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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第二十三話「義妹への誘い」

 結末から述べると、マリアの貞操は守られた。


 いや、もう、あれは守られたとか、そう胸を張って断言できるものではないが……兎に角、一線は越えなかった。


 カネサダが縄遊びを続けている最中に、身体の制御は戻り、私はどうにも居たたまれない目前の状況に投げ出される。怯え、泣き叫ぶマリアの後頭部に手刀を加え、私は彼女をすぐさま眠らせた。


 マリアの縄を解き、代わりに手錠を掛ける。その際、物凄くカネサダに文句を言われた。俺の芸術品が! とか、訳の分からないことを。


 マリア含めマーサ隊の騎士達は兵舎隣接の拘置所に拘束した。牢に入れる際、私は彼女達の手錠を外し、衣服を着せて上げようとしたのだが、カネサダに断固反対される。油断は禁物だと。私はその助言に従った。相棒の言葉に背いてまで、マーサ隊の皆に情けを掛けようとは思わなかったからだ。


 牢の中の騎士達の数を確認する。マーサ隊の騎士達は全員いた。これで、取り敢えずの事態の収拾がついたという訳だが、むしろここからが大変だ。私にはやるべきことがある。


 私はアイリス、ラピス、ミミ、サラを拘置所の中庭に呼び集め、私の知り得た真実を彼女達に話した。バリスタガイの森での出来事。マーサとオークの関係について。包み隠さず打ち明けた。


「……そんな、マーサ隊長がオークと……」


 話の内容にショックを受けている様子のアイリス。ラピスも額を押さえ、大きな溜息を吐いていた。


「……俄かには、信じられんな」

「ええ、ですが全て真実です」

「……はあ……何だが……心の整理が追い付かないよ。ようやく、アメリア隊の壊滅を受け入れられ始めたばかりなのに……また……」


 確かに、アイリスやラピスにとっては、“次から次へと”と言った具合になるのだろう。心の整理が追い付かないのも、無理からぬこと。


 そして、この場の誰よりも明かされた真実に心を乱していたのが____


「……嘘よ! こんなの、嘘よ! じゃあ、何!? ララは……私の妹は、マーサ隊長の計画の巻き添えを喰らって……それで……! 私の大切な妹は……そんな……! ああ……ララ……ララ……!」

「落ち着いて、ミミ」


 興奮してまくし立てるミミの肩をゆっくりと掴んで宥める。彼女は私の手を払いのけ、その瞳に激しい憎悪の炎を宿した。


「……マリア……アイツ……! 親友だと、思っていたのに……! アイツも……あの女も……マーサと……!」

「ミミちゃん!?」


 血相を変えて牢に向かおうとするミミを引き留めるアイリス。


「放して、アイリス! 放せッ! 殺す! アイツら、絶対に許さない! 特に、マリア! あの裏切り者! 全身切り刻んで、豚の餌にしてやる……! 放せ、アイリス!」


 暴れるミミを必死に押さえつけるアイリスは、私に視線で助けを求めた。私は頷き____


「安心しなよ、ミミ」

「……“罠係”」

「彼女達は終わりだ。オークと結託し、仲間の騎士達を売ったんだ。極刑は免れない。その上、その名前は後の世まで語り継がれることになる筈。人類の裏切り者として」

「……私は……それでも、許せない……! 直接この手で……じゃなきゃ……! 私自身の手で!」

「……そっか」


 私は呟いて、アイリスの手を引く。ミミはそれで解放された。


「……ほら、これ、牢屋の鍵」

「……え? ……“罠係”?」

「行ってきなよ」


 牢屋の鍵束をミミに手渡し淡白に告げる私。ミミもアイリスも驚いている様子だ。


「直接この手で? じゃあ、これが最後の機会になるね。彼女達は明日には上に引き渡され、私達の元からいなくなる。だから、行ってきなよ」

「……ミシェルちゃん」


 心配そうに私の顔を覗き込むアイリスに、私は肩をすくめた。


「ミミに選択させよう。多分、それが良いと思う」

「……良いの、“罠係”?」

「取り敢えず行ってきなって、ミミ。マーサやマリア達の元まで。どうするかは、貴方に任せるからさ。あ、でも、脱獄だけはさせないでね。そんな事にはならないと思うけど」

「だ、駄目だよ! ミミちゃんに、そんな……!」


 強く、アイリスの手を握る。


「好きにさせようよ。じゃないと、ミミ、きっと後悔するよ……今日、自分の復讐に、自分で選択を与えなかった事に。自分自身で決めなかったことに。ずっとずっと引きずるよ。この先、ずっとね」


 私はミミの背中を押す。


「殴りたければ、殴れば良い。刺したければ、刺せば良い。殺したければ……殺せば良い。彼女達を前にして、それでも、結局何も手を出す気になれずにいたのなら、真っ直ぐ帰ってくると良い」

「ミシェルちゃん!」

「……行ってきなって」


 アイリスを押し留め、私はミミを促す。ミミは一度こちらに振り向き、顔を俯かせると、そのまま牢屋の方へ走っていた。


「……どうして?」

「マーサ達はまだここにいる。アメリア達とは違ってね……だから……行くべきなんだ……じゃないと、後悔する」


 尋ねるアイリスに私は答える。しかし、それは自分自身へ向けた言葉のように思えた。


 不思議な気分だ。ミミの事は大嫌いな筈なのに、彼女には後悔してほしくないと、そう思えてくる。彼女に“選択”の機会を与えたいと。


 きっとそれは、不完全燃焼に終わったアメリア達への復讐をミミの復讐に重ねて、彼女に後悔を託した、私の自己満足だったのだろう。

 カネサダが他人の復讐に加担することで己の復讐欲を満たす様に、私もミミの復讐に加担することで己の復讐欲を満たそうとしているのだ。


「……はあ、何だか、面倒な事に巻き込まれたわね」


 疲れた表情を浮かべて述べるのはサラだ。


 私は彼女に向き直り、軽く頭を下げた。


「ごめん、サラ……サラを巻き込んじゃって」

「……全くよ。ミシェル君と相部屋で、本当にもう……散々よ」


 サラはそれから少しだけ顔を赤らめて____頬を掻いた。


「いつもの調子に戻ったみたいね」

「え?」

「いや、さっき……アンタ、別人みたいに……」

「あー……」


 カネサダのフォローがまだだった。アレは何て説明すれば、良いんだ? 兎に角、適当に誤魔化そう。


「何か、ちょっと……興奮しちゃって……うん」

「もしかして、あっちが地だったりするの? だとすると、ミシェル君……結構、ナンパ男よね」

「い、いや! こっちが本当の私だから」

「……ふーん」


 腕を組んで私の顔をじろじろと眺めるサラ。そうだ、丁度いい機会だから____


「……サラ、その……あの日の事は、本当にごめん」

「……あの日? ……ああ」


 サラの恐怖症に触れてしまったあの日以来、私達はずっと喧嘩状態にあった。喧嘩状態とは言っても、私がサラに一方的に無視されているだけのことだったが。


「もう二度とあんな事は……だから……許してとは言わないけど……兎に角、ごめん……」


 ぽつぽつと申し訳なさげに言葉を繋げる私に____


「……うん……その、私の方こそ……」

「サラ?」

「……ごめん、あの時は……言葉がひどかった……ごめん」


 そっぽをむいて謝るサラ。照れ臭いのか、頬が真っ赤になっていた。


 目を見開く。サラが私に……。こんなことってあるのか。あのサラが。


 彼女はそれからぶっきらぼうに吐き捨てる。


「か、髪結びなさいよ、ミシェル君。後ろ髪を」

「え?」

「あと、言葉遣いもさっきみたいに、少しだけ乱暴にして……そうすれば……」

「……そうすれば?」

「……割とイケるんじゃないの?」


 首を傾げる私。


「イケるって……カッコいいって事?」

「……うん」

「後ろ髪結んで、言葉遣いを乱暴にしたら、また一緒に寝てくれる?」

「____また一緒に寝るって、何の話……ミシェルちゃん?」

「うわっ」


 私とサラの会話に割り込んでくるアイリス。何か、目が怖い。


「一緒に寝るって……ミシェルちゃん、どういう事? ……まさか……」

「へ、変な勘違いしてんじゃないわよ、アイリス! ミシェル君……アンタ、言い方! 誤解を生むような言い方、止めなさいよ!」

「い、いたたた」


 慌てふためくサラに頬を引っ張られる。


「い、一緒の部屋で寝るって意味だから……別に一緒の毛布でとか……あと、そういう……夜の営みとか……そういうのじゃないから! ほら、私、いつもベランダで寝ているでしょ? サラが良いのなら、屋内で寝たいなって……」


 引っ張られた頬をさすりながらアイリスに説明する。


「……うん、そう、だよね……ごめんね、変な誤解して」


 私の説明に、一応納得した様子のアイリス。

 誤解が解けたようで、三者、安堵の吐息を吐いた。サラはそれから怒ったように何処かに行ってしまう。


「ミシェルちゃん、さっきの……アレ、何のつもり?」

「さっきの?」


 サラがいなくなり、アイリスがそっと私に身を寄せて尋ねる。


 さっきとは……どのさっきだ? と、思ったが、片頬を押さえ、顔全体を紅潮させるアイリスを見て、彼女が何の話をしているのか察する。


 片頬、アイリスが手で押さえているその部分は、カネサダ____私の身体が彼女にキスをした場所だ。


「……さっきのキスって、何で?」


 ……あー……そう言えば、そのフォローがまだだった。一番重要なフォローが。

 全く、カネサダは何てことをしてくれるんだ。


 頭を抱えたくなる衝動を抑え、私は必死に何か上手な言い訳を考える。


「……えーと……」


 駄目だ。何も思い付かない。どうやっても誤魔化せない。もう適当に「頬にパン屑がついていた」とかにするか? いや、それはないだろう。


「……ねえ、ミシェルちゃん?」


 ……。


 押して駄目なら引いてみろ、と言う言葉がある。


 ____しかし、私は逆も然りであることを知っている。即ち、引けないのなら、押すしかないと言う真理だ。押して押して、兎に角、押す。


「……わっ!? え、ミ、ミシェルちゃん!? ……え?」


 何故、アイリスが驚きの声を発したのか?


 ____それは、私が彼女の頬にキスをしたからだ。


「な、な、な……何で?」

「アイリスが無事で、良かった」

「え?」


 呆然と目を丸くするアイリスに、私は安堵の笑みを浮かべた。そして、からかうような口調で____


「何赤くなってんの、アイリス?」

「いや、だって……」

「頬にキスぐらいで」


 肩をすくめる。


「もしかして、嫌だった? ごめん、アイリスが無事で、それで感極まって、つい……」

「別に嫌とかじゃないんだけど……でも……」

初心(うぶ)だなあ、アイリス。友達同士なんだから、キスぐらい挨拶みたいなもんでしょ?」

「え? ……うーん」


 眉間にしわを寄せて、唸るアイリス。このまま押し切ろう。


「意識し過ぎだよ、アイリス」

「……そうかなあ」

「そうだよ! 全く、アイリスは! 頬にキスぐらいで!」

「……うん」


 どうにか、丸め込められそうな雰囲気だ。


 ……よし、一件落着!


「……うーん……まあ、キスぐらい……?」


 再び頬を押さえ、アイリスは首を傾げる。


 ……うん、勢いでさっきはキスしたけど、必要あったかな? まあ、こういうのはノリが大切だから。押して押して、勢いで流す。これに限る。


『お前、割と無茶するよな』


 腰元のカネサダが一言。貴方には言われたくないという奴だ。


「……あの力は何だ、ミシェル」


 アイリスを押し退け、今度はラピスが尋ねてくる。


人工魔導核(フェクトケントゥルム)も無しに、あの一瞬で……お前は何をした?」


 カネサダの“固有魔法”の事だろう。


 話しても問題はないだろうか?


 私は少し考え込んだ後____


「人間の中には、その身体に魔導核(ケントゥルム)を宿す者がいるのですが____」


 カネサダの存在は隠し、私は人体に宿る魔導核(ケントゥルム)と“固有魔法”の説明を始める。カネサダの事は誤魔化すので、私は“超再生”と“時間停止”、二つの“固有魔法”を持っているという事にした。


「……人間にも魔導核(ケントゥルム)が……そして、“固有魔法”……」


 暗く考え込むラピス。


「危険な力だ」


 と、一言告げる。


「……危険ですか?」

「力そのものに危険性はない。が、生命の危機を体験することで得られる力。もし、その存在が広く知られてしまえば……」


 非人道的な手法により研究がなされていた人体に宿る魔導核(ケントゥルム)。ラピスの慧眼が瞬時に察したように、それがはらむ悲劇の危険性から、一度は歴史から葬り去られた業だ。


「ミシェル、お前はその知識をどこから得た?」

「……」


 当然、尋ねてくるか。


 何処から? カネサダから得た情報なのだが……。


「私の魔導核(ケントゥルム)が覚醒した時、私の中に、何かこう……宇宙的な何かから知識が流れ込んできて……」

「宇宙的な?」

「えーと、神の啓示的な……」

「……うーむ」


 唸るラピス。いまいち納得できていない様子だったが、スピリチュアルに誤魔化そう。


「兎に角、私は、何かよく分からないですけど、知ったんです」

「……そうか。ミシェル、それは良いとして、この事は口外するな。力もあまり見せびらかさない方が良い。まあ、これまでもそうしてきたのだから、今更私が釘を刺すまでもないが」

「はい」


 頷く私。それから、私とラピスはアイリスとサラを残して、拘置所を出た。向かう先は騎士団本部。深夜だが、夜勤の事務官騎士が控えている。今からその場所に赴き、マーサの告発を行うのだ。


 私の手元には証拠があった。


 それは記録石(ログストーン)。カネサダが私の身体を乗っ取った際、密かに起動させていたものだ。この魔道具の中にはマーサとカネサダの会話が記録されており、その中で____


「でも、最後に勝つのは……勝ったのは私ですわ! 今頃あの女はオーク共の玩具! 私がやったのですわ! 私がアメリア・タルボットを! 私の華麗な策略で! ふふ、あはは……あははは!」


 と言う上記の発言が、前後の会話の流れから、マーサがオークと結託し、アメリア隊を罠にかけたと言う事実への証言になると思われる。


「ミシェル、お前、二重人格なのか?」

「……え? ああ……うーん、かも知れませんね」


 道中、ラピスがそのような事を口にする。否定するとまた色々と言い訳を考えないといけないので、適当に彼女に賛同することにした。


「心に深い傷を負った者は、その防衛のために人格を分離させる事があると聞く。ミシェル、もし日常生活に支障をきたす程症状が進行するのであれば、精神科医に診て貰うと良い」

「はい」

「……それと」


 不意に立ち止まるラピス。夜の道路。通行人はいないが、わざわざ道の真ん中で止まる事もないのに。


 同じく立ち止まる私。その袖をラピスが親指と人差し指でちょこんと摘まむ。


 ……え、何? 何で、そんないじらしい事を? 困惑する私に____


「ミシェル、急な話で済まないが……その……私の、妹にならないか?」

「え……妹?」


 躊躇いがちに問うラピス。私はその言葉に更に困惑を深める。


「私の家に……チャーストン家に来ないか? 養子として」

「……どうしてですか?」

「……」


 黙り込んで袖口を引いた後、ラピスはふうと息を吐いて手を握って来た。


「私は隊長になるらしい。エストフルト第一兵舎に新たにラピス隊が組織される」

「え、隊長!? ほ、本当ですか? ……おめでとうございます、ラピス副隊長!」


 めでたい事だ。まさか、ラピスの部隊が出来上がるとは。

 チャーストン家の人間とは言え、十六歳で隊長。しかも、エストフルト第一兵舎というエリート集団の。これは史上稀にみる……いや、初のことではないだろうか。これもひとえに、ラピスの優秀さが認められての事だ。


「……それで、副隊長なのだが……お前に務めてほしいのだ」


 衝撃の発言。


「副隊長? 私が? いや、だって、私は……その、みなしごで……」

「そうだ、みなしごだ。副隊長がみなしごでは、風当たりが強くなる。だから、お前はチャーストン家の養子になるのだ。私の妹____ミシェル・チャーストンに」

「……私がチャーストン家に? いや、でも……迎え入れて貰えますかね、私なんかが」


 勘当されたドンカスターの娘。いや、娘を偽る息子。それを抱える事のリスク。チャーストン家の人間が私を許容するとは思えない。


「私に任せろ」

「……任せろって」

「分家の娘になるぐらいなら、何とかなるだろう。チャーストン家は内部の権力争いが激しい。場合によっては、お前はそれを有利に進める駒として重宝されるはずだ。騎士学校首席卒業の称号。エストフルト第一兵舎の騎士として肩書。今回のマーサの罪を告発した手柄。何より、これは諸刃の剣になるが……ドンカスターの血筋」

「……」


 確かに、色々と材料は揃っている。上手い事交渉すれば、あるいは……。


「そこまでして、どうして私を副隊長に?」


 そもそもの疑問を投げかける。私はどちらかと言えば、平隊員として剣を振るう方が戦力として有益な筈だ。副隊長にする必要はない。


「一緒に来て欲しいんだ、ミシェル」

「来て欲しいって……何処にですか?」

「上にだ」


 騎士団上層部にということだろう。


「最近のお前を見ていて……私の中に、変化があった。騎士団内部に横行する腐敗や不正。私はただ、軽蔑するだけで、特に何かを変えようとは思わなかった。だが、アメリアに剣を向けるお前を目にし、私も立ち向かいたいと思うようになった。私はこの騎士団を……あるべき姿に正したい」


 私の手を握るラピスの力はいよいよ強くなる。


「私には力が必要だ。私はやがて、実働部隊を去り官僚騎士となるだろう。だが、一人の力などたかが知れている。信頼できる仲間が欲しい。それはミシェル、お前だ」


 未だかつて受けたことのない熱い視線に、戸惑ってしまう。


「お前はラピス隊の副隊長から、やがてミシェル隊の隊長になる。そして、その後は指揮官騎士となれ」

「……指揮官騎士」


 実働部隊を束ねる、騎士団の中でも直接武力を統括する役職だ。軍部の中の軍部。官僚騎士と双璧を成す騎士団の心臓部分とも言える。


「指揮官騎士は度々戦場に立ち、直接剣を振るう。お前が成り上がるにはうってつけの立場だ」


 指揮官騎士は所謂“英雄”に近い存在と言われている。騎士達の戦意を高める象徴としての機能も期待されているので、その立ち位置には“強い個人”が求められ、指揮官騎士達は彼女達で独特の社会を形成しているらしい。やや旧時代的な社会が。


「私は官僚騎士のトップに。お前は指揮官騎士のトップに。そして、私かお前____どちらかが、リントブルミア王国魔導乙女騎士団団長になり、竜核(ドラコ)を手にするのだ」

「……騎士団団長……竜核(ドラコ)……」


 竜核(ドラコ)____正式名称は竜神型人工魔導核ドラコ・フェクトケントゥルム

 これは、本来ならば竜神教会に認められた正当な王族、その中でも治世に足ると見なされた君子のみが手にする事を許された神聖なもので____それを持つ者はありとあらゆる法を超越した絶対の存在となる。即ち、その者のいかなる行為も司法の裁きを受けなくなり、正当な行為として認可されるようになるのだ。


 竜核(ドラコ)を持つ者は、現在リントブルミア王国に三名____

 第一位の竜核(ドラコ)は国王の手に。

 第二位の竜核(ドラコ)はエリザベス王女の手に。

 そして、第三位の竜核(ドラコ)は権限の委託という形で騎士団団長の手に。


 リントブルミア王国魔導乙女騎士団のありとあらゆる行為は、法を逸脱したものでも、騎士団団長の認可を事後に与えられることで、正当な行為として処理されるのが現在の体制だ。


 それは、騎士団に蔓延る腐敗の温床となり、しかし____


竜核(ドラコ)さえあれば、騎士団を、この世界を正すことが出来る。腐敗や不正を排し、そして____お前を虐げて来た者達に、然るべき、正当な裁きを与えることが出来る」

「……裁きを」


 魅惑的な響きだった。


 竜核(ドラコ)を手にする道は険しい。しかし、その成就の果て、私は強力な復讐の鉄槌を手にすることが出来る。


「私達は騎士団によって苦しめられてきた。だから、壊そう。ミシェル、私達は“騎士団を壊す者”になるんだ」


 そうだ、騎士団だ。私は騎士団と彼らが敷く秩序によって苦しめられてきた。

 私とラピスは騎士団内部に渦巻く権力闘争の被害者だ。アイリスとアメリアの一件も、騎士団によって悪評がアイリスの方に被せられ、歯痒い思いをした。


 騎士団が憎い。だから、復讐しなければならない。壊さなければならない。


 そして今、その希望が私の手の内に舞い降りて来た。


 だから____


 私は“騎士団を壊す者”になる。


「ラピス副隊長、分かりました。……私を妹にして下さい」


 ラピスの手を握り返す。


 妹への誘いを断る理由などない。


「ああ、頼むぞ、ミシェル」

「はい!」


 満足そうに頷くラピスに、威勢よく頷き返す私。


「……良かった、お前が妹になってくれて……」


 安堵の溜息を吐くラピス。


「ミシェル・チャーストン……になるんですよね、私……まだ確定じゃありませんけど」

「どうせなら、ミシェル・D(ドンカスター)・チャーストンと名乗ってみてはどうだ?」

「え?」

「気が進まないのなら良いが、そちらの方が名前のブランドが上がるぞ」


 リントブルミア王国の貴族は、旧姓をミドルネームにする習慣がある。


 例えば、鞘の漆塗りの件でお世話になったフィッツロイ家の十郎は、十郎・樋口・フィッツロイと旧姓の樋口をミドルネームとして名乗っている。


 即ち、私がチャーストン家の養子となり、貴族の息女の地位を手に入れた場合、ミシェル・D(ドンカスター)・チャーストンと名乗ることが出来るのだ。


「四大騎士名家の第四席ドンカスター。第三席チャーストン。この二つの家名を持つとなれば、第二席ベクスヒル、場合によっては第一席アンドーヴァーにも名前で負けない」

「アンドーヴァーにも……」


 それはさすがに言い過ぎのような気もするが、二つの家名を持つことは大きな強みになるだろう。


 よし、決めた。


「私、ミシェル・D(ドンカスター)・チャーストンと名乗ります! ラピスお姉様!」

「お、お姉……?」

「あ、すみません、気が早かったですか?」


 頬を掻くラピス。


「あ、いや……まあ、好きに呼んで欲しい」

「照れてます?」

「うむ……お姉様、か……久しぶりに、そう呼ばれたな……」


 と、少し切なげに呟く。


 久しぶり? もしかして、妹か弟がいたのだろうか?


「ミシェル」

「何ですか、ラピス副隊長」

「もう一度、その……お姉様と……呼んではくれないか?」

「ラピスお姉様」

「う、うむ」


 頬を掻き、口元を少しだけ綻ばせるラピス。だけど、やはり何処か切なげだ。


 私達は騎士団本部へとまた歩き出した。


 並んで歩く私達は、もしかして姉妹に見えたりするのだろうか。

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