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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第十六話「わずかばかりの変化」

 軍病院で一夜を明かした私は、早朝エストフルト第一兵舎へと帰還し、食堂で静かに朝食を取っていた。


 私はもそもそとパンを齧っている。


 空気が重かった。


 それも当然の事。昨日同じ兵舎の仲間が魔物に殺されたのだ。そのショックは騎士達の表情を陰らせ、口数を嫌にも少なくさせた。


 中には啜り泣きをしている者もいて、まるで食堂は葬式会場のようだった。


 こんなことを思うのは不謹慎だし、人情に欠いているようでもあるが____


 私にとっては、普段より平和な朝の風景だった。この空気の中では、誰も私にちょっかいは出さない。


『なあ、思ったんだが』


 カネサダが口を開いたので、私は視線だけで「何?」と尋ねる。


『お前、いつもベランダの固い地面で寝起きしてるだろ?』

「……」

『これから毎日何か適当な傷でも作れば、病院の清潔なベッドの上で眠れるんじゃねえか?』


 私は静かに首を横に振った。


 そんな厚かましいことはしない。


 私は朝食を食べ終え、エストフルト第一訓練場へと向かった。


 そこでは、通常通り部隊ごとの朝のミーティングが行われたのだが、我がアメリア隊の面々には当然数人分の欠けが生じており、会合も寒々としていた。


 昨日の事があってか、予定されていた巡回任務と訓練は取り止めとなり、アメリア隊の隊員達は午前の早い段階から騎士団本部より派遣された事務官騎士の取り調べを受けることになった。


 事務官騎士。リントブルミア魔導乙女騎士団の団員は通常二十歳を過ぎれば実働部隊を去り、戦場(いくさば)から身を退ける。大多数の騎士達がその年齢に達する前に寿退団する中、主に士官組を始めとした騎士達は騎士団の運営陣として国家に奉じることになる。事務官騎士はその進路の一つであった。


「では、貴方が件の魔物を一人で葬ったという訳ですね」


 妙齢の事務官騎士が、訓練場に設けられた事務室で紙とペンを手に私に尋ねる。


 私は彼女に頷き、その言葉を肯定した。


 それから事務官騎士は困惑気味に私の述べた事実の確認をする。


「突然目の前に現れた謎の剣を用いたことにより、魔物に致命傷を与えることが出来たと仰られましたが……この事実に間違いはないですね?」

「はい」


 私は机の上に置いたカネサダをそっと撫でた。


 事務官騎士は訝しむように古びた漆塗りの鞘を見つめる。


「この剣をお借りすることは出来ますか?」

『駄目だ』


 事務官騎士の問い掛けに答えたのはカネサダだった。


「駄目だと言っています」


 彼の声は私にしか聞こえないので、代わりにその言葉を伝えて上げることにする。


 事務官騎士は嫌な顔をした。彼女にはカネサダが喋る剣であることを教えてはいるものの、どうにも話を信じて貰えていない感じがした。まあ、こちらもその証拠を示せないので、彼女の反応も当然と言えば当然だったのだが。


『無理に持っていくんだったら、電撃をお見舞いしてやる』

「無理矢理持っていかれるのなら、電撃をお見舞いすると言っています」


 面倒だったのか、事務官騎士はそれ以上追及することは無く、取り調べは終始事務的に行われた。


 その後、事務官騎士から解放された私は、兵舎に戻りその中庭でぶらぶらとしていた。


 隊長のアメリアと副隊長のラピスは夕方まで騎士団本部に赴いたまま戻ることはないとの情報が入って来たので、アメリア隊の面々は指令がないのを良い事に各々が自由時間として身体を存分に休めている。要はサボりだ。


 中庭のベンチに座り日向ぼっこをしていると、ふと目の前を見知った顔が通った。


 赤髪に勝気な表情。ルームメイトのサラ・ベルベットだ。


 彼女は今日、非番だと聞いていた。実際そのようで、サラの服装は騎士のものではなく、街娘のそれと変わらないゆったり目の私服だった。


「……アンタ、何やってんの?」


 サラはこちらに気が付き、むすっとした表情のまま尋ねる。

 私服の彼女に声を掛けられたのは、何だかとても新鮮だった。


 私は頬を掻き____


「……サボり?」

「……」


 私の答えにサラは無表情のまま鼻を鳴らした。


「ヤバい魔物が現れたんだって?」

「うん」

「アンタが倒したって聞いたんだけど」

「うん、そうだよ」


 初めてかもしれない。サラとこのように会話をするなど。

 彼女との言葉の遣り取りを少しだけ楽しんでいる自分がいた。


「大怪我して病院に運ばれたらしいわね、アンタ」


 もしかして、心配してくれているのだろうか?


「そのまま戻ってこなければ良かったのに」


 違ったみたいだ。


 私は苦笑すら浮かべず、真顔のまま彼女を見つめた。


「昨夜はよく眠れたよ」


 私はふうと息を吐いた。そして、皮肉を込めて____


「ベランダじゃなくて、ベッドで横になれたからね」

「……!」


 サラは少しだけ驚いた顔をして見せた。


「……アンタ、何か雰囲気変わった?」

「……何で?」

「ちょっと生意気だと思った」


 サラはまるで動植物を観察するが如く、私の足先から頭の天辺までその視線を這わせる。


「何かあったの?」


 彼女の問いには答えず、私はそっとカネサダに手を重ねた。


 サラは程なく私の前から姿を消した。中庭には私一人が取り残される。


 結局、隊長と副隊長は日がな一日騎士団本部に拘束され、多忙であったのか隊員達に連絡を入れることはないままだった。おかげで、私は一日中のんびりと身体の疲れを癒すことが出来た。


 午後8時を過ぎた頃、私は大浴場へ向かい二日分の身体の汚れを落とした。


 その際、カネサダが____


『おい、ミカ……約束覚えているか?』

「約束?」

『裸、次の機会に見せてくれるって』

「……」


 ああ、そんな約束したっけ。


 私は口笛を吹き、とぼけた口調で答える。


「記憶に御座いません」

『……!? はぁ!? 汚いぞ、お前! ちゃんと約束したろ!』

「記憶に御座いません」

『お、お前……!』


 怒り心頭に発するカネサダ。


 いや、どんだけ人の裸がみたいんだよ。


 この刀、私が男だってこと本当に理解しているのかな?


 大浴場でそんな馬鹿な遣り取りをした後、私は相も変わらずベランダの固い地面で就寝した。


 翌日。私は“罠係”としての日常の中にあった。


 朝のミーティングが終わり次第、アメリア隊の他の面々が首都のパトロールや戦闘訓練に励む中、私は騎士団の関連施設の清掃や備品の手入れを行っていた。


 次の日もまた次の日も、私の日課は変わらないままだった。


 ただ、何もかもが変わらずのままだった訳ではない。


 雑務の間、カネサダが一人きりだった私の話し相手になってくれていた。そのおかげでそれまでの暗い孤独感に襲われることは無くなった。


 カネサダは粗暴な輩だが、長く生きているだけあってその分博識だった。私の知らないことを色々と知っているので、ついつい話に聞き入ってしまう。


 私に訪れた変化はそれだけではない。


 それは早朝の食堂でのことだ。


 相変わらず食事の並べられたテーブルの上には哀しい空気が漂い、皆一様に先日の仲間の死を悼んでいる。

 特にアメリア隊の隊員の中には精神的にやられて、熱病に冒されている者もいた。そうした者達は薬としてタール水をしこたま飲まされ、余計に気分の悪そうな顔を晒した。


 私は誰に構われる事もなく平穏に朝食を取っていた。


 ここ数日、食事中の私の前に姿を現す者は誰一人としていなかったのだが、その日は違った。


 気配を感じ食事の手を止めると、お盆を両手で支えて立つアイリスの姿が私の背後にあった。


 私と彼女の目が合う。


「ミシェルちゃん、隣いいかな?」

「……うん」


 アイリスは恐る恐る尋ねるが、私が頷くのを見るとぱあっと顔を輝かせた。


 隣の席にアイリスは腰を下ろし、朝食を乗せたお盆を机上に置く。私はその様子を怪しげに見守っていた。


 水を飲み、パンに手を伸ばすアイリス。


「ミシェルちゃん、甘いものは好き?」

「え?」


 突然、アイリスはそんな事を聞き出した。


 訝しみながら私は頷く。


 すると、アイリスは____


「クッキー焼いたんだけど……貰ってくれないかな?」


 懐から紙袋を取り出し、それを私に差し出した。


 クッキーが入っているのだろう。紙袋の中からは甘い匂いがして、私の鼻腔をくすぐった。


 私は紙袋を受け取ってからしばらく固まっていた。紙袋とアイリスの顔。その二つを交互に見遣る。


「……何で?」


 と、私は問う。


「何で私に?」


 アイリスは照れくさそうに笑った。


「あ、あの……助けてくれたお礼」

「……?」

「ほら、アサルトウルフにやられそうになった時、私を助けてくれたでしょ」


 ああ、と私は声を漏らした。


 ……確かにそんなことがあった。


 私はおっかなびっくり紙袋を開け、中身のクッキーを確かめる。


「本当に貰っていいの?」

「う、うん……お口に合うといいな」

「あ、ありがとう」


 私はやはり恐る恐るクッキーの一つを摘まみ上げ、アイリスに確認を取る。


「食べても良い、かな?」

「どうぞどうぞ」


 アイリスに促され、私は口にクッキーを放り込んだ。


「……おいしい」


 口に広がる香ばしい甘さに、私は素直な感想を漏らす。

 私の言葉にアイリスはほっとしたような息を吐いた。


「良かった、お口に合って」


 笑顔のアイリス。


 私はともすれば気味悪げな表情で彼女を見つめていた。


 一体、どういう風の吹き回しなのだろうか?

 命を救って上げたとはいえ、この私にこんなにも親し気に接するなど。


 幸せな気分だったが、困惑の方が大きかった。


 彼女との付き合いはそれで終わりではなかった。早朝での出来事を境に私達の仲は深まっていく。


 昼の休憩時、兵舎の廊下でばったりと出会った時、朝晩の食事の時間。アイリスは機会がある度に私に声を掛けてくれた。


 嬉しかったが____私は常に警戒するように彼女と接していた。


『お前、もう少しあのアイリスとか言う嬢ちゃんと肩の力を抜いて接してやれよ』


 カネサダに忠告される。


『少しぐらい心を許してやっても良いんじゃねえか?』


 私は曖昧に頷くだけだった。


 人間関係の変化と言えば、副隊長のラピス・チャーストンもそうだ。


 彼女の場合、特段接し方が変わった訳ではなかったが、明らかに私を見る目が以前とは異なっていた。


 ある日、アメリアとラピスが口論しているのを見かける。聞き耳を立て、こっそりその内容を窺うと、どうやら私の事で揉めているようだった。


 森に現れた巨大なアサルトウルフ。その調査のために騎士団は各部隊から優秀な騎士を集め合同調査部隊を編成することを決めたらしいのだが、ラピスはアメリア隊の精鋭として私を推薦しているようだった。この事に異を唱えるはアメリアで、彼女は私を合同調査部隊に送り出すのを強く反対していた。


 結局、アメリア隊からは他の隊員が精鋭騎士として選ばれたのだが、ラピス副隊長としては最後まで私を推していたと後に聞いた。


 またある時、私はラピス副隊長に命じられ戦闘訓練の参加を許されたことがあった。


 模擬戦形式の対人訓練で、ラピス副隊長としては部隊で一番の手練れと認めた私を試合に参加させることで訓練の質を高める狙いがあったらしいのだが、これも結局のところアメリア隊長に阻止され、私は不参加となった。


 相も変わらず雑用の毎日だったが、それでもラピス副隊長が私の事を評価してくれていると知って、何だが救われたような気分だった。


 ほんのささやかな変化だが、私も私の周りも少しずつ変わりつつあるように思える。


 何か、それまでの人生とは異なる流れを感じた。


 変わる。まだまだ、変わっていく。


 そんな予感がする。


 絶望の中にあった私は、その暗闇の中一条の光を見つけたような、そんな気持ちになっていた。


 光は徐々に大きくなっていき、やがて精神に蓄積した汚泥を払拭する。


 そんな希望が差し込み、私はワクワクしていた。

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