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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第一話「ロスバーン条約」

 虐殺、略奪、強姦____


 戦争はどうしてかようにも凄惨になり得るのか?


 時の有識者は一つの推測を打ち出した。


 それは、男性が武力を持っているためだ、と。

 もし仮に全軍事力を女性の手に委ねたのであれば、戦場はより人道的なものになるし、そもそも戦争など起きない。


 古来より、男性は外へ狩りに、女性はその家庭を守って来た。男性は本能として殺し、奪う生き物なのだ。戦争がより残虐な様相を呈するのはその本能によるところが大きい。


 この説の正否は、正直私には分からない。しかし、呪いの様に続く戦争と戦禍の中に生きた当時の人々が、平和への希求からその言葉を信じるようになったのは確かな様だ。


 象牙の塔から生れ出た学説は、やがて大陸の国々を揺さぶるものとなる。


 聖歴1648年____


 サン=ドラコ大陸全土を巻き込んだ大規模な和平条約である“ロスバーン条約”が締結されたことにより、世界は一変する。

 上記の条約は締結国の男性軍人の一切の存在を禁じるものだった。国家の軍部はそのトップから一兵卒に至るまで全て女性で固めなければならない決まりとなった。


 条約締結にあたり当然反発はあった。惨たらしい血も流れた。しかし、戦に疲れ平和を切に望む人々の想いは人類史を揺るがすこの革命を成功に導く。


 ロスバーン条約は結論から言えば、正解だった。


 条約締結から150年以上の月日が流れる。サン=ドラコ大陸から男性軍人の姿は消え、その間国家間の争いごとは一度たりとも起きていない。


 男性が戦争を起こし、それをより凄惨なものにする____1世紀以上の歴史はその説を確たるものにせしめた。


 サン=ドラコ大陸はリントブルミア王国。


 男性軍人のいなくなった筈のこの地において、ただ一人の男性騎士がそこにいた。


 それが私、リントブルミア魔導乙女騎士団所属騎士____ミシェルだった。


 聖歴1802年、騎士の名門ドンカスターの分家に生を受けた私は、その後悲劇の人生を歩むことになる。


 当時、はやり病によりドンカスター家は滅亡の危機に瀕していた。一族の生き残りで、本家の新たな女当主となったエリザ・ドンカスターとその夫ロイ・ドンカスターとの間に子供は産まれず、家督を継げる者は最早私以外には残っていなかった。


 そのため、産まれて間もなくはやり病を逃れた私は、ドンカスター本家に養子として引き取られることになる____ただし、女の子として。


 男子としての元の名前を消され、ドンカスター本家の次期女当主ミシェル・ドンカスターとして生きることになった私は絶望の毎日を送る。


 男性である事を否定され、女性の言葉遣いと所作を叩きこまれた私は、魔法と薬物による女性化のための人体改造を徹底的に受けた。拒絶反応による激痛と強烈な吐き気が襲い、昼夜を問わず私は泣き叫び続ける。しかし、どれほど苦痛を訴えても義母のエリザは施術を止めなかった。それが毎日のように続く。


 ロスバーン条約の締結により、騎士の名門ドンカスター家は女性がその家督を相続する決まりになっていた。義母は私をドンカスターの正当な後継ぎに据えるため、女として育てる必要があったのだ。


 初等教育を終え、10歳になった私は騎士学校に入学する。


 その頃には、人体改造が実を結び、ミシェル・ドンカスターは完璧なまでに可憐な少女の姿形を得ていた。彼を男性として疑う者は誰一人としていなかった。


 見てくれだけの話ではない。生物学上は未だ男性である私も魔導学上は(、、、、、)、既に女性として判定されていた。


 複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルム____魔導騎士の証でもある女性にしか扱えないその魔道具を、私は起動させることが出来ていた。魔導の力は私を女性だと見なしたのだ。


 騎士学校の入学当時、私はその美しさと剣の才能から“ドンカスターの白銀の薔薇”と讃えられていた。


 はやり病という嵐を耐え、選別され生き残った極上の果実であるところの私は“名門ドンカスターの奇跡”だと、銀色の長い髪を揺らし剣を振るうその姿を見た者は口にしたとか。


 思い返せば、その時期が私にとって人生で最も幸福な瞬間だった。


 しかし、騎士学校入学から1年が経ち、私に地獄の日々が訪れる。


 ドンカスター家の女当主エリザ・ドンカスターが懐妊したのだ。数か月後、産声を上げたその赤子は____女の子だった。


 それは、ドンカスター家にとって願ってもいない事だった。私のような紛い物ではない正当な跡取りの誕生。


 祝福すべき新たな命、ミラ・ドンカスターの存在は____しかし、ミシェル・ドンカスターにとって大いなる災いとなる。


 彼女の登場により、私の存在は最早不要____いや、それどころか邪魔なものになったからだ。


 暗殺されずに済んだのは温情か。しかし、私は本家より勘当を言い渡され、ドンカスターの姓を失った。


 ただのミシェルとなった私の学園生活はがらりと変わる。それまで親しくしてくれていた学友たちが私に対し冷たい態度を取るようになった。


 私を気味悪がる侮蔑と嫌悪の無数の瞳____心無い蔑みの声と言葉____


 学友たちだけではない。教師を含む周りの大人達までゴミをみるような目で私を見始める。


 勘当がきっかけで、私が男性であるという秘密は、学園中に広まってしまっていたようだ。


 幸い、退学を言い渡されることはなかった。それどころか、男性であることを咎められることもないままだ。


 ドンカスター家が騎士学校側に圧力をかけたのだと思う。

 騎士の名門が性別を偽らせ、不当な世継ぎを騎士学校に送り込んだとなれば、それはとんでもない醜聞だ。

 事実、大衆の面前で私の事をその性別でいびった生徒がいたのだが、その者は次の日を境に学園から姿を消していた。


 学園生活の後半は、イジメに耐え抜く日々だった。


 声を掛けても無視され、所有物に落書きをされ、毎日のように罵詈雑言を浴びせられ、手ひどい暴力を振るわれた。


 “ドンカスターの白銀の薔薇”と呼ばれ、皆に尊敬の眼差しを向けられた私の姿はもうそこにはなかった。


 苦難の日々を過ごし、13歳となった私は騎士学校を無事に卒業する。ちなみに、首席でだ。その後、私はリントブルミア魔導乙女騎士団に入団した。


 騎士として生きる。家を追われ、剣を振るう以外の脳がない私にとって、それ以外の生き方はなかった。


 騎士団に入った後も私の境遇が変わることは無かった。


 本来、貴族出身の騎士は入団当初から士官組として重要な役職に就くのが一般なのだが、私に与えられたのはあくまで一介の騎士の地位のみ。


 そのことに全く不満はなかったが、所属先のアメリア隊で私は“罠係”を任されることになった。


 “罠係”とは他の隊員に先行して罠の解除を行ったり、逆に罠を仕掛けたりする役目を持つ騎士のことなのだが、その主な仕事は荷物運びに掃除に道具の手入れ____早い話が部隊の使い走りなのである。


 隊長のアメリア・タルボットは私をいい様に使った。彼女は頑として私に剣を握らせてはくれなかった。公私を隔てぬ雑務を押し付けられる日々。与えられた仕事に少しでも嫌な顔をすれば、暴力を振るわれた。

 いや、そうでなくともただ憂さ晴らしのためだけに、殴られ、蹴られ、家名を持たない卑しいみなしごと罵られた。


 先輩、同期、後輩、部隊のどの仲間も私を助けることは無かった。それどころか、アメリア隊長に加勢し、私をイジメる者もいた。


 一族に捨てられ、世間からは虐げられ、私は絶望の日々を送る。


 これまでも……そして、これからも……


 ”ドンカスターの白銀の薔薇”がその輝きを取り戻すことなど、もうないのだろう。


 そう思っていた。


 “彼”と出会い、“復讐”を誓うまでは____


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