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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第六話「少女エリザ」

 戦いが終わり、血塗れで佇む私。


 べっとりと纏わりつく魔物の血は、さすがに不快で気味が悪かった。


 私は複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムから魔導の力を引き出し、空気中の水分を頭上に集め、それをシャワーのように我が身に降らせた。


「……ッ」


 冷たい水が傷口にしみる。それを契機に、脳が痛みを認識し始め、身体中の戦傷が私を苛んだ。


 魔導の力の一部を身体の修復に回しつつ、私は尚も水を浴び、血の汚れを洗い流し続ける。


「あの、大丈夫ですか?」


 身体を綺麗にしていると、横から声が掛かった。


「……! 酷いお怪我!」


 それは、私が到着する前に魔物と対峙していた金髪の少女だった。


「私を庇った所為で……!」


 少女は顔を両手で覆い、涙声を発する。


「だ、大丈夫ですよ!」


 慌てて私は少女に手を振る。


「命に別状はありませんし……怪我だって魔法ですぐに……ほら!」


 と、私は魔法で傷口の塞がった肩口を見せる。騎士の服はアサルトウルフの針山を受けてボロボロになっていたので、今の私はかなり露出の多い格好をしている。少し恥ずかしい。


 少女は私と目を合わせると、見せびらかした肩口に手を当て悲愴に満ちた表情を浮かべた。


 細くて白い指が肩に触れ、私はどきりとしてしまう。


「ああ、なんてこと……傷跡が……」

「……? 傷なら既に塞がっていますが?」


 私は首を傾げる。


「いえ、残っているではありませんか! 白くて綺麗なお身体なのに……こんな傷跡が……」


 少女の瞳は涙で潤んでいた。


「嫁入り前の身体なのに……」

「……」


 どうやら少女は、傷の心配ではなく傷跡(、、)の心配をしてくれているようだった。傷跡の所為で私の見てくれが悪くなることを嘆いてくれているのだろう。


 まあ、何とも呑気な……と思ったが世の女性にとってそれは死活問題なのかもしれない。


「心配には及びませんよ」


 私は少しだけ呆れた声で宥める。


「一晩もすれば元通りに戻りますから……私の身体は(、、、、、)

「え?」


 私の言葉の意味が分からなかったのか、少女は呆然と私を見つめる。


「改めてお尋ねしますが、貴方こそお怪我はありませんか?」

「え、はい……お陰様で」

「そうですか……良かったです」


 私は安心したように息を吐いた。


「お名前を伺ってもよろしいですか、騎士様?」

「私のですか?」

「はい」


 少女は瞳をきらきらとさせて私を見つめる。


「……ミシェルです」

「ミシェル! 素敵なお名前ですね! 貴方にピッタリです! 強くてお美しい貴方の!」

「はは」


 私は引きつった笑みを浮かべた。


 ミシェル。その名前は私にとって、全ての呪いの始まりだった。義母エリザが私を女性として育てる際に与えた始まりの名前。


 なので、ピッタリな名前だと褒められても、あまり良い気分ではなかった。


「下のお名前は何と仰るのですか?」


 その言葉が、私の表情を更に引きつらせる。


「……」

「戦いぶりを拝見いたしました。荒々しくも上品なその身の振る舞い。もしや、貴族の名門の出では?」


 私は言葉に詰まる。


「……どうかされましたか?」

「……ええ……と……あ、そ、そう言えば、貴方のお名前は?」


 質問の答えをはぐらかすため、私は逆に少女に問いかける。


「私ですか? えーと……エリザと言います」

「……!? エ、エリザ……!?」


 私は声を上擦らせる。


 それは、私の義母と同じ名であった。


 特段珍しい名前でもないのだが、それでもその名を耳にすると全身に緊張が走ってしまう。私にとって、耳に入れたくない名前の一つだった。


「えーと……ミシェル様?」


 狼狽する私にエリザは不安げな瞳を向けた。


「私の名前が何か?」

「え、えーと……その……」


 まさか、貴方の名前が嫌いなんです、とは言えない。


 何か他の話題を探る私。その時____


「……“罠係”!」


 私は聞き知った声を耳にする。


「どうして“罠係”のアンタがここにいるのよ!」


 声のした方を振り向くと、数人の騎士達がこちらにずかずかとやって来るのが見えた。


 それは私の所属する部隊、アメリア隊の面々であった。


「……ミミ、ララ」

「何呼び捨てにしてるのよ、この“罠係”!」「“罠係”の分際で!」


 真っ先に私の元に駆けつけてきたのは、部隊の同期であるミミとララの双子のゴールドスタイン姉妹であった。ちなみに、ミミが姉でララが妹である。


「うわ……アンタ……くっさ……何その臭い!」


 姉のミミ・ゴールドスタインが鼻を摘まんで私に蹴りを入れる。私の身体に残る魔物の血の臭いが不快だったのだろう。


「こっち寄らないでよ、“罠係”!」


 そう言ってわざわざ私に近寄り蹴りを入れるのは妹のララ・ゴールドスタインであった。


 アメリア隊の中で彼女達の私に対する虐めは特に酷く、事ある毎に何かしらの因縁をつけては、蹴る殴るの暴行に及ぶのだ。


「貴方たち、何をしているのですか!」


 私とゴールドスタイン姉妹の様子に声を荒げたのはエリザだった。


「このお方は騎士として立派にそのお務めを果たされました。そんな彼女に対し、何ですかその仕打ちは!?」


 少女の言葉にミミとララは顔を見合わせた後、ほぼ同時にエリザを睨む。


「何、アンタ……見た所、ただの平民みたいだけど」

「私たち姉妹はゴールドスタイン家の人間よ。平民が逆らっていい相手じゃないわ」


 ゴールドスタイン姉妹はエリザに見下したような視線を与え、高圧的な態度で詰め寄った。


「何ですか、その態度は!? 貴方たち、仮にも騎士でしょう! 市井に対し、地位を笠に着て威圧するなど騎士道に反します!」


 しかし、エリザは下がらない。ゴールドスタイン家はドンカスター家の足元にも及ばない下級貴族だったが、それでも貴族の端くれだ。平民にとって、恐れ多い存在なのだ。


「こ、こいつ……平民の分際で……!」


 エリザの態度が気にくわなかったのか、ミミは歯ぎしりをして鞘におさめられた剣の柄に手を掛ける。


「その手は何ですか? まさか、騎士ともあろうお方が、市民に剣を抜くのですか?」


 エリザは非難の視線をミミに向け、責めるように言い放つ。


「……くっ……この、無礼な平民めッ!」


 額に青筋を立て、ミミは剣を引き抜く。


 不味い、と思い、私は抜き身のカネサダを手にエリザとミミの間に割って入った。


「どきなさい、“罠係”!」

「……ミミ、これ以上はいけない」


 怒鳴るミミを、私は冷や汗を浮かべながら宥める。そんな私が不快だったのか、彼女の表情はより一層険しくなった。


 カタカタとミミの手元の剣が震える。


「どきなさいッ!」


 そして次の瞬間、ミミは引き抜いた剣を天に掲げたかと思うと、それを一息に私に振り下ろした。


『ミシェル!』

「……! ____はあッ!」


 カネサダの呼び掛けに応じるように、私は迫るミミの白刃に向け、手元の刃を気合の一声と共に振り上げる。


 刃同士がぶつかる音。


「……なあっ!?」


 ミミは驚きの声を発する。


「わ、私の……剣が……!」


 私へと振り下ろされたミミの剣はどうなったのか?


 彼女の剣はその根元から先が綺麗さっぱり無くなっていた。失われた剣身は宙を舞い、乾いた音を立て地面に転がる。


 私のカネサダがミミ・ゴールドスタインの剣を両断したのだ。


「……」

「……ひっ」


 カネサダを振り上げたままミミを見つめる。すると、彼女は怯えたような声を上げて地面にへたり込んでしまった。


「……ア、アンタ……どうしたのよ……その剣は……」


 地面に尻を着き、そのままじりじりと情けなく後退するミミは、私の掲げる白銀の刃に恐怖の視線を向けた。


 街のど真ん中で座り込む姉のミミに妹のララが駆け寄る。


「ミ、ミミ……だ、大丈夫!?」

「こ、この……この野蛮人が、剣を……私に向けて……!」


 双子の姉妹は私に恐れと侮蔑の視線を与え、互いが互いを支え合うようにそれぞれの身体に抱き着いた。


「貴様ッ! 何をしている!」


 そんな私たちの元に、血相を変えて駆け付ける新たな騎士が一人。


 スラリとした体躯を持ち、凛とした顔立ちの中に隠しきれない高慢さを滲ませるその女性は、我らがアメリア隊の隊長アメリア・タルボットであった。


 彼女はミミ、ララ、そして私に視線を巡らせると、怒気を発して私の元に歩み寄り、強烈なビンタをお見舞いした。


 それでは飽き足らず、鞘を腰のベルトから抜くとそれを鈍器として何発も私を殴りつける。


「このッ! 貴様は何をやっている!? 部隊の仲間に剣を向けるなど!」

「ッ! あぐッ! いたッ!」

「“罠係”の分際で……よくも仲間をッ!」


 アメリアに殴られ、私は悲鳴を上げる。


 タイミングが悪すぎた。彼女が目にしたのは、剣を振り上げたまま固まる私と、その私に怯えて抱き合う双子の姉妹の姿だった。その場面だけを見れば、私が姉妹達に乱暴を働いていると勘違いするのも無理からぬことだ。


「そもそも、なぜ貴様がここにいる!? 貴様、荷造りの仕事はどうしたッ!」


 アメリアは鞘で私を殴りつつ問い質した。


「ア、アサルトウルフが倉庫街に現れて……それを追ってここまで……」

「倉庫街にアサルトウルフ? ……そこの一匹だけか?」

「は、はい」


 私が震えながら答えると、一瞬だけ止んだアメリアの折檻がまた始まる。


「この無能が! アサルトウルフの一匹ぐらい、その場で仕留められないのか!? 貴様は仮にも我がアメリア隊の一員だろうが!? 倉庫街に現れた魔物を市街地まで逃がしたと、私にそう上に報告しろと言うのか!? 我が隊の顔に泥を塗るとは!」

「や、やめっ……!」

「まさかとは思うが……犠牲者など、出てはいないよな……?」


 私は両腕でアメリアの打撃に耐えつつ、言い辛そうに答えた。


「国有倉庫街管理事務所の職員が……その……」

「……!?」


 私の言葉で、アメリアの顔がさっと青くなり、その肩がわなわなと震え出した。


 私に強めの蹴りを入れたアメリアは、鞘から剣を抜き放つ。


「貴様……何という事を……!」

「わ、私が訪れた時にはもう既に……」

「同じ倉庫街にいながら、犠牲者が出るまで魔物の存在に気が付かなかったと言うのか!?」

「そ、それは……荷造りの作業をしていたので……」

「ふざけるなッ!」


 アメリアは剣の抜かれた鞘を私に投げつけた。それを額に受け、私は地面にうずくまる。


「貴様の所為で我が隊の評価が下がってしまうではないか!」


 アメリアの視線が一瞬だけアサルトウルフの死骸へと向けられる。


「この程度の相手に苦戦してからに……貴様は騎士学校を首席で卒業した身ではないのか……?」


 呆れたような口調でアメリアは私に詰め寄った。


「……ああ、そうか! お得意の詐称で勝ち取った首席の座だったか! 貴様は偽りだらけの存在だな……」

「……!」

「何だその目は?」


 顔を赤くしてアメリアを睨むと、彼女は表情をより険しくして、地面にうずくまる私の太腿を踏みつけた。


「ぐっ……! ……ふ、普通のアサルトウルフではありませんでした」

「は?」

「あのアサルトウルフはその体毛を硬質化させる力を有しており……倉庫街で仕留めきれなかったのもそのためです……剣が通じぬ相手でしたので……」


 私がアサルトウルフの死骸を指差すと、アメリアは深い溜息を吐いた。


「……もう少しまともな嘘を吐け!」

「……う、嘘じゃ……!」

「体毛を硬質化? 見ろ、あの柔らかな狼の毛並みを!」


 地に転がるアサルトウルフの頭部と胴体。黒い体毛は、その持ち主が絶命したためか既に硬質化が解かれた後だった。


「……さ、先程までは……!」

「剣が通じぬと言ったが……ならばどうして、首と胴体が綺麗に離れているのだ?」

「……それは」

「ええい! 素直に謝罪が出来ぬのか、貴様は!」


 事情を説明しようと試みるも、言い終える前にアメリアに遮られてしまう。


 私は未だ激痛が走る左肩をさすりながら、項垂れて謝罪の言葉を述べた。


「……申し訳ありません」

「謝れば済む話ではない! どうして、アサルトウルフの一匹、まともに対処ができないのだ!?」

「……それは、あのアサルトウルフが……」

「言い訳をするな!」


 堪忍袋の緒が切れたのか、アメリアはとうとう手に持つ剣の切っ先を私の太腿へと向け、突き刺した。


 鋭い刃物が私の皮膚を破り、赤い血を噴き上げさせる。


「ぐうッ!?」

「どうして貴様のような出来損ないが騎士などを!」


 苦痛の呻き声を上げる私に、アメリアが怒鳴る。


「騎士など辞めてしまえ!」

「け、剣を抜いて……」


 力なく懇願する私。


 アメリアは次いで、意地の悪い笑みを浮かべた。


「見てくれだけは良い貴様のような奴は、身体を売って生きた方が余程世のため人のためになる」

「……!?」


 その侮蔑に、私は顔を真っ赤にしてわなわなと震えた。


「丁度良い格好だ……今すぐ騎士団を止めて、その姿のまま売春宿にでも自分を売り込みに行けばいい」


 私の服はボロボロで、所々白い肌が見えていた。


 私の頬を涙が伝う。

 自分が、とても惨めで情けなかった。


 今すぐ立ち上がり、アメリアのその喉元を締め上げたい衝動に駆られる。

 しかし、私にその勇気も度胸もなかった。

 私はただ項垂れて、彼女の暴言と暴力に耐えるのみ。


「止めて下さいッ!」


 その時、私とアメリアの間に割って入る者が現れた。


「彼女は騎士として、輝かしい程勇ましくその使命を果たされたのです!」


 先程のゴールドスタイン姉妹の時と同じだ。

 エリザ____金髪の少女が私を庇うようにアメリアに詰め寄る。


 突然の平民の闖入者に、アメリアが眉根を寄せたのは言うまでもない。


 彼女は私の太腿から剣を引き抜くと、エリザに向き直る。


「……貴様……誰に向かって……!」

「お願いです、お話を聞いて下さいませ……アメリア様(、、、、)!」

「……! ……なあ……き、貴様……い、いえ……あ、貴方は……!」


 高圧的な態度でエリザに接していたアメリアの様子が一変、騎士団の分隊長は露骨な狼狽を見せ、驚愕の表情のまま後退る。


「私に彼女……ミシェル様の弁明をさせて下さいませ! そして、何卒正当なご評価を!」

「う、うむ……か、かしこま……んん……わ、分かりました」


 おかしい。

 先程から目に見えてアメリアの辛辣な態度が和らいでいた。

 しかも、何故だがその言動がちぐはぐだった。まるで、目の前の少女にどう接すれば良いのか決め兼ねているような。


「ありがとうございます、アメリア様」

「ど、どういたしまして」


 やはり、おかしい。アメリア・タルボットが一介の街娘に敬語で対応するなど。


 タルボット家は、リントブルミア王国の騎士の四大名門であるドンカスター家やベクスヒル家には及ばないが、それなりに名の知れた名門貴族であった。加えて、アメリア自身は騎士学校を首席で卒業した秀才。地位と実力を兼ね備えた彼女は、誰に対しても高慢な態度で接し、常に人を見下したような態度を取っていた。


「それでは、お話を聞いていただけますね?」

「ぎ、御意」


 エリザが笑顔で尋ねると、アメリアは引きつった笑みを浮かべた。


「おい、お前たちは散れ!」


 エリザの話を聞く前に、アメリアは思い出したかのように私を含むその場の騎士達に怒鳴り声を発した。


「被害状況の確認! 国有倉庫街にも人を回せ! 魔物が他にも潜伏しているか調査しろ! さあ、散れ!」


 慌てて命令を出すアメリア。その焦燥につられ、続々とこの場に集って来たアメリア隊の面々が大急ぎで仕事に取り掛かる。指揮は隊長のアメリアに代わり副隊長のラピスが執ることになった。


 私もよろよろと立ち上がり、隊に加わることにする。


「あ、お待ちください、ミシェル様!」


 その私の背中にエリザの声が掛かる。彼女はアメリアの横を通り抜け、私の元まで急いで歩み寄った。


「ど、どうかされましたか?」

「まだ伺っていないことが」


 エリザの顔が私の目と鼻の先に近付く。見れば見るほど、金髪の少女は端正な顔立ちをしていた。私はどきっとして顔を赤らめてしまう。


「ミシェル様の下のお名前を聞いていませんでした」

「え?」


 赤くなっていた私の顔が青ざめる。


「またお会いしたい時不便でしょう? どうか、貴方の家名を教えて下さいませ」

「え……え、と」


 私は冷や汗を垂らし、そっぽを向く。

 ……みなしごの私に家名などない。


 その口をついて出たのは____


「ミ、ミシェルです……私は、ただのミシェルですので」


 何とも詩的な台詞だった。


 エリザは目を丸くすると、「ふふっ」と口元に手を当て無邪気に微笑んだ。


「あら、素敵」


 その微笑みに一切の悪意はなかった。それが逆に辛かった。


「面白いお方……でも、意地悪しないで本当のお名前を教えて下さいませ」


 優しい笑みを浮かべるエリザ。


 彼女は私が冗談を言ったと思っているのだろう。困った。


「ミ、ミシェルです」

「もう、意地悪しないで」

「ただのミシェルですので」


 再度、エリザの口から笑みが零れた。

 一体、何がそんなに愉快なのか。


「わ、私は……」

「?」


 無垢なエリザ。私はそんな彼女が____段々と憎らしくなって来た。


 私は意地の悪い笑みを無理矢理作った。


「家名なんて……そんなものは持ち合わせていないんですよ」


 私はわざとらしく溜息を吐いた。


「私は……みなしご、ですので」

「え?」

「卑しい卑しいみなしごですので!」


 私は皮肉たっぷりに言い放った。


 ____言い放った後、猛烈に後悔した。


「……そう……だったのですね」


 エリザは声を震わせる。その口がただ一言。


「……ごめんなさい」

「……!」


 謝罪の言葉。


 エリザは____泣いていた。

 白い頬を一筋の涙が伝う。


 悔いるように己の胸を両手で掴み、彼女は顔を俯かせた。


「ごめんなさい……私……貴方を傷付けるつもりは……」

「……ッ」


 私は自身の唇を噛んだ。


 エリザには砂粒程の悪気もなかったのだ。彼女は単純に私の名前が知りたかっただけで、みなしごである事をからかう気など全くなかった筈なのだ。


 それは十分に分かっていた。

 それなのに____


 私は敢えて彼女の良心を抉るような言葉を投げかけた。敢えてだ。


 私の事を想い、優しい笑みを向けてくれた目の前の少女を____私は傷付けてしまった。


「あ、ミシェル様!」


 その場に留まることを、私の心が拒否した。私は逃げるように駆け出す。再びエリザの声がその身に掛かっても、聞こえない振りをした。


「また、お会いしましょう、ミシェル様! 必ず、必ずです!」


 惨めだった。


 情けなかった。


 どうして、あんなことを言ってしまったのか? あんな嫌味を。


 私は自分の卑しさを再認識し、涙を流した。


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