第四十三話「ジェームズ伯父さん」
秀蓮の元を離れ、私はすぐさま仲間達の回収を行った。トルスティアの街を疾駆し、皆を指定の場所に集めたのだ。
トルスティア東部。私は一同に徒歩でバリスタガイへ向かう事を告げた。バリスタガイ行きの馬車は発車時刻まで、まだかなり時間がある。その間、トルスティアの街に悠長に留まるのは危険だと思った。私達がこの街に潜伏している事は既に騎士団に知れ渡っている。
と、言う訳でバリスタガイへの移動を開始する私達。トルスティアからバリスタガイまでギリギリ歩いて行けない距離ではない。
移動の最中、私は秀蓮との遣り取りを仲間達に伝える。
「秀蓮ちゃん、ラ・ギヨティーヌだったんだ」
アイリスが複雑そうな表情を浮かべる。秀蓮が敵方にいることにショックを受けているようでもあった。
秀蓮は確かにラ・ギヨティーヌで、私達がトルスティアに潜伏していることを仲間達に伝えたのも彼女だ。しかし、彼女は完全な敵ではない。
秀蓮は反逆者達がヨルムンガンディア帝国へと向かったという誤情報を流すことで、私達の逃亡の手助けをするつもりだ。
思えば____
彼女に敵対の意思がない事は、冷静に考えれば分かった事で、私達の居場所を仲間達に伝えるのであれば、あの時、わざわざ私の前に姿を現す必要がない。むしろそれは悪手だった。こっそり仲間達の元に私達の情報を持ち帰ればいいのだから。それにも関わらず、彼女は敢えて私の前に立ち塞がり、挑発行為に及んだのだ。
組織内での自らの評価を上げつつ、私達の逃亡の手助けをする。秀蓮の思い描いたシナリオ通りに事は進んだ。彼女の言葉を借りれば、今回も彼女は己が望みを叶えた強者だったという訳か。
「全く、おかげで歩いてバリスタガイへ向かう羽目になったわよ」
不満を漏らすのはサラだった。秀蓮は完全な敵ではないが、完全な味方でもない。組織内での評価は、彼女にとって、私達の身の安全と同程度かそれ以上に大切な事。それは、私達を見逃すのではなく、鬼ごっこを演じると言う彼女の選択からも想像できる。私達が馬車を使えなくなったのも彼女の所為だ。正直、二度目の遭遇は勘弁したい。
私はふと____
「ラピス副隊長、ガブリエラと言う名前に覚えはないですか?」
隣を歩くラピスに尋ねる。
「ガブリエラ?」
「はい、実は……秀蓮が“固有魔法”の存在を知っていたらしいんですけど、その時に出て来た名前が____」
「ガブリエラとは、もしやガブリエラ・アンドーヴァーの事か」
ガブリエラ・アンドーヴァー。アンドーヴァーの姓。それは四大騎士名家第一席、アンドーヴァー家の血族の証だ。
「ガブリエラ・アンドーヴァーはラ・ギヨティーヌで、“働き者の女神”を持つ者だ」
「“働き者の女神”?」
ラピスの口から聞き覚えのない言葉が飛び出て来た。
「ラ・ギヨティーヌ最強の騎士にのみ与えられる武器だ。巨大なメッザルーナのようなものだと聞いている」
「メッザルーナって両端に取っ手の付いたギロチンみたいな包丁のことですよね」
まさしくラ・ギヨティーヌの名に相応しい武器だと言える。
「噂だが“働き者の女神”は人語を操るらしい」
「人語を操る? それって、喋るって事ですか?」
「歴代の使い手の中には、“働き者の女神”と会話する者もいたとか」
「喋る武器……ですか」
あくまで迷信として語っているラピスだが、私にはそれを突拍子もない世迷言として片付けられない理由があった。私の相棒、カネサダは喋る武器だ。
「副隊長はガブリエラについてどこまでご存知なんですか?」
秀蓮はガブリエラが私同様“固有魔法”の力を持つことを口にしていた。その上、“働き者の女神”なる不思議な武器の持ち主。どんな人物なのか気になった。
「さあ、アンドーヴァー本家に籍を置き、“働き者の女神”を持つ者であること以外、ほとんど何も知らない」
「アンドーヴァー本家に籍を置く?」
“籍を置く”などと言う表現が気になった。
「謎の多い人物だ。元々は分家の人間で、事情があって本家に引き取られたと聞く」
「事情、ですか」
「その辺りは私もよく知らん。騎士としての才能を見込まれての事か、それとも何か別の理由があってか」
アンドーヴァー本家の人間で、特権階級であるラ・ギヨティーヌ最強の騎士。傍から見れば、輝かしい肩書の持ち主のように思えるが____何故だろう、底知れぬ闇をガブリエラなる者から感じるのは。全く根拠のない思い込みだが、まだ見ぬその少女に、私は何か自分と似たものを感じ取っていた。
バリスタガイへとひた進む私達。夜の帳が降り、月が浩々と大地を照らし出す頃、視界の端に城壁が現れた。それはバリスタガイを囲う鉄壁の守護。即ち、目的地が近い事を私達に知らせていた。
「ようやく、目的地ですわね」
足をさすりながらマリアが安堵の溜息を吐いた。皆、長い距離を歩いたため、疲労が顔に現れている。
バリスタガイの街に到着すると、私達は狭い路地へと入り、一先ずの休憩を取ることにした。各々が木箱や角材に腰掛け、長時間働いた自らの足を労っている。
「ねえ、今夜はどうするの?」
アイリスが軽く伸びをしながら皆に尋ねる。
彼女の言葉に「ああ、そう言えば」と、滞在計画について失念していた事に気が付く一同。
「私達、普通に宿屋に泊まっても大丈夫なのかな?」
アイリスの疑問はもっともだ。男性ばかりのこの街において、私達の姿は兎に角目立つ。お尋ね者の私達は、人目を忍ばなければならないのだ。大勢の人間が集まるような場所には近付きたくなかった。
「宿屋の利用は控えた方が良いだろうな」
「じゃあ、やっぱり野宿ですか」
ラピスの言葉にアイリスは憂鬱そうな溜息を吐いた。気が進まないだろうが、私達は野宿をするより他ない。バリスタガイには貧民街のような場所がないので、勝手に寝床にできる空き家などもないのだ。
と、ここで手を挙げたのがミミだった。
「伯父さんの家に泊まれるかもしれない」
ミミの言葉に一同の視線が彼女に集まる。
「……伯父さん? ああ、そう言えば、アルビオン人のミミの伯父がこの街に居るんだったね」
「うん。あの人の家なら、良い隠れ家になるだろうし」
遠征任務時、呪毒に冒された私は平賀と言う名のアウレアソル人に診察を受けた際、彼の相棒がミミの伯父であると言う話を聞いていた。
「……その伯父さんは」
私はミミの顔を覗き込む。
「信用できる人なの?」
ミミの伯父がどのような人物なのかは分からないが、お尋ね者の私達を匿ってくれるほど懐の大きい人間がそんなに多いとは思えない。
「信用できる人……って感じではないけど、まあ約束は守る人よ」
「……?」
「こっちには交渉材料があるし、多分イケると思う」
ミミはある種の確信をもっているようであった。彼女の伯父が私達に寝床を提供してくれることを。
「……交渉材料? ミミ、その話詳しく聞かせてくれないか」
興味を持ったのか、ラピスは立ち上がりミミの隣に腰を下ろした。皆が耳を傾ける中、ミミが話を始める。
数十分後____
バリスタガイの一画、こじんまりとした一軒家の扉の前に私達は佇んでいた。“ジェームズ・セイヴァリ”と彫られた表札のすぐ真下にはドアノッカーが備え付けられており、私はそれで家主に到来を告げる。
乾いたドアノッカーの音を夜気に響かせること数秒後、扉が開き、屋内から男が現れた。精悍な顔つきにあまり清潔にしていないであろう衣服。男臭い男だった。
「誰だ、お前達」
面倒臭そうに、男は乱暴な口調で尋ねた。険悪な表情で私達の顔を見回し、その視線がミミに固定される。
「おいお前、ミミか」
「そうよ、ジェームズ伯父さん」
ミミが答えると男はずかずかと彼女の元まで歩み寄っていく。
「どうしたんだ、こんな所まで。それに、こいつ等は何だ?」
威圧的な態度。何と言うか、荒くれ者といった感じの雰囲気だ。
「この人たちは、騎士団の仲間で____」
「騎士団だと! 冗談じゃねえ! 俺の事を捕まえに来たのか!? 俺はまだ何もやましい事はしてねえぞ!」
騎士団という言葉を耳にした途端、男は発作を起こしたようにギャーギャーと騒ぎ出す。ミミが慣れた様子で男を宥めて____
「落ち着いて、伯父さん。別に伯父さんを逮捕しに来たわけじゃないから。……皆、この人がジェームズ・セイヴァリ。私の伯父さんね」
男を私達に紹介するミミ。落ち着きを取り戻した男____ミミの伯父、ジェームズはもう一度私達を見回し、ゆっくりと尋ねる。
「で、お前ら、何の用だ? ミミの騎士仲間だそうだが」
ジェームズの前に進み出るのはラピスだった。
「ジェームズ・セイヴァリ殿、貴殿にお頼み申したい事があるのですが」
改まった口調でジェームズに向き合うラピス。なるべく男を興奮させないように彼女なりに穏やかな態度を取っているように思えた。
腕を組むジェームズにラピスは用件を伝える。
滔々と説明がなされる事数分。ラピスが話し終えると、ジェームズは眉をひそめて口を開く。
「お前ら、あれか、お尋ね者に寝床を貸せって言うのか? 冗談じゃねえぞ! そんなことしたら俺までお縄にかかるじゃねえか!」
ジェームズには私達が国家反逆の冤罪で騎士団に追われている旨をしっかりと伝えた。そして、その上で一宿の恩義に預かろうとしているので、当然彼は猛反発する。
「どっか行っちまえ、この疫病神共!」
しっしと乱暴な手つきで私達を追い払うジェームズ。ミミの話では、彼はそこそこ優秀な科学者との事だったが、気性が荒く、どちらかと言えば傭兵然としているように思えた。
「交渉しようか、伯父さん」
騒ぎ立てるジェームズの前に臆せずミミが進み出る。
「伯父さんが今一番欲しいものを上げるわ。その代わりに、伯父さんの地下工房を拠点として私達に提供してよ」
「……一番欲しいものだと?」
怪訝な瞳を向けるジェームズにミミは頷き、懐から何かを取り出す。それは、複十字型人工魔導核____騎士達から奪った物の内の一つだった。
「地下工房を拠点として提供してくれるのなら、これ、伯父さんに上げても良いわよ」
ミミが手元からぶら下げる魔道具に、ジェームズの目の色が変わる。
「お、お前……! それは……もしかして……!」
「複十字型人工魔導核。喉から手が出るほど欲しかったんでしょ、伯父さん」
ジェームズの視線は魔道具に嵌められた赤い宝珠の放つ煌めきに釘付けになっていた。
「……マジかよ」
人工魔導核の最高傑作である複十字型人工魔導核。一般人の所持は法律で固く禁じられている。
「い、良いのか!? そんなもん貰っちまって!」
「伯父さんが地下工房を提供してくれるなら」
ジェームズは科学者で、現在は魔導工学に傾倒しているらしい。その粋が集められた複十字型人工魔導核は、彼にとって例え法を犯してでも手に入れたい研究サンプルなのだ。と言うか、彼にはその前科があるらしく、兄が婿入りしているゴールドスタイン家を謀り、件の一品を盗み取った事があるとか。
「……ああ、くそ……! しょうがねえ……!」
髪をわしゃわしゃと掻き、ジェームズは乱暴に自宅の扉を開く。彼は私達に面倒臭そうな視線を与え、荒々しく手招きをした。
「入れ、騎士共」
顔を見合わせる私達。どうやら交渉は成立したようだ。ミミに感謝だ。
「お邪魔します、セイヴァリ殿」
ラピスがジェームズの自宅に足を踏み入れる。彼女に続き私達も屋内に雪崩れ込んだ。
「こっちに付いて来い」
移動を開始する。ジェームズに誘導され、私達はかび臭い台所にやって来た。七人の人間が狭い一室に詰め掛けているので、とても息苦しい。
部屋の隅で何かのカラクリを弄るジェームズ。しばらくすると地響きが起こり、据え付けの棚の一つが横にスライドする。そして、棚のあった場所から下へと続く階段が現れた。
「地下工房だ」
短く告げるジェームズ。彼はその親指で建物の地下へと続く階段を指していた。入れ、と合図している。
「はー……凄い……秘密基地みたい……」
隠し階段の存在にアイリスは感嘆の声を漏らしていた。瞳もキラキラとしている。好きなのだろうか、こういうのが。ちなみに私は割と好きだ。
地下へと続く階段を降りる。行き着いた先、私達を更に驚かせる光景が広がっていた。
「……!? 家の地下にこんな空間が」
目を見張る私。ミミ以外の皆も、私と同じような表情を浮かべていた。
それは途方もなく巨大な空間。天井は高く、床面積は騎士団の訓練場ほどもある。外から見たジェームズ宅はこじんまりとしたただの一軒家に過ぎなかったが、まさかその地下にこれ程の大きさの空間が存在していたとは。
「ここはオレの地下工房だ。危ねえから周りの物には触んなよ」
地下工房内は複雑なカラクリの数々で溢れていた。アルビオン製の機材であろうか。大アルビオン帝国では自然科学と機械工学が発達していると聞く。サン=ドラコ大陸の人間である私達には、この工房内にある機械がどのようなものであるのか、ほとんど理解出来なかった。
「どうしてわざわざこんな地下に」
照明器具が照らす薄暗い空間を私は見回す。
「何でって、狭い土地を有効活用するためだ。それと実験の失敗で街に被害が及ばないようにするための安全対策。後は……」
「やましいものを隠すため、でしょ」
ジェームズの言葉を引き継ぐミミ。彼女は手元の複十字型人工魔導核を伯父へと渡した。
「へへ、まあ、それもあるな」
顔をニヤ付かせながら、ジェームズはミミから手に入れた魔道具を眺める。何と言うか、直情的だな、この人。
しばらく、地下工房内を進んでいた私達だが、ふと行き先に人影を見つけて立ち止まる。それは眼鏡をかけた痩せ型の男性だった。
「おや、これは大所帯で」
ポケットに両手を突っ込んで、その男は眼鏡の奥の瞳で私達を見回す。
「……貴方は」
見覚えのある男性だった。ジェームズの相棒で、私の呪毒の診察をしてくれたアウレアソル人の科学者。
名前は確か____
「平賀さん、でしたっけ」
「ああ、そう言う君は……ミシェルさん、だったね。そっちの君はラピスさん。おや、ミミがいるじゃないか」
ぼんやりとした口調で私達の名前を呼ぶ平賀。その視線がジェームズへと向く。
「ジェームズ、彼女達は何だい? どうして、この地下工房に?」
「おお、ゲンイチ! 聞いてくれ、実は____」
意気揚々と平賀に事の経緯を語るジェームズ。ただし、彼の説明だけでは要領を得ない部分があったので、結局ラピスが事情を話すことに。
「君達も大変だね」
話を聞き終わり、平賀が小さく伸びをした。
「それにしてもジェームズ、いくら複十字型人工魔導核のためとは言え、あまり面倒事に関わるものじゃないよ」
「はん! ゲンイチ、お前も科学者の端くれなら法の一つや二つぐらい犯してみやがれ!」
「いや、犯しちゃダメだろ」
私達を余所にそんな遣り取りをするジェームズと平賀。普段の二人の関係が窺える。
「ところで、オークの集落を制圧するとか言っていたけど、誰がそんな無謀を提案したんだい?」
私達に向き直り、平賀が眼鏡を持ち上げて尋ねる。私は一歩前に進み出て手を挙げた。
「ああ、君かい」
平賀の視線は私の腰元、カネサダへと向いていた。
「佇まいで分かる、君は随分優秀な騎士のようだね。その業物もとてもよく似合っている。だけど」
人差し指を立てて、平賀は忠告する。
「オークをただの豚頭だと侮らない方が良い。彼らの罠の知恵は人間のそれに匹敵する」
「心得ています」
オークの集落に攻め入った腕利きの騎士達が次々と返り討ちに遭ってしまったという事実は我々の良く知るところだ。平賀に言われずとも、理解している。
だけど____
「私達はそれでも行くんです」
「……」
毅然と告げる私に、平賀は頬を掻いて溜息を吐いた。呆れているのだろうか。彼はしばし虚空を見つめ、指を鳴らした。
「丁度良い」
そして、そんな言葉を発する。
「君達の闘いに僕も協力しよう」