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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第三十三話「ラピス:母親の愛」

 日が暮れる。暗闇に支配されていく室内。肺の空気を吐き出し、私は椅子から立ち上がった。


「準備は出来ましたか、ラピス副隊長?」


 尋ねるミシェルに私は頷く。


「……頼めるか、ミシェル」


 私の言葉に彼も椅子から立ち上がる。鞘を手に握り、こちらに真剣な眼差しを与えた。


「行きますの?」


 部屋の隅に座り込むマリアが心配そうな瞳を向けてくる。アイリスがこちらに駆け寄り、私の手を握って来た。


「……その、二人とも気を付けて」


 ミシェルと目を合わせる。互いに頷き合い、私は一同に告げた。


「時間だ。私とミシェルはこれより、私の母親の元へ……首都中央区にある私の実家へと向かう」


 エストフルト・エコノミー・ジャーナル社への告発に失敗した私達。次に頼る相手として選んだのはチャーストン家の分家当主____即ち、私の母親だった。


 行動の開始は日が暮れ、辺りが暗くなってから。実行は私とミシェルの二人のみ。闇夜に紛れ、実家の屋敷に忍び込み、直に母親に助力を乞うつもりだ。


 そして、夜の帳が降りた今、私とミシェルは目的地へと出発する。


「いくぞ、ミシェル」

「はい」


 空き家で待機する面々に見守られる中、私達は貧民街の澱んだ道路を踏みしめた。


 そろそろと歩き出し____


「すまない」

「……ラピス副隊長?」


 ミシェルと二人きりになり、自然と言葉が零れる。


「私の我儘に……母を信じたいと思う、私の身勝手に付き合わせてしまって」


 ふと、立ち止まるミシェル。先を歩く私の背中に手を添えた。温かい手の平の感触にどきりとする。


「良い機会だと思いますよ」


 優しいミシェルの口調。


「副隊長の中には……迷いがありましたから」

「……迷い」


 背後でミシェルが頷いた気がした。


「ご家族の事……諦めきっているようでいて、まだ諦めきれていない……そうですよね?」

「……ああ」


 最早強がって否定する意味はない。


「人の本性は、本当の気持ちは、こういった時に現れるものです。嘘偽りのない母親と向き合うには……決着をつけるのには、今はまたとない機会です」


 ミシェルはそれから私の背中を力強く叩いた。


「貴方はいずれ、騎士団団長になる人です。違いますか?」

「……そうでありたいが」

「だから」


 私の前に躍り出るミシェル。


「暗い過去に縛られる、何てことはあってはなりません。有耶無耶にしていた気持ちに、どんな形であれ終わりを与えるべきです」

「終わりを与える、か」


 それから、ミシェルは予言のように告げる。


「暗い過去に終わりを与え……そこで、初めて貴方の“復讐”は始まります」


 復讐。ミシェルの口から飛び出たその言葉は、決して暗い響きを伴ってはいなかった。不思議と希望に満ち溢れている。


 私は騎士団が憎かった。権力闘争に明け暮れ、腐敗や不正に手を染める彼らが。


 今もそれは変わらない。しかし、それとは別に私には夢が出来た。騎士団団長になり、騎士団を、世界を正す。


 暗い感情から始まったものだが、それは希望に満ち溢れた私の復讐だった。


「私の……復讐か……」

「ええ。私と違い副隊長には既に道が見えているんですよね? 自分の為すべきこと。そのために、決着をつけにいきましょう」


 そうだ。


 私はリントブルミア魔導乙女騎士団団長を目指す者だ。迷う事などあってはならない。果たすべき目的のため、暗い過去に決着をつけなければ。


 真正面から母親にぶつかり、その心を確かめなければいけない。私の事を娘として愛しているのか。そして、そんな愛娘のために力を貸してくれるのか。


 再び歩き出す私達。


 実家はどんどん近付いて行く。


「こっちだ」


 屋敷の門が見え始めた所で私はミシェルを手招きし、警備の薄い裏手へと誘導する。


 複十字型人工魔導ダブルクロス・フェクトケントゥルムに意識を集中。魔導の力を脚力へと変換し、背の高い囲いを飛び越えた。


「これからどうします?」


 敷地内に侵入を果たした私とミシェル。建物の壁にぴったりと身体をくっ付け、息を潜める。


 私は親指で頭上を示し、口を開いた。


「母の寝室に直接向かう。壁をよじ登り、窓から室内に入り込もう」

「まるで泥棒ですね」


 泥棒どころか今の私達は重罪人だ。


「母の寝室は……二階……あの明かりの付いた部屋」


 指で示し、ミシェルに伝える。私は生唾を呑み込み、慎重にその下まで這い寄っていった。


 多少物音を立てるかもしれないが、これから魔導の力を借りて一気に壁をよじ登るつもりだ。窓を開け……もし鍵が掛かっているのなら蹴破り、室内に侵入する。そして、母と対面することになるだろう。


 この時間帯、母は寝室にいる。件の部屋には明かりが付いているので、間違いない。


「いくぞ」


 覚悟を決める私。地を蹴り、壁に足底を付ける。静かな夜に派手な音が響いた。壁を走り、窓枠に手を伸ばす。


 窓は開いていた。


 腕で身体を引っ張り上げ、乱暴に室内に侵入する。風を切る音と共に質の良いカーペットを踏みしめ、私は中の人物____母と対面した。


「……!? だ、誰ですか!?」


 突然の侵入者に、母は動揺した様子だ。武器代わりか、咄嗟に机に置かれていた蝋燭立てを引っ掴んで構えていた。


 しばしの沈黙。落ち着きを取り戻した母が、目の前の侵入者が誰なのか認識する。


「……貴方、ラピス……?」

「ええ、夜分遅くに申し訳ありません……お母様」


 見つめ合う母娘。ややあって、ミシェルも室内に入り込む。


「失礼します」


 と、小さく断って、ミシェルは私の後ろに控える。


「……貴方、どうしてこんなところに」


 警戒する母に私はゆっくりと歩み寄る。じっとその顔を見つめ____


「お母様、私が今どのような状況に置かれているのか……ご存知ですか?」

「……ええ」


 頷く母。当然と言うべきか、私に国家反逆の罪が着せられていることは既に知っているようだった。


 私は母の手を取り、頭を下げる。


「助けてください、お母様」

「……ラピス?」


 困惑する母。私は感極まっていたのかもしれない。なるべく気持ちを落ち着かせ、詳しい説明を始める。


「私達は無実の罪を着せられています____」


 手短に、しかし詳細に状況を伝える。

 マーサとオークの結託。それを揉み消すために、私達に国家反逆罪という冤罪が吹っ掛けられているという事。


 不安な気持ちを押し留め、正確な情報を伝える事に努める。


 話が終わり、母は私の目をじっと見つめた。


「……それで、私にどうしろと?」

「……」


 顔を背ける。具体的な提案は何一つない。ただ漠然と____


「助けて欲しいのです、お母様」


 娘として、母親の慈悲を乞う。


 母はぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと私から後退った。あっと声を漏らす私。


「……ラピス」


 私の身から離れる母。心に寒風が吹き込んだ。やはり、駄目なのかもしれない。


 分かっていた事だ。母にとって私という存在は権力闘争の道具に過ぎない。お尋ね者になり、その価値がなくなった娘になど手を差し伸べる筈がない。


 そう諦めた瞬間____


「久しぶりに見ました」

「お母様?」

「貴方の涙を」


 はっとなって頬を押さえる。自分でも気が付かなかったが、そこにはきらりと光る一筋の涙が____


 ……嘘。


 私は泣いていた。


 慌てて目元を擦ると、頭上に温かい手の平の感触を感じる。


「辛かったでしょう」


 母の顔を見る。あり得ない。彼女は優しい笑みを私に向けていた。


 それは幼少期に目にして以来、ずっと疎遠になっていた彼女の表情。ずっと私が求めていたもの。


 私の身体をそっと抱く母。


「貴方は私の大切な娘です。一族の間にも、家族の間にも色々とありますが、それは唯一不変のことです」


 これは夢だろうか。それとも頭がおかしくなって幻覚でも目にしているのだろうか。


 これは、奇跡____


 いや、私は勘違いしていたのかも知れない。


 騎士団にも、チャーストン家にも、確かに権力闘争の毒は渦巻いている。しかし、だからと言って、全てが駄目になってしまっている訳ではない。何もかもが毒されている訳ではないのだ。


 母は、確かに人が変わってしまった。こんな世の中では、昔のままの彼女ではいられなかったのだろう。だが、全てが変わった訳ではない。家族への愛は、私への愛は、変わらずに彼女の中に在り続けたのだ。


 権力闘争に、その醜さに毒されていたのは、私も同様なのだろう。


 世界への恨みと憎しみを抱き続け、私は今日まで生きてきた。その負の感情が、私の(まなこ)を濁らせていたのかも知れない。


 だから、私は気が付けなかった。考えもしなかった。母がまだ私を愛していることに。


「お母様……私……」


 涙が出るのを必死に堪える。私を優しく包み込む母。彼女の柔らかさに、私はついにわっと泣き出した。


「貴方は私の大切な娘です。ですから、全力を以て貴方の力になります。この私に何が出来るのかは分かりませんが」


 地面に崩れ落ちる私。両肩に母の手の平が置かれた。温かくて優しいその手をぎゅっと握る。


「……そちらの方は」

「私はミシェルという者です。副隊長と同じアメリア隊に所属していました」

「ミシェル? ……もしかして、ミシェル・ドンカスター?」


 母の視線が背後のミシェルに向く。


「私をご存知で?」

「ええ、貴方の事はよく知っています。エリザ・ドンカスターの勘当された娘、いえ息子……酷い話です」


 憐みの声で母はミシェルに話しかける。


「義理とは言え、自分の子供に手酷い仕打ちを……同じ母親として、彼女の行為は許容できません」


 毅然と答える母に、私は立ち上がってその肩を掴む。


「お母様、気の早い話ですが……ミシェルを我が家に迎え入れては頂けないでしょうか?」

「それはつまり?」

「養子にして頂けないかと」


 ミシェルの手を引っ張り、母の前に立たせる。


「この一件が無事に片付いたら、彼を私の妹にして頂けませんか。知っての通り、彼は騎士学校を首席で卒業した優秀な騎士……いえ、それ以上の才覚の持ち主です。ハンデを負った状態でもアメリア・タルボットに決闘で勝利しています。間違いなく歴代最強の騎士です。彼ならば、指揮官騎士のトップに確実に居座れます」


 興奮のあまり、早口でまくし立てる。母は微笑み、ミシェルの頭を撫でた。


「大切なのですね、この子の事が」

「私は彼と共に騎士団内で成り上がり、いずれ私達のどちらかが騎士団団長になります。ですから____」

「分かりました」


 ミシェルと私の手を取る母は、あらかじめ決めていたかのように告げる。


「彼を私の娘にします」

「いいのですか?」

「ええ、ミシェル、全てが片付いたら、貴方を正式に我が家に迎え入れます。貴方はチャーストン家の一員になるのです」


 本当に夢の様だ。

 何もかも上手くいった。母の助力も得られ、しかもミシェルの養子縁組も確約された。


「愛する我が娘達」


 母は自身の胸に手を添え、私達に慈愛の目を向ける。


「私は母親として貴方達の事を全力で守り抜きます。例え、この身が滅びようとも」


 私はミシェルと顔を見合わせ、笑みを浮かべ合った。


「副隊長……良かったですね!」

「……あ……ああ!」

「ふふ、涙拭いたらどうですか」


 ミシェルに指摘され、私はさっと涙を拭った。夜窓に映る私の目元は赤く腫れている。自分の泣き顔など珍しいものを見た。


「今日はもう遅いです。二人とも部屋を用意しますので、そこでお休みなさい」

「はい。あ、でも……仲間に報告を……」

「仲間ですか」

「はい、貧民街にいるのですが」


 私の言葉に考え込む母。あっと声を漏らす。


「信頼出来る使いを出しましょう。仲間への報告はこちらに任せて下さい」


 そう言って、引き出しから母は地図を引っ張り出した。


「お仲間はどちらに?」


 母の言葉に私は地図上、貧民街の一点、隠れ蓑にしている件の空き家を指差した。


「成る程、使いを出しましょう」


 地図に印を付け、母は頷く。彼女はそれから部屋の扉を開け、私達を手招いた。


「後は母にお任せなさい。さあ、寝泊まりをする部屋まで案内しましょう」


 そう言って、母は静かに私達を客室の一つに通した。


「屋敷の者にはまだ貴方達の事は内密にしておきます。窮屈かもしれませんが、人があまり寄り付かないこの一室を二人で使ってください」

「ありがとうございます」


 声を潜める母。私は頭を下げてお礼を言った。


「お母様」


 母の去り際、私はその袖口を掴み、ポツリと懺悔する。


「申し訳ありません。私、ずっとお母様のことを勘違いしていました。今回もダメもとで……それなのに、お母様は」

「貴方が謝る事などありません。悪いのは、そんな疑心を抱かせた私なのですから」

「……お母様」


 母はにっこりと笑って____


「おやすみなさい、ラピス、ミシェル……私の可愛い娘達」


 その言葉を残して去って行った。


 部屋に取り残される私とミシェル。


「信じられない」


 ベッドに腰掛け、私は呟く。隣にミシェルが寄り添った。


「お母様が私達の力になってくれるなんて」


 ミシェルの手を取る私。興奮して声が上擦った。


「正直な話をすると、私は諦めるためにここに来たんだ。助力を求めるためじゃない。母の愛を、その未練を断ち斬るために!」

「……ラピス副隊長」


 ぎゅっとミシェルの手を握る。


「嬉しい……! お母様は私の事を愛していたんだ。私は馬鹿だ。勝手に悟った振りをして、諦めて、結局何も見えていなかった」


 涙を堪え、私はミシェルに抱き着いた。


「良かったですね、副隊長」


 共に喜びを分かち合うミシェルの声。しかし____


「羨ましいです」

「……ミシェル?」


 切なげなミシェルの声に、私ははっとなってその顔を覗き込む。喜びを共有する彼の表情の中に、私は悔しさの色を見出した。


「ラピス副隊長には愛してくれる家族がいて」


 エリザ・ドンカスターにより酷い仕打ちを受けて来たミシェル。それは切実な呟きだった。


「私には……」

「お前には私がいる」


 暗く沈み込むミシェルの頬を両手で挟み込む。


「お前は私の妹だ。私がお前の家族になる。母もだ。私達がお前を愛する」

「……ラピス副隊長」


 親の愛を知らずに生きてきたミシェル。しかし、これからは違う。私が彼の姉になり、家族としての愛を注いで上げれば良い。


 そう、この一件が片付いたのなら、私達は姉妹になる。


「ありがとうございます、ラピス副隊長」

「ああ」


 私はミシェルに導かれた。彼に復讐を学び、彼の後押しのおかげで母親の愛に気が付くことが出来たのだ。


 だから、少しずつ返していこう。彼の道に正しい光を当て、愛を注ぎ、導いていく。それが姉としての使命と恩返しだ。


 私達はそれから気が抜けたようにベッドの上に寝転がった。


 彼と天井を見上げる。幸せだった。


 まだ、問題は解決されていない。しかし、試練の先、希望の未来が待っている事が分かり、心は弾んだ。


 きっと、彼も同じ気持ちなのだろう____


 ふと、その時。


「……どうしたの、カネサダ?」


 隣でミシェルがそう呟いた。私が上体を起こすと、彼は立ち上がり鞘を手に取る。


「え、鯉口を? 何で? 魔導波の反応?」


 再び呟くミシェル。独り言だ。何だか様子がおかしい。どうして鞘など握りしめて、険しい表情を浮かべているのか。


 ミシェルの手が机の上に置かれていた複十字型人工魔導ダブルクロス・フェクトケントゥルムへと伸びる。胸に装着し、起動した瞬間、その目が見開かれた。


「副隊長!」


 叫ぶミシェルは私にもう一つの複十字型人工魔導ダブルクロス・フェクトケントゥルムを投げ寄越した。


「魔導波の反応が多数!」


 ミシェルの言葉に私は慌てて受け取った複十字型人工魔導ダブルクロス・フェクトケントゥルムを起動した。魔導の力が身体に流れ込み、周囲の魔導波が感知できるようになる。


「……何だこれは」


 思わず飛び跳ねる。愕然とした。今、この屋敷内に多数の魔導波____起動した複十字型人工魔導ダブルクロス・フェクトケントゥルムの気配が蠢いているのだ。


 多数の騎士達がこの建物内にいる。


 しかも____


「彼ら、こちらに向かってきていますよ!」


 その爪牙は私達に向けられていた。

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