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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第三話「倉庫街の魔物」

 荷造りの仕事は正午を前にしてようやく終わりを迎える。


 私は軽く伸びをして、国有倉庫街の管理者に作業の完了を伝えるべく管理事務所の方に足を向けるのだが、ふとカネサダ____あの喋る剣の事が気に掛かり、彼が収納されている馬車の荷台へと赴いた。


『おい、コラ! こっから出しやがれ! 聞いてんのか、ミシェル!?』


 木箱から聞こえる男性の声。カネサダのものだ。もしや、ずっとこんな調子で私に呼びかけていたのだろか?


 私は恐る恐る木箱に近付く。


『おお、やっとこさ戻って来たか! さあ、早く俺をここから出すんだ!』


 不思議な事に、私が近付いた瞬間、彼は木箱の奥からその存在を感じ取ったようだった。原理や理屈は分からないが、人の気配を察知する能力を保持しているのだろうか。


「そこから、出たいの?」


 私は荷台に身を乗り出して尋ねる。


『ああ、そうだ! もう長い事外の空気を吸ってねえからな! それに、適合者も見つかったことだし!』

「適合者?」

『お前のことだよ、ミシェル!』


 カネサダは声を弾ませる。


『俺の声が聞こえるだろ? それは、お前がこの俺の適合者である証拠だ! 俺には分かる! お前なら、俺を使いこなし……楽しませてくれるってな!』


 適合者? 使いこなす? 楽しませてくれる?


 何を言っているのだろうか。


 溜息を吐く。


「何かの勘違いだよ。……私なんて」


 私は冷ややかな視線を木箱へと向けた。


「……私なんて……ただの“罠係”なんだから」


 暗い調子で答える。その事実を口にして、私は更に表情を曇らせた。自分で言っていて、悲しくなる。


 俯く私。


 しかし、カネサダはと言うと____


『……そうだ! そうだよ……それなんだよ!』

「え?」


 私の暗い様子に、喋る剣はより一層楽し気に声を弾ませた。


『お前のその鬱屈とした感情! まさに、俺好みだ!』


 はしゃぐカネサダに私は眉根を寄せる。


『いいね、お前! 最高に良い! 分かるぜ、お前! お前、いかにも負け犬って感じの雰囲気してるもんな! どうしようもない、糞ったれの臭いがするぜ! 居場所がないんだろ? 両親にも愛して貰えず、騎士団では他の団員に虐められ、友と呼べる者も仲間と呼べる者もいない! 人一倍努力をして、学校では優等生だった! だけど、報われない! 毎日毎日糞みたいな雑用を押し付けられ、騎士として剣を振るう機会もまともにない! そうなんだろ?』


 嬉しそうに言葉を並べるカネサダ。どういう訳か、彼は私の境遇について、ほぼそのままの真実を語っていた。


 しかし、どうしてこんなにも彼は楽しげなのだろう?


 人の不幸を並び立てることが、そんなにも楽しい事なのか?


 最低だ、と私は思った。


 ……最低だ。


『そう言えば、お前家名はどうした? さっきわざと名乗ってなかっただろ? いいや、おおよそ予想は付くぜ! 当ててやる! 勘当されたんだろ? 恐らく、元は貴族の出身で……』

「もういい!」


 私は顔を真っ赤にして叫んだ。キッと暗闇の木箱を睨む。


「……最低だッ!」


 怒りに任せ、私は馬車の荷台に蹴りを入れる。


 乾いた音が国有倉庫街に響いた。その響きはとても悲し気で……とても寒々しく、虚しかった。


「……最低ッ!」


 私の目には涙が浮かんでいた。


 悔しさが胸を締め上げる。こんな無機物にまで馬鹿にされる自分が情けない。


 改めて、自分の無力を、無価値さを自覚してしまう。


 ギリリッと奥歯を鳴らすと、私はカネサダに背を向けた。


「……さようなら!」

『あ、おい……ちょっと、待てよ! 待てったら! え? マジで行っちゃうの? お、俺が悪かった! 悪かったから! すまん、調子に乗りすぎ……』


 私は逃げるように駆け出し、その場を離れた。


 唇を噛みしめ……噛みしめすぎて血の味が口の中に広がった。


 視界が涙でぼやける。それでも私は止まらずに走り続けた。


 まるで子供の様だったのかもしれない……泣き虫の子供の様だったのかも。


 口から嗚咽が漏れる。虫の声にしゃっくりが混じったような嗚咽だ。


 そう言えば、こんな風に泣いたのは久しぶりだ。悔しくて涙を流すのは。


 苦痛と苦難の日々に慣れ、私の涙はすっかり乾いてしまったものだと、そう思っていた。


 しかし、どうやら違ったようだ。私にはまだ、涙を流すだけの人間らしい感情が残っていたらしい。


 それは果たして幸せなことなのか、それとも不幸なことなのか。


「……はあ……はあ……」


 意味もなく倉庫街を走り回っていた私だが、数十分も全力疾走を続けて、さすがに疲れて立ち止まった。


「何をやってるんだろ……私は……」


 項垂れ、呼吸を必死に整える。


 身体の状態が正常に戻った頃、私は汗を拭い、両膝をパンと叩いた。


「本当に……何をやってるんだろ……」


 弱々しく呟く。


「……仕事に戻ろう」


 私は再び倉庫街の管理事務所に足を向ける。


 途中、建物の窓ガラスに私の顔が映った。泣き腫らし赤くなった目は、他人には見せられない情けなく恥ずかしいものだった。銀色の長い髪も乱れてぼさぼさになっている。


 管理職員に会う前に、身だしなみを最低限整えておこう。そう思い、私は懐から櫛を取り出し、乱れた髪を梳き始めた。


 髪を整えていると、ふと手元の櫛に目が行く。黄楊(つげ)という材木で出来た小さく丈夫な造りのそれは私の愛用品だった。


 そういえば、この櫛もアウレアソル皇国で作られた一品だったような。


 ……よく覚えていない。

 でも、その見た目から東洋製の道具であるのは確かな筈。


 我ら“西世界(ウェストランド)”と“東世界(イーストランド)”との交易は青龍チンロン帝国がその支配圏を封鎖したことにより、青龍チンロン帝国圏外であるアウレアソル皇国との貿易に限定されている。なので、やはりこの道具もアウレアソル出身のものなのだろう。


 カネサダと同じ、アウレアソル皇国の____


 そう思うと、このお気に入りの一品を無性に叩き割りたくなってきた。カネサダへのやつあたりに。


 私は櫛を見つめ、その両端を握り、力をじわりと込めた。


 黄楊の身体が僅かに撓み____みしっと悲鳴を上げ始めた頃、一体私は何をやっているのだろうと急に冷静になり、愛用の櫛を慌てて懐にしまった。


 危ない。あと少しで、貴重な日用品を無為に破壊するところだった。

 これも全てカネサダのせいだ。あの無神経な鉄屑の。


 私は管理事務所に到着した。


 目的地に着いて、ふと倉庫に鍵を掛け忘れたのを思い出す。私はがっくしと項垂れた。


 ああ、なんてドジを! ……これも全てカネサダのせいだ! 何もかも、あの鉄屑が悪い!


 怒って倉庫を飛び出した所為で、施錠をし忘れてしまったのだ。


 戻らなければいけない。戻って、倉庫に鍵を掛けなければ。


 溜息を吐いて回れ右をしたところで、私はふと胸騒ぎを覚える。


「……何だろう?」


 背後の管理事務所からだ。簡素なその建物から嫌な空気……いや……臭い(、、)が漂ってくる。


 魔導核(ケントゥルム)の力により嗅覚が鋭くなっている今の私になら、壁を隔てて伝わって来るその臭いを辛うじて嗅ぎ分けることが出来る。


 ____生臭い人の血の臭いを。


 さっと顔が青くなる。


「……ッ! だ、誰かいますかッ!?」


 私は管理事務所の玄関扉を蹴飛ばし、建物内に突入する。


 胸元の複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムを強く握ると、その赤い宝珠に浮かぶ複十字の光の紋章が輝度を増し、使用者に更なる魔導の力を与えた。


 狼の如き機動を以て私は廊下を疾駆する。そして、辿り着いた。生臭い血の臭いの元へ。


「……!?」


 辿り着いたその場所で、私は絶句する。室内には紙類が乱雑に散らばり、椅子や机は横倒しになっている。そして、何より目を引いたのは床に倒れ伏す血塗れの人間達。業務中であったであろう事務職員達の無惨な姿。


 職員は皆、息絶えていた。中には、胴体が真っ二つになっている者もいる。尋常な死に方ではない。まるで、熊のような大型動物にでも襲われたかのような……いや……。


 ____魔物にでも襲われたかのような。


「……はっ!」


 その瞬間、私は背後に禍々しい気配を感じ、反射的に地を蹴り室内奥深くへと跳躍する。


 一拍____


 床に着地して、私はそれ(、、)を目にした。


 廊下からの入口、口元に真っ赤な鮮血を滴らせ佇む、黒い体毛を持つ狼のような何か(、、、、、、、)を。


「魔物……!? どうして、こんなところに!?」


 魔物____それは体内に魔導核(ケントゥルム)を器官として持つ異形の存在の総称。彼らにも様々な種がいるが、大抵の魔物は人や動物を襲う性質を有する。


 今私の目の前にいる黒い狼も、アサルトウルフという種族の魔物だ。彼も魔物の御多分に漏れず人を襲う。


「……一匹か」


 感覚を研ぎ澄ます。少なくとも建物内に彼の仲間はいない。この場の人間達を襲った犯人も目の前の狼だろう。


 私は鞘から素早く剣を抜き放つ。


 剣身は鈍い光をその切っ先へと走らせ、眼前のアサルトウルフへと古びた刃を向けさせた。


 私の手にあるこの剣は騎士団から支給されたもので、その切れ味はお世辞にも良いとは言えない。“罠係”である私に与える武器など安物のなまくらで十分だと、そう判断されたのだ。


 しかし、アサルトウルフ一匹のみを相手取るならば、この程度の武器でも十分に事足りる。私は以前、同種の魔物と乱戦になったことがあるが、当時も今の武器で難なくその場を乗り切った。


 私は“ドンカスターの白銀の薔薇”とまで呼ばれた剣の秀才。油断さえしなければ、アサルトウルフのような魔物に後れを取ることは無い。


 唸り声を上げながら、こちらを威嚇する魔物。私は剣を握る手の平に力を込め、その攻撃にそなえた。


 ____来るッ!


 アサルトウルフが仕掛けた。魔物は黒い毛を揺らし、こちらに突撃を開始する。


 真っ赤な(あぎと)が開き、その牙が私を食い千切らんと迫った。


 しかし、アサルトウルフが噛んだのは____虚空。


 私はその疾駆をひらりと躱し、魔物の側面へと身体を滑り込ませていた。魔導の力を得たことで成し得る常人離れした魔導騎士の動きだ。


 がら空きの黒い胴。私は剣の切っ先を回し向け、アサルトウルフの腹部に容赦のない刺突をお見舞いする。


 魔物との勝敗はそれで決する筈だったのだが。


「……いっ!?」


 異様な事が起きた。


 私の放った剣がアサルトウルフを仕留めようというその瞬間、魔物の黒いシルエットが禍々しい赤いオーラを放出したかと思うと、体毛が鋼の様に硬質化し、針山の如く逆立ったのだ。


 鈍い剣の切っ先と魔物の鋭い体毛がぶつかり(、、、、)、室内に金属音を響かすと同時に一瞬の火花を散らした。


 アサルトウルフの身体が反転____反撃が来るッ!


 手の痺れを堪え、私は素早く後ろに飛び去った。


 間一髪、アサルトウルフの放った逆襲の爪撃が私の頬を掠る。


 ……おかしい。


 追撃を警戒しつつ、私は黒狼を睨む。


 奴は……一体何者だ?


 冷や汗が頬を伝う。


 この魔物は____果たして、アサルトウルフなのだろうか?



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