第五話「フィッツロイ家」
奇妙な夢を見た。
私は真っ白な空間でただ一人佇んでいて、訳も分からず歩き始める。
ここは何処だろう?
歩き始めて数十秒____
次第に一つの人影が幽霊の様にぬっと目の前に現れ、立ち止まった私はその顔を見上げた。
人影は男だった。背が高く、髪の色は銀色。瞳は血のように紅く、まるで吸血鬼のような印象を受けた。
「……ひっ」
男と目が合い、私は思わず悲鳴を漏らす。男は恐ろしく鋭い眼光でこちらを見つめていた。その視線に敵意などのこちらを害する思惑は込められていなかったが、それでも私が恐怖したのは、彼が多くの人間を手に掛けてきた大量殺人者のような存在感を放っていたためだろう。
私には分かる。目の前のこの男はとんでもない外道で、容易に人の命を奪うことの出来る、およそあらゆる倫理に反する存在なのだと。
堪らず逃げ出そうとするが、私の逃走を引き留めるものが次の瞬間、瞳に飛び込んできた。
それは、彼の笑顔だった。
男は私に近付き、身を屈め、にかっと白い歯を見せて笑う。
その少年のような無邪気な笑みに、私は呆然と立ち尽くし____知らず魅了されていた。
「……貴方は?」
尋ねる私の目に、彼の腰元、見覚えのある代物が映る。
それは古びた漆塗りの鞘。見間違えるはずがない。私はいつもそれを身につけ、身体の一部のように扱っていた。
男の腰元にはカネサダが差してあった。
それで、私は男が誰であるのかを察する。
「……ホークウッド?」
ある種の確信があった。目の前のこの男こそ、かの大英雄フランシス・ホークウッドなのだと。
私は尋ねるが……しかし彼は答えない。
ただ、からかう様に、意地悪するように私に少年のような笑みを向けていた。
じれったくなり、身体を伸ばした私は彼の両肩に掴まる。
「ねえ、貴方は____」
再度問い掛けたところで、私の目は覚め、視界には天井____
飛び起き、しばらく混乱して周囲を見回していたが、先程の光景がただの夢だと悟ると、身体を再び毛布の中に埋め、小さくあくびをかました。
傍らには未だ睡眠中のサラ。
何でこんなにも近くに彼女が? と、一瞬疑問に思ったが、昨夜の記憶を取り戻し、そう言えば自分は室内で寝させてもらうことになったのだと思いだす。
やがて、サラは目覚め、私の姿を確認すると寝ぼけ眼でぎょっと肩を揺らし、奇声を投げ寄越してきたが、数秒後、何かを察したように、思い出したように、落ち着き払って____
「……おはよう、ミシェル君」
「うん、おはよう」
朝の挨拶を交わし合う私達。
彼女はあくびをした。そして、ムスッとした視線をこちらに投げかけ、苛々とした口調で告げる。
「着替えるんだけど?」
「……うん、分かった」
私はそそくさと本来の寝床であるベランダへと赴き、カーテンの引かれる音を耳に、ごろんと固い地面に横になった。
しばらくして、閉められた窓が数度手の甲で叩かれる音……即ち、入室の許可の合図を聞いたが、私はのんびりと朝の陽ざしに目を向けていた。
本日、私は非番であったので、急いで着替えを済ませて朝食を食べに行く必要がなかった。そのため、いつもよりゆったりとした朝の時間を送っているのだ。
「カネサダ……そう言えば、変な夢を見た」
『ほう、どんな夢だ?』
「……ホークウッドに出会う夢」
夢の内容の話など、他愛もない、取るに足らないものである筈なのだが、カネサダは何やら興味を惹かれた様子を見せた。
『ホークウッドに? 奴はどんな様子だった』
「うーん……」
『どうだ、夢の中のホークウッドは男前だったか?』
何故か、カネサダの声は弾んでいた。夢の話に何をそんなに熱心になっているのだろう。
「……まあ、イケメンだったよ。少しだけ怖かったけど……でも、何か、妙な愛嬌があったって言うか」
『おうおう、惚れちまったか、ホークウッドの奴に。お前も随分乙女だな!』
「まさか」
私は鞘を指で弾いた。
「安心してよ。カネサダ以外の男には惚れないから」
『お、おう』
少しだけ困ったような声を漏らすカネサダ。
さて、朝の下らない遣り取りの後、私は騎士団のものではない私服に着替え、部屋を飛び出した。
朝食を私の番犬と化したラピスと食べ終え、街に繰り出し、向かう先は英雄広場。
そこで、友人のエリーを待つ。漆職人の手配が完了し、今日はいよいよ、彼女を介して鞘の漆を塗り直して貰うのだ。
彼女とはおよそ一週間ぶりの再会となるが……思えば、この一週間、色々な事があった。アイリスと友達になった事。そして、その所為で彼女が理不尽な暴力に曝され、今も尚その意識が回復していない事。アメリアとの決闘。
エリーに話すことが、今の私にはたくさんある。
……そして、話せないことがたくさんできた。
「ミシェル様」
聞き間違う筈のないエリーの声に、私は表情を明るくする。約束の時間のおよそ数分前、彼女は私の前に姿を現した。
「エリー、一週間ぶりだね」
「はい!」
綺麗な金髪を揺らし、笑顔のエリーが私の手を取る。温かい彼女の手の感触にドキドキしてしまう。
「今日は宜しくね、エリー」
軽く挨拶を済まし、私達はエリー先導のもと首都エストフルトのとある一画を目指して歩いた。
そこは住宅街だった。商店などが立ち並ぶ目抜き通りとはやや離れた、昼間は人が出払い、
静けさが辺りを支配する区画。
エリーが足を運んだのは、そんな住宅街の中でも、取り分け大きな敷地を持つ豪華な屋敷であった。
「ねえ、エリー……ここって……?」
屋敷の敷地内に足を踏み入れ、私は不安げな声を漏らす。建物の玄関口には家紋のようなものがでかでかと掲げられていた。私達が訪れた場所は、どう見ても貴族の住むお屋敷にしか見えない。
私やエリーなどがこのような場所を訪ねても良いものなのだろうか?
「ここは、知り合いの貴族の別宅ですね」
「知り合いの貴族?」
顔をしかめる私。何故、平民のエリーに貴族の知り合いなどいるのか。
「エリー……貴方、一体何者なの?」
さすがに尋ねずにはいられなかった。彼女に隠し事があるのは承知であったし、深く詮索する気もなかったが……これは色々と探りを入れない方が返って不自然というものだ。
さて、エリーの答えはと言うと____
「まあ、色々とあってですね」
「はあ……色々ねえ……」
「でも、貴族の知り合いの一人や二人、そんなに珍しいものでもないんじゃないですか?」
「え?」
「ミシェル様?」
「……」
貴族の知り合いの一人や二人?
何だろう、その軽々しい物言いは。十四歳の街娘の言葉ではない。
ここに来て、エリーの常識に疑問を呈する事態が発生している。
「兎に角、参りましょう、ミシェル様」
「う、うん」
屋敷の玄関口に近付くと、柱の陰に控えていた執事らしき男がすっと目の前に姿を現し、勝手知ったる様子で私達を屋内へと案内した。
執事は何も喋らず、ただ事務的に、しかし粗相がないように丁重な所作で私達をとある部屋へと導いた。
部屋の中で私は一人の男性と対面することになる。
やたらと恰幅の良い、きりりとした面構えの壮年の紳士で、見た所、彼はリントブルミア人ではないようだった。と言うのもその服装、そもそもその顔立ちが“東世界人”のそれであったからだ。
執事が退き、男はソファーから立ち上がる。
開口一番、彼は____
「ふむ、様になっているな」
「え?」
男は私に歩み寄り、身体をじろじろと見つめる。
その視線にやましいものは感じなかったが、それでも舐めるように全身を観察されるとどうにも居心地の悪いものがあった。
「おっと、淑女に対しはしたない真似を。どうか、ご容赦頂きたい」
「い、いえ」
後退りする私に、男は頭を掻いて謝罪の言葉を述べる。
「私の名前は十郎・樋口・フィッツロイ。見ての通り、フィッツロイ家に婿入りした風変わりな“東世界人”だ」
「え……と……ミシェルです」
男____十郎は自己紹介をして、私に握手を求めてくる。私は名乗り返し、彼の握手に応じた。
フィッツロイ家に婿入りしたと言っていたが、という事は、目の前のこの男こそがこの屋敷の主で、エリーの知り合いの貴族なのだろう。
ん、フィッツロイ家? 最近、何処かでその名前を耳にしたような。
「先程はじろじろと見てしまって済まない。刀を腰に据える姿がとても様になっていたので、感心して見入っていたのだ」
「は、はあ……光栄です……」
十郎は私の腰元に熱い視線を送る。彼の腰元にも、カネサダと同じような刀が差してあった。男性が堂々と武器を携帯している様子は、何だか珍しいものがある。
「君もこれが気になるかね?」
腰元に注がれる私の視線に気が付いてか、十郎は自身の漆塗りの鞘を撫でつけて尋ねる。
私が遠慮がちに頷くと____
「祖国では武人であったのでな。その魂とも呼べるこの一振りを今もこうして身につけているのだ」
「……大切なものなのですね」
「君のそれもそうなのだろう?」
「はい」
私はカネサダに視線を遣り、はっきりとした口調で断言する。十郎は自身の一振りを己の魂と形容したが、私にとっても、カネサダはもう一つの魂のような、言ってしまえば、単一不可分の存在なのである。
「さて、エリザさ……殿、今日はよくぞお越し下さった。漆職人の方はもうじき到着する故、先に依頼の品の方をお預かりしたく存じる」
「はい、お願い致します、十郎様。……さあ、ミシェル様、カタナを」
エリーに促され、私は鞘ごとカネサダを十郎へと手渡した。彼は手にしたカネサダをこれまた舐めまわすように観察し、鞘から白刃を覗かせたり、手を上下させてその重さを調べたりなどした。
「では、これはこちらで預からせて頂く。ああ、お二方とも、適当にくつろいで下され」
そう言い残し、十郎はカネサダを手に部屋を出ていく。
彼が去った後、部屋に取り残された私達はソファーに腰を下ろし、使用人に運ばれてきた上等な紅茶を飲んでいた。
「十郎様は元はアウレアソル人で、彼が今回知り合いを伝って職人の方を手配して下さったのですよ」
「そうなんだ……それにしても、エリーは……何と言うか、随分と……特別な知り合いが多いんだね」
「特別な? そうでしょうか?」
首を傾げるエリー。自覚はないのだろうか。
「アメリア隊長とも何だか、顔見知りの様だったし……」
「ああ、彼女とは子供の頃から……あ、いえ……何でもありません」
「……」
誤魔化された?
私は胡乱気な視線をエリーに投げかけた。
……本当に何者なんだ、彼女は。
「え、と……あ、それよりもですね、ミシェル様! アイリス様とはあの後、どうなりましたか?」
エリーは両手を打ち合わせ、慌てた様子で話題を変える。
秘密があるのはお互い様なので、これ以上詮索するのは止めにして、私はアイリスの件を中心とした一週間の出来事を彼女に語って上げることにした。
随分と長話になった。
アイリスと正式な友人になった時の状況。その後の彼女との幸せな数日間。アイリスに及んだ騎士達の卑劣な危害。そして、私とアメリアとの決闘。
それら一連の出来事を一息に話し切った。話をしている内に色々と辛い感情が込み上げてきたが、それでも私は最後まで話を続けた。
全てを語り終えた時、エリーは____
「……アイリス様は……今、どのような状態なのですか?」
やはり、暗い調子で尋ねる。
「一命は取り留めてるけど……まだ、意識は回復していないよ」
私の言葉には、怒りや後悔の念が滲み出ていたと思う。エリーを前に、それら負の感情を隠そうと努力したが、やはり無理だった。
エリーは溜息を吐いて、スカートの布をぎゅっと握った。
「……アメリア様には困ったものです……彼女はいつからそのようになってしまったのでしょうか……子供の頃の彼女は……」
ぼそぼそとエリーは呟く。
「……エリー?」
「すみません……こちらの話です……それよりも、やはりミシェル様は素晴らしいです!」
暗い空気を吹き飛ばすように、エリーは明るく笑う。
「傷付けられた友のために上官であるアメリア様に決闘を挑み、見事勝利なされたのですから! これは騎士としてとても勇敢で誉れあることです」
「……うん」
エリーの称賛に、私は彼女から目を逸らして曖昧に頷いた。
____エリーには話していない。
アメリアとの決闘……その詳細を。即ち、私が対戦相手に下した卑劣な行いを。
私はアメリアを復讐心のままに痛めつけ、その尊厳を冒し、心を弄んだ。
もし、エリーがこの事実を知れば、彼女は私の事を軽蔑するだろう。
だから、話さなかった。
騎士道に反する卑劣な行いも……復讐の誓いも。
隠し事がまた増えてしまった。
「……ミシェル様、どうかなさいましたか?」
「え? いや、別に……」
無邪気なエリーの笑顔を目にする度に、罪悪感が胸を締め付ける。
エリーと言い、アイリスと言い、本当に申し訳なく思う。こんな私が親友なんかで。こんな私を慕わせてしまって。
私が良心の呵責に苦しんでいると、部屋の扉が開き、屋敷の主の十郎がようやく戻って来た。
「やあ、くつろいでくれているかな」
「……あ、はい」
「職人が到着してな。漆の塗り直しには半日程時間がかかるそうだ。それまで、良ければ世間話でもどうかな?」
「はい、是非」
漆の塗り直しに半日? たかだか鞘の再塗装にそんなにも時間がかかるのか。
ぱぱっと数十分程度で終わるものかと思っていた。
そう言う訳で、私達は十郎の提案通り、世間話に興じることになった。
元名門貴族の次期当主とは言え、今は平民でみなしごの私。そこそこ家格の高いらしいフィッツロイ家の大人相手に少しだけ緊張していた。
「十郎様はどうしてリントブルミアに?」
当たり障りのない会話を経て、少しだけ踏み込んだことを聞いてみる。
「こちらに留学中に妻に出会ってな。気が合い、気が付けば夫婦になっていたという訳だ」
そう言えば、時々だが街中で若くて身なりの良い“東世界人”を見かける。彼らの大半がアウレアソル人の留学生であることは知っていたが、十郎はその一人だったのだろう。
「……と、まあ、実の所、恥ずかしい話だが、祖国の内戦から逃げてきただけなのだがな」
「内戦ですか?」
「国では長い間、将軍家が皇帝家に代わり政治の実権を握っていたのだが、ここに来て皇帝派による政変が起きてしまってな。私は将軍派の人間で、命が惜しく国外に亡命した……と言う経緯がある」
「それは、大変でしたね」
十郎は鷹揚に頷いて見せた。
「しかし、おかげで今の私がある訳だ。最愛の妻と一緒になり、子供にも恵まれた。特に長女は心身共に立派に育ち、今では非常に優秀な騎士として中央指揮所に勤務している」
誇らしげに十郎は胸を張る。自慢の娘なのだろう。
……いや、待て……ふと、思い出したのだが……。
「あの、十郎様……ご長女のお名前の方を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おお、娘の名か。カエデと言って、私の国の言葉で楓を意味する」
「……カエデ、ですか」
やはり、そうであったか。
カエデ・フィッツロイ。それは、先日の私とアメリアとの決闘で立会人を務めた騎士の名だ。フィッツロイと言う名前を聞いてもしやとは思ったが……そう言えば、彼女は父親がアウレアソル人であるような事を仄めかしていた。
奇妙な巡り合わせとはあるものだ。
まさか、父娘ともども立て続けにお世話になるとは。
「どうなされた、ミシェル殿?」
「あ、いえ……何でもありません……その、素敵なお名前ですね、お嬢様」
私の言葉に、十郎は嬉しそうに破顔した。
対する私は、何とも煮え切らない微妙な表情を浮かべていたと思う。
カエデ……あの立会人とは一悶着あったので、私は彼女とその父親である十郎に複雑な思いを抱くことになった。
それから、話はころころと変わって行き、様々な話題が飛び交う。
取り分け、十郎にはカネサダのことを根掘り葉掘り尋ねられた。何処であの刀を手に入れたのだとか。使い心地はどうだとか。カネサダに限らず、刀剣に関する種々の知識も問われたりした。
さすがにありのままの事実を彼に語るわけにいかず、私はカネサダとの出会いに関しては適当に話を誤魔化すことにした。喋る剣だとか、勝手に国有財産からくすねたなどと決して口にはしなかった。
時計の針は進む____
昼食を挟み、日が傾きかけた頃、ようやく鞘の修理が完了し、私の手元にカネサダが戻って来た。
『おっす、ただいま』
カネサダの言葉に、「おかえり」と心の中で呟く。
私は手元の鞘を優しく撫でてみた。
数時間前まで所々塗装が剥がれていたおんぼろのそれは、かつて湛えていたであろう見事な黒の光沢を取り戻しており、まるで一つの芸術品の様相を呈していた。
綺麗だ、と素直に感動する。
まあ、カネサダの白銀の刀身の方が断然綺麗なんだけどね。
さて、心中でのろけるのはよしにして、私は懐から中に金貨の数枚入った袋を取り出し、それを十郎に手渡した。
「十郎様、本日はどうもありがとうございました。こちらが鞘の修理代となります」
漆の塗り直しにどれ程の費用を要するのか、事前にエリーに尋ねていた。袋の中には余裕をもってそれよりも少しだけ多めの金額を入れてある。修理代はこれで足りる筈だ。
十郎は私から手渡された袋をまじまじと見つめると、にっこりと笑って____
「いや、お代は結構」
袋を突き返される私。
「それは私からの贈り物と思って欲しい」
「……いいのですか?」
遠慮がちに十郎を見遣ると、彼は気前の良い首肯を見せた。
「今日はミシェル殿に会えて良かった。楽しい時間を過ごさせて貰ったよ」
「恐縮です」
男の混じりけのない言葉に、私は何だかとても照れ臭くなった。無作法ながら、頭を掻いてしまう。
「またよろしければ、当家を訪ねてきて欲しい……そうそう」
と、去り際と言う折に、十郎は何やら意味深な笑みを浮かべた。
「長男がな、丁度ミシェル殿と同い年なのだ」
「……はあ」
十五歳のご子息様がいらっしゃる? ……へえ、それで?
「もし、その気があるのならば……是非一度会って頂きたい。あれも中々に将来の見込みがあるものだと、身内ながらに思っている次第だ」
「……ええ、まあ」
と、私は曖昧に返事をする。
ぐいぐいと来る十郎。
「ミシェル殿、失礼ながら、ご婚約などはまだかな?」
「……」
冷や汗が噴き出る。
こ、婚約の確認?
あれ、もしかしてこれ……お見合いのお誘いなのでは?
「もし先約がなければ、どうかな、うちの倅と」
「……えーと」
私は助けを求めるようにエリーに視線を投げかける。
私の視線を受け止めたエリーは、にこりと笑い____
「ミシェル様が十郎様に気に入られたようで、私、友人としてとても誇らしいです」
違う、そうじゃない!
十郎の援護射撃をしてどうする! 私の方に助け舟を出せ!
「えーと……その……ご検討させて頂きます」
「うむ、良い返事を期待しているぞ」
私は愛想笑いを浮かべて、極力当たり障りのない言葉を選んだ。
どうやら、十郎に気に入られてしまったらしい。
まあ、悪い気はしないのだけれども……。
でも、結婚の話とかは勘弁だ。
だって、男の子ですし、私。
とにかく、面倒な事にならなければ良いが。