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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第三十一話「最後の力」

 ガブリエラは動かない。彼女の背中から伸びる第三の手も力を失い、風で表皮が剥がれ、次第に朽ちていった。


 私の身体はボロボロで____右腕は動かず、胸の風穴は塞ぎ切っていない。


 だが、私は生きている。ギリギリの所で持ちこたえ、複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムが私の身体を癒していた。


 ガブリエラとの闘い。私は勝利したのだ。ガブリエラは倒れ、私は立っている。


「……カネサダ」


 それなのに____


「返事をしてくれよ……カネサダ……」


 勝利の歓喜などない。私にあったのは大きな喪失感。地面のカタナを拾い上げ、カネサダの名前をひたすらに呼び続ける。


 そこに、既に相棒がいない事を知りながら。


「……どうして」


 急激な眠気がやって来る。意識がひどく曖昧だ。恐らく、最後のガブリエラの一撃でこちらの魔導核(ケントゥルム)が半壊したのだろう。


 私はカネサダを抱え、地面に膝をつく。


「……ミシェル様、どうなされたのですか」


 私の顔を覗き込む少女がいた。エリーだ。私は情けない声で泣き始め、嗚咽交じりに答える。


「カネサダが……いなくなって……」

「カネサダ様が?」

「……ガブリエラを倒すために……」


 エリーが優しく私を抱く。温かい感触。だが、私の悲しみを埋めるには不足だった。


 カネサダがもういない。


 私の一番の心の拠り所だった彼が。


 私はこれからどうすれば良い? カネサダがいなくなって、私はただの脱け殻だ。立ち上がる気力すらない。


 失意の折に____


「よくもやってくれたな、ミシェル。ガブリエラを……私の天使を……!」


 鋭い怒りの声が掛けられる。無気力に顔を上げて初めて気が付いた。目の前にはアンリ・アンドーヴァーの姿。その手にはギロチンの刃____“働き者の女神”エステルが握られている。


「……」


 立ち上がりもせず、私はじっとアンリを見つめていた。ただ呆然と、ただ無感情に。


「せめて……せめて、お前を殺してやるッ!」

「ミシェル様!」


 庇う様にエリーが前に出るが、アンリの蹴りに吹き飛ばされ、地面を転がった。


「……ミシェルッ!」

「……」


 アンリが胸倉を掴み、私を強引に立ち上がらせる。彼女の腕からぶらりと吊り下がる私はさながら糸吊りの人形だった。


「貴様らは邪悪な愚か者だ。“黙示録の四騎士”の意義も理解出来ず、我々の平和への道を阻む」


 アンリは燃えるような憎しみの目で私を睨む。


「平和のための闘いを邪魔するお前を____この場で処刑してくれる!」


 片方の手でギロチンの刃を振り上げるアンリ。その殺戮の刃で私を殺そうとしているようだ。


 身体に力が入らない。動く気力も無い。視界はぼやけ、意識も遠のく。


 ……私はここで死ぬ。


 カネサダを失い、もう歩く気にもなれない。


 彼の言葉が、彼の存在が私を動かしてくれた。しかし、カネサダはもういない。私を動かすものが、もう何も____


 ……。


 …………。


 いや。


 忘れるな、ミシェル。


「“平和のための闘い”、ね」

「……!?」


 アンリが刃を振り下ろす寸前、私はその腕を掴む。


「便利な言葉だな、アンリ・アンドーヴァー」


 忘れるな。カネサダの言葉ならある。


「便利で、安っぽい言葉だ」

「……貴様!」


 力が湧いて来る。エステルを握るアンリの手が振り下ろされる半ば止まっていた。私が押し留めているのだ。


「安っぽいだと? ……貴様のような人間には理解出来まい!」

「それはお前だって同じだろ」

「何だと」


 散らばりかけていた意識の欠片をもう一度呼び戻す。再び、闘うために。


「お前だって理解出来ていない。お前だけじゃない。誰だって理解出来ないさ。理解している気になって、自分に酔っているだけだ。だって、お前の言葉は空っぽなんだから。そんなもの、はなから理解出来ないさ」


 カネサダは与えてくれた。万人が言い聞かされた便利で安っぽい言葉ではなく、私に向けられた真に価値のある言葉を。


「カネサダが教えてくれた。私は私の復讐のために闘う。気に入らない奴らをこの手で____」


 アンリを拳で殴り、その拘束から逃れる。私は地面に落ちていたカタナを手にした。


「全て消し去る!」

「……!?」


 脳内に火花が散る。私は白銀の刃をアンリへと____その心臓へと突き立てる。


「がはっ!」

「お前達の事情なんて知った事か」


 アンリの胸から鮮血が噴き出す。それは私の顔を覆い、視界を赤く染め上げた。


「私は前へと進む。邪魔をするのならば____断ち斬る」


 私の中にはカネサダの言葉がある。交わした誓いがある。私にとっての始まり。そう____復讐の誓いが。


 例え、彼が姿を消しても、この先もずっと……。


「……」


 アンリが倒れる。確かな感触があった。心臓を突かれ、アンリは絶命したのだ。私は騎士団団長を殺した。


 確実に、一つの命を奪ったのだ。


「……カネ、サダ」


 血だまりが広がる中、私は白銀の刃に縋る。そして、安堵してその場に座り込んだ。


 カネサダが居なくても、彼の残したものはここ(、、)にある。だから、大丈夫だ。私はこれからも前に進んで行ける。


 カネサダの意志はここにある。


 白銀の煌めきを目にする度、それを振るう度、私は思い出し、勇気を得る事が出来る。


 だから____


「……私……頑張るから……」


 再び、急激な眠気に襲われる。しかし、喪失感は無い。何か温かいものに包まれ、私は目を閉じた。


 暗闇の中では、在りし日の思い出が蘇ってくる。


 カネサダと出会った日の事。彼と共に闘った日々。大切な仲間が出来た事。


 どれも、私の宝物。


 私の最高の相棒が与えてくれたものだ。


 幸福の中____私は意識を失う。


 そして、長い、とても長い眠りに就く事になるのであった。

第四幕・完

次回、エピローグ

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