第二十七話「決闘開始」
その後____
私を代闘士に立てたラピス副隊長の決闘をアメリア隊長は____受け入れた。
私達は決闘の詳しい内容を決定する。勝負は私とアメリア隊長の一騎打ち。使用する装備は訓練用の無紋型人工魔導核と刃の潰された剣。それ以外の武器の使用は認められない。勝敗はどちらか一方が気を失った時点で決定する。
手続きは明日の内に済ませ、決闘は明後日に行われることになった。
アメリアの元から立ち去り、私はラピス副隊長と二人きりになる。
「……ラピス副隊長、本当によろしかったのですか?」
兵舎の廊下で立ち止まり、私はラピスの様子を窺う。
彼女は静かに頷いた。
「私も、隊長には腹を立てていた所だ」
「……しかし、もしこちらが敗北するようなことがあれば」
私の言葉にラピスは肩をすくめる。
「自信がないのか?」
「いえ、そんなこと……」
「私はお前の力を信じている」
面と向かって告げられると、照れ臭いものがある。
「ただ、油断はするな」
それからラピスは警告するように告げる。
「アメリア隊長の剣は対人戦闘向けのもの。あのアサルトウルフには後れを取ったが……決して楽に勝てる相手ではない」
私はやや強張った表情で頷いた。
「……分かっています」
私は確かに見た。妖しく笑うアメリアの表情を。
あれは、自身の勝利を確信している者の浮かべる笑みだ。
彼女とて、私の実力は大方把握済みの筈。それにも関わらずあの自信。これは警戒が必要だった。もしかしたら、何か仕掛けてくるのかも知れない。
「ミシェル」
別れ際、ラピス副隊長は____
「スカッとした」
「え?」
「隊長の顔に手袋を投げつけられて、スカッとした」
微かに笑みを浮かべて、私に手を振る。
彼女の珍しい表情に私は困惑して頬を掻いていた。
『ようやくだな、ミカ』
ラピスの去った後、腰元のカネサダが笑い声を発する。
『これはまたとない機会だ。あのクソ隊長に仕返しするのに持ってこいの舞台だ』
私は鞘を撫でる。
そうだ。
決闘でならば、私は遠慮なくアメリアに剣を向けられる。彼女を打ちのめすことが許される。
翌朝、私は朝食にがっついていた。昨夜は色々あって夕食を食べ損ねていたので、夜中は空腹との戦いだった。
無心にパンを頬張っていると、周りの皆が意地の悪い視線をこちらに向けてくる。アイリスの一件を嘲笑っているのかもしれない。
本当にどうしようもない連中だ。
その日は何事もなく一日が過ぎていった。
昼時、アメリアが決闘の準備は既に済ませたと私に軽く伝える。その顔が不敵な笑みを湛えていた。
決闘には立会人と医者が随伴していなければならない。騎士団本部に赴き、決闘の手続きを行う事で、決闘両者にとって公正な立会人と医者が無造作に選出される仕組みだ。
仕事終わり、私はアイリスの様子を窺いに病院に足を向け____途中で引き返した。
『どうした、ミカ? アイリスに会いに行かないのか?』
カネサダが尋ねる。私は遠くを眺め____
「ねえ、カネサダ……私が何を今思っているか……教えてあげようか」
拳を握りしめる。
「アメリアを……あの女をボコボコにしてやりたい」
知らずの内に私は震えていた。これは恐れから来るものではなく、興奮から来るものだった。
「カネサダ言ったよね……これはまたとない機会だって。私もそう思っている。今の私には……不正に対する怒りだとか……言ってしまえば、正義の心だとか……そう言うものは確かにあるけど」
震える手で鞘を握りしめ、私は悪い笑みを浮かべた。
「それよりも……とにかくあの女を滅茶苦茶にしてやりたい……!」
『……ほう』
愉快気な声がカネサダから漏れる。
「アイリスは、強くて優しい騎士に憧れているって言ったよね。残念だけど……どうやら私には、彼女の憧れになることは出来ないみたい」
アイリスの友人であるため、私は彼女に相応しい騎士であろうと心に決めていたのだが……きっと、彼女は幻滅してしまうだろう。
「ボコボコにしてやる……泣き叫んで命乞いをさせて……死ぬほど後悔させてやる……!」
明日、私はおよそ騎士道に反するやり方でアメリアを痛めつけるつもりだ。
その戦いぶりは、いずれ目覚めるアイリスの耳に届くことになるだろう。
もしかしたら、軽蔑されるかもしれない。
それでも私は……この胸の内に渦巻く感情に逆らう事は出来なかった。
今の私には、アイリスに会う資格などない。
「ねえ、こんな私は間違ってるのかな?」
尋ねると、カネサダから笑い声が聞こえてきた。
『何が正しいとか間違ってるとか、そんなものは分からねえ……だけど』
「……だけど?」
『お前良い顔してるぜ』
カネサダに言われ、私は自分の頬に触れた。
「どんな顔してる?」
思わず聞いてしまう。
『人を殺しそうな顔だ……俺が見た中で、一番人間らしいお前の顔だ』
人間らしい顔か。
私は胸に手を添える。
よく分からなかったが……もしこの胸の感情がそうであるのならば、きっとこれが人間らしいという事なのかもしれない。
一晩が明ける。
平穏な早朝が過ぎ、私はエストフルト第一訓練場のグラウンドでアメリアと向かい合っていた。
私達の間には妙齢の騎士一人と壮年の男性の医者一人が佇んでいる。
そしてやや離れた場所、アメリア隊の面々が私達を囲い、ざわざわと小さく騒ぎ合っていた。その中にラピスの姿もある。
「私の名前はカエデ・フィッツロイ。中央指揮所所属の指揮官騎士。この度は、君達の決闘の立会人を務めさせて頂く」
凛々しい面持ちの妙齢の騎士が私達に告げる。
彼女は私とアメリアに自分の元に来るよう指示を出すと、傍らの鞄から刃の潰された剣二本と無紋型人工魔導二つを取り出した。
「使用する武器はこの剣のみ。そして、無紋型人工魔導の装備が許可される。勝負は相手を気絶させた者の勝ちとする」
そう言って、立会人のカエデは私達に剣と無紋型人工魔導を手渡した。
しかし____
「待って下さい」
そこで、私が口を挟む。
立会人が怪訝そうな表情を浮かべる中、私はアメリアを指差す。
「今彼女が手にしている無紋型人工魔導と私の無紋型人工魔導を取り換えて下さい」
アメリアが眉をひそめて私を睨んだ。
立会人のカエデは私とアメリアを交互に見遣ってから、私に尋ねる。
「ミシェル殿、何故そのようなことを?」
私は手元の無紋型人工魔導を見せびらかすように突き付けて言い放つ。
「この人工魔導に細工が施されている可能性があるからです」
「……貴様!」
アメリアが激昂して、私に掴み掛かろうとする。
「私が不正を働いているとでも言うのか!」
憤るアメリアを立会人のカエデは宥める。
私はアメリアを睨み返して____
「疑うのは当然の事でしょう。アイリスにあんな真似をしておいて」
アメリアはしばらく私を睨みつけていたが、ふんと鼻を鳴らすと、つまらなそうに手元の無紋型人工魔導をこちらに投げ寄越した。
「……これで満足か」
「……」
私は投げ寄越された無紋型人工魔導をまじまじと見つめていた。
……あっさりと交換に応じた。
拍子抜けする私に____
「ミシェル殿、この無紋型人工魔導は私が兵舎の倉庫から選んで持ち出したものだ」
立会人が口を挟む。
「疑心暗鬼になっているようだが、私は君たちのどちらにも与しない公正な存在だ。それらの無紋型人工魔導に細工などない」
私はカネサダに視線を落とした。
『嬢ちゃんの言う事に嘘はねえ』
カネサダは周囲の人間の感情を読み取ることが出来る。その彼が言うのだから、間違いない筈だ。
どうやら、本当に細工は施されていないらしい。
私は元々手にしていた無紋型人工魔導をアメリアに投げ寄越した。
それを見届けると、立会人のカエデは私の腰元を指差して告げる。
「それは、こちらで預かろう」
立会人が指差したのはカネサダだった。私は鞘を手で押さえる。
「この剣は使いません。ですが、そばに置いておきたいのです」
立会人は腕を組んだ。
「駄目だ、こちらで預かる」
「……」
彼女は一歩も退かない様子で、私を見つめていた。
力強い眼光。
これはこちらが折れるしかないようだ。
私はベルトから鞘を引き抜いた。カネサダを一瞬だけ鞘から覗かせて、白刃を見つめる。そして、再び鞘にしまい込んだ。
決闘にカネサダを使うつもりはなかったが、彼が近くにいると、とても心強いと思っていた。
少しだけ寂しい心境の中、私はカネサダを立会人に渡す。
「良いカタナだな」
カネサダを受け取った立会人はそうこぼした。
「私の父上も同じものを持っている。カタナは武士の誇りらしい」
父親がアウレアソル皇国の武人の出身なのだろうか。大陸圏外の国であるアウレアソル皇国では、未だサムライと呼ばれる男性軍人が国の軍事を担っていると聞く。どうやら、立会人のカエデはカタナに特別な思い入れがあるようだった。
「君には、このカタナに相応しい闘いをすることを望む。どうか正々堂々、騎士道を重んじて彼女との決闘に臨んでくれ」
「……」
私は無言で立会人の前から立ち去り、決闘の開始位置に移動する。
『気を付けろよ、ミカ!』
立会人の元からカネサダが警告する。
『何を企んでいるかは知らねえが……アメリアの奴、何か仕組んでるぞ!』
……恐らくはそうだろう。
彼女の顔には、未だ余裕の表情が浮かんでいる。
無紋型人工魔導に細工はされていないようだったが、また何か別の不正を行っているに違いなかった。
だが____
「……関係ない」
私は小さく呟く。
そう、関係ない。
彼女がどんな不正をしていようと、それを正面から叩き伏せるのみ。
私は強い。
この世で最も純粋な力。黄金の力____暴力の保有者だ。
心が躍り、魂が叫ぶ____
「それでは、アメリア・タルボットとラピス・チャーストン代闘ミシェルの決闘を始める」
立会人が手を振り上げ、鋭い決闘開始の合図を発した。
「____決闘始めッ!」
私の魂が叫ぶ。目の前の敵を、粉砕しろと。