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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第三十七話「共に闘う仲間」

 魔導核(ケントゥルム)の暴走により、思う様に身体に力が入らない。


 ラピスに負ぶって貰い、私は貧民街の空き家、皆の元まで帰還した。


「……上手く行かなかった」


 開口一番、皆の前で計画の失敗を伝える。ラピスは私を近くの椅子へゆっくりと据えた。


 詳しい経緯を説明し、皆の顔色を窺う私。アイリス、マリア、サラ、ミミ____皆、初めからあまり期待していなかったのか、残念そうな表情は浮かべなかった。


「ミシェルちゃん……身体大丈夫なの?」


 私の手を取り、心配そうにアイリスが尋ねる。


「うん、しばらくすれば回復すると思う」


 やつれ気味に返答する。私はすっと息を吸い込み____


「それよりも、今すぐここを離れるよ」


 皆に告げる。この空き家はもう安全ではない。ラピスがリリアナ・チャーストンにうっかり潜伏場所を漏らしてしまったため、すぐに離れなければならない。


「皆、すまない……私の所為で」


 頭を下げるラピス。一同、顔を見合わせ困ったような表情を浮かべる。誰も彼女を責めなかった。母親に裏切られ、心に傷を負った哀れなラピスを。


 かくして、私達は夜の貧民街を移動することになった。


 荒れた道を踏みしめる私達。まずは元の空き家からの距離を稼ぐ。そして、何処か適当な寝床を見つけるつもりだ。


「……私達、これからどうしましょう?」


 ラピスに再び背負われ、私は彼女の背中でポツリと呟く。


「取り敢えずは何処か安全な場所に避難して……それからは……」

「……」


 ラピスは答えない。後ろからでは見えないが、彼女の表情が陰るのが何となく分かる。計画が失敗したばかりのラピス。不注意だった。今の彼女には酷な言葉だっただろう。


 夜気が頬を撫でる。その冷たさに、頭が少しだけ冷えた。


 私はラピスに頼りっきりだ。これは私自身の問題でもあるのに。


 ____いけない。


 私も何か案を出さなければ。どんな無謀なものでも良い。兎に角、何かの取っ掛かりを……。


 しかし、私に何が出来る。剣を振るう以外に何の力も持たない私に。


 私にはこの状況を打開するだけの知識も知恵も人脈もない。


「……いや」


 はっと呟く。いや、ある。私にも一応、人脈があった。決して強い繋がりではないが。確かにある。


「……どうした、ミシェル?」


 背中で呟かれたためか、ラピスが首を傾けて私に尋ねる。


「ラピス副隊長、フィッツロイ家をご存知ですか?」


 フィッツロイ家。それは鞘の修理の際にエリーに紹介され、お世話になった貴族。当主の夫がアウレアソル人の十郎で、私は彼と懇意になっていた。


「フィッツロイ家と言えば、アメリア隊長との決闘の際に立会人を務めたのがカエデ・フィッツロイと言う名の指揮官騎士ではなかったか?」

「ええ、そうです」


 ラピスもカエデの事は覚えているらしい。


「私、当主の夫の十郎・樋口・フィッツロイ様と仲良くなりまして。別宅に訪問した事があるんですよ」

「当主の夫と?」

「お力添えを頂けないかと」


 私の言葉にラピスはじっと黙り込んで考える。


「フィッツロイ家に力を借りる、か。彼らは……信頼できる者達なのか?」


 当然の疑問だ。


「少なくとも十郎様は信頼できるお方です」


 断言する私。十郎は人を謀ったり、裏切ったりするような人物ではない。カネサダの能力に頼らなくとも、それは明らかな事のように思えた。


「……フィッツロイ家、か。……そう言えば」


 ラピスの視線がマリアの方へ向く。


「何ですの、ラピス副隊長?」

「フィッツロイ家と言えば、騎士の名家であるものの、文官系の貴族と強い繋がりを持っていたな」

「ええ、確か……そんな話を聞いたことがあるような」


 マリアに確認を取るラピス。フィッツロイ家の事情は彼女達の間でも、それなりに有名らしい。


「もし、彼らの力を借りることが出来れば、私達は騎士団とは別系統の権力を味方にすることも可能だ」

「騎士団とは別系統の?」


 それはつまり、騎士団に対抗する力を得られるという事か。


「……頼ってみる価値はある」


 夜の街を歩みながら、ラピスは告げる。僅かにだが、その声音に希望の感情が宿っていた。


「文官系の貴族の中には、騎士団を疎ましく思っている輩がいる。そういった者達に協力を仰げば、今回の一件、活路が見出せるかもしれない」


 フィッツロイ家を通して、文官系の貴族達を味方に付ける。彼らの力を借り、世に真実を伝える事が出来るかもしれない。


 そして、マーサ・ベクスヒルに然るべき裁きを____


「ミシェル、今何時だ」

「え? ……夜中の十一時ぐらいですかね?」


 突然、現在の時刻をラピスに尋ねられる。正確な時間は分からないが、恐らくまだ零時まで回っていない筈。


 ラピスは唸り____


「……ギリギリ、か」

「ラピス副隊長?」

「……皆、聞いてくれ」


 立ち止まり、ラピスは皆に告げる。


「これから、我々はフィッツロイ家に向かう」


 ラピスの言葉に小さなざわめきが起こった。


「今からですか?」


 尋ねると頷くラピス。


「こんな時間の訪問は非常識かも知れないが……だからこそ、誰にも気が付かれずに、彼らに接触することが出来る。ミシェル、フィッツロイ家まで案内を頼めるか?」

「私が知っているのは別宅の位置だけですので……そちらの方に誰もいらっしゃらない場合……」

「誰もいないなら今日は大人しく諦めれば良い。取り敢えず、今は別宅に向かうぞ」


 やや強引に決定するラピス。私は彼女を引き留める。


「明日にしませんか? フィッツロイ家が協力してくれる保証はないんですよ。その場合……もう一度ドンパチすることになります。正直、今の私がこの有り様なので……」


 二度の計画の失敗。その都度私達は騎士団と剣を交え、彼らを退けた訳だが、今回は主戦力である私が戦闘不能の状態なので、暴力で窮地を脱するようなやり方は出来ない。


 なので、今は私の回復を待ち、明日また万全の状態で計画を実行すべきだと思う。


「……焦っていませんか、ラピス副隊長」

「……焦る?」

「ええ……その……責任を感じて」


 言い辛い事なのだが、ラピスの計画は二度も失敗に終わっている。その焦りが彼女にはある様に思えた。


「……」


 図星だったのか、ラピスは黙り込んで俯いてしまう。


 私は皆の顔を眺めた。アイリス、マリア、サラ、ミミ……誰も彼も、ラピスに知らず期待の目を向けている。ラピスならばこの状況をどうにかしてくれる。そんな思い込みがある様に思えた。


 ラピスを頼りにするのは分かる。しかしそれは、彼女にとって辛い重圧になりかねない。特に、何もかも上手く行っていないこの状況においては。


 だから、私達は彼女の重荷を分散して引き受けるべきだ。


「もっと私達の事、頼って下さい」

「……ミシェル」

「ラピス副隊長は確かに頭が良くて頼りになりますけど……よっと」

「お、おい」


 ラピスの背中から飛び降りる私。よろめきながら皆の前に立ち、鞘を支えにする。


「これは私達の闘いです」


 毅然と言い放ち、地面に座り込んでしまうのを耐える。力強い姿を彼女に見せびらかしたかった。私の強い意志を。


「アイリスも、マリアも、サラも、ミミも、そして私も……貴方にどうしても頼ってしまう所がありますけど、それぞれがそれぞれの運命のために闘っているんです。その覚悟があります」


 皆の顔を窺う。彼女達は顔を見合わせ、ゆっくりと私の言葉を肯定するように頷いた。


「ラピス副隊長が皆の運命を一手に担う必要なんてないんです。皆の運命……貴方の運命も、私達の手に委ねさせて下さいよ」


 私は鞘で地面を叩き、そして天高く掲げた。


 漆塗りの先端が月光を反射する。皆の視線が集まり、不滅の誓いを立てるように私は宣言した。


「私達は仲間です。生まれも、育ちも、能力も、何もかも違いますが、今や運命を共にする一つの存在です。力を一つに____共に闘いましょう」


 私達は今や運命共同体だ。これは誰か一人の闘いではない。皆の闘いだ。


 だから、ラピス一人が苦悩するのは間違っている。皆で苦悩し、闘うべきだ。


 言い終え、がくっと私の身体が傾く。


「ミシェルちゃん!」


 慌ててアイリスが駆け寄り、身体を支えてくれた。アイリスだけじゃない。マリア、サラ、ミミすらも、皆が私の事を支えに駆けつける。


「ミシェル君、あんま無理できる身体じゃないでしょ」

「ごめん……少しだけ、カッコつけたかった」

「……もう」


 サラが呆れた目を私に向ける。私は両肩をアイリスとサラに支えられ、どうにか立ち上がった。


「ほら、落としたわよ」

「ありがとう、ミミ」


 地面に落としたカネサダをミミから受け取り、腰元に据え直す。


「その、ラピス副隊長……私達は言ってしまえば、無謀な闘いをしていますわ。だから、例え上手く計画が進まずとも……貴方一人がその責任を感じる必要など……」


 マリアの言葉に、ラピスが困ったように頬を掻く。


「ミシェルちゃんの言う通りです。副隊長は気負い過ぎだと思います。……まあ、私達がそうさせているのかも知れませんけど」

「……気負い過ぎか」


 溜息を吐くラピス。少しだけ黙り込み、何か心の中で整理している様子を見せた。


 やがて____


「そうかも知れんな」


 ぽつりとラピスは呟く。


 彼女の肩から力が抜けた気がした。そして、少しだけ安心したような表情を浮かべる。


 私は皆の瞳の中に闘う意志を見た。だから、私達はラピスから辛い重荷を取り除いて上げることが出来ると、そう確信している。


 ラピスに全て任せるのではなく、皆の運命を、皆の手で導いていけば良い。


 ラピスは咳払いをして____


「皆の意見が聞きたい。私達は、これからどうすれば良いと思う?」


 その声音には、仲間に対する信頼が含まれているような気がした。私達を頼りにしてくれている。もう一人で気負っている彼女ではないように思えた。


 だから、私達はその想いに応える。


 まずはマリアが前に進み出て、咳払いをしてから皆に向き直った。


「私達の切り札は、ミシェルさんですわ。ですので____」


 その後____


 私達は一人一人意見を述べ合った。場所が場所だったので、のんびりと言葉を並べることは出来なかったが、熟考し、そして共に闘う仲間の一人として自らの考えを皆に伝える。


 話し合いの末____今日は大人しく休息を取り、明日またフィッツロイ家を訪ねる事になった。ラピスの初めの提案とは異なるものだったが、ラピス自身その結論に文句はない様子だ。


 皆が意見を出し、皆で決めた計画。今や闘いは皆の手の内にあった。


「……よし、じゃあ移動しようか、皆」


 皆に身体を支えられながら、私は告げる。次なる計画は定められた。寝床探しの再開だ。


 ラピスに背負われる私。私達はまた夜の街を移動することに。


「……ミシェル」

「何ですか、副隊長?」

「お前はその……やはり、指揮官騎士としての才能があるな」


 どうしたのだろう。藪から棒に。指揮官騎士の才能があるとは。


「……“ドンカスターの白銀の薔薇”。お前には天性のカリスマが備わっている。人を惹きつける力が。それは何かを成し遂げる者のみが持つ眩い光。きっと、私などよりも……」


 ラピスは真剣な口調で告げる。


「お前はリーダーに相応しい気質を持っている」

「……リーダー? 私が?」


 まさか、と私は笑う。


「見ろ、皆の顔を」


 しかし、ラピスは茶化さない。


「ここに来て、私達は一つにまとまり始めている。お前のおかげだ。理屈を超え、他人を魅了し、導く力。それはお前だけが持つ輝かしい力」


 それからラピスは自嘲気味に____


「私にはない力だ」


 ラピスの言葉に私は何も答えなかった。


 理屈を超え、他人を魅了し、導く力。その意味を静かに考える。


 私にリーダーの素質があるのかは分からない。


 だが、もし私にその力があるのならば____それは暴力に次ぐ、いやそれ以上の大きな力になるだろう。


 かつてホークウッドも有していた世界を変え得る力だ。

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