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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第二十九話「ラピスの計画」

「わっ……どうしたの、ミシェルちゃん?」


 隣の部屋から姿を現した私にアイリスは目を丸くする。


「……服は?」


 少しだけ顔を赤くして指摘するアイリス。


 マリアに着ていた服を与えたため、今の私は上はシャツ、下はマントをスカート代わりに巻いている。かなり露出の多い格好だ。


「マリアに上げた」


 と、私の後から現れたマリアを指差す。彼女は上下とも私の衣服を身に着けていた。


「服がないのは可哀想でしょ?」

「ミシェルちゃんは良いの? そんな格好で」

「……まあ」


 男だし。多少、自身の肌の面積が大きい事くらい我慢できる。


「ねえ、二人とも……何かあった?」

「え?」


 アイリスに尋ねられドキリとする。私は頬を掻き____


「……一応仲直りした……一応ね」

「それだけ?」

「……それだけだよ」


 ほぼ同時に自身の頬を押さえる私とマリア。その様子を怪しい目でアイリスは見つめる。頬にキスをし合ったことは黙っておこう。


 アイリスはしばらく私達をじろじろと見つめた後、ほっと息を吐いて柔らかい笑顔を浮かべた。


「……良かった。二人が仲直りしてくれて」

「言っておくけど、マリアの全てを赦したわけじゃ……」

「はいはい」


 私の注釈に苦笑を浮かべるアイリス。その視線がマリアに向く。


「良かったね、マリアちゃん。またミシェルちゃんとお友達になれて」

「はい」


 と、顔を赤くして俯くマリア。


「アイリスさんのおかげですわ……その、本当にありがとうございます」

「うん、友達の……ミシェルちゃんとマリアちゃんのためだもん。当たり前だよ」

「……友達の? 私とミシェルさんの? 私も貴方の……」

「友達だよ。私達、もう友達でしょ?」


 アイリスの言葉にマリアが恥ずかし気に口元を綻ばせる。


「……ありがとうございます」


 再度、お礼を述べるマリア。私を間に挟んで照れたように微笑みあう少女達。二人ともいつの間にこんなに仲良くなったんだ。微笑ましいが、少しだけ妬いてしまう。


「羽織れ、ミシェル」

「ラピス副隊長?」


 自身のマントを外し、私の肩にそっと掛けるラピス。上質な布の感触が外気にさらされていた肩を覆う。


「ありがとうございます」

「気にするな」


 こういう気遣いはさすが年長者だと思える。ラピスにお礼を言い、頭を下げた。


 と、その時____建物の玄関扉が開き、皆の視線がそちらに集中。一同警戒したが、飲食物の確保に向かったサラが戻って来ただけのようで、緊張は瞬時に解かれた。


「食べ物と飲み物、買って来たわよ」

「ご苦労様、サラ」


 肩から下げた袋を叩いて皆に告げるサラに私は労いの言葉を掛ける。彼女はどさっと買い込んで来た飲食物を床に降ろして、近くの椅子に座った。


「皆、揃ったようだな」


 部屋をぐるりと見回しラピスは頷く。それから____


「食べながらで良い。皆に今後の事について話したいと思う」


 サラが入手した飲食物を手に取るラピス。彼女を皮切りに皆も食事を始める。私達は自然な流れで円陣を組むことになった。


「我々は騎士団……いや、マーサにより無実の罪を着せられている。それも国家反逆罪。捕らえられれば、極刑は間違いない」


 極刑。深刻そうな面持ちで告げるラピスに一同は息を呑んだ。


「我々には二つの選択肢がある。無実の罪を晴らすか、逃亡か。私は____」


 静かな、それでいて力強くラピスは宣言する。


「世に真実を明かし、我々の冤罪を晴らしたいと思う」


 場が静まり返る。皆、食事の手を止め、互いを見合った。私はラピスに身を乗り出し尋ねる。


「どうやって?」


 皆の視線が集まる中、私は現実を突き付けるように言い放つ。


「ベクスヒル家が裏で動いているんです。四大騎士名家の第二席の彼らが。こうなった以上、私達の主張や証拠は徹底的に消されますよ。昨日みたいに」


 カネサダとマーサの会話を記録した記録石(ログストーン)をマーサの罪の証拠として騎士団本部に提出した私達だが、騎士団はそれを無視して今回のような理不尽に及んだのだ。彼らの前ではありとあらゆる主張や証拠が揉み消されてしまうと考えて良い。


 ラピスは頷き、腕を組んだ。


「相手が悪かったのだ」

「……相手、ですか?」

「騎士団にマーサの一件を伝えるべきではなかった。我々は彼女の罪を____新聞社に告発するべきだったのだ」


 新聞社____“ロスバーン条約”により乙女騎士団が創設されたのと同時期に、それは世に真実を伝える中立な存在として主に“西世界(ウエストランド)”各国を中心に新設された報道機関だった。


 “英雄の時代”、サン=ドラコ大陸全土には自国を擁護し、敵国を悪罵するプロパガンダが溢れていた。この醜い正義の押し付け合いは人々に憎しみと猜疑心を大いに植え付ける。結果、戦争はより凄惨なものになったと考えられた。


 その反省から、国家権力の圧力と意向を受けない中立な情報媒体が求められ、乙女騎士団と双子のように産み落とされたのが新聞社だった。


 彼らには報道の自由が与えられており、記事にする内容により処罰を受けることは決してない。相手が大商人であれ、貴族であれ、王族であれ、竜神教会であれ、その悪事や悪評を自由に報じることが出来るのだ。


 ただし____


「新聞社に告発しても無駄ですわよ」


 口を挟んだのはマリアだった。


「彼らは根っからの騎士団信奉者……と、お姉様が仰っていました。騎士団の悪事を報じることはないかと思われますわ」


 マリアの言う通りだ。乙女騎士団と双子のような関係にある新聞社。彼らはそれ故か、“ロスバーン条約”とその申し子である乙女騎士団による世界平和を信条としており、その秩序を乱すような報道は一切行わない。これは、業界にそこまで詳しくない私でも察していることだった。


「確かに、彼らには騎士団信奉者が多い。しかし」


 反論するラピス。


「皆が皆、騎士団信奉者という訳ではない。中には報道業界の信条とは異なる考えを持つ者もいる筈だ」

「でも、副隊長……実際問題、新聞社のトップは何処も熱烈な騎士団信奉者なので、その手の異端者には社内での発言権はないと思いますよ」


 業界全体で騎士団を信奉しているため、それに背くような者に出世はない。熱烈な騎士団信奉者のみが新聞社のトップに居座れるのだ。


 ラピスの計画はそれで頓挫するかに思えたが、彼女は私の意見も織り込み済みだったようで____


「エストフルト・エコノミー・ジャーナルだ」

「……エストフルト・エコノミー・ジャーナル?」

「王国最大手の経済紙。彼らに告発を行う」


 エストフルト・エコノミー・ジャーナル。経済紙とラピスは言ったが、主に経済関連の記事を書いている新聞社なのだろう。


 何故、彼らに告発を?


「エストフルト・エコノミー・ジャーナルは経済・産業関連の記事のみを書き、政治や社会問題については全くの興味を示さない。だからこそ、彼らに告発をする。政治的信条を持たない彼らに」


 政治的信条を持たない。即ち、彼らは騎士団信奉者ではないという事か。


「過去、エストフルト・エコノミー・ジャーナルは乙女騎士団が市場経済に介入した際に商人達の経済活動を撹乱しているとして騎士団に批判的な社説を展開したことがある。これは彼らが騎士団信奉者でないことの傍証だ」


 乙女騎士団に対し批判を行う。どんなに些細な事であれ、通常であればそれは許されない行為であった。


「報道の自由を持ち、尚且つ騎士団信奉者でもない彼らならば、マーサの一件を世に知らせ、我々の冤罪を晴らしてくれる可能性がある」


 言い放つラピスに一同騒めく。


 もし、彼女の言葉が正しければ、私達にはまだ冤罪を晴らす希望があるという事だ。


「良かったあ……私達、助かるんだね」


 早くも安堵するのはアイリス。


「……そんなに上手くいくのかしら」


 一方、サラのようにラピスの計画に懐疑的な者もいる。


 私はと言うと、半信半疑の状態だ。


 勝算があるのは確かな様だが、告発が上手くいき、すんなりと私達の冤罪が晴れるとは考え辛い。騎士団は全力を以てこちらを潰しにかかる筈だ。


「何か他に意見がある者はいないか?」


 尋ねるラピスに皆は黙り込む。代替案は出ないようだ。


「不安要素は多い。が、他に意見が無いのであれば、これからの具体的な行動について詰めていこうと思う」


 ラピスの言葉に私達は互いに目配せをした後、躊躇いがちに頷いた。

 逃亡ではなく、無実の証明____即ち、騎士団と真っ向から戦う事を選んだのだ。皆、大なり小なり尻込みしているようだった。


 しかし、それでも私達は頷いたのだ。退く気はない。騎士団が相手だろうが、必ず冤罪を晴らすつもりだ。


 ラピスの方針に従う事が決まり、その後、私達はエストフルト・エコノミー・ジャーナル社にマーサの一件を告発するための具体的な行動について話し合った。


 次第に夜が更けだし____


「では明日、手筈通りに決行する」


 いつの間にか灯した蝋燭の火を前に宣言するラピス。話はまとまった。明日、私達は件の新聞社に赴きマーサを告発する。


「……上手くいくと良いですわね」


 心配そうな声でマリアが呟く。ラピスは立ち上がると____


「勝算がない訳ではないが、全て上手くいくとも限らない。各々、その事を肝に銘じておくように」


 計画が上手くいくのは望ましい事だが、最悪の場合は想定しておくべきだろう。私達は臨機応変に対応しなければならない。


 ラピスが立ち上がった事により場の緊張は解れ、皆溜息を吐いた。


 私は暗くなった外の景色を窓越しに眺め____


「そう言えば、寝る場所とかどうしましょう。私、外で寝た方が良いですかね?」


 皆の顔色を窺う。男性である私と同室で寝る事に拒否感があるかもしれない。サラがそうであるように。


「お前、その格好で外に出るつもりか」


 呆れた視線を寄越すのはラピスだった。マントを纏っただけの浮浪者のような私の姿を指摘する。


「私達と一緒の部屋で寝るのが気不味いのなら、隣の部屋を使いなよ、ミシェルちゃん」


 苦笑を浮かべるアイリス。私の視線は先程までマリアと一緒にいた隣の部屋の扉に注がれる。


「良いの?」


 遠慮がちに尋ねる。有難いが、そうすると部屋にあるベッドを一人で占有することになり、なんだか申し訳ない。


「構わんだろ。ミシェル、あまり遠慮はするな」


 私が一部屋を独占することに反対する者は現れなかった。ならば、お言葉に甘えよう____と思い、重要な事を思い出す。


 私は咳払いをして、床を指差した。


「そうするとこの部屋で五人の人間が寝る事になるんですよね? 手狭じゃありませんか?」


 私は指摘するがラピスは首を傾げる。


「いや、机や椅子などを隅に寄せれば十分にスペースは確保できると思うが」


 確かに彼女の言葉通り、家具などを移動させれば人数分の就寝スペースは十分に確保できる。それを分かった上で____


「誰か私と同室で寝ませんか?」


 その発言で、若干ながら場が凍り付く。


「……」


 心苦しい沈黙が続き、私は冷や汗を垂らした。


 ……ちょっと、皆黙ってないで何か言ってよ。


「一部屋で二人きりになりますの?」


 ぽつりと躊躇いがちに呟くマリア。アイリスは怪訝な瞳をこちらに向けていた。何なら他の皆も。


 怪しまれるのも無理は無い。女性陣との同室を避けるために、私は初め屋外に出るなどと申し出たのだ。その私の口から同室の提案が出たので、違和感があったのだろう。


 私はすっ呆けたような口調で____


「あ、そうだ。サラ、一緒の部屋で寝ようよ」

「へ? 私?」


 唐突な誘いに目を丸くするサラ。


「私達、ルームメイトでしょ? 問題は無い筈だよ? ね?」

「……ん……んー?」


 サラは私の言葉に首を傾げた。一見それらしい理屈だが、冷静に考えれば合理性など皆無な訳で、彼女の反応は至極真っ当なものである。


「……ね、サラ」

「……?」


 サラに目で合図を送る。真意は伝わらなかったようだが、彼女はそこから何かを察したようで、皆の表情を窺った後静かに頷いた。


「まあ、良いけど」

「うん、じゃあ、私とサラは隣の部屋で寝るんで、四人でこの部屋を使ってよ」


 サラの合意を得て一同に告げる。皆、納得のいかない表情だった。


 私はそれからミミに向き直り____


「そう言えば、ミミ。あれ貸してくれないかな?」

「……あれって?」


 突然話を振られたミミが、やや遅れた反応を返す。


「ランタン……ほら、さっき修理してたでしょ?」

「ん、ああ」


 照明器具の魔道具を先程までいじっていたミミ。ちらりと横で作業を見ていたが、ランタンに淡い光が灯り、修理が無事に終わったのを私は確認していた。


「別にいいけど」

「本当? ありがとう、ミミ」

「うん」


 ミミの許可を得て彼女が修理していたランタンを手にする。それを携え、私は隣の部屋の扉を開いた。


「ほら、行こうよ、サラ」

「え……うん」


 促す私にサラは困惑した様子だ。皆に怪しまれる中、私達は部屋を移動する。特にアイリスの視線が痛かった。お願いだからそんな目で見ないで欲しい。


 ランタンの光を灯し、オンボロのカーテンの引かれた窓際に据える。


 私は床に座り込んでベッドを指差した。


「ベッドはサラが使いなよ」

「……何で」


 ベッドに腰掛け、サラが胡乱な瞳を向けて来た。


「何で私を一緒の部屋に? どういう事?」


 サラの言葉に私はランタンを見遣る。彼女を刺激しないように言葉を選び____


「皆にバレたくないでしょ……その……恐怖症の事」

「あ……」


 私達は薄闇を払うランタンの光を見つめていた。


 サラは暗所恐怖症だ。救貧院時代のトラウマにより、暗闇を恐れている。そのため、就寝時はいつも何かしらの灯りを必要としていた。


「皆、暗くして寝るだろうから……それだと、サラ、辛いでしょ」


 他人に暗所恐怖症の事を知られたくないサラは、きっと言い出せない筈だ。部屋に灯りを灯して寝たいなどと。それは彼女のプライドが許さない。


 しかし、既に恐怖症について理解している私と同室ならば、彼女は好きなように出来る。


 だから、恩着せがましいかもしれないが、私は強引に彼女を部屋に誘ったのだ。


「……」

「……ごめん、余計なお世話だった?」


 私の言葉に首を横に振るサラ。前髪を弄り、小さく口を開く。


「ありがとう……助かった」


 サラのお礼の言葉にほっと一安心。余計なお世話だと、機嫌を損ねてしまう可能性を危惧していたのだが。


 それからサラはやや頬を赤くして、咳払いをした。


「……ごめん、ミシェル君」

「え?」


 唐突に謝り出すサラ。


「今更なんだけど……私、アンタにずっと辛い思いさせてた」


 私を部屋から追い出し、ベランダで寝かせていたことについて言及しているのだろう。


「良い機会だから、ちゃんと謝っておきたかったの」

「……うん……でも、仕方ないよ……サラは被害者なんだから……私なんかとルームメイトで」


 手を掲げてサラは私の言葉を遮った。


「____全て、片付いたら」


 やや語気を強めてサラは言う。


「私、アンタに償いがしたい」

「……償い?」

「私、アンタと____あ、うん……いや……こう言うのは何だか卑怯臭いかしら……えーと……」


 サラはもじもじと言い淀む。何だか彼女らしくない。


「ごめん、償いとかやっぱなしで……私、ミシェル君と」


 やや顔を背けてサラは告げる。


「友達になりたい」

「……友達」

「駄目……かしら」


 照れくさそうに頬を掻くサラ。私は全力で首を横に振った。


「願ってもない事だよ!」

「……わっ」


 少女の手を握る。食い気味の私に彼女は若干顔を引きつらせていた。


 サラは溜息を吐き、ふっと笑みを浮かべる。


「今はそんな余裕はないけれど」


 呆れたような、しかし幾分か楽し気な声でサラは____


「全部元通りになったら、一緒の部屋で寝て……寝る前にお喋りとか出来ると良いわね」

「……! ……うん!」


 そう、全て元通りになったら。


 私とサラは友達になり、一緒の部屋で寝て____毎晩取り留めもないお喋りをするのだ。


 アイリス、ラピス、マリア……その輪の中に彼女も加えよう。


 だから、負けられない。


 必ず、マーサの罪を明かし、私達の冤罪を晴らす。


 邪魔をする者は誰であろうと容赦はしない。

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