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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第四十話「トルスティアへの馬車の中」

 フィッツロイ家の別宅に三日間滞在。その後、私達は馬車でトルスティアと言う街を目指すことになった。オークの生存領域に最も近い街であるバリスタガイへは首都からの直通馬車が存在しないため、このトルスティアを経由する必要があるの。


 エストフルトからトルスティアへ。トルスティアからバリスタガイへ。乗り換えを含め、馬車の確保はカエデとジュードが行ってくれた。


 トルティアへの道中、馬車に揺られながら、私は遠ざかるフィッツロイ家での出来事を思い出す。


 屋敷での滞在中、私はフィッツロイ家長男のジュードと会話する機会があった。


「ジュード殿、此度の協力、誠に感謝いたします」

「ああ、ミシェル殿」


 屋敷の廊下でふと彼とすれ違いそうになった時の事だ。無言で横を通り過ぎるのも失礼かと思い、声を掛けた次第だった。


「協力とは言っても、こちらも無理のない範囲でやらせて頂きますが」

「ええ、勿論。そちらにもそちらの都合がありますし、当然です」


 相変わらずドライと言うか現実的なジュード。だがそれ故に私には誠実に見えた。カエデとは毛色が違うが、彼も大いに信用できる人物だ。


 ふと____


「……ミシェル殿はエリザ様とはどのようなご関係で?」

「……エ、エリザ?」

「……? ああ、貴方の義母君ではなく……何と言いますか……」


 エリザと言う名前に顔色を悪くする私。ジュードは私の動揺を察したらしく、言葉を付け加える。


「もしかして、エリーの事ですか」

「そうですね、恐らくはそのエリー様のことです」


 エリザと聞くとどうしても義母の顔の方が先に頭に浮かんでしまう。だが、ジュードが言及しているのはエリーの方のエリザだ。


「エリーと私は親友同士です」

「……親友ですか」


 興味深げに目を細めるジュード。


「ジュード殿は……ジュード殿もエリーとは顔見知りなのですか?」

「ええ、大学の先輩です。それなりに懇意にさせて頂いていますよ。エリザ様が当家と交流を持たれているのは、僕との母校の繋がり故ですね」


 ジュードの言葉に私は目を丸くする。


「……先輩、ですか」

「はい、そうです。正確にはOGと言った方が良いですかね」


 ジュードは確か、国で一番の大学に在籍しているエリートだった筈。そのOGという事は、エリーは飛び級で名門大学を卒業したエリート中のエリートと言うことになる。衝撃の事実だ。


「ミシェル殿は、エリザ様についてどこまでご存知か?」

「え?」


 突然そのように振られ、私は固まってしまう。


 エリーについてどこまで知っているのか。改めて尋ねられると何も答えられない。


「エリザ様の本名はご存知で?」

「本名? 家名ということですか?」


 そう言えば、私はエリーのフルネームを知らない。


「……」


 何かを察したかのようにジュードは口を閉ざした。それから、予言じみた事を言う。


「エリザ様について、貴方はいずれ全てを知ることになるでしょう。今ここで僕が話す事でもない」


 意味深なジュードの言葉に私は俯いて思案した。


 エリーについて全てを知る。彼女の抱える秘密を、私は今まで敢えて知らずに過ごして来た。気軽にお喋りが出来る友達としてのエリー。その関係の変化を恐れ、彼女の事情に踏み込もうとはしなかった。


 しかし。


 もし、エリーの秘密を知ってしまったら、私達の関係はどうなるのだろう。


「難しい顔をしていますね、ミシェル殿」


 ジュードに指摘され、私の手は自身の頬に伸びた。


「惑わせるような事を言ったのは僕ですが、今は目前の事態に集中した方が宜しいですよ」

「……ええ、そうですよね」


 申し訳なさそうに頬を掻くジュード。彼の言葉に私は静かに頷いた。


 エリーの事で悩んでいる場合ではない。私には為すべきことがあるのだ。


「では、ミシェル殿」


 それから私とジュードは特に何事もなく別れた。そう言えば、同年代の男性とまともに会話したのはこれが初めてだ。ナンパ男は別だが。緊張するかと思ったが、意外と普通に受け答えが出来た。


 さて____


 また別の日、私はミミと二人きりになる時があった。


 屋敷内の中庭。気晴らしの散策の最中に、私は偶然にもミミに遭遇する。無視し合うのは互いに気不味かったのか、どちらからともなく相手に話を振った。


「……どう……ミミ?」

「どうって?」


 何を話して良いのか分からず、曖昧に尋ねる。そして、それ以上の言葉が見つからなかった。


「……」


 黙り込む私達。沈黙が空気を支配する。気不味い。ミミとの会話が続かない。


 ……何か話してよ、と心の中で彼女に文句を言う。


 いつもなら、余計なちょっかいを掛けてくるミミ。だが、今はそれがない。本来であればそれは有難い事なのだが……。おかげで、私達の間で何も起こらない。


 沈黙に耐え兼ね、私が中庭から離れようとしたその時____


「アンタ、私の事嫌いよね?」

「え」


 ミミがそっぽを向いて尋ねて来た。碌な返答も出来ず、私は固まる。


「アンタ、私の事……嫌いなんでしょ?」


 再度尋ねるミミ。声が僅かに震えていた。


 ……嫌い?


 私はどう答えたら良いものかと思案した後、躊躇いがちに口を開く。


「……そりゃ……嫌いだよ……」


 正直な言葉をミミに寄越した。嘘を吐く必要はない。これは“問い”ではなく“確認”なのだ。私がミミを憎んでいる事は彼女自身がよく知っている。


 ミミの反応はと言うと____


「ありがとね」


 私の言葉に、ミミは呟くようにお礼を言った。


「私の事嫌いなのに……その……ララの事、助けるって……」

「……ララ? いや、それは……ついでだよ。オークの集落を制圧するついでだから」


 別にララを助けるためにわざわざオークの集落に乗り込むわけではない。だから感謝される覚えもなかった。


「分かってるわよ。それでも、お礼が言いたかったの」


 ミミはそれから大きく咳払いをして、私の肩を突いた。


「ごめん」

「……ミミ?」

「いや、別に赦して貰わなくてもいいんだけど……その……今まで、ごめん」


 それはミミからの謝罪の言葉だった。


「アンタには意地悪ばっかしてた。……悪いとは思ってたわよ……でも……何て言うか……やめられなかった……」

「……」


 エストフルト第一兵舎に配属されてから、私はミミ、そしてララから散々イジメられて来た。絶えず私を罵り、殴る蹴るの暴行を加えて来た彼女達。それは決して赦せない所業だった。


「私の事、赦してくれなくて良いから」


 顔を俯かせたミミが、私の腕をぎゅっと握る。


「何なら、今思いっきり頬をぶってくれても良い。アンタの気が済むまで。……だけど、この闘いが終わるまでは」


 ミミの瞳が私のそれを見据える。


「____この闘いが終わるまでは、私の事を仲間として扱って欲しい」

「……」


 圧倒される。


 それは決意の瞳だった。彼女がついぞ見せた事のない、輝かしい意志の光。


 私は唇を噛みしめ、ミミから目を逸らす。認めたくないのかも知れない。彼女の顔に宿る、アイリスやラピスが持つ高潔の精神に。


 思えば____


「ここ数日で表情が変わったよね、ミミ」


 きっかけは色々あっただろう。ミミはこの闘いの中で確実に変化を遂げていた。今の彼女は、何処か誠実で、謙虚な人物のように思える。


「……アンタを見ていたからね」

「私を?」


 頷くミミ。


「私が変わったって言うのなら、アンタのおかげよ。アンタを見ていて、元の私とは決別したくなったの。寄ってたかって弱者をイジメる卑怯者とは」


 ミミは何か吹っ切れたかのように、息を大きく吐いた。


「アンタこそ、ここ最近変わったわよね? 私も見習おうと思ってね」


 ミミは恥ずかしそうに靴先で地面を叩いた。


「私だけじゃない、皆アンタに影響されて変わって来てる。アイリスも、ラピス副隊長も、マリアも、サラも」

「私に影響されて?」

「そう」


 面と向かって言われ、私は照れからか頬を掻いてしまう。


「……私、変わるから……もっともっと変わって……」

「……ミミ」

「んで、アンタに誇れるぐらい立派な人間になった時、もう一度アンタに謝って、しっかりと償いがしたい。別に赦してくれなくても良いけどね」


 毅然と宣言するミミ。


 私は彼女を赦すつもりはない。今だって、憎々しく思っている。未来の彼女がどう変わろうが、私にとっては知った事ではない。私は聖人君子ではないのだ。カエデに言わせれば、醜い弱者なのだろう。


 ……だが。


 ミミは信頼できる仲間だ。アイリス、ラピス、マリア、サラ。彼女達と共に私の支えになっている。


「私達は運命共同体だ」


 ミミに言葉を返す。


「……だから、この闘いが終わるまで……私達は仲間だ。ミミは私達の仲間だ」


 ミミの腕を掴んで、私ははっきりと伝える。貴方は私達の仲間だと。


「……うん……その……」


 ミミは頭を掻き、それから恥ずかしそうに唸って____


「……ありがとう、ミシェル(、、、、)

「……!?」


 普段は“罠係”と私を呼ぶミミ。その彼女の口から私の名前が飛び出したのだ。


 私は目を丸くして、ミミの顔を覗き込む。


「今、“ミシェル”って言った?」

「うん……駄目、かな? 仲間だし、ちゃんと名前で呼びたくて」

「い、いや……その……是非名前で呼んでよ」


 照れくさいが、決して悪い気はしない。


 ミミは恥ずかし気に微笑むと、もう一度私の名前を口にした。


「これからよろしくね、ミシェル」


 そっと____


 ミミが手を差し出す。私はそれを強く握りしめた。


 フィッツロイ家の別宅。その中庭での出来事。オークの集落に向かうまでの空白の期間。ふとした時の間に、私は____いや、私達また前へと進んでいた。


 皆、少しずつだが変わってきている。


 暗い過去を各々が引きずり、ある者はそれを糧に、ある者は決別を目指し、新しい自分に生まれ変わろうとしているのだ。


 そんな事を思いながら、私達はトルスティアの街に到着する。


 時刻は午前十時。これから午後三時発のバリスタガイ行きの馬車に乗り換える。つまり、このトルスティアには五時間ほど滞在することになるのだ。


 トルスティアは交通の要衝だった。特に北の強大国ヨルムンガンディア帝国との交易が盛んなため、街には帝国からの輸入品が溢れている。


「ここも中々に異国情緒あふれる街だよね」

「うん、ヨルムンガンディアへの直通馬車があるからね」

「おい、アイリス、ミシェル、何呑気な事を言っている。観光に来た訳ではないのだぞ」


 街の様子について話し合っていた私とアイリスをラピスが窘める。


「ラピス副隊長こそ、そんながちがちに警戒していたら、周囲に怪しまれますよ」

「むむ」


 何か悔しかったので言い返す。ラピスは不満気に唸った。


 途中で昼食を取りつつ、バリスタガイ行きの馬車発着場へと向かう私達。一度発着場の下見をした後、発車時刻まで二人一組になってトルスティアの街に散らばることになった。六人の人間が固まって移動していては目立ってしまうからだ。


 くじ引きでペアを決め、私はマリアと行動を共にすることになった。


「このような事を口にするのは不心得かも知れませんが」


 皆から離れた後、二人きりになったマリアが私の袖を引っ張る。


「……デートみたいですわね」

「……」


 頬を赤らめるマリア。彼女の言葉に、私は息を呑んだ。若い男女が二人きりで街を散策。確かにデートみたいだ。


「デ、デートって……い、い、い、意識し過ぎだよ」

「ミシェルさん、声震えてますわよ」


 マリア以上の動揺を見せる私。呆れたような目を向けられる。


 私は深呼吸をした後、頬を掻いた。


「貴方、今更デート程度で動揺して……もっと凄い事、私にしでかしたではありませんか」

「……なっ!?」


 責めるような口調でマリアは言う。彼女には……確かに色々としでかした。完全な自由意思によるものではなかったが。


「……あれは……その場の勢いがあったから……」

「ふーん」


 マリアがじっと私を観察するように見つめる。そして、急に心配するように____


「ミシェルさん、時々ですが……別人みたいになりますわよね」

「う、うん……そうだね」


 カネサダに身体を明け渡している時の事を言っているのだろう。別人みたいと言うか、完全に別人なのだが。


「私の所為……ですかしら?」

「……? ん、何で?」


 私の所為? 何故マリアがそのような事を言うのか、全く意味が分からなかった。


「精神医学に詳しい訳ではありませんけど、イジメられていた経験が人間の人格を分離させることがあるとか……」

「……あー」


 どうやら、ラピスと同じ発想に行き着いたらしい。マリアも私の事を二重人格者だと勘違いしているようだ。


「かも知れないね」


 と、色々と誤魔化すのが面倒なので適当にそう答える。


 すると、マリアは申し訳なさそうに頭を下げ、私の手を握った。


「ごめんなさい」

「マリア?」

「貴方が元の貴方に戻れるように、私はこの身を捧げますわ」


 決意をもって告げられ、私は微妙な表情を浮かべる。


「……うん、まあ……よろしく」

「はい、それが私の償いの一つになりますから」


 そんな意気込まれても困るのだが。私は溜息を吐くのを堪えた。


「適当にブラブラしようか」


 話題を変えたくて、取り敢えず歩く事に。マリアは頷き、私達は軽い観光を始めた。


 マリアと二人きりで街を歩くのはこれが初めてだ。騎士学校時代は彼女とは学園内だけの付き合いだったので、何だが新鮮な気分を味わえた。


 こうしていると____私とマリアは再び友達同士になったのだと、そう実感する。私の中で、まだ彼女に対する暗い気持ちはある。ふとした時に、頬の一つでも殴りつけたくなる瞬間があるのだ。だが、私は今、彼女の事を再び愛しく思い始めている。だから、信じたい。私の中から彼女に対する憎しみが欠片も残らず消えるその日を。


「……そう言えば」


 マリアと二人きりになり、ふと聞かなければならない事を思いだした。


 それは本当ならば、もっと早くに、それこそフィッツロイ家の別宅に滞在している間にでも聞き出せば良かった事なのだが____


「マリアって、何処で秀蓮(シュウリエン)と知り合ったの?」

秀蓮(シュウリエン)さんと?」


 ずっと気になっていた。


 マリアはベクスヒル本家の次女だ。それが秀蓮(シュウリエン)のような、言ってしまえば下々の者と交流があるのは、違和感がある事だった。


「……何処って……何処と言うより、お姉様を介してですわ」

「え、お姉様?」

「はい」


 当然とばかりに答えるマリアに、私はポカンと口を開けた。


「どういう事?」

「ミシェルさん?」

「お姉様って……それ、マーサの事だよね……? じゃあ何で、秀蓮(シュウリエン)はマーサと?」

「……それは」


 マリアは顎に手を添え、相応しい言葉を考えるように唸った。


「……何と言いますか……秀蓮(シュウリエン)さんが“便利屋”だからですわね」

「……“便利屋”? それってどういう____」


 ____その時だ。


 歩きながら話し合う私達の進路を塞ぐ者が現れた。


 小さな人影。まるで霧から生まれたかのように、突然姿を現したように思えた。


「やあやあ、そこの御二方、昼間から楽しくデートですか」


 偶然か? 運命の悪戯か? それとも、何者かの意思か?


 立ち止まる私達。目の前に立ちはだかり、剽軽な笑みを浮かべるその人物に目を見開く。


 黒髪を二つ結びにして、片眼を眼帯で隠す“東世界人(イーストランディアン)”の少女。


「……貴方」

「どうも、ミシェル先輩、ご無沙汰です」


 たった今、私達が話題にしていた人物____秀蓮(シュウリエン)がそこにいた。


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