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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第三十一話「ラ・ギヨティーヌ」

 エストフルト・エコノミー・ジャーナル社は首都エストフルトの商業区に本社を持つ新聞社だ。


 商業区は人々の日中の往来が激しい。私達にとってそれはとても有難いことで、容易に人混みに紛れ、目的地の新聞社に向かうことが出来た。


「彼ら、私達のお話を聞いて下さいますでしょうか?」


 新聞社が目前に迫り、マリアが不安げな口を開く。目線を上げれば目的の建物が見えた。


「……その可能性に頼るしかない」


 答えるラピスはあくまでも現実的だ。エストフルト・エコノミー・ジャーナル社が私達の力になる。これは可能性の話に過ぎない。

 彼らが報道の自由を持ち、尚且つ騎士団信奉者でもないと言うのはラピスの推測であり、やや悲観的な言い方をすれば希望的観測だった。仮に騎士団信奉者でなかったとしても、彼らもリントブルミア人だ。毅然とした反騎士団主義者でもない限り、騎士団に背く行為には二の足を踏むはず。


 そのため、最終的には新聞社社員の正義感に頼るしかないのが現状だ。果たして、彼らのジャーナリストとしての精神はどこまで騎士団への反逆を許すのか。正義の天秤がこちらに傾くことを祈るばかりだ。


 不安を抱えつつ、私達はエストフルト・エコノミー・ジャーナル社の面した大通りに足を踏み入れる。


 それにしても____


 幸運に恵まれ、私達はこの場所に至るまで騎士達に遭遇せずに済んだ。ミミが作製してくれた魔導波感知センサーは使わず仕舞いになったようだ。まあ、不要なのに越したことはないが。


 新聞社の玄関口はすぐそこだ。私は若干の緊張を抱きつつ、建物の中に入ろうとして____


「お姉様」


 雑踏の中でもはっきりと聞こえる少女の声。ラピスがふと立ち止まり、私とマリアも足を止めた。


「ラピスお姉様、このような場所で何をなさっているのですか?」


 ラピスへの問い掛けに、私ははっとなって声の主に向き直る。


「お久しぶりですね、ラピスお姉様」

「……レイズリア」


 呟くラピス。


 そこにラピスそっくりの少女がいた。ラピスと同じ髪の色に同じ瞳の色。表情はラピスと比べれば幾分か柔らかく、背はやや低い。


「レイズリア……お前、どうして……」


 レイズリア。ラピスをお姉様と呼ぶ彼女は、恐らくラピスの実の妹なのだろう。どうしてラピスの妹がこのような場所に?


 街娘の格好をしたレイズリアは、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


 その刹那____


「……! ミシェル! 剣を抜け!」

「……ラピス副隊長?」


 レイズリアの登場に呆然としていたラピスだが、我に返ると私に慌てた声で指示を飛ばした。


 突然の彼女の剣幕に私は目を丸くするが____


「……!?」


 信じられない目前の事態に咄嗟に背中のカネサダを手に持った。


 エストフルト・エコノミー・ジャーナル社前の大通り。平穏な商業区にて、突如多数の魔導波____人工魔導核(フェクトケントゥルム)の気配が出現。それとともに街の物陰から街娘に扮した騎士達が私達を素早く取り囲む。


「待ち伏せ成功ですね、ラピスお姉様」


 冷たく笑うレイズリアの声。彼女の手には既に剣が握られていた。


「……待ち伏せだと」


 冷や汗を垂らし、周囲を見回すラピス。


「まさか、読まれていたのか……我々の行動が」


 愕然として声を漏らすラピスにレイズリアが肩をすくめる。


「ここだけじゃありませんよ。貴方達の向いそうな場所に騎士団は隈なく人員を配置させています」


 口の端を歪め、レイズリアはラピスを嘲笑った。


「エストフルト・エコノミー・ジャーナル社。反騎士団主義的な傾向を持つ彼らに助けを求めるつもりだったようですが、そうはさせませんよ。ここで貴方に引導を渡して差し上げます」


 レイズリアが剣を構えたので、私は彼女の視線を遮るように剣を抜いて前方に躍り出た。


「おや、貴方が噂のミシェルさんですか?」


 不気味な眼光を放ち尋ねるレイズリアを私はきっと睨んだ。


「そう言う貴方は副隊長の妹君で?」

「ええ、レイズリア・チャーストン。そこな反逆者の妹です」


 実の姉を反逆者呼ばわりするレイズリアに、思わず眉をひそめる。


「実の姉に剣を向けるのか?」


 厳しい声で非難すると、レイズリアは冷笑を返した。


「実の姉? 血が繋がっているだけの赤の他人ですよ。先に生まれただけで偉そうな顔をしている、何の取り柄もない愚姉」

「……ッ! 愚姉だとッ!?」


 レイズリアの口から飛び出た言葉に、かっとなって彼女に飛び掛かる。ラピスの悪口を許容できなかった。


「ミシェル、気を付けろ!」

「……ッ!?」


 レイズリアに峰打ちを放つ____が、峰が彼女の肩を捉えた瞬間、ぐにゃりとその姿が歪んで消失し、斬撃は虚空を走った。


 驚いて体勢を崩す私に真横から剣が迫る。


「……このッ」

「……!? ほう、やりますねえ。凄まじい反射神経です」


 突如現れた斬撃____レイズリアの剣を寸での所で受け止める。そのまま鍔迫り合いになり、私達は互いの額を打ち合わせた。


「さすがは“ドンカスターの白銀の薔薇”。惜しいですね、この力。是非とも我々と共にあって欲しかったですよ」


 不敵な笑みを浮かべるレイズリア。隙をついて膝蹴りを放ち、その身体を吹き飛ばす。


「……ぐっ」


 呻くレイズリア。彼女が離れたことで、周囲の状況が確認できた。商業区のど真ん中で剣戟などをおっぱじめてしまったため、人々は大混乱だ。街娘に扮していた騎士達の何人かが人払いを行っていたが、それでも騒ぎが収まる気配はない。


 レイズリアに視線を戻す____


「……コイツ、強い」


 再び剣を構えて睨み合う私とレイズリア。先の斬り合いだけでも彼女が強者である事は十分に理解できた。反応が一瞬遅れていたら、私は重い一撃を貰っていた事だろう。


『高度な幻惑魔法。それに中々の剣筋だな、アイツ。気を引き締めろ、ミカ』


 カネサダもレイズリアの強さに太鼓判を押したようだ。


「ミシェル、レイズリアは……いや、そいつらはラ・ギヨティーヌだ! 気を付けろ!」

「……ラ・ギヨティーヌ? まさか……」


 ラピスの忠告に目を丸くする。


 ラ・ギヨティーヌ____それはリントブルミア魔導乙女騎士団団長直属の精鋭部隊。その起源は“英雄の時代”の終焉、即ち“ロスバーン条約”締結時まで遡る。

 かの革命期、動乱の世の中には“ロスバーン条約”と乙女騎士団創設に反対する反革命分子を粛清するための暗殺組織が存在した。彼らは時代が下ると竜核(ドラコ)を持つ騎士団団長の意向の元、乙女騎士団に背く者達を排除する精鋭部隊と化す。それこそがラ・ギヨティーヌだ。


「騎士団に不都合な存在を消す精鋭部隊……ラ・ギヨティーヌ」


 彼らは尋常な騎士ではない。騎士学校時代に暗殺者としての才覚を見出され、特別な教育を受けた強者達。その能力は対人戦に特化しており、人殺しのプロなのだ。

 私達一般の騎士達も盗賊団などの犯罪集団を対象に人間を相手取る事はあるが、彼らが対峙するのは謂わば武装テロリスト。場合によってはエリート騎士並みの戦闘能力を持つ個人と戦う事になるため、彼らはずば抜けた対人戦闘能力を誇り、場数も多く踏んでいる。


 単純な能力もさることながら、恐るべきはその狂気じみた精神。ラ・ギヨティーヌは任務遂行のためにありとあらゆる手段を厭わない。竜核(ドラコ)を持つ騎士団団長の直接の部下であり、大抵の行為は法で裁かれないこともその一因であるが、狂信的な騎士団信奉者である彼らは自身の行いを絶対的な正義だと確信し、自らの悪事を些細なものだと一顧だにしないきらいがある。


「……動くな! そして武器を捨てろ! こちらには人質がいる!」

「きゃっ」


 縮まる騎士達の包囲の中、叫ぶラピスはマリアを掴んでその首元にナイフをあてがった。


「この者の名はマリア・ベクスヒル! ベクスヒル本家の次女だ! 彼女の命がどうなっても____」

「人質がどうなさいました?」


 相変わらずの嘲笑を浮かべるレイズリア。


 マリアを盾に騎士達を退かせようとするラピスだが、相手はラ・ギヨティーヌだ。


「その者の命がどうなろうと、一向に構いませんよ。私達に与えられた任務は貴方達を____騎士団に不都合な秘密を暴こうとする者達を排除する事です。そのためなら、例えベクスヒル本家の次女が犠牲になろうとどうでも良いんですよ」


 当然のようにレイズリアは言い放った。その言葉に嘘偽りはない。ラ・ギヨティーヌは任務達成のためにはいかなる犠牲も厭わないのだ。


「と言うか、下手な芝居はよして下さいよ。そこの裏切り女はお姉様たちのお仲間でしょう? 事情は既に把握済みなので、馬鹿な真似は見苦しいだけです」


 慇懃無礼に言葉を並べるレイズリア。癪に障る口調だ。


「……レイズリア!」


 マリアを手放し、ラピスが吠える。


「オークと手を組み、仲間を売ったマーサを見逃すのか? それがお前の正義か? 昔のお前は____」

「は? いきなり説教ですか?」


 溜息を吐き、蔑みの視線を与えるレイズリア。


「彼女とオークの結託の件はまた別で対処しますが、それよりも貴方達を始末することが我々の最も優先するべきことです。騎士団への民の信奉こそが世に平和をもたらすのですよ? それを損ねる要素は何であろうと徹底的に排除しなければなりません。それに」


 レイズリアはにやりと笑った。


「私が貴方達を捕らえれば、ベクスヒル家に恩を売ることが出来ます。すると一族の中での我が分家の立場も堅くなる訳です。しかも、邪魔な姉がいなくなり、私は分家の正式な当主に。まさに一石二鳥ですね」


 妹の言葉にラピスは目を険しくさせ、怒りに震えた。


「結局はそれか」


 マリアに突き付けていたナイフをレイズリアに向けるラピス。


「騎士団も、チャーストン家も、そしてお前も……どうしてそんなにも権力に執着する?」


 怒りの声は悲しみの感情を湛え出す。ふとラピスを見れば、彼女の顔は切なげに歪んでいた。


「昔のお前は、少なくとも良いものは良いと、悪いものは悪いと言える人間だった。私を、家族を、周囲の皆を愛せる普通の人間だった。それがどうして」

「あーはいはい」


 頭を掻き、レイズリアはラピスの言葉を遮る。心底うんざりとした声で____


「私に____このラ・ギヨティーヌの私に偉そうに説教しないで下さいませんか? 何の取り柄もないお姉様のくせに。お母様達に一度は見限られた分際で、運良くエストフルト第一兵舎に入れて副隊長になったからって、また次期当主気取りですか? 残念ですが、貴方は既にお尋ね者です。エリート部隊の副隊長になって私との立場が逆転したと勘違いなさっていたようですが、今や議論の余地なく貴方は私の格下の存在なのです」


 得意げに言葉を並べるレイズリア。その内容から、ラピスへの対抗心が窺える。チャーストン家は内部の権力争いが激しいと聞いていたが、それは姉妹間の関係にも当てはまるらしい。


 目を伏せるラピス。


 一瞬だが、その瞳の奥で雫が揺らいだように思えた。


「……ラピス副隊長」


 ラピスは決して涙を見せなかった。しかし、閉じた瞳の奥で、彼女の悲しみは行き場もなく、外に溢れまいと踏みとどまっている。


 胸が締め付けられる思いだ。


「……レイズリアッ!」


 私は叫んだ。


 歯軋りをする。この局面においても、未だラピスはレイズリアを家族として愛していた。しかし、権力に憑りつかれた者にその想いを理解することは出来ない。それはとても悲しい事だった。


「ラピス副隊長がお前の格下だと? ふざけるな! たかだかラ・ギヨティーヌの使い走りの分際で!」

「……使い走り?」


 私の言葉が不快だったのか、レイズリアの眉がぴくりと動いた。


「お前なんてラピス副隊長の足元にも及ばない! 彼女はいずれ騎士団団長になり、竜核(ドラコ)を手にする者だ!」

「騎士団団長? 竜核(ドラコ)を手にする者? 馬鹿馬鹿しいです」


 地を蹴り激突し合う私とレイズリア。剣と剣がぶつかり、火花が散った。


 私は身を捻り____


「この程度か、レイズリア!」

「……! なあっ!?」


 カネサダを持ち替え、白刃をレイズリアの剣に振るう。瞬間、空を裂く音と重なり、剣の断末魔____鉄が両断される音が響いた。


 私に武器を斬られ、動揺するレイズリア。その頬に拳を叩きこむ。


「舐めるな!」


 凍てつく眼光を湛え、レイズリアは私を睨む。彼女の胸元の人工魔導核(フェクトケントゥルム)から魔導波が溢れ出した。


 ズシリと____


 瞬時に展開された魔導装甲が私の打擲を防ぐ。拳に重い衝撃が伝わり顔をしかめる私だが、気合の一声とともにそのまま彼女を魔導装甲ごと張り倒した。


「ぐっ……ちぃッ!」

「お前ごときが、ラピス副隊長の妹を名乗れると思うな!」


 拳に押され、地面を転がるレイズリアに私は怒りの声をぶつける。


「お前なんて、副隊長の妹じゃない! 私が……私こそが、ラピスお姉様の妹だ!」

「……は?」


 困惑の表情を浮かべるレイズリアに私はカネサダの切っ先を向け、宣言した。


「私の名前はミシェル・D(ドンカスター)・チャーストン。私がお前に代わってお姉様の妹になり、お姉様と共に騎士団の敷く秩序に一石を投じる!」


 よろよろと立ち上がるレイズリアは眉間にしわを寄せ、大きな溜息を吐く。


「妹になる……? ま、まあ……勝手にして下さいよ。そんな奴の妹になりたいだなんて……」


 首を回し、剣を構え直すレイズリア。彼女は周囲の仲間達に何か目配せをしていた。


「頭は緩いくせに、貴方は中々に強い。生け捕りは無理だと判断いたしました。なので____」


 周囲の騎士達から伸びた魔力が空で集い、レイズリアの背後に無数の氷の矢が出現する。


「ここで殺して差し上げますよ」


 空を覆い尽くす矢の群れは、日光を遮り、不気味な影を私達に落としていた。レイズリア含めラ・ギヨティーヌ達の力が結集して生み出された絶望的なその光景を前に、私は後退りする。


 不味い____


「二人とも私の後ろに!」


 ラピスとマリアを背後に避難させ、私は左手を目の前にかざす。人工魔導核(フェクトケントゥルム)から最大限の力を引き出し、魔導装甲を展開した。


 刹那、宙に留まっていた氷の矢が雨となって我が身に襲い掛かる。凍てつく冷気を伴い射出されたそれらは、全身全霊を込めて編み上げた魔導装甲に殺到した。


 氷が砕ける音。第一波は防ぎ切ったものの、続く第二波で防御は限界を迎えた。ひび割れ、儚い音を立てて砕け散る私の魔導装甲。


 だが____


「ミシェル!」「ミシェルさん!」


 防御が崩れた瞬間を狙い、ラピスとマリアが二重の魔導装甲を展開する。二人がかりの守護は、決して長くは持たなかったが、私が再び魔導装甲を展開する隙を与えてくれた。


「……しぶといですね」


 砕けるラピスとマリアの魔導装甲。しかし、絶妙なタイミングで再度私の魔導装甲が襲い来る矢の雨を防いだ。余裕綽々のレイズリアの顔に影が差す。


「……くそッ」


 冷や汗を垂らす私。


 どうにかラ・ギヨティーヌの猛攻を防ぎ続けている私達だが、このままで消耗し、そう遠くない内に矢の餌食になってしまう。


 私一人だけなら、矢の雨を掻い潜り離脱は可能だろう。しかし、それではラピスとマリアの二人が犠牲になってしまう。彼女達に私と同程度の回避能力は期待できない。


 どうやら、この局面を切り抜けるためには奥の手を使うしかないようだ。


 カネサダに身体を渡し、彼の時間を止める“固有魔法”でラ・ギヨティーヌを一掃する。


「……カネサダ……お願いできる?」

『……使うのか?』

「うん」


 カネサダの刃を肌に当てる。じわりと血が滲んだ。


『今回は仕方ねえが……あんまり俺の力に頼らない方が良いぞ。じゃねえと、お前の身体に俺の魂が定着しちまう。多用すれば、最悪お前の魂は消失する』

「魂の消失? ……気を付けるよ」


 初耳だ。そんな事があるのか。身体を渡すことが危険な行為である事は理解したが、今はそれを承知で頼らせて貰う。


 白刃で思い切り肌を斬る。血が噴き出し、その瞬間、カネサダが私の中に雪崩れ込んで来た。


『お願い、カネサダ!』

「ああ! ____時よ、止まれ!」


 叫ぶカネサダ。魔導核(ケントゥルム)が唸り声を上げ、世界が時の流れを失う。人、物、空気の流れすらも止まったその空間で、周囲を包囲するラ・ギヨティーヌ達にカネサダが愛刀を手に疾駆した。


 殺戮の刃が騎士の身体に迫り、私ははっとなって____


『待って、カネサダ!』

「……!? ああん? どうした」


 騎士の目前でぴたりと止まる刃。カネサダは目を細めて不満気な声を発した。


『カネサダ……まさか、彼女達を殺す気?』


 カネサダは峰ではなく刃を騎士に向けていた。しかも狙いは首。このまま刀を振り抜けば、騎士の身体は頭と胴体で真っ二つなり、彼女は確実に絶命してしまう。


「はあ? 当たり前だろ。まさかお前……こいつらを生かしたままにしておくのか」


 時間の止まった世界でカネサダは呆れたように吐き捨てる。


『峰打ちで気絶させれば済む話なんじゃ……』

「馬鹿か!」


 溜息を吐き、カネサダは叱責する。


「今生かしておけば、こいつらは必ずまたお前の前に姿を現す。だからここで始末しておくべきなんだ。ラ・ギヨティーヌ……こいつら、並みの騎士じゃねえ。雑魚共ならいざ知らず、明確な脅威は取り除いておくべきだ」

『でも……』

「はん、殺すのは可哀想ってか!? 随分とお優しい奴だなお前は! 次に遭遇した時、お前はまたこいつらに苦しめられるぜ!」


 カネサダの言葉は正しいと思う。ラ・ギヨティーヌは任務遂行のためにありとあらゆる手段を厭わない。近いうちに必ずまた私の前に姿を現す。そして、私は再び窮地に陥る筈。並みの騎士達ならば生かしておいても大した弊害にはならないが、彼女達は別だ。今この場でその数を減らしておけば、後々動きやすくなる。


 だが____


『次は……次に対峙した時は、私が圧倒する』

「なんだと?」

『だから殺さないで』


 まるで私達の時間も止まってしまったかのようだった。


 数拍____


 静かに刀を下げるカネサダ。その声が私に問う。


「次に遭遇した時、お前はこいつらを圧倒できるのか? その力があるのか?」

『うん』


 意識の中で私とカネサダは睨み合う。


『私は強い。そしてもっと強くなる。誰よりも……大英雄ホークウッドよりも。だから、生殺与奪を私に託して欲しい』

「ホークウッドよりも強くなるだと?」

『こいつ等なんて物の数にもならない程に強くなるからさ……だから、駄目、かな……』

「……ちっ」


 舌打ちをして、カネサダは愛刀を持ち替えた。刃ではなく峰を騎士に向ける。


「俺はお前の剣だ。そして、お前の復讐はお前のもの。下らない情けで破滅したとしても俺はお前の“選択”を尊重する。だから____」


 騎士に峰打ちを放つカネサダ。私は安堵し、彼の心に毅然と向き合う。


『覚悟は出来てるよ。本当に必要なら、その時は私が殺しを行う。誰を生かすか、誰を殺すか……それは私が決める』


 その言葉に嘘偽りはない。本当に必要なら、私は殺しを行うだろう。しかし、今はその時ではない。彼女達を殺す必要はない……と、私はそう思っている。


 騎士の一人に峰打ちを放ったカネサダは次の標的に走る。


「お前には呆れる。だが、それは俺の大好きな無謀さだ」


 にやりとカネサダは笑った。


「約束だ。強くなれ、ミカ」

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