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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第二十五話「マリア:牢の中から」

 目が覚めると、そこは固くて湿った地面だった。


 寒くて薄暗い。……ここは何処?


 上体を起こし、自身の両手の自由が奪われていることを自覚する。私は手錠で後ろ手に拘束されていた。


 身に着けているのは下着だけ。


 一体どういう状況かと、困惑する事数秒、私は先程までの記憶を取り戻す。


 マーサ・ベクスヒル____お姉様の計画は失敗した。ミシェルさんを抹殺するつもりが、返り討ちに遭い、今私達マーサ隊の騎士達は____


「……拘置所……ですかしら?」


 辺りを見回す。暗闇になれた目が、現在地を把握。私は……いや、私達マーサ隊の騎士達は拘置所の牢屋に閉じ込められていた。


 冷えた壁を支えに立ち上がり、私は牢屋の鉄格子の方へと歩いて行く。鉄さびに額を押し付け、牢屋外の様子を確認した。


 目を凝らす。


 私達には一人一部屋ずつ監房が割り当てられているようだった。目覚めている者もいるが、未だほとんどの隊員は昏睡状態だ。


「……マリア」

「……お、お姉様!?」


 丁度対面の監房。そこにマーサお姉様がいた。


 彼女は悔しそうに____


「しくじりましたわね……全く……」

「……」


 私はぺたんと地面に座り込み、顔を伏せた後、ちらりとお姉様の様子を窺った。


「私達……どうなりますの? 最悪、極刑……」


 人類の敵、オークに(くみ)し、騎士団を裏切ったのだ。国家、いや“ロスバーン条約”が敷く秩序への反逆行為。それに事実隠蔽の罪も加わり、極刑は免れないかも知れない。


「はあ!? 極刑!? マリア、馬鹿も休み休み言いなさいまし!」

「……え?」

「どうして、この私が罪人として裁かれる必要がありますの!? 極刑など、もってのほかですわ!」

「……し、しかし」


 私が口籠ると、お姉様は軽蔑の眼差しを私に向け____


「私達が罪人として裁かれることなどありませんわ、絶対に」

「な、何故です?」

「お母様が何とかしてくださいますわ」

「……そ、それは」


 私は声を震わせ、その言葉を口にする。


「隠蔽……此度の一件を揉み消すおつもりで?」

「はあ……何を当たり前の事を……」


 呆れた様子のお姉様に、私はぎりりと奥歯を鳴らした。


「それは! そ、それは……騎士として、正しくありませんわ! わ、私達は、自らの罪を____」

「マリア!」


 お姉様の一喝が飛ぶ。


「貴方の頭の緩さには辟易しますわ。騎士団に醜聞はあってはならない。“ロスバーン条約”が作り上げた平和は乙女騎士団によって守られる。そして、乙女騎士団への人々の信奉こそ、平和を永く維持し、人類の進歩を促す。これはごくごく基礎的な教養ですわ」

「騎士団に醜聞はあってはならない? だから、此度の一件は隠蔽すると? 詭弁ですわ! それとこれとは別です! お姉様は自身の罪を償われるべきですわ!」


 堪え切れず、私は怒鳴る。


 お姉様の理屈は正しい。ただし、それは幾分か偏重した功利主義的な判断による正しさだ。

 此度の罪を隠蔽する事により人々が得られる幸福は、彼らが(こうむる)る不幸に勝ると彼女は主張している。

 ベクスヒル本家長女がオークと結託していた。確かに、この事実が広く知られれば、人々の騎士団への信用は墜ち、世は乱れるだろう。結果として、大きな不幸が彼らに降りかかる。


 しかし、それは決して正義ではない。人間の尊厳を無視した、卑しい偽りの幸福であり、正しさなのだ。


「……私が」

「……マリア?」

「私が告発しますわ!」


 毅然と告げる私を鼻で笑うお姉様。


「告発? どうぞ、お好きに。私は何にも痛くはありませんわよ?」

「貴方の罪を、リントブルミア王国の方々(ほうぼう)まで報せ、然るべき罰を受けて頂きますわ!」

「バカマリア……どうやって?」

「首都のありとあらゆる新聞社に、此度の一件をネタとして提供し、彼らに貴方の記事を書いて頂きますわ!」


 お姉様は肩をすくめる。


「騎士団だって手出しできませんわ! 彼らには乙女騎士団憲章により報道の自由が____」

「この世間知らず。彼らは貴方の数倍は頭がよろしくてよ。乙女騎士団を貶める記事がどれ程社会に悪影響を及ぼすか、彼らはよく理解していますわ。貴方、騎士団の醜聞を載せた新聞を見たことがありますの? 彼らは根っからの騎士団の信奉者ですわ。例え、騎士団団長の内部告発であろうと、彼らは騎士団の悪評を記事にしませんの」


 力なく項垂れる私。


 結局、私は、私の正義など無力なのだろうか?


「……はあ……お母様のお手を煩わせてしまうと思うと……本当に許せませんわ……あのドンカスターの腐れ娘が!」


 愕然とせざるを得ない。お姉様はあくまでお母様に手間を掛けさせることのみを心配していた。自分の罪が裁かれ、罰を与えられる心配など微塵もないようだ。


 騎士は、騎士道を重んじ、誇り高く、正しく生きなければならない。悪事に手を染めたのならば、潔く罪を贖うべきだ。


 それなのに……。


 どうして、皆、こうも____


「……」


 私に皆を非難する資格などあるのか?


 忘れてはいけない。私にもまた、罪がある。長い年月をかけて積み上げて来た罪が。


 それは法では決して裁かれないが、だからと言って許されるものではない罪だ。


 ミシェル・ドンカスター。彼を虐げて来た罪が私の中にある。事ある毎に暴力を加え、暴言を吐き、嘲笑った。


 私もまた、最低の人間だったことに気が付かされたあの日。自分の中の暗い感情を抑えきれなかったあの日。あの日以来、私は自分の中に矛盾を抱えて生きてきた。善良な心の持ち主として振舞う一方で、悪逆非道の徒として卑劣な行いに手を染めてきた。


 私は同じような矛盾を騎士団にも見ていた。騎士団が抱える善と悪の矛盾を。私はそれを免罪符にしていたのかも知れない。騎士団も、皆もそうなのだから、私もこのままで良いと。


 しかし、それは、まさしく私の心の弱さからくる妥協だった。臆病で弱い私の。


 アイリスさんが羨ましかった。


 己の弱さを克服し、正しい道を見つけた彼女が眩しかった。私の前に立ちはだかった、誠の騎士の姿に、暗い嫉妬も抱いた。


 妬ましい。どうして、私はアイリスさんになれなかったのか。


 どうして、彼の隣にいるのが彼女なのか。


 そこは____その場所は、私のものだった筈なのに。


「……ミシェルさん」


 彼の事を考えてしまう。もしあの時、私の手が伸びた先が彼の頬ではなく、手であったのならば、私の運命は変わっていただろうか?


 矛盾を抱えずに生きていただろうか? 彼の親友として在れただろうか?


 ミシェルさん____


「……」


 ところで、先程のミシェルさんのアレ(、、)は何だったのだろう?


 まるで人が変わってしまったかのように。口調が全くの別人で、しかも____


 ……。


 ……しかも、身体を……。


「あ……ああ……ああ……ああああああああああああああああ! いやですわあああああああああああああああああああああ!」


 拘置所内に私の絶叫が響く。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ! 何なんですのおおおおおおおおおおおおおおおおお! あれはあああああああああああああああああああああ!」


 冷たい地面をごろごろと転がり、私は顔を真っ赤にした。


 今頃になって思い出す。先程ミシェルさんに何をされたのかを。


 下着姿を見られ、その上、身体をいやらしく縄で縛られた。思い出すだけで、羞恥で悶絶しそうだ。


「変態! 変態! ミシェルさんの変態! あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 手が自由になるのなら頭を抱えたい。しかし、それが叶わないので、額を地面に何度も叩きつけることで気持ちを鎮めた。


「……バカマリア、とうとう気が狂いましたのね」


 お姉様からの痛い視線を感じる。突然の私の奇行に顔を引きつらせていた。


「ミシェルさん……ああ言うのが、趣味なんですの?」


 女性を縛って悦ぶ倒錯的な趣味を持つ殿方がいるのは知っていたが、彼がそうなのだろうか。

 そう言えば、ミミさんやララさんにもちょっかいを出していたが、あれはその片鱗だったのかも知れない。彼は性的加虐趣味の持ち主なのだ。


「……私のせい、ですかしら?」


 騎士学校時代、彼にそのような気配はなかった。そう言う事に関しては、いたって普通の少年だった筈。

 つまり、彼は変わってしまったのだ。そして、それはもしかしたら私のイジメが原因なのかも知れない。精神医学に詳しい訳ではないが、被虐体験が屈折して加虐趣味を本人に与えることがあるとか、ないとか。


 だとすると、私が彼の性癖を歪めてしまったことになる。そして、因果応報と言う奴か。私がその歪んだ性癖の被害者となった訳だ。


「……私なんかで、その、ミシェルさん」


 ふと、私なんかで彼は満足したのだろうか、という恥ずかしい疑問が沸いてくる。我ながら下らない疑問だったが、分かった上で考えてしまう。


 これでも容姿には自信がある方なのだが……しかし、身体は貧相だ。あまり自慢できるほどのものではない。


 ショボい……とか思われただろうか? だとすると、少しショックだ。いや、彼は嬉々として私を弄んでいたので____


「何を考えていますの、私は!」


 どうして、ミシェルさんを悦ばすことが出来たか否かで悩まないといけないのか。悦んでもらえたからと言って、一体それが何になるのか。


 そんな恥ずかしい自分に身悶えしていると____足音が一つ。


 誰か来た。誰の足音だろう? 耳を澄ませる。


「マリア、何処?」


 それはミミさんの声だった。


「ミミさん?」

「あ、そこにいたんだ」


 暗闇に現れたミミさん。その声はやけに淡々としていて、それ故に恐ろしかった。


 彼女は私の監房に近付く。手元には牢屋の鍵があった。


「……ミミさん」

「暗いね、ここ。それに寒い」

「……ええ」


 鍵穴に鍵が差し込まれ、次いで解錠の音を聞く。ミミさんが私の監房の扉を開き、中にゆっくりと入って来た。


「でも、良い所よね、ここ」

「え?」

「ララが今いるであろう場所よりは」


 ミミさんの手が伸び、私の首を締め上げる。


「……があ、あ……」

「ララは今頃、オーク達に……!」


 憎しみを込めて、ミミさんが言い放つ。首を絞め上げる力は徐々に強くなっていった。


「この……裏切り者が……! アメリア隊の皆をよくも……! 親友だと、思っていたのに……それなのに……!」

「ミ、ミミさん……わ、私は……」


 目で訴える。


 アメリア隊の皆を救いたかった。そして、ミミさんとララさんは、二人とも救われるはずだった。私はそのように動いていたのだ。秀蓮(シュウリエン)さんに頼んで。


「わ、私は……貴方達を……」


 貴方達を救おうとした。そう言い掛けて、言葉を噤んだ。


 それは“逃げ”だと思ったからだ。自身の僅かばかりの努力を伝えることで、赦しを得ようとする“逃げ”だと。


 私は甘んじて彼女の非難を受けなければならない。


「……申し訳ありません」


 気管が圧迫される中、私は辛うじて謝罪の言葉を紡ぐ。


 ミミさんの眉間にしわが寄った。


「ララは、私の大切な血を分けた妹で……アンタはそれを奪ったのよ……!」

「ぐっ!」


 地面に投げ捨てられる私の身体。両手が背後で拘束されているので、受け身が取れず盛大に身体を打ち付けてしまう。


「最低よ、アンタ! 親友とか言いながら、心の中ではたかだかゴールドスタイン家の人間だって馬鹿にしてたんでしょ! ベクスヒル家の自分の足元にも及ばない、羽虫の様な存在だって!」

「ち、ちが……私は……」


 ベクスヒル家とゴールドスタイン家の間には大きな家格の差がある。しかし、ミミさんとララさんは私にとって対等な親友だった。そこに上下関係などない。


「返してよ!」

「……ミミさん?」

「私の妹を、返してよ! この人でなし!」


 ミミさんはそう叫ぶと、腰元の剣を抜き放ち____私の肩に。


「……ッ」

「ミミさん?」


 剣は私の肩を力なく叩いただけで、地面に乾いた音を立てて転がった。


「……出来ない」


 項垂れ、地面に崩れ落ちるミミさん。


「アンタのこと……殺して、切り刻んで……そうしようと思っていたのに……」

「……」


 啜り泣きを始めるミミさん。


「どうして……アンタまで失いたくないって、私は……アンタは裏切り者なのに……」

「……」


 私とミミさんの間には親友としての思い出がある。私とミシェルさんの間にあったような。

 だから、分かる。きっと、彼女は捨て切れないのだ。私の事を諦められないのだ。私が本当はずっと、ミシェルさんの事を諦められずにいたのと同様に。


 私は彼女に何て声を掛ければ良い?


 親友として、どう励ませば良い?


「……ごめんなさい、ミミさん」


 分からない。だから、結局謝ることしか出来なかった。


「ごめんさない」


 こんな言葉しか持たない自分が情けない。


「アンタ……アンタ達、どうせ終わりよ」


 剣を鞘に納め、フラフラと立ち上がるミミさんは、涙を拭い、私を力なく見つめる。


「終わりなのよ! 手を汚すなんて馬鹿馬鹿しい……アンタ達の処刑、特等席で拝んでやるんだから」


 監房に再び鍵が掛けられる。ミミさんはとぼとぼと立ち去って行った。


 拘置所が再び沈黙に包まれる。脱力し、冷たい壁に身を委ねる私。ややあってお姉様がふっと笑みを零した。


「ゴールドスタインの小娘が、何を馬鹿なことを……」

「お姉様?」

「処刑台にいくのはあの小娘の方ですのに」

「……な!?」


 私はぎょっとなって鉄格子に身体を押しつけ、お姉様を見つめた。


 残忍な笑みを浮かべる彼女は____


「ミシェル・ドンカスター、ラピス・チャーストン、ミミ・ゴールドスタイン、アイリス・シュミット、サラ・ベルベット……お馬鹿な人達……全員国家反逆罪で処刑台に送って差し上げますわ」

「……こ、国家反逆……? え、何で……」


 それは、まさか____


「冤罪を吹っ掛けるおつもりですの!?」

「筋書きは……そうですわね……私達を人質にしてクーデターを計画した……と言うことにいたしましょう」


 私は怒りで震え、鉄格子を蹴飛ばした。バランスを崩し、地面に尻もちをついてしまう。


「お姉様! 貴方には恥というものがありませんの!?」


 お姉様は肩をすくめ、こちらに軽蔑の視線を向けて来た。


「貴方と言う馬鹿な妹を持った事こそ、私の最大の恥ですわね」

「……くっ」

「貴方、覚悟していなさい。ここを抜けたら、思い切り折檻して、泣き詫びさせてやりますわ。……二度と口応えが出来ないように調教して差し上げますわよ」


 私はどうすれば良い?


 間違ったことも正せず、唯々諾々と力ある者に従うしかないのか?


 このままでは、ミシェルさん達が____何の罪のない者達が。


 ……私にはどうすることも出来ないのか?

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