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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第二幕 騎士団を壊す者
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第十七話「ギ族の大将」

「……ぐぅっ!」


 私の放った刃がオークの____ギドラの横腹を裂く。


 温かい血が噴き出し、両者再び距離を取った。


「……」


 手の甲に付着したオークの血を払いのけ、私は先の剣戟を吟味する。


 ____初撃、ギドラの棍棒とカネサダを打ち合わせた私は、彼の次撃を誘い、紙一重でそれを躱した。そして、無防備となったその分厚い首に致命の反撃を喰らわせようとして____魔導装甲に渾身の斬撃を阻まれてしまったのだ。それでもカネサダを強引に振るい、刃を通したのが彼の横腹だった。


「魔導装甲……オークが……魔導の力を……?」


 斬られた横腹を押さえるギドラ。致命傷とまではいかないものの、それなりに深い傷の筈だ。しかし、彼が傷口から手を離した時、流血は既におさまっていた。恐らく、それも魔導の力によるものだと思われる。


「俺らにだって、魔導核(ケントゥルム)はあるんだぜ? テメエら魔導騎士同様、魔導の力も扱えるさ」


 自慢げに豚鼻を鳴らすギドラ。


 理屈ではそうだ。オークも魔物である以上、天然の魔導核(ケントゥルム)をその身に宿している。魔導の力が扱えても不思議ではない。

 魔物の中には魔導核(ケントゥルム)から超常の力を引き出す種族もいる。しかし、ギドラのように____魔導騎士のような芸当をする個体については報告されていない。


「……しかし、予想以上だなお前……おい、テメエら、いいからとっとと撤収しろ! コッチはちぃとばかし時間が掛かりそうだ!」


 ギドラは大きく手を振って、周りに怒鳴り散らかした。


 彼の号令に、オーク達はボロボロになった騎士達を抱え、森の奥へと消えていく。


「……逃がすか!」


 このままでは、アメリア隊の皆がオークの集落に連れ去られてしまう。阻止しなくては。


 撤退するオークの群れに向け、私は地を蹴った。……が。


「テメエの相手は俺様だぜ!」

「……ッ」


 騎士を連れ去るオーク達に気を取られ、私はギドラの横払いを喰らってしまう。


「……があっ」


 地面を転がり、木々の一つにぶつかる。よろよろと立ち上がり、私は牽制するように手に離さず握っていたカネサダをオークに向けた。


「……はあ……はあ……」

「おいおい……無視は悲しいなあ、ミシェルよお。ちゃんと俺様だけ見ててくれねえと」


 棍棒を弄りながら、ギドラは笑みを浮かべる。私は刃を構え直し____


「気安く名前を呼ぶな。……それより、良いの? 貴方一人で? 他の仲間たちは大将を置いて逃げちゃったみたいだけど」


 周囲を注意深く観察する。この場に留まっているのはギドラ一人だけのようだ。彼の部下達は大将には加勢せず、皆とんずらをかましていた。


「ああ、むしろ好都合だ。余計な横槍が入らねえからな」

「……舐められたものだね。私を倒すのには自分一人で十分って事?」

「舐めちゃいねえさ」


 話している間に、私達の距離は再び縮まる。


「お前は俺の嫁にする。これは命懸けの求愛行動だぜ」

「……求愛行動?」

「強いオスにメスは惚れる。だから、一人で戦いに勝って力を示す。お前を娶るため、俺は力でお前を屈服させなければならない」

「まるで野生動物だ」


 侮蔑を込めて言い放つ。そして____


 接近____私はギドラの懐に潜り込み、その太腿に太刀を振るった。片脚を断つために放った一撃だったが、やはり魔導装甲に阻まれ、剣筋は狂ってしまう。


 このオーク、魔導の扱いに異様なほど長けているようだ。

 魔導装甲の強度もそうだが、その展開位置が絶妙に調整されている。普通ならば身体に纏わりつかせるように配置するそれを、僅か前方に浮かせて展開することにより、一太刀で魔導装甲と本体を同時に斬りつける事を阻止していた。


「俺たちギ族はな」


 ギドラがお返しとばかりに棍棒を振り下ろす。が、私の身体には掠りもしなかった。

 お生憎。彼の攻撃はもうほとんど見切っている。躱すのは容易い。


「代々、乙女騎士にその子供を孕ませてきた。だから、俺たちはオークの種族の中でも最も強く、知性が高い」


 自慢げにギドラは語った。


「優秀な血を後世に残す事。それは、ギ族の大将である俺様の使命であり、抗いがたい欲求だ! 俺様はテメエを手に入れる! そして、優秀な息子を産ませる! 何人も何人も!」

「____生憎だけど」


 興奮気味に言葉を並び立てるギドラに私は冷ややかな目を向けた。


「私は二つの理由で、貴方の子供を産むことが出来ない」

「二つの理由だと?」

「一つは、私が男性である事。男じゃどうやったって子供は産めないでしょ?」

「ん……は? お前、何言って……」

「もう一つは」


 面食らう豚面を睨み、私はカネサダを振るった。


「貴方じゃ私には勝てないと言う事」


 斬撃は毎度の如く魔導装甲に阻まれる。刃はオークの二の腕を軽く掠っただけだった。


 ギドラの反撃が来る。


 振り下ろされる棍棒。私はそれを____返す刀で両断した。


「……なあ!?」

「絶妙な位置に魔導装甲を展開し、斬撃を上手く逸らす」


 吹き飛ぶ棍棒の胴体。驚愕するギドラの胸に私は飛びこんだ。


「それは魔導騎士にも難しい、優れた芸当____だけど」


 渾身の力を込めて、私はギドラの顎を殴りつけた。


「この距離なら関係ない」


 拳の一撃を喰らい、ギドラが仰向けに倒れる。私は彼の首にしがみ付き、身体を密着させた状態を維持した。


「……ぐっ……い、いてえ……」


 呻き声を発するギドラの喉元にカネサダの切っ先を突き付ける。


 勝負ありだ。


 私は微動だにせず、オークの大将を睨む。彼は不思議そうな目で私を見つめていた。


「……? ……何で殺さねえんだ、テメエ……俺の負けだぞ……」

「聞きたいことがある」


 目を鋭く光らせ、私は告げる。


 そう、私には彼に尋ねなければいけないことがあった。


「……どうして……どうして、あんな場所に(、、、、、、)罠を仕掛けたの?」

「……」


 黙り込むギドラ。その沈黙こそ、真実の秘匿を意味していた。


 私は言葉を続ける。


「貴方達の罠。あれ、防衛用の罠じゃないよね? オークのキャンプ地はこことは違う方角に形成されている筈。あの罠は……そう、捕獲用の罠。騎士達を無力化し、捕えるために仕掛けられたもの」

「……それがどうした」

「罠はアメリア隊の調査ルート上に沿って仕掛けられていた。ルート上にのみ、一切の無駄なく。まるで、そこをアメリア隊が通過するのを知っていたかのように」


 私の中で、一つの推測が組み上がっていた。


 それは、口にすれば他人様から嘲笑を受けるような、馬鹿馬鹿しいもの。しかし、決して捨て置くことの出来ないもの。


 私は自身の推測を口にする。


「貴方達、人間と____騎士団の誰かと通じ合っている……違う?」

「……」


 ギドラの目が泳ぐ。彼の口が否定の言葉を述べることは無かった。その態度を目の当たりにし、私の馬鹿げた疑念は確信へと変わる。


 信じたくはないが____


 騎士団内にオーク達と通じ合っている者がいる。そして、今回の悲劇はその裏切り者とオーク達が結託して引き起こされたものだ。

 何者かがアメリア隊の調査ルートをオーク達に伝え、罠を張り巡らせて待ち構えさせたのだ。


「誰だ?」


 カネサダの切っ先をギドラの肌に食い込ませ、尋ねる。


「誰が貴方達と通じている?」


 脅す様に私はカネサダでオークの喉元の皮膚を軽く裂く。恐怖で口を割らせるためだ。


 ギドラの返答は____


「……知らねえなあ」

「……」


 すっとぼけた口調で低い声を出した。私は溜息を吐き、一つ忠告をする。


「素直に吐いた方が良いと思うよ?」

「……へへっ、知らねえって言ってんだろ?」


 ふざけた笑みを零すギドラ。舐められている。余裕の表情を浮かべる彼に、私は額に青筋を立てた。


 声を荒げ____


「……吐けって言ってるだろ、このブタ野郎ッ!」

「ゴホォッ!?」


 靴底で思い切り彼の豚鼻を踏みつけた。鼻柱が折れ、鼻血が靴を汚す。


「左耳」


 苦痛の声を漏らすギドラに、私は告げる。


「右耳、左目、右目……」

「な、何だ、何を言ってやがる……」

「私が尋ね、貴方がすっとぼける度に、一つずつ壊していくから」

「……な!?」


 ギドラの目に恐怖が映った。私は氷の様に冷たい視線を与え、再度尋ねる。


「誰と通じている?」


 ギドラの身体が僅かに震えるのを感じる。彼は咳払いをして、一つの名前を口にした。


「……ユナだ。ユナという名の騎士」

「……ユナ? 下の名前は?」

「……確か」

『おい、ミカ』


 突然カネサダが口を挟む。


『コイツ、適当な名前言ってやがるぞ。痛い目見させてやれ』


 成るほど、オークの分際でとんだ山師のようだ。素直に口を割るかと思いきや、悪足掻きを。


 私に嘘は通じない。こちらにはそれを見通すカネサダがいる。


「忠告だ」

「は? ……っあぎゃあああああああああああああああああああ!?」


 約束通り、私はギドラの左耳をカネサダで斬り落とした。鮮血が噴き出し、彼の口から木々を揺らす絶叫が放たれる。


 しばらく、苦し気な声を漏らしていたギドラだが、やがて静まり、私はその瞳を覗き込む。


「私に嘘は通じない。心するように」

「……わ、分かったよ……くそっ……」


 恨めしそうにギドラは吐き捨てる。さすがに懲りて、もう嘘は吐かないだろう。吐いたとしても、こちらにはカネサダがいる。


 そして、ギ族の大将が口を開いた。飛び出た真実の名前は____


「……マーサ・ベクスヒル」

「……!? マーサ!?」


 マーサ・ベクスヒル。その名前に目を丸くする。


「……カネサダ!」

『……真実だ。嘘じゃねえ』


 思わずカネサダに確認を取る。ギドラの言葉を彼は肯定した。


 呼吸が荒くなる。


「どうして……どうして、マーサが!? どうして彼女が……よりにもよってアメリア隊を!?」


 マーサはアメリアの同期であり、親友だった。その彼女がオークと通じ、アメリアを、親友を売るような真似を。


 頭が混乱し、半ば放心状態になる。カネサダが保証する以上、ギドラの言葉に嘘偽りは無い筈なのだが、それでも信じられなかった。


「……おらぁッ!」

「……!?」


 動揺。それは警戒に隙を生む。そのため、私はギドラの逆襲の対応に遅れてしまった。


 振るわれる拳を辛うじて避け、背後に跳躍。ギドラも素早く立ち上がり、腰巻から何かを取り出した。


 私が剣を構えるより先に、彼は取り出した筒状の何かを放り投げる。


 火花。私の目に、着火済みの導火線が映った。


「……しまっ____」


 大爆発が発生し、森の空気を震わせる。咄嗟に魔導装甲を展開するも、爆発の威力に耐え切れず、呆気なく砕け散った。


 何て威力の爆弾だ。


 爆風に煽られ、後方に吹き飛ばされる私。身体を何度も地面に打ち付け、辿り着いた先でぐったりとなる。


 薄目を開き、前方を確認。ギドラの追撃を警戒したが____彼は一向に姿を現さなかった。


 立ち上がり、覚束ない足取りで元の場所に戻る。向かう途中でカネサダを見つけ、私は彼を弱々しく拾い上げた。


「くっ……あ、あのオークは?」


 本来ならば、身体は爆発に巻き込まれて碌に動かない状態の筈だったが、私の“固有魔法”はそれを十全に動き回れるまでに回復させていた。


 爆心地に戻る。辺りを見回す私。そこには誰も居なかった。


「……逃げられた?」


 すぐさま追いかけようと地を蹴るが____


『よせ、ミカ。もう間に合わない』

「……でも」

『それに危険だ。今の状態でオークの領域に乗り込むのか?』

「……」


 森の地面に座り込む。頭を抱え、わしゃわしゃと髪を乱した。


 駄目だ。頭が未だに混乱している。


 マーサがオークと通じている? あり得るのかそんな事。ベクスヒル本家長女の彼女が。


 いや、これは現実だ。信じられないことに現実なんだ。


「……そう言えば」


 私はラピスの話を思い出す。

 今回のアメリア隊の調査ルート。それを強く勧めたのはマーサだった。彼女はアメリアを嵌めるために、その計画を進めていたのだ。


「どうして、アメリアを?」


 二人は親友で、傍目にも仲良しに見えた。しかし、マーサは態々(わざわざ)アメリアをオークに差し出したのだ。


「何が起きているの、カネサダ!」

『落ち着け、状況を整理するぞ』


 カネサダが私とは対照的に冷静な声を発した。


『マーサはオークと通じている。いや、正確にはあのギ族とだ。そして、アメリア隊の調査ルートをあの大将に伝え、まんまと罠に嵌めた。計画は成功し、アメリア隊は奴らに連れ去られた。今分かっているのは、これだけだ』


 カネサダが淡々と事実を羅列していく内に、私も幾分か冷静さを取り戻した。


「オークが人間の言葉を話すなんて……カネサダは知ってた?」

『あそこまで流暢なのは初めてだな』

「人間と協力関係を結ぶことは?」

『それには俺も驚いたぜ』


 どうやら、カネサダにも衝撃の事実だったらしい。


『しかし、マーサ……あのマーサ隊の隊長、オークと通じ合っているとはな。こりゃ、騎士団……いや、人類への反逆行為だぞ』

「……どうしよう」

『あ?』


 顎に手を添え、考え込む。


「この一件、騎士団に報告するべきかな? アメリア隊の皆がオークに連れ去られた事、これは勿論上に伝えるべきだけど……マーサの事は……」

『マーサの事、報告しても信じて貰えないだろうな』

「うん……証拠がない以上、“罠係”の世迷言として片付けられる筈」

『その上、マーサ……いや、ベクスヒル家に目を付けられ、最悪……』

「最悪、消されるかもしれない」


 騎士団にマーサの裏切りを伝えても、碌に調査が行われないまま報告は揉み消されてしまうだろう。しかも、ベクスヒル本家長女にあらぬ疑いを掛けたとして、ただでさえ不安定な私の立場が更に危なくなる。


「……どうすれば」


 マーサの報告は控えるべきだろう。いや、控えなければならない。しかし、だからと言って、彼女の事を捨て置いても良いものなのか?


 森の奥地。オーク達の消えた暗闇を見据え、私は頭を抱えるのだった。


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