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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第四話「その一刀を手に」

 ……おかしい。


 私は目の前のアサルトウルフである筈の異形を注意深く観察する。


 黒い体毛を持つ、通常の狼よりも一回り程大きな魔物。それがアサルトウルフだ。


 以前交戦したこともあるので断言できるが、目の前の黒狼はアサルトウルフに違いなかった。魔物は魔導核(ケントゥルム)を持ち、種によって固有の魔導波を放つ。複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムを装備することで、その波動の感知能力を得た私には、魔物の種族の同定が可能だった。


 しかし私の持つ知識は、その感知能力と別の結論を出している。


 目の前の魔物はアサルトウルフではない、と。


 アサルトウルフは言ってしまえば、体格が大きく凶暴であること以外は普通の狼とほとんど生態の変わらぬ生き物なのだ。魔物の中には魔導核(ケントゥルム)から超常の力を引き出す種族もいるが、アサルトウルフにそのような性質は報告されていない。


 硬質化させた体毛を逆立てることで、鎧の様に剣技を防ぐ。それは、私の知っているアサルトウルフの生態ではない。


 だから、分からない。


 目の前の魔物は、果たしてアサルトウルフなのか……それとも別の何かなのか。


 しかし、今はそんなことどうでも良い。重要なのは、存在の解明ではなく、この状況への対処____すなわち、眼前の魔物をどのように屠るかだ。


 体毛で覆われていない部分にならば剣技は通用するだろうが、その場合の急所は真正面からの両目への刺突に限られる。未知の存在相手にそれは危険な行為だった。


 なので、剣は捨てる。斬撃が効かぬのならば、打撃……いや圧死させるまでだ。


 私は片手で剣を揺らしてアサルトウルフを牽制しつつ、もう片方の手で複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムを強く握って念じる。


 この魔道具は魔導騎士に常人離れした身体能力を授けるものだが、それは魔導核(ケントゥルム)の機能の一つに過ぎない。

 赤い宝珠が与える魔導の力は、持ち主に“魔法”の行使を可能とさせる。


 魔法。それは、おとぎ話の中にのみ存在する万能の力。羽根もないのに空を飛び、何もないところから黄金を湧かせ、人間をネズミの姿に変える。自然科学と対を成すもう一つの科学である魔導とは異なり、理論も因果も関係なく望んだ成果を生み出す不思議な力。


 そのデタラメな力の一部を複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムは再現することが出来るのだ。


 その一つが、念動力。離れた物体を手で触らずとも自由自在に動かす異能の力だ。


 私は念じる。動け(、、)、と。


 途端、室内の椅子、机、棚、花瓶などの小物までが何者かに持ち上げられたかのように浮遊する。


 アサルトウルフが首を回す。その身体が室内の異様に警戒するように後退り、吠えた。


「潰れろ!」


 私が手の平を魔物へと向けると、室内の浮遊物が一斉にその身体に殺到する。剣の効かぬ敵に対して取った私の一手は、部屋中の置物を用いた圧殺だった。


 ……殺し切る!


 魔法に明確な殺意を乗せて放った一撃は、しかし魔物を絶命には至らさなかった。


 圧倒的物量による圧殺の瞬間、アサルトウルフは素早い機動で以て飛翔物を回避。そのまま障害物を縫うように動き、数発の打撃を喰らいながらも屋外へと続く窓から念動力に支配されたこの部屋を脱出した。


「……しまった!」


 私は舌打ちをする。


 外に逃げられてしまった。ここは閑静な倉庫街だが、このまま市街地の方へ抜けられると、人的被害が一気に拡大する。


 早急に仕留めなければ。


 逸る私は血まみれの室内を一瞥した後、アサルトウルフの跡を辿るように、窓から室外へと躍り出た。


 かの魔物の姿は既に見えない。


 私は両足に力を溜め、地を、そして建物の壁を蹴ると倉庫街の屋根へとその身を乗り出す。


 高所に立つ私。


 ____見つけた。建物の頂上から一画を俯瞰することで、私の目は魔物の姿を捉える。


 すぐさま次の行動に出る。倉庫街の整備された道を疾駆する狼の後姿を、私は屋根伝いに追った。


 魔導の力を得ることで、我が身の素早さはアサルトウルフのそれを瞬間的に凌駕する。


 やがて、黒い影は目下の存在となる。


 しかし、あと少しで追いつくと言う所で、黒い魔物の姿がふと消えた。入口の開いていた倉庫の一つにその身を隠したのだ。


 奇しくも……と言うか必然、その倉庫は私が先程まで荷造りの作業をしていた場所であった。


 屋根から地に降りる。


 私はアサルトウルフに続き、倉庫へと足を踏み入れた。


 まさかこんな形でこの場所に戻ってくるとは。


 馬車の並ぶ薄暗い倉庫____ざっと中を見回した時、そこに魔物の姿はなかった。


 それは、追う者の油断だったのだろう。私は警戒を怠り見逃していた。


「……!?」


 突如、背後にアサルトウルフが土埃を舞い上げて颯爽と降り立った。

 狼は隠れていたのだ。倉庫入り口上部の死角となる暗い影に。


 恐らく、私に奇襲をしかけるために、だ。


 私が驚いて振り向いたときには、既に我が身にアサルトウルフの鋭い爪が迫っていた。


 咄嗟の判断で、私は剣を盾にしてその一撃を受け止める。


 鉄と爪のぶつかる音。


「……えっ!?」


 ……信じられない。


 狼の爪を剣の平らな腹部で防いだ瞬間、私のなまくらは派手な音を立てて砂糖菓子のようにボロボロに砕け散った。


 驚愕の声を発し、私は背後に跳躍。続く狼爪の連撃を回避する。


 視線を巡らす。私の手元、握った柄から伸びる折れた剣身が情けない姿を晒していた。


 安物の剣だとは思っていたが、まさか先程の一撃でその身が駄目になるとは……。


 私は恨みがましく折れた剣を見つめるが、どの道目の前の魔物に斬撃は通じないので、剣技が使えなくなったところで然程状況が悪くなることはない。


 私は片手を真上に掲げる。先程と変わらない。剣が効かぬ相手には魔法で応戦だ。


 ただし、今度は先のような単純な念動力を使うつもりはない。ここにある大量の木箱の中には壊しては不味い貴重品がたくさん詰まっている。それらを用いてアサルトウルフを圧し潰す訳にはいかなかった。


 私が意識を集中させると、掲げた手の平の上部に空気中の水分が凝縮し大きな水の塊を形成する。続いて集めた大量の水から熱を急激に奪い、巨大な氷塊を生み出した。


 これでまだ終わりではない。私は氷塊から無数の矢じりを切り出し、それらを念動力で空間に整列させる。


 魔法で作り出した即席の弓兵部隊が眼前に展開され、その氷の矢先が魔物へと向けられる。


 怯むアサルトウルフ。


 私が手を振り下ろすと同時にそれらは一斉に目標へと放たれた。


 これら一連の動作は、魔導騎士の用いる遠距離攻撃の常套手段だ。


 アサルトウルフに迫る矢の大群は、ほとんどが硬質化した黒い体毛により弾かれるが、そのうちの一つが急所となる魔物の目に直撃する。


 体毛で覆われていないその部位にはやはり攻撃が通じるようで、魔物は苦痛の雄叫びを上げながら片目から血を噴き上げた。


 しかし、一撃が浅かったのか眼の奥にある脳を損壊せしめるには至らず、アサルトウルフは絶命せずにピンピンとしている。


 私は反撃を恐れ、魔物から更に距離を取るように背後に跳躍する。


 しかし、アサルトウルフはと言うと、逆上して襲い掛かってくるどころか、こちらに尻尾を見せて素早くこの倉庫を抜け出してしまった。


「また、逃げた!?」


 私は目を丸くする。


 やはり、分からない。

 アサルトウルフは命を顧みず敵に襲い掛かる魔物として知られている。どんなに不利な状況でも、決して目の前の敵から逃げ出すようなことはしない筈。そのアサルトウルフが先程に続き、二度目の逃走を図るとは。


「……とにかく、追わないと」


 私が疾駆の体勢を取ると、その耳に再び“彼”の声が聞こえてくる。


『おい、ミシェル! 俺を使え!』

「!?」


 “彼”____カネサダの声が。


『街中に魔物とは驚いた! しかも、何やら毛色の違う魔物みてえだ! こいつはヤバい予感がするぜ! 俺の出番だ!』


 カネサダのいる馬車の方に一瞥を与えると、私は溜息を吐いた。


「今は貴方に構っている余裕はない」


 冷たく言う私に、カネサダが怒鳴る。


『馬鹿! お前、このままじゃあの魔物に勝てねえぞ!』


 カネサダは確信をもって述べる。私は眉根を寄せた。


『剣が折れて魔法で戦おうとしてるみたいだが、あの個体は恐ろしく頭が良い……きっと同じ手は通用しないぜ』


 無視しようかとも思ったが、私は肩をすくめてカネサダに答える。


「それで、貴方の出番? 見てたでしょ、あの魔物に剣は通用しないよ。あの恐ろしく硬い体毛の所為で」

『俺に斬れないものはない』


 説明する私にカネサダが断言する。


『この身は全てを断ち斬る刃だ。鋼だろうが岩だろうが何だって斬り伏せる』

「……」


 鋼や岩を斬り伏せる? そんな馬鹿な。


 そっぽを向く。


 これ以上は時間の無駄だ。私はとうとう彼を無視して、アサルトウルフの後を追う事に決める。


『逃げるのか?』


 問いかけるように、カネサダは言葉を発する。


『また逃げるのか、ミシェル?』


 それは責めるような口調だった。私は思わず足を止める。


『お前は逃げてばかりだ』

「……何?」

『お前の人生は逃げてばかりだ!』


 カネサダは苛立っていた。


『お前、どうして自分がそんなにも不幸なのか考えたことはあるか? 言っておくが、それは世の中の所為じゃねえぞ! お前だよ! お前自身の所為だよ!』

「……」


 私は絶句した。


 勝手に言ってくれる。何故いきなり説教など始めたのか。


「貴方に何が分かるの?」


 呆れたように私は言う。


 すると、カネサダからも呆れたような言葉が返って来た。


『分かってねえのはお前の方だ! 教えてやる! お前が不幸なのは……お前が“選択”を拒否し続けてきたからだ!』

「……“選択”?」

『人は“選択”を重ねることでより幸せに、より強くなる生き物だ。だがお前はその“選択”から逃げて生きてきた。“選ぶ”ことで打開できた状況もあった。“選ぶ”ことで回避できた不幸もあった。だが、お前は“選択”をしてこなかった。ただ人に言われるまま、世の中に流されるまま生きて……その結果が今の不幸だ』


 見透かすようにカネサダは言葉を並び立てた。私はと言うと、ただ立ち止まって彼の言葉に耳を傾けていた。


『今だってそうだ! お前は目の前の”選択”を拒否し、ただ流れに身を任せようとしている! お前も分かってんだろ! あの魔物はイレギュラーな存在だ。このまま立ち向かったところで、果たして無事に倒し切れるのか? 不可能ではないが、勝機は薄いと思うぜ』


 確かに、難敵であるのはその通りなのだが。


『そんな折にこの俺だ。お前は幸運にも俺に出会った。俺を手にすることでお前はあの魔物を楽々と屠ることが出来る。その“選択”があるんだ。どうして、選ばない?』


 私は首を傾げた。


「……確証がない。貴方ならば、あの魔物を断ち斬ることが出来るの?」

『試してみれば良いだろうが!』


 カネサダは叱りつけるように怒鳴った。


『どうして試しもしない!? 何だって選ぼうとしない!? だからお前は……そんなにも不幸なんだ! “選択”を拒否し続け……その先には絶望しかないぞ!』

「……」

『お前はそれでいいのか?』


 静かな問い掛け____しかし、その言葉の中に秘められた彼の気迫に私は後退ってしまった。


 目を閉じる。


 数秒の黙想。


 目を開いた私は、無言でカネサダの納められた馬車に近寄った。


 すっと息を吸い、荷物を漁る。


 やがて、私は一振りの剣を手にした。


 古びた漆塗りの鞘。その中に眠る白銀の刃____カネサダを。


「後悔しても知らないよ」


 私はカネサダに言い聞かせるように問いかける。それは脅すような口調だったのかもしれない。


「あの体毛は尋常じゃない硬さだった。あれに全力で振るえば、きっと貴方は折れてしまう」

『いいや、折れない』


 カネサダが不敵な笑みを浮かべたようにも思えた。


『この身は全てを斬り伏せる刃だ。どんなものが相手だろうが、俺に斬れないものは……いや____俺を手にしたお前に斬れないものはない!』


 不思議だ。


 その言葉には何の保証もない筈なのに。


 それなのに、試してみたい____そう思えた。


「本当に知らないよ」


 私は鞘から刀身を覗かせる。


「ぽっきり折れちゃっても、私を恨まないでよね」


 そう言って、私はベルトにカネサダを差し込んだ。


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