第十七話「ホークウッドの像」
聖歴1320年。フランシス・ホークウッドはリントブルミア王国の名門貴族の家に生まれる。
時は“英雄の時代”。暴力が正義を名乗るこの時代、リントブルミア王国は、北はヨルムンガンディア帝国、西は神聖アンフィスバエナ帝国に挟まれ、両国からの板挟みの実効支配に甘んじる弱小国だった。
そんな国際情勢の中、ホークウッド家は親アンフィスバエナ派の貴族として知られ、密かに祖国とかの神聖帝国との併合を進めていた。十四世紀の初頭から王国内に吹き荒れていた過激なナショナリズムは、これを売国行為として許さず、ホークウッド家は国家反逆罪で一族郎党虐殺。当時七歳だったフランシス・ホークウッドは辛うじて処刑を逃れ、暗黒街へと姿を消した。
フランシス・ホークウッドが歴史の表舞台に再び姿を現したのは、彼が17歳の時であった。後に最強の傭兵団と称される“白銀の団”の首領として存在感を強めていたホークウッドは、ある事件を境に“英雄”として自国民に支持されるようになる。
聖歴1337年。リントブルミア王国西部の街スワナ。神聖アンフィスバエナ帝国の支配地域にあったこの街で、後に“スワナ事件”と呼称される暗殺事件が発生する。
当時、街にはアンフィスバエナ政府の高官の一団が訪れており、これを“白銀の団”が白昼堂々襲撃。重要人物を一人残さず殺害したのだ。
時のリントブルミア王国民は、この“スワナ事件”を神聖帝国に一矢報いたと熱烈に歓迎し、その首謀者フランシス・ホークウッドを崇め奉るようになった。
しかし、これがサン=ドラコ大陸全土を巻き込んだ大戦へと発展する。
“白銀の団”の殺害した高官のほとんどが、リントブルミア王国に緩衝地としての役割を望むリントブルミア独立穏健派の筆頭者達で、彼らが政治の舞台から消えたことにより、報復と言う大義名分をぶら下げて神聖アンフィスバエナ帝国は王国内に侵攻を開始した。
これに対抗する形で、神聖帝国と大陸の覇権を争う北の大帝国ヨルムンガンディアがリントブルミア王国に派兵。
両大国はその同盟国を巻き込んで戦争を開始した。
大陸を飲み込む戦禍の中、リントブルミア王国は驚くほど器用に立ち回った。
その絶大な力と国民の支持を背景に国内の軍部を掌握した“白銀の団”。彼ら主導の元、中立国としての立場を固めたリントブルミア王国は、大戦のどさくさに紛れて独立を果たし、のみならずこうもり外交で多大な援助を大国から取り付け富国強兵を進めた。
“ロスバーン条約”により“英雄の時代”が終わるまで、リントブルミア王国は強大な軍事国家としてあり続けた。
それはひとえに“英雄”ホークウッドの功績によるものだった。
“救国の英雄”として歴史の称賛を受けていたフランシス・ホークウッド。しかし“ロスバーン条約”以降、その評価は真逆のものに転じていく。
ホークウッドは忌むべき大戦の引き金を引いた暗殺者であり、また戦時中には数多くの虐殺や略奪に関与、リントブルミア王国の独立を勝ち取ったもののその際に横暴な強制徴兵を行い多くの自国民に惨たらしい血を流させた。
いつしか、リントブルミア王国民は彼を負の時代の象徴____“救国の悪魔”と忌避するようになった。
英雄ホークウッドの愛刀カネサダと出会って一週間、私は相棒の元の持ち主について上記のように理解していた。
それはそうと____
本日、私は非番であった。
『何だ、街に出るのかミカ』
「うん」
白いブラウスに青いスカート。私は今、シンプルな街娘の格好をしていた。ただし、腰にはごついベルトを装着し、そこにカネサダを差している。なので、全体として少しだけアンバランスな様相を呈していた。
休日、私は決まって街に外出することにしている。自室にいてもその使用箇所がベランダに限られる私。まさか、一日中この狭い空間で過ごすなどと言う苦痛を味わいたいとは思わない。
カネサダと共に今日は一日、首都エストフルトの街でぶらぶらと時間を潰すつもりだ。
『どこで時間を潰すつもりだ?』
カネサダの問いに私は肩をすくめた。
「特に決めてないけど」
すると、カネサダが提案する。
『なあ、良ければ漆器屋に寄ってくれねえか』
「漆器屋? ……どうして?」
そんな場所、このエストフルトにあるのだろうか?
『この鞘、ところどころ漆が剥がれているだろ? 塗り直して貰いたくてな。じゃないと、疲れてしょうがない』
私の目にカネサダの納められた古びた漆塗りの鞘が映った。
「……疲れるって、何?」
カネサダの言葉に私は首を傾げる。
『俺には周りの人間の感情を読み取る能力があるんだがな……』
そう言えば、前に人の感情を読み取るのが得意だとか言っていたっけ。
『鞘に納まっている間はその力が遮断されるんだ』
「へえ」
『でもその鞘がこの様だと、感情の流入が完全には遮断されねえんだよ。特に俺を腰に差してるお前の感情なんて四六時中ガバガバ入ってきやがる。疲れてしょうがねえ』
愚痴っぽくカネサダは言う。
『そう言う訳で、修理を頼みたい』
私は頷くが、釘を刺すように____
「私、漆器屋とか何処にあるのか知らないよ」
『まあ、適当にぶらぶらして見つけたら寄ってくれ』
「分かった」
私達は街に繰り出した。
カネサダの頼みもあって、私は普段足を運ばないような場所を巡って、漆器屋らしき店を探してみることにする。
首都エストフルトには国内外の様々な物品と多種多様な人間が流れ込んでくる。広いこの街の何処かに、目的の場所が存在している可能性はあると思う。
しかし、探せど探せど目的地は見つからず、私はその内、溜息を吐いて近くの石垣に腰を下ろした。
『何だよ、随分と一生懸命探してくれるじゃねえか』
「うん。でも中々見つからない」
私はげんなりとして声を漏らした。
『そんな必死になって探す必要はないって。適当に歩いて適当に見つかったら、それで良いからよ』
カネサダは言うが、頼まれた身としてはどうしても肩に力を入れてしまう。
私は空を仰ぎ見る。
「はぁ……しょうがない、裏通りの方に行ってみるか」
私は憂鬱そうに呟いた。
『……? 何でそんなに嫌そうに? 裏通りの方に何かあるのか?』
カネサダが尋ねる。私はぎこちない笑みを浮かべ、溜息を吐いた。
「あそこ、凄いナンパされるから」
『ナンパだと? ……それって、当然』
「男からね」
『だわな』
恐らくカネサダは苦笑していたと思う。その声音に若干の憐みがこもっていた。
『なあ、漆器屋探しは一旦いいから、寄って欲しい場所があるんだ』
「……? 良いけど、何処?」
『凱旋広場だ』
「……凱旋広場?」
……って何処? 聞いたことがない。
私が困ったような表情を浮かべていると、カネサダは思い出したように____
『ああ、今は英雄広場なんて呼ばれてたっけ』
「ああ、英雄広場ね」
それならば知っている。首都の目抜き通りを街の中央に進んだ場所にある広場だ。
「どうして、英雄広場に?」
『ホークウッドの像を拝んでおきたくてな』
カネサダの言葉に私は若干表情を曇らせた。
英雄広場。そこは“英雄”として歴史に名を残してきた猛者たちの像が立ち並ぶ場所であった。当然、カネサダの元の持ち主フランシス・ホークウッドの像もある。
あるのだが____
「……カネサダ、ホークウッドの像を見たいの?」
私は忠告するように言葉を続ける。
「やめておいた方が良いよ」
もし、カネサダがあの状態を知らずに像を見たいなどと言っているのならば、彼の為にもその見学を阻止するべきだと思った。
私の忠言に、カネサダは事情を知っているような口調で「ああ」と呟く。
『大丈夫だ、ホークウッドの像が今どうなっているか、ちゃんと知ってるから』
「……」
『知ってて、その状態を見に行きたいんだよ』
「気が滅入るかもよ?」
私の再度の忠告に、カネサダは愉快そうに笑った。
『なんだなんだ、気を遣ってくれてるのか? 幸せもんだな俺は!』
「……」
私は反応に困って足をぶらぶらとさせる。
躊躇うように視線を彷徨わせていると、カネサダが痺れを切らして私を急かしだした。
『ほら、いいから向かってくれよ! 行こうぜ、英雄広場に!』
「……うん」
私は気乗りしない返事を返し、とぼとぼとカネサダの指示する場所へと歩き出した。
出来る事なら、カネサダには今の状態のホークウッドの像を見せたくはなかった。
カネサダにとって、フランシス・ホークウッドという男はただの持ち主ではなく、家族と呼べるような存在だったに違いない。それは彼の発言の節々から感じられる。
そんなカネサダにはきっとショックな光景になる筈だ。
英雄広場に二足で構えるフランシス・ホークウッド。
その像は腰から上が粉々に砕け散っているのだ。それはホークウッドの像に限った話ではなく、その他の英雄の像も同様の状態であった。
無残な姿の英雄の像。そのままの状態にしてあるのは、何も修理を怠っての事ではない。故意にそのようにしてあるのだ。と言うより、粉々になった像自体、人の手によりわざわざ破壊されたものであった。
破壊した英雄の像を晒す____
英雄広場とは要は晒し台であり、貶められた英雄たちの姿を衆目に晒すことによって、二度と世界に“英雄”が誕生しないことを願う場所であった。あの野蛮な時代____“英雄の時代”が二度と訪れないように。
私達が英雄広場に到着しホークウッドの像の前に辿り着いたとき、カネサダは腰元から大声で笑いだした。
『だっはっは! こりゃ見事に破壊されてるな! 折角の男前が台無しじゃねえか!』
「……カネサダ」
無残な姿のホークウッド。
私は心配そうに鞘に目を落とす。
「ねえ、カネサダ……無理してない?」
『あん? 別に?』
「……」
『しかし、ものの見事に破壊されてやがるな。まだここが凱旋広場って呼ばれてた時代には、それはもう立派な像が立ち並んでいて、特にホークウッドはイケメンだったからその前には街娘どもがキャーキャー言いながらたかってたんだぜ』
自慢するようにカネサダは言う。
『……どうした、暗い表情して』
「いや、だって」
カネサダにとってホークウッドは身内のような存在で、そんな大切な人の無惨な姿がレプリカとは言え晒されているのだ。気分が良いものではない筈だ。
かく言う私も、何かムカムカとしたどうしようもない気持ちがわき上がって来るのを感じていた。今まで壊されたホークウッドの像を見ても何も思わなかったが、カネサダという親しい存在のまた親しい存在という事で、今は目の前の光景を他人事として処理が出来なくなっていた。
私は鞘を強く握りしめた。
「ねえ、カネサダ……ホークウッドがこの像を見たら……どう思うんだろう?」
私の声には若干の怒気が籠っていた。
だと言うのに、カネサダは____
『んー……笑い転げてたんじゃねえかな』
剽軽な口調で言い放った。
私は顔をしかめて首を振り、溜息を吐いた。
「じゃあ貴方はこの像を見て、どう思ったの?」
『どうって……この通りだぜ』
「貴方、ホークウッドの剣でしょ? 悲しくならないの、こんなの? ……きっと、ホークウッドはあの世で悲しんでいると思うよ」
『ふっ』
私の言葉にカネサダが馬鹿にするような笑い声を漏らした。
『お前にホークウッドの何が分かるんだよ?』
私は一瞬声を詰まらせて、それからぽつぽつと語り出した。
「……分からないけど……こんな扱い酷いと私は思う。だって、ホークウッドはあくまで国のために戦って……」
『それは、歴史の授業でそう習ったのか?』
「え?」
『ホークウッドがリントブルミア王国のために戦ったって……そう教えられたのか?』
「……違うの?」
カネサダが頷く気配がした。
『宗教じゃなく学問の支配下にある限り、歴史ってのは常に新しい事実や認識が付け加えられ、古い常識は葬り去られるもんだ。それが正しいか、間違っているかに依らずな。お前の習ったホークウッドの姿が本来の奴のそれと必ずしも同じとは限らないだろ』
説教じみた口調でカネサダは言う。
『例えば、お前らはホークウッド家が親アンフィスバエナ派の貴族で神聖帝国と祖国の併合を進めていたって教えられてるみたいだが……それは全く違うぞ』
「そうなの?」
『あの時代、リントブルミア王国は“西世界”の最貧国だった。国民のほとんどが飢えと病気に苦しめられ、識字率は一割を切っていた。まともな生活が出来るのは一部の貴族だけで、それ以外は犬や猫の方がよっぽど上等な暮らしをしているぐらいだった』
リントブルミア王国が“西世界”の最貧国? 弱小国だとは知っていたが……それは、初めて聞いた事実だ。今の王国からは想像も出来ない。
『ホークウッド家はそんな国情を憂いて、自国を神聖アンフィスバエナ帝国の一時的な保護下に置くことで祖国の現状を変えようとした。確かに、あれは見方によっては併合と呼べるような政策だったが、それもあくまで一時的なもので、後の独立はちゃんと保証して貰っていた。ホークウッド家が神聖帝国を頼ったのも、かの超大国が竜神教の守護者を自称していたからだ。竜神の洗礼を受け、竜の名を冠するリントブルミア王国が神聖帝国によりその存在を消されることはまずないとホークウッド家は考えていた』
長々とカネサダは語り、そして私に問う。
『“スワナ事件”は知っているか?』
「うん」
“白銀の団”によって神聖アンフィスバエナ帝国のリントブルミア独立穏健派の政府高官が殺害された事件だ。この事件を契機に大陸が戦火に包まれることになる。
『歴史学者の中にはホークウッドを憐れむ者もいる。ホークウッドはその有り余る愛国心故に祖国を戦場に変えてしまった悲劇の英雄だと。勘違いも甚だしい』
カネサダが馬鹿にするように鼻を鳴らした。
『ホークウッドは知っていた』
自慢げにカネサダは告げる。
『スナワに訪れていたアンフィスバエナのお偉共がどんな奴らなのか。そいつらを殺せば、どんなことが起きるのか』
私ははっと息を飲み込んだ。
それは、つまり……
「ホークウッドは戦争を起こそうとして……暗殺を。そういう事?」
『ああ、その通りだ。だいたい、ホークウッドに愛国心なんてある訳ねえだろ? 国に一族が虐殺され、自分も殺されかけたんだぞ』
「……復讐」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「自国を戦場に変えることで、ホークウッドはリントブルミア人への復讐を果たそうとしていた……そうなんだよね?」
『物分かりが良いじゃねえか』
それから、カネサダは種明かしをするように説明する。
『“スワナ事件”を起こし、アンフィスバエナに自国を侵攻させた“白銀の団”はアンフィスバエナ侵攻軍を装って王国内のヨルムンガンディア帝国の支配地域を襲撃。軍人から一般市民までを惨殺し“ヨルムンガンディア人は神聖帝国の支配するリントブルミアから出ていけ”と市中に書き残してヨルムンガンディア人の反アンフィスバエナ感情を高めた。目論見通り、ヨルムンガンディア帝国は王国内に大々的な派兵を決定し、リントブルミアを中心とした大戦が始まる。その際、求心力を高めたホークウッド率いる“白銀の団”はリントブルミア軍の上層部を皆殺しにして軍部を乗っ取った。そして、ホークウッドの本格的な復讐が始まる。自分を“英雄”と妄信する馬鹿な国民共を次々と戦場に送り込み、多くの血を流させた。結果として、リントブルミアは独立を果たし、強国としての地位を手に入れたが、代わりに多くの命が散っていった。その様子をホークウッドは高笑いしながら眺めていたな』
カネサダの語る歴史の真実に私は絶句した。
ここ数日、私はカネサダの元の持ち主という事もあって、ホークウッドに対し憐みのような感情を抱くようになっていた。
王国に虐げられ……それでもリントブルミアのために戦うも、空回りして最終的に“悪魔”と後世のそしりを受けることになった悲劇の英雄だと。
どうやら、フランシス・ホークウッドについて、認識を改め直す必要があるようだ。
彼は____やはり、“悪魔”だったようだ。
カネサダは言っていた。ホークウッドの復讐心が世界を変えたと。
私はその事を正確に理解してはいなかった。
私は、てっきりホークウッドが復讐という負の感情を正のエネルギーに転換して世界を変えようとしたものだと思っていた。
だが、違う。ホークウッドはどこまでも悪辣な復讐の鬼で、ただそれだけのために生きていたのだ。自分を虐げて来た人間と世界に対し自身の味わって来たものと同等以上の苦しみを振りまくために。
この時代においても、ともすれば“英雄”ホークウッドを美談として語る学者もいた。王国に虐げられながらも、その暗い感情を克服し皆のために尽くそうとした者であると言う一点においては称賛を受けるべきだと。
しかし、その僅かばかりの擁護も、今カネサダの語る真実を前に砕け散ってしまった。
『この壊された像を見てホークウッドがどう思うかって? きっと笑い転げている筈だぜ。ようやく俺様の事を正しく評価できるようになったか、リントブルミアの馬鹿どもがってな』
カネサダは楽しそうに笑った。
私は身震いしていた。
フランシス・ホークウッド。その英雄の恐ろしさを改めて実感していた。
『なあミカ、ホークウッドがどんな晩年を過ごしたか知っているか?』
「ホークウッドが? 確か……」
私は記憶を掘り返し、ホークウッドに関する情報を脳内から引き出す。
「リントブルミア王国が強国としての軌道に乗り始めた頃、ホークウッドの力の増大を恐れた国の上層部が、多額のお金を握らせて彼を国政の場から穏便に退かせたって聞いた」
『それもまた事実と違うな。ホークウッドは自らリントブルミアの軍部からその身を退けたんだ。上層部にはむしろ引き留められたぐらいだ』
「……自ら? どうして?」
手に入れた権力や地位を自ら手放すなど、あり得るのか?
『富、権力、地位、名誉。すべてを手に入れたホークウッドは多数の使用人が仕える豪邸に住み、豪華な食事を口にし、毎晩違う女と寝た。まさに、勝者の人生。だが、その充実感は数年と持たなかった。ホークウッドは気が付いてしまったんだ』
溜めるように、カネサダは間を空ける。
『奴にとって、復讐こそが人生の全てで……それによって奴の心は満たされていたってことにだ。復讐を終えたホークウッドに待っていたのは空虚な時間。退屈な日々。だから、奴は求めた。次の復讐を』
「次の復讐?」
『ホークウッドは誰かの復讐を肩代わりすることを生き甲斐にするようになっていた。そのために奴は“白銀の団”を引きつれリントブルミア王国を飛び出した。そして、その身を再び戦場に置いた。ホークウッドは常に小さき者の側に立ち、強きを喰らった。大陸北部の越冬戦争ではニドヘッグリア王国側に付き、ヨルムンガンディア帝国を下した。大陸東部では青龍解放戦争で青龍帝国連合側に付き、“西世界”の同胞相手に容赦のない刃を振るった。大きな戦いから個人間の小さないざこざまで、ホークウッドは誰かの復讐に加担し続けた』
カネサダは「そして」と前置きをする。
『その復讐は今も続いている』
「……今も?」
『ホークウッドの復讐はこの俺が引き継いだ。適合者を見つけてはそいつに力を貸し、その復讐の手助けをする。英雄の意志はまだ生きている』
私ははっとなって鞘に触れる。
「ホークウッドの意志が私に続いている?」
『ああ、そうだ。お前の復讐の手助けをすることが、ホークウッドの意志だ』
私は黙ってホークウッドの像を見つめた。
不思議な気持ちだ。大陸を巻き込んだ大戦を引き起こした英雄。その系譜が私へと続いている。
大きな歴史の流れの中に、私はいるのだと____そう思ってしまう。
私はそれから申し訳なさそうな視線をカネサダに落とした。
「よく分からない」
今は無きホークウッドの目が私を見下ろしているように感じ、縮こまってしまう。
「私にはまだ復讐が分からない。貴方は私を適合者だと認めたみたいだけど……私、自分ではそんな実感が全然なくて……私に貴方やホークウッドを満足させるだけの力があるのか……意志があるのか……」
『またその話か』
カネサダは呆れたように言う。
『何度も言うが、俺のことを気にする必要はない。お前がその気になった時、俺はその復讐に力を貸すだけだ』
「……もし、その気にならなかったら? もし、私が一生その気にならなかったら、どうするの?」
『どうもしない』
カネサダは素っ気なく言い放った。
『お前に出会うまで、俺はたくさんの人間の手に渡り、時に適合者を見つけては力を貸したが……毎回毎回満足のいく結果になった訳でもなかった。勝利もあったが敗北もあった。でも、少なくとも俺はそれで良いと思っている。それが人生って奴だ。だから、お前の行く末をどんなものであろうと俺は受け止める。色々と口は挟むが、最終的なお前の“選択”を俺は尊重するぜ』
私はカネサダを少しだけ鞘から覗かせ、考え込んだ。
フランシス・ホークウッドは復讐に生きた男だった。その生き方は決して褒められたようなものではない。多くの人間を死に追いやり、その魂は血で汚れていた。
忌むべき英雄の人生。それなのに、私はその穢れた運命に憧れのようなものを抱いていた。
私もホークウッドのように____
この思いは正しいものなのか? それとも、大きな過ちなのか?
カネサダが前に言っていた。
私が人間らしさを取り戻した時____復讐は燃え上がると。
私にはまだ、その言葉の意味はよく分からない。
しかし、もし、その時が来たら____
私はどのような決断を下すのだろうか。
私の頭はよく分からない事と言葉に出来ない感情でこんがらがっていた。
壊されたホークウッドの像を前に、私は視線を彷徨わせる。
その時____
「ミシェル様!」
私を呼ぶ声が何処からともなく聞こえ、我に返ったかのように声元を探す。
聞き覚えのある声だ。一体誰の声だっけ?
「ミシェル様、またお会いできましたね!」
「……え」
視界に綺麗な金髪が揺らめく。
私は思わず固まり、声を詰まらせてしまった。
「お久しぶりです」
後退る私。目の前に一人の少女が姿を現す。
それまでの思考が、ぶっ飛ぶほどその衝撃を受ける私。
ごくり、とつばを飲み込み、私はその名を口にした。
「……エリザさん」
エリザ____
惨めな別れ方をした少女の姿がそこにあった。