第二十二話「カネサダ:刀として」
聖歴1320年。俺はリントブルミア王国の名門貴族ホークウッド家に生を受けた。
時は“英雄の時代”。暴力が正義を名乗るこの時代、リントブルミア王国は、北はヨルムンガンディア帝国、西は神聖アンフィスバエナ帝国に挟まれ、両国からの板挟みの実効支配に甘んじる弱小国だった。
そんな国際情勢の中、ホークウッド家は親アンフィスバエナ派の貴族として知られ、密かに祖国とかの神聖帝国との併合を進めていた。十四世紀の初頭から王国内に吹き荒れていた過激なナショナリズムは、これを売国行為として許さず、ホークウッド家は国家反逆罪で一族郎党虐殺。当時七歳だった俺は辛うじて処刑を逃れ、暗黒街へと姿を消した。
その後、俺を待っていたのは糞のような生活。食べるもの、着るもの、寝床、何もかも俺にはなかった。
だから、奪った。幸い、俺には力があり、それ故に生き残った。
殺して奪い、また殺して奪う____そうしている内に、俺の中に激しい憎悪が生まれる。
糞ったれな王国。糞ったれな世界。糞ったれな人間共。俺は復讐を誓った。この世界から全てを奪う事に。
闇社会で暴れている内に、俺の名前は次第に大きくなっていく。俺の元に人間が集まり出した。
俺の力に引き寄せられた力は、更なる力を呼び込む。
初め、俺達はただの野盗団だったが、規模が大きくなるにつれ、傭兵団へと姿を変えた。
傭兵団____その名は“白銀の団”。俺の銀色の髪からその名を与えた。
俺と“白銀の団”は“スワナ事件”及びその後の大戦の勝利を経て、英雄となる。
俺は全てを手に入れた。
富、権力、名声____しかし、それらは俺を満たしはしない。
俺は復讐に憑りつかれていた。復讐と言う行為そのものに。だから、俺は更なる復讐を求めた。
自分のものではない、誰か他の者達の復讐に加担することで、俺は自身の復讐欲を満たすようになる。
諸行無常____
誰かの復讐のために生きるようになった俺にも、やがて終わりの時が来た。老衰だ。
……だが、終われない。俺はそう思った。まだまだ、復讐し足りないと。
だから、俺はとある秘術を試すことにした。それは人の魂を物体に移すもので、成功率の極めて低い危険な業だった。失敗は死を意味する。
カネサダ____それは極東の島国アウレアソル皇国で手に入れた俺の愛刀。この一振りに俺は自身の魂を移植することを決意する。
俺は刀になった。大英雄フランシス・ホークウッドはその愛刀カネサダそのものとなったのだ。
幸福だった。俺は復讐者を見つけてはその手に渡り、その結末を見届けた。
ある者は勝利を。ある者は敗北を。ある者は栄光を。ある者は破滅を。俺にとって、その全てが尊い記憶となる。
そして、今____俺はとある少年と共にいた。
俺と同じ銀色の髪を持つ、女みたいな男____ミシェル……いや、ミカと。
「オラ、きびきび動けお前ら!」
ミカの身体を借りて、指示を飛ばす俺。
マーサ達との戦闘。実に呆気ない決着だった。“固有魔法”で時間を止め、その隙にマーサ隊の騎士共に昏倒の一撃を加える。それで全て片付いた。
夜の森には気絶して動かなくなったマーサ隊の騎士達。俺はアイリス、ラピス、ミミ、サラに縄か手錠を持ってくるように伝え、奴らを拘束するように命令した。
「おい、馬鹿、アイリス! 服は全部脱がしてから拘束しろって言ってんだろうが!」
「え、で、でも……ミシェルちゃん……」
「いいから指示通り動け! 服は脱がして、下着一枚にする。下着も中をしっかりと調べて、何も隠し持っていないことを確認しろ!」
「う、うん……ごめん」
気絶した騎士達の服は剥ぐように指示を出した。本当なら全裸のまま縛り上げたかったのだが、ミカに口を挟まれ、下着の着用は妥協する。
「おい、ラピス! マーサ隊の騎士達はこれで全部か?」
「全部だ。……なあ、ミシェル」
「あん? なんだよ、ラピス」
「あ、いや……お前、どうした? 何だか、さっきから別人のような……」
「あー……うん……いーから、作業に戻れ」
面倒臭かったので、手でラピスをしっしと払いのける。
『ちょ、カ、カネサダ! ラピス副隊長にあんまり失礼な……』
ミカに文句を言われる。知らねえよ。後で適当にフォローしやがれ。
「おい、ミミ! テメエ、さっきからぼーっと突っ立って! ちゃんと手を動かしやがれ!」
「……」
死んだように佇むミミに怒鳴る俺。生気のない顔をこちらに向け、ミミは溜息を吐いた。
「一体……何が、どうなってんのよ」
「それは後で説明する。いいから、今はこいつら縛るの手伝え」
命じるが、動く気配がない。俺は溜息を吐き、ミミに背を向けた。駄目だアイツ。まるで死人だ。
「ミシェル君」
「どうした、サラ?」
サラに呼び止められる。いつも通りのむすっとした表情を浮かべていた。
「こっちは終わった。次はどうすれば良いの?」
「アイリスの奴を手伝ってくれ」
「分かった」
頷いて、立ち去ろうとするサラ。そんなサラの肩を小突く。
「サラ、お前もう少し愛想よくしろよ。いつも怒ったような顔しやがって」
「……え? ……いや、アンタには関係ないでしょ」
目を細め、サラは不機嫌そうな声で告げた。
「お前、笑えば美人だぞ。少なくとも俺が抱きたいと思えるぐらいにはな」
「な!?」
顔を真っ赤にさせるサラ。初々しくて、これも中々にそそる。
『カネサダ! ちょっと、やめなよ!』
ミカの叱責が飛ぶ。俺は相棒の言葉を無視して更に押してみた。
「あんま自覚してねえようだからこの際言わせて貰うけど、お前、上玉だからな。今のうちに男への媚の売り方とか覚えとけば、騎士ってブランドも相まって、将来良い男掴まえられるぜ」
「……上玉って……私が? そ、そうなの?」
「もっと自分の容姿に自信を持て。それに、お前、スレンダーに見えて結構エロい身体つき____」
『カネサダ!』
やべえ、ミカが相当お怒りだ。これ以上のおいたはよしておこう。ミカにもミカの体面があることだし。
「……ア、アイリスの手伝いに行ってくるね」
サラは少し俯き、顔を真っ赤にさせたまま去って行った。俺はその背中を得意げな瞳で見送る。
「おい、見たか、ミカ! アイツ、満更でもねえって顔してたぜ!」
『……あのー、カネサダ……もういい加減、身体返してくれないかな?』
げんなりとした声でミカが尋ねる。
「悪いがそれは無理だ。身体の返還は時間経過。俺の意思じゃどうしようも出来ない」
『……じゃあ、せめて……あんまし変なことは控えてよ……本当にお願いだから』
「はいはい」
肩をすくめて、辺りを見回す。
アイリス達の協力もあってか、気絶させたマーサ隊の捕縛は大方完了しつつあった。
いやあ、それにしてもいい光景だぜ。半裸状態で拘束された女騎士達。やっぱ、縛り上げるのは、むさ苦しい男共じゃなくて、華奢な少女達に限る。女騎士万歳! “ロスバーン条約”万歳!
目前の光景に悦に浸っていると____
『……カネサダはホークウッドなの?』
ふとミカが尋ねる。
『ホークウッド本人なの?』
「……」
『さっきさ……マーサに言ってたよね? この俺様こそがフランシス・ホークウッドだって』
頭を掻く俺。そう言えば、感極まってそんな事を口にしたな。
しばらく、押し黙った後、俺は真実を告げる。
「ああ、俺がホークウッドだ。フランシス・ホークウッド本人だ」
まあ、もう隠す必要はないだろう。何故なら、ミカにとって俺は既に____
『どうして、隠してたの? 自分がホークウッドだって』
「どうしてかだと? ミカ、俺の名前を言ってみろ」
『……え?』
「いいから、俺の名前を言ってみろ」
俺の言葉に戸惑った様子のミカ。ややあって、ミカは俺の名前を口にする。
『……カネサダ』
「ああ、そうだ。俺はカネサダだ」
『それがどうしたの?』
「お前は俺を“ホークウッド”とは呼ばなかった。それが答えだ」
『どういうこと?』
分かんねえのか? 風情のない奴だぜ、全く。
「俺は“英雄”としてではなく、ただ一振りの刀として____”カネサダ”としてお前のそばに居たかった。”カネサダ”としてお前との関係を築きたかった。それだけだ」
初めから“英雄”ホークウッドとして接触していたのならば、俺達は今のような関係にはなれなかっただろう。“英雄”の肩書にミカは少なからず委縮していた筈。だから、対等な関係を築き上げるため、カネサダというただの刀として接触する必要があった。
『カネサダが……ホークウッド、か』
「実感が湧かねえか?」
『う、うーん……でも、何か……色々と納得したような……いや、でも、戸惑うなあ……』
まあ、しばらくは戸惑うだろうな。俺はふっと笑みを浮かべる。
「さあて、ミカ! ここからはお楽しみといこうか!」
『え? お楽しみ?』
「この俺が、お前に縄遊びを教えてやるよ!」
はつらつとした声を発し、向かった先は気絶したマリアの元。マリアは今、下着姿の状態で後ろ手に手錠を掛けられている。
「おい、アイリス! こいつ、借りていくぞ!」
「あ、ミシェルちゃん……構わないけど、何するつもりなの?」
「何って、別に何でもいいだろ?」
マリアの身体を担ぎ上げ、暗い茂みに移動しようとする俺。しかし、アイリスに肩を掴まれてしまう。
「……何するつもりなの?」
真顔で尋ねるアイリス。やべえ、目が怖え! 察しが良いと言うか……ったく、面倒くさい女だな、コイツは!
「……あー……あ、そうだ! おい、目を瞑れ、アイリス!」
「……え?」
「良いから!」
怪訝に思いながらも、素直に目を瞑るアイリス。俺はマリアを地面に降ろし____アイリスの頬に軽く唇を押し当てた。
「……!? ミ、ミシェルちゃん……!? キ、キ……え……?」
「愛してるぜ、アイリス! じゃあ、引き続きよろしくな!」
片頬を手の平で押さえ、顔を真っ赤にするアイリス。俺はイケてる捨て台詞を吐いて、早々にその前から立ち去った。小脇にマリアを挟んで。
『カ、カ、カ……カネサダァアアアアアア! な、何やってんだよおおおおおおおおおおおお!?』
ミカの絶叫が脳内に響く。うるせえ。頬に軽くキスしただけだろ。
『変なことは控えてって……! そう言ったよね!?』
「お前、頬にキスぐらいで……」
『キスぐらいでって……ちょっと……私とアイリスの友情は、そう言う……』
「……はあ……これだから、童貞は。……お前、純情すぎるだろ? 頬にキスぐらい、挨拶みたいなもんだぜ?」
その後、ミカは脳内で気が狂ったように喚き始めたが、俺は無視して適当に開けた場所を探す。
丁度良い地面を見つけたので、マリアを降ろし、俺は懐から縄を取り出した。
「ミカ、アウレアソル皇国には縄を使った芸術があるんだ」
『……芸術?』
「ああ、縄と女を使ったな!」
ようやく落ち着きを取り戻したミカに、俺は説明する。
「キンバクと言って、これは、元は縄での捕縛術を芸術に昇華させたものだ。より美しく……そして、より倒錯的に女体を縛り上げる芸術。俺は初歩的なものだが、その技術の一端を学んでいる。今日、俺はお前にもその技を伝授しようと思う」
『……ごめん、よく分からない』
「まあ、見とけよ! お前も気に入ると思うぜ!」
俺はそう告げ、マリアの手錠を外した。
そして、記憶を掘り起こし、かつて学んだキンバクの一つ____後手縛りの実践をする。
まず、マリアの両手首を後ろで組ませ、縄で縛る。そして、手首から出た縄を前面、胸の上部に回し、それを再び背面に持って来た後、今度は胸の下部に回した。
「えーと……この後は、脇に縄を通して……よし……それから……首の後ろ側から胸下の縄に引っ掛けて……」
ぶつぶつと呟きながら、縛りの手順を思い出していく。多少不安だったが、何とか形になっている。
『カネサダ、えーと……何か、これ……』
「よし……どうだ、ミカ! こうすると胸が強調されてエロく見えるだろ? おっぱいが大きく見える!」
『う、うん』
後手縛りの完成だ。多分、これであってると思う。いや、多少間違っていても、兎に角、エロく美しく縛れているのだからそれで正解な筈だ。
一続きの縄で胸の上下と谷間を締める。そうすることで乳房の膨らみを露わにし、女体を強調することが出来るのだ。これぞ、この業の醍醐味。初歩的だが、とても美しいキンバクの技術だ。
「キンバクの一つ、後手縛りだ。後学のために覚えておけ、ミカ」
『うー……うん? え、いや……これ、芸術じゃなくて……所謂、そういうのでしょ? 夜の営みの____』
「馬鹿! キンバクは芸術だ! 芸術の分からない野蛮人め! お前はこれを見て、何を思った!?」
縄に囚われたマリアを指差す。
ミカは黙考し____一言。
『……いやらしい』
「そうだ! いやらしい! エロい! いいか、古来より芸術はエロスとともにあった! エロスとタナトス! それらと親和しない芸術は芸術ではない! だから、これが! これこそが、芸術の完成形なんだ!」
力説する俺。ミカに必死になってキンバクの素晴らしさを伝える。
『う、うーん……芸術ねえ……』
しかし、何故だか反応はいまいちだ。やれやれ、この芸術を理解するにはまだまだ教養が足りないと見た。
「……よし、じゃあ、マリアの奴を起こしてみるか」
『え、ちょっと……』
俺は眠りこけるマリアの身体に触れ、パルス電流を流した。
気付けの一撃を貰い、マリアが目を覚ます。その焦点の合わない目が、あちこちを彷徨った。
やがて____
「……ミシェルさん?」
ミカの名を呼ぶマリア。俺は頷き、にやりと笑みを浮かべた。
「よお、目が覚めたか、マリア」
「……!? か、身体が動かない……! って、え……?」
暗闇の中、自身の身体に目を落とすマリア。その状態を把握したらしく、みるみる内に顔が赤くなっていく。
「……な、な、な……何ですのこれええええええええええええええええええ!? え、し、下着一枚で……!? それに、ちょっと、嫌ですわ、この縄……む、胸の部分に……! な、何なんですの!?」
「ぶ、ぶははははははははははははは! いいねえ、その反応! 良い! おら、今どんな気分だ、マリア!?」
慌てふためくマリアの前にしゃがみ込む。からかう様にその頬をつねった。
「自分が今どんな格好しているか、分かるか? ええ?」
「い、いたたた……み、見ないで下さいまし! 見ないで下さいまし!」
初心な反応。たまらない。これは嫌でも滾ってしまう。
『カネサダ! やめなよ!』
「そうだ、ちょっと待ってろ、マリア! えーと……確か……」
魔導核に意識を集中。俺は一つの魔法を発動した。それは、目の前に大きな姿見を出現させる魔法だ。
「自分の姿、よーく見てみろ。その情けない姿をな!」
マリアの目の前に姿見を据え置く。恐る恐る自分の姿を確認するマリア。
自分がどのように縛られているのか。それを正しく認識した途端、マリアは声もなく口をぱくぱくと開閉し出した。
「は……は……は……え……な、何ですの……これ……?」
「ほら、どんな気分だ?」
「い、嫌あああああああああああああああああああ! 見ないで下さいまし! 見ないで下さいまし! お願いですから、見ないで下さいまし、ミシェルさん! こんな破廉恥な!」
泣き叫ぶマリア。俺は隣で高笑いをした。
「良いねえ、最高だねえ、その表情!」
「い、嫌あ! こ、こんなの、もう……こ、この、変態! 変態! 変態!」
「変態で結構」
目に涙を浮かべ叫ぶマリアに、俺は悠然と告げる。
「さあて……ここにまだ縄がある訳だが……今度は太腿の方を縛り上げてみるか」
「え……や、やめ……ちょっと、触らないで……!」
抵抗するマリアを押さえつける。活きが良い。悪くない。
獲物はこうじゃねえとな!
「知ってるぞ、お前。口では嫌とか言いつつ、結構その気なんだろ? お前、今でもミカの事____」
「放して! 放して下さいまし! こんなの嫌ですわ! 不潔ですわ!」
予想以上の抵抗を見せるマリア。
さて、先程から妙に静かなミカはと言うと____
『カネサダ……一線だけは越えないでね……お願いだから……』
何かもう、諦めきったような声で嘆願した。何だよ、テンション低いな。
「大丈夫だって、ミカ! それにいざとなったら、責任取ればいいだけの事だしな!」
『その責任、取るの私だよね? ……はあ……もう……』