよ。嫌われて上等じゃない」
粗暴な言い草のサラにマリアは苦笑いを浮かべたが、それで幾分か表情が晴れやかになった。マリアはこほんと咳払いをして、改まった物の言い方をする。
「お姉様の件が片付いたら、次はベクスヒル家の番ですわね」
それは決意表明だった。姉の不正を正し、その次は一族の暗部にメスを入れる。気の早い話かもしれないが、マリアはやる気だった。
と、そこに____
「おい、お前ら、姉ちゃんが帰って来たぞ」
ジェームズが私達の前に現れる。
「姉ちゃんが帰って来たって、アリスさんがですか?」
「おうよ」
思わず立ち上がる私。ジェームズが親指で指し示す先、オークの交渉人アリスがギドラと共に佇んでいた。私の視線に気が付くと、彼女は相変わらず険悪な眼差しを返してくる。
「ったくよお、四日間も居座りやがって……だがこれでようやく話が前に進むって訳だ」
ぶつくさと文句を垂れるジェームズは大きく溜息を吐く。この四日間、地下工房に収容されたおよそ五十名分の食糧は彼が確保していた。その労力と費用たるや。彼に大きな負担を強いていた。
「お前ら、後で食費だの諸々の費用は請求させて貰うからな」
「ええ、分かっています。きっちり色も付けますから」
ジェームズに頷き、私はギドラ達の元まで向かう。マリアとサラも付いて来た。遠くで模擬戦を行っていたアイリス、ラピス、ミミも。
「マーサさんを連れて来たわ」
私達の集合を確認したアリスは開口一番そう告げる。
「今、このバリスタガイの宿屋にお供と一緒に待機している」
アリスは懐をまさぐり、記録石を取り出す。そして、私に投げ寄越した。
「彼女との遣り取りはそこ記録してあるから、確認して頂戴」
記録石はあらかじめ私がアリスに手渡していたものだ。彼女とマーサの間でどのような会話が繰り広げられたのか、しっかりと確認するために。この状況では考え辛い事だったが、変な気を起こされても困る。
私は記録石を起動させ、皆の前に音声付きの映像を投影する。暗い空間にマーサ・ベクスヒルの姿が映し出された。アリス視点のものだ。机を挟んで、二人が椅子に座って対面している様子が窺える。
「で、わざわざこんな所まで、何の用事ですの?」
映像の中のマーサがアリスに尋ねる。不機嫌を隠そうともせずに。
「急ぎ、ギドラ様とお会いして頂きたいのです」
「……ギドラと? 何で?」
腕を組んで尊大な態度を取るマーサにアリスは単調な口調で告げる。
「理由はよく存じ上げませんが、兎に角、急ぎお会いしたいとの事です」
「理由が分からない?」
眉をひそめるマーサ。
「理由が分からないってどういう事ですの? 貴方、何も事情を説明されていませんの?」
「……はい、兎に角、急ぎお会いして頂きたいのです」
「……」
訝し気な視線を寄越すマーサは、神経質に前髪を弄った。ギドラに会って欲しい。しかも何の用事か説明されないまま。一方的な要求に彼女は苛立ちを隠せない様子だ。
「急ぎって、どれくらい急いでますの? 言っておきますけど、私にも用事がありますの。全てを放り出して今すぐにとはいきませんわよ」
「数日内にお会いして頂きたい」
「数日内、ですの……はあ……分かりました」
不承不承と言った具合で、マーサは頷く。
「準備しますの。三日後にここを発ちます」
「感謝いたします、マーサさん」
「……全く、一体何なんですの」
ぶつくさと文句を垂れ始めるマーサ。彼女としてはこの時期のギドラとの接触は出来る事ならば避けたい筈だ。しかし、急ぎの用事とあっては、下手に断る事も出来ない。
その後、映像ではマーサが延々と嫌味をアリスに述べている様子が続いたので、私は記録石を停止させることにした。
「本日午後九時、指定の場所にマーサさんを連れ出すわ。それまでに記録石を仕込んでおいて頂戴」
今後の予定はこうだ。まずは今から、バリスタガイ東部の大森林の決められた場所に記録石を仕込んでおく。午後九時になったら、マーサとギドラを指定の場所までアリスに誘導させ、両者に話し合いを行わせる。そして二人が立ち去った後、会話を記録した記録石を回収し、それをマーサとオークの結託の証拠とする。
私はカネサダを抜刀し、ギドラとアリスの心境を確かめさせた。カネサダ曰く、二人に裏切りの様子はないそうだ。
「準備に取り掛かろうか」
私達は指定の場所にいくつもの記録石を仕掛けることにした。無論、マーサにバレないようにカモフラージュを忘れずに。
数時間後____
夕方前に仕込みが終わり、私達は地下工房で待機する。若干そわそわしながら。
「マーサの奴、今この街にいるんだな」
アメリアが急に話しかけて来たので、私はびくりと肩を揺らしてしまう。咳払いをして____
「いますけど」
「……そうか」
と、苦虫を噛み潰したかのよう表情を浮かべ、アメリアは瞳に憎しみの炎を滾らせる。私は慌てて彼女の前に立ちはだかり、その進路を塞いだ。
「大人しくしていてくださいね」
「分かっている。奴を陥れるための重要な計画の最中なのだろう。馬鹿な真似はしないさ」
状況を適切に判断できるだけの理性があるようで私はほっと溜息を吐いた。
「お前、だいぶ顔つきが変わったな」
「……顔つき、ですか」
アメリアがそのような事を言い出すので、私は自身の頬を軽くつねってみた。
「すっかり一部隊のリーダーのような顔つきになっている」
「リーダー?」
「お前がこの集団を率いているのだろう?」
アメリアの言葉に私は目を丸くする。
「いや、ラピス副隊長がいるじゃないですか」
私、アイリス、ラピス、マリア、サラ、ミミ。六人の内、誰がリーダーと決まっている訳ではないが、普通に考えればこの集団のトップにはラピスが相応しいと思われる。
「ラピスがか? お前達の様子を見させてもらっていたが、皆____無論、ラピスも含めて、お前のことを頭目として扱っている節がある。お前がこの集団のリーダーだ」
「……私が?」
「そもそもラピス、アイツは一部隊の長としてはあまり相応しくない」
断言するアメリアに私はむっとなって彼女を睨んだ。反論しようとしたが____
「アイツには戦略クラスのリーダーの素質はあるが、戦術クラスのリーダーの素質はない。一部隊においては副隊長と言う参謀役が天職だろう」
アメリアに食って掛かろうとした私は、続く彼女の言葉に大人しく身を引いた。
「部隊長と言う戦術クラスのリーダーには隊員を強く鼓舞するための求心力が要求される。人間を惹きつける力。それは理屈や善悪がもたらすものではない。それらは真に人間の求めるものではないからだ」
「真に人間が求めるもの?」
「真に人間が求めるのは、純粋な理屈や善悪ではない。彼らに選り好みされた理屈や善悪。言ってしまえば、信仰だ。人間は信仰を求め、そのために闘う」
アメリアは私の中に何かを見出す様に目を細めた。
「部隊において、優秀なリーダーとは優秀な宗教家なのだ。それとは対極の存在であるラピスにはその素質がない。アイツは理屈と善悪の塊だからな。逆にお前にはその素質がある。理屈や善悪を超越した、論議不要の圧倒的な力。それを持つお前は優秀なリーダーになり得る」
「アメリア隊長……もしかして私の事、褒めてます?」
珍しいものを見る目でアメリアを見つめる私。
「褒めるだと? ……ふん」
腕を組み、アメリアはそっぽを向く。否定しない所を見ると、図星のようだ。
隊長から初めての高評価を頂いたその時、私達の間に割り込む者がいた。
「ミシェル」
「ラピス副隊長、どうされました?」
ラピスに呼びかけられ、私は彼女に向き直る。
「この先の事を話し合っておこうと思ってな。ギドラ達が戻って来た後の事を」
「ああ、それもそうですね」
マーサとギドラの話し合いが無事終了すれば、その現場を記録した記録石が彼らの繋がりを示す重要な証拠となる。私達はそれを元にマーサを追い詰め、自らの冤罪を晴らす予定だ。それが大まかな今後の流れになるのだが、具体的な行動についてはまだ詰め切れていない。
「皆を呼び集めてきます。ラピス副隊長もそれで良いですよね?」
「ん……ああ、そうだな」
「はい、じゃあ、ちょっと行ってきます」
そう言って、皆を呼び集めにその場を立ち去る私。程なくして私、アイリス、ラピス、マリア、サラ、ミミの六人で円陣が組まれ、話し合いが繰り広げられる。
「……」
私達の会話の様子をアメリアが輪の外から観察していた。視線が気になったので、私は何となく彼女に振り向く。
「どうした、ミシェル? 私に何か用か?」
「いや、隊長こそじっとこちらを見て、どうしました?」
私に視線を返されたアメリアが腕を組む。
「別に、ただ感心していただけだ。お前達、部隊としてしっかりまとまっているのだな」
「……はあ」
そう述べるアメリアは何処か寂し気で、何か吹っ切れた様子だった。木陰から陽だまりを覗くような。そんな彼女の瞳に私は言い様のない感情を抱く。
話し合いに再び戻ろうとする私だが____
「オラ、帰って来たぞ、お前ら!」
地下工房に響くギドラの野太い声に、皆の視線がそちらに集まった。
「ギドラ!」
逸る気持ちを抑え切れずに、オークの元まで疾駆する私。ごくりと生唾を飲み込む。
「……どうだった?」
「ほれ」
尋ねる私にギドラは数個の記録石を手渡す。
「自分の目で確かめな」
「……」
私は何も言わずに記録石の内の一つを起動させる。薄暗い地下空間に森でのギドラとマーサの様子が映し出された。アリスやマーサのお供の姿もちらりと覗き込んでいる。
「挨拶はいいですわ。急ぎの用があるのでしょう? 早く用件を述べて下さいまし」
映像の中のマーサが不機嫌そうにギドラに言い放つ。
「先日の事を覚えているか?」
「先日?」
「俺とお前が結託して、何て名前だったか……ほら、お前の同期の……」
「アメリアさんの事ですの?」
「そうソイツだ」
映像の中では昔馴染みのようにマーサとギドラが会話を繰り広げている。
「俺とお前が結託して、アメリア隊の騎士達を罠に掛けただろ? 俺達ギ族が罠を張り、そこにお前が奴らを誘導する。計画は無事成功し、騎士達は皆、俺達に捕らえられた訳だ」
「ええ、そうですわね」
それは、マーサとオークとの結託を示す決定的な証言だった。
「んで、そのことで問題が起きてな……アメリアの奴、アイツに脱走されたんだ」
「……アメリアさんが?」
眉をひそめるマーサ。
「ああ、お前確か、アメリアの奴を消し去るために今回の計画を企てたんだろ。伝えておいた方が良いと思って____」
「何をやってますの、貴方ッ!」
マーサの怒号が映像越しに私達の鼓膜を揺さぶる。
「脱走されたって……とんだ間抜けをしでかしてくれましたわね。彼女の事は一番に警戒するように、事前にそう伝えたではありませんの!」
「ああ、本当に悪かった」
「本当に悪かったって……そんな軽々しく……! と言うか____」
マーサの視線がギドラの傍らの人物、アリスへと向く。
「このように顔を合わせずとも、彼女を介して脱走の情報を伝えて頂ければ宜しかったのに。何故、わざわざ余計な時間を要する会合を……」
正論を述べるマーサ。アメリアの脱走を報せるのであれば、わざわざ会合を開く必要はなく、アリスを介して情報を伝えれば良いだけの事だった。情報の伝達が目的なのであれば、此度の話し合いは、悠長に過ぎると言わざるを得ない。アメリアの脱走はマーサにとって、迅速に対処すべき事態だった。
「いや、本当に悪いと思ったから、こうやってわざわざ面と向かった会合を開いたんだ。俺の口から直接問題の発生と謝罪を伝えようと思ってな」
ギドラの言葉にマーサは呆れて溜息を吐いた。
「オークのくせに……そういう儀礼的な事は結構ですの! 急を要する事案であれば、予め彼女に情報を伝えておいて下さいまし! そのせいでこちらとしても問題の対処が遅れるじゃありませんの!」
「ああ、そうだな。今度から気を付けるよ」
素っ気なく述べるギドラにマーサは額に青筋を浮かべる。
「全く……気が回りませんのね……所詮は豚の頭……」
と、マーサは侮蔑の視線をギドラに向ける。それから、苛立たし気に髪をかき上げ____
「分かりましたわ……脱走したアメリアさんの処分はこちらで引き受けます。貴方はとっとと集落へお帰りなさい!」
吐き捨てるマーサ。その一言で、会合はお開きとなった。
映像の再生を終え、私はギドラを見遣る。彼は笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「どうだ、そんなもんで大丈夫か?」
ギドラの言葉に私は頷く。
「ああ、十分だ」
記録石を懐に仕舞い込む私は、仲間達に向き直った。
「皆、一先ずは作戦成功だ。マーサとオークの繋がりを示す重要な証拠。それが今、私達の手の中にある」
仲間達は安堵の吐息を吐き、各々喜色を浮かべた。
「____ねえ、もう帰って良いかしら」
と、私の前に進み出てアリスが刺々しい口調で述べる。
「目的の物は手に入った。もう私達に用はないでしょう?」
アリスの言葉に私達は顔を見合わせる。記録石でマーサとオークの繋がりを押さえた今、彼女達は解放しても問題がなかった。
「はい、構いませんが」
「そう……じゃあ行きましょうか、ギドラ様」
ギドラに目配せをし、私達に背を向けるアリス。ふと、ラピスが____
「行ってしまうのか?」
遠ざかるアリスの背中にラピスの声が掛けられる。ギドラと共に地下工房を去ろうとしていたアリスは緩慢な動作でこちらに向き直った。
「こちらに戻る気はないのか?」
「こちら? ……人間の側にって事?」
肩をすくめるアリス。
「恐らく、貴方にとってこれがこちらに戻る最後の機会になるだろう。私達なら、貴方に人間としての居場所を用意することが出来るかも知れない。ここにはチャーストン家の人間とベクスヒル家の人間がいる。この一件が無事に終われば、その立場を利用して____」
「お生憎、そちらに戻る気なんて私にはないのよ」
何度目かの嘲笑をアリスは浮かべる。
「私は人間が大嫌いなのよ」
とびきりの嘲りの表情にラピスは目を瞑り____
「そうか」
ラピスの手が私のそれに軽く振れた気がした。
「それは残念だ」
その言葉を最後に、私達は離別する事となった。消えゆくアリスの背中を、ラピスはじっと見つめていた。