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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第四十五話「ギ族の集落」

 イ族のオーク、イテハの先導により私達はギ族の集落に辿り着く。道中に多数の罠が仕掛けられていたが、スチーム・パペットがそのことごとくを無力化した。


「話を付けて来て欲しい」


 立ち止まり、私はイテハに告げる。


「私達がこのまま出向けば、必ず殺し合いになる。だから、先に事情を説明してきてくれないだろうか? こちらはあくまで協力を仰ぎに来ただけだと」


 戦闘は避けられるものならばそれに越したことはない。イテハを使者に仕立て、出来るのならば話し合いだけで目的を果たしたいと思う。


 私の要求にイテハは頷き、一人集落の奥へと消えていった。


「……カネサダ」

『大丈夫だ、大人しく話を付けて来てくれるようだ』


 カネサダにイテハの本心を確認させたが、問題はないようだ。彼は有能な族長なのだろう。一族のためにどのような行動を取るのが最善か、感情に身を任せず常に賢明な選択をしている。おかげでこちらとしても無駄な労力を消費せずに済む。


 集落の前で待機する事数十分、まだかまだかと待ちわびた頃、イテハが数体のオークを引き連れて戻って来た。


「よお、ミシェル」

「……貴方」


 そして、その中にいた。私に斬られ、左耳を失ったオーク。ギ族の大将であるギドラ。私の名前をまるで旧友のそれのように口にした。


「久しぶりだね」

「ああ、まさか再び会うことになるとはな」


 ギドラはにやりと笑い、傍らのイテハを見遣った。


「話は聞いたぜ、お前、イ族の集落で大暴れしたそうだな」

「鬼の類が現れたのだと思ったぞ」


 ギドラとイテハ、二体のオークの視線を一身に受け止める私。こほんと咳払いをして____


「ギドラ、貴方に頼みがあってこの集落まで来た。出来る事なら争いは避けたいのだけれど、もしそっちがその気なら……」


 鞘に手を伸ばし、私は脅す様に声を低くした。ギドラは不敵な笑みを浮かべ、一歩前に進み出る。


「こちとら無用な血は流したくないんでな。どれ、大人しく聞いてやるから、その頼みとやらを言ってみろ」


 どうやら聞く耳を持つ様子のギドラ。私としてはとても助かる。


「要求は二つ。一つは貴方達が拉致した全女性の解放。そして、もう一つは____」


 と、私はこれまでの経緯を話し、マーサとオークの繋がりを示す証拠を得るべく、ギドラに彼女と接触して欲しい旨を伝えた。


「成る程なあ、今そんなことになっちまってるのか」


 話を聞き終わり、興味深そうにギドラは豚鼻を鳴らした。それから、彼は彼方の方角を見つめ、黙り込んでしまう。何か思案をしている様子だった。


「俺達には何の得もない話だな」


 しばらくすると、ギドラはそんな事を口にした。


「森を離れるリスクを冒す上、マーサを裏切る事になる。丁重に断りたいところだが」


 ギドラの視線が私の腰元、カネサダに向く。


「その場合、俺達を皆殺しにでもするんだろ?」

「……」


 ギドラの問いに私は黙って頷いた。それから彼は腰に下げていた棍棒を構える。釣られて私もカネサダを抜刀した。


「お前の頼み、引き受けてやるよ。ただし、こちらも一つ、お前達、いやお前に要求しても良いか?」

「要求?」

「ああ」


 武器を互いに構え合った状態で私達は見つめ合う。


「俺と一戦交えてくれねえか」

「……貴方と?」


 ギドラの要求に首を傾げる私。何故だと視線で訴えかけると、彼は片足を一歩前に出して腰を深く落とした。


「お前の真の実力が知りたい。俺には分かる。あの時、お前は明らかに手を抜いて戦っていた」


 遠征任務時、私はギドラと戦いを繰り広げた。しかし、彼の指摘した通り、私は意識してか、それとも無意識の内に自分の力を抑えていたのだと思う。アメリア隊の皆のために闘いたくなかったのだ。


「私の真の実力を知って、貴方に何の得がある?」

「損得じゃねえ。ただ納得したいだけだ」

「……納得?」

「膝を屈する相手、それがどれ程の力の持ち主なのか、俺は知りたい」


 棍棒を構えるギドラを睨みつける私。彼が決闘を所望だと言うのなら、応えない理由はない。


「良いよ」


 小さく呼吸をして、私は闘志を滾らせる。


「相手になってあげるよ、ギドラ」


 その一言で、ギドラの目の色が変わった。彼はイテハや配下のオーク達に“下がっていろ”と視線で訴えかける。私も仲間達を身振りで後退させた。


「さあ、見せて貰おうか、お前の真の実力を」


 ギドラの言葉に私は頷いた。あの時とは違う、今度は本当の全力で目の前のオークに力を振るう。思い知らせてやるのだ。決して埋めることの出来ない彼我の実力差と言う奴を。


 私とギドラの視線がぶつかり、静まり返った森に緊張が走る。


 私は地を蹴り____複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムから引き出せるだけの力を引き出した。


「____いくぞ、ギドラッ!」

「……!?」


 一陣の疾風が森を駆け抜ける。白銀の一閃が微動だにしないギドラの棍棒へと走り、それを根元から切断した。次いで、煌めきは翻り、分厚いオークの首元に吸い込まれてぴたりと静止する。


 それは一瞬の出来事。棍棒を断ち、ギドラの首元で停止した剣撃を認識出来た者は、この場において私以外誰もいなかった。余りにも速い剣。まるで時間が止まってしまったかのような錯覚を抱いた事だろう。


「な、何が起きた……?」


 手元の棍棒を断たれ、首元に切っ先を突き付けられた状態のギドラは目を丸くして困惑気味に唸る。


「納得出来たか、ギドラ。これが私の力だ」

「……」


 呆然とするギドラ。よろめき、地面に座り込んで大きく息を吐いた。


「……まさか、これ程までの力を持っていやがったなんて」


 目を瞑るギドラはそのまま黙り込んでしまった。もたらされた一瞬の結末を彼は静かに受け入れようとしているのかもしれない。


 しばらくギドラの様子を見守っていた私。彼は立ち上がると俄かに腹を抱えて哄笑し出した。大きな笑い声は森の木々を揺さぶり、その場にいた者達の耳に残響として留まる。


 笑い止み、深呼吸をするギドラは私に向き直って両手を挙げた。


「お前の真の実力、見させてもらったぜ。俺の完敗だ。きっとギ族のオーク達が束になってもお前には敵わない」


 背中を向け、私に手招きをするギドラ。


「付いて来いよ、拉致した女共に会わせてやる」


 ギドラの言葉に反応を示したのはミミだった。私の横を通り抜け、オークの巨体へと突っ走る。


「……ララは無事なの!?」

「ララだと? ああ、騎士の中にそんな奴がいたな。まあ、誰も死んじゃいねえさ」


 死んじゃいない。ギドラはそう言った。無事だとは答えていない。その言葉から、ララや他のアメリア隊の皆がどのような状態なのか、おおよそ想像することが出来た。


 私達はギドラに案内され、ギ族の集落を進んでいく。そこはイ族の集落以上に文明的な場所だった。人間の街とほとんど変わりないと言っても良いかも知れない。


「……!? ねえ、あれ!」


 ふと、アイリスが立ち止まり、目を見開いて明後日の方向を指差す。釣られて私達もそちらに目を向けると、オーク達に混じって人間の女性がいた。


「……人間の女性?」


 随分と身なりの良い女性だった。肌や髪が清潔に保たれており、生地のしっかりとした衣服に身を包んでいる。両脇をオークに挟まれ、彼女は私達に鋭い視線を与えていた。


「アイツは俺達の仲間だ」


 先頭を歩くギドラが答える。


「……仲間? あの人、まさか女性のオークなの?」

「違えよ、どう見てみ人間の女だろうが」


 ギドラに言われるまでもない。私達を睨んでいる女性は、どう見ても人間だった。


「拉致した女共の中には、薬物の影響か、それとも何かよく分かんねえ要因で俺達に仲間意識を抱く奴がいるんだ。そういった女には集落内で一定の地位を与え、仲間として迎え入れる事にしている」

「……仲間意識?」


 女性を観察する私。私達に与える視線には明確な敵意が込められていた。それはこの集落の一員として、侵略者を憎む者の眼差しに他ならない。


 背筋が凍るような思いがした。巨大な魔物や大男に睨まれてもこれ程までの恐怖を抱くことはないだろう。しかし、女性視線には、私を戦慄させ得る不気味な何かがあった。


「ほら、着いたぞ。女共はこの中だ」


 無機質な石造りの建物の前に到着する。カネサダを鞘から引き抜き、私は周囲に対する警戒を強めた。


 再び進み出す私達。


 建物の中は薄暗いかと思いきや、照明のランタンが等間隔に配置されており、内部の様子がはっきりと把握できた。しばらく進むと、空の独房が視界をよぎり出し____


「……!」


 人の姿を発見する。一つの独房に数人。生気の失った目をあらぬ方向に向ける女性達の前に私は立ち止まる。アメリア隊の人間ではないが、筋肉の付き方から彼女達も騎士である事が窺えた。ギドラが言っていたが、ギ族のオークは代々魔導騎士にその子供を孕ませることで優秀な子孫を残してきたとか。


「ギドラ」

「はいはい、分かってるよ」


 私が独房を指差すと、ギドラは配下に目配せをする。鍵を持ったオークが解錠を行い、女性達を解放した。


 その後も囚われていた女性を順々に解放していく私達。やがて、見知った顔が目の前に現れた。


 冷たい独房の中、まるで死人のように項垂れて座り込む女性。くすんだ金髪と白い肌。薄着に身を包み、そのお腹が僅かに膨らんでいた。


 私はごくりと唾を飲み込み____


「……アメリア隊長」


 ぴくりとも動かない、その女性の名を呼ぶ。私はギドラを見遣って、彼女の膨らんだお腹を指差した。


「……もしかして、身ごもってるの?」


 私の指摘にギドラは「ああ」と頷いた。彼の言葉に絶句する私。独房の錠が外され、私はアメリアの前まで進む。


「アメリア隊長、起きてますか?」

「……」


 声を掛けると、アメリアの首が動き私の顔を静かに見上げた。


「……ミシェル」


 名前を呼ぶアメリアに私は頷いて、その肩に手を掛ける。しばらく見つめ合っていた私達だが____


「……助けて欲しいか、アメリア?」


 眉間にしわを寄せ、私は問いかける。生気を失った彼女を前にしても、在りし日の屈辱が私の怒りに火を付けた。


「赦しを乞え、アメリア。そうすれば、お前をここから出してやる」


 アメリア隊に入隊して以来、私は長い事アメリアに虐げられてきた。本心を言えば、彼女の事など助けたくはないが、皆の手前、そして自身の良心に従い彼女を助けない訳にはいかない。だから、せめて赦しを乞う姿を目に留めておきたかった。


「……ミシェル……」


 力なくアメリアの手が持ち上がり、私の手元にあるカネサダを指差す。


「……殺してくれ」

「……アメリア?」

「それで、私を……殺してくれ」


 アメリアの目の端から涙が零れ落ちる。


「この膨らんだお腹が見えるか?」

「……」

「もう、何もかもどうでも良い……私は……死にたい……」


 オークの子供を身ごもったアメリア。彼女が味わった苦痛がどれ程のものなのか、想像するだけで寒気がした。


 絶望と孤独の中、人間としての尊厳を奪われ続け、生きる気力を失ったアメリアにはそれでも自ら果てるだけの勇気がなかったのだろう。だから、私に全てを終わらせて欲しいと____


「知りたくはありませんか、アメリア隊長」

「……ミシェル?」

「貴方がここにいる理由を、知りたくはありませんか?」


 僅かに首を傾げるアメリア。


「マーサ・ベクスヒル。貴方の親友を名乗るあの卑劣な女の謀略により、貴方はここにいるのです」

「……マーサ、だと」

「オークと結託し、貴方を陥れたのは彼女です」

「……!? ……何だと……それは……一体……」


 目を見開くアメリアから離れ、私は手の平を差し向けた。


「貴方が死を望むのならば、私は今ここで貴方にそれを与えましょう。しかし、真実を知り、闘う覚悟があるのならば____自分の足で立て、アメリア・タルボット」


 呆然と私を見つめるアメリア。やがて、ふらふらと立ち上がった彼女の瞳には暗い怒りの炎が宿っていた。


「私をここから連れ出せ」


 歯を食いしばり、アメリアが私の前に立つ。


「連れ出せ? ……ならば、赦しを乞うて下さい」

「どうすれば良い」


 私が睨むと、アメリアも同じ眼力で睨み返した。


「……」


 目を瞑る私。カネサダを持ち替え____


「……ぐうっ!?」


 アメリアの頭部、渾身の力を込めて私は峰打ちを放つ。重い打撃を喰らったアメリアは地面に倒れ込み、低い呻き声を発した。


「約束だ、アメリア・タルボット」

「……」

「今後一切、私や私の大切な人達を傷付けようとするな」


 朧げな瞳で私を見上げるアメリアに冷たい視線を与える。


「次はないと思え。でないと、今度こそ生まれてきたことを後悔させてやる」


 しゃがみ込み、私はアメリアの手を取った。そして、彼女の身体を強引に引き上げる。


 私は大きく息を吐き、その一言を躊躇いがちに口にした。


「だから、これで全て終わりにしてやる」


 それは赦しの言葉だった。もっとも、心の底からアメリアへの憎しみを消し去った訳ではないのだが。しかし、私は今この時を以て、彼女への鉄槌を取り下げようと思った。


 私には闘うべき、いや復讐すべき大きな敵がいる。迷いの中にいた私は、ようやくその答えを得たのだ。


 私にとって、復讐すべき相手、それは騎士団と彼らが敷くこの秩序に他ならない。だから、たかだかアメリア一人に執着している暇などないのだ。


 今現在も我が身に降りかかる悪意。全てを引き裂いて、私は成り上がる。私を不幸に陥れたこの世界を壊して、壊して____壊し尽くす。


 壁に手を着いて息を切らすアメリアに背を向ける私。その様子を仲間達が静かに見守っていた。

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