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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第二十話「ラピス:魔導波にのせて」

 ミシェル達亡命組が貧民街を発った後、私達残留組は廃墟となった古びた教会内で円陣を組んだ。


「さて、我々残留組の今後について話そうか」


 私は一同の顔を見回し一つの提案をする。


「私はこの残留組を更に二手に分けようと思う。このまま首都周辺に身を潜める潜伏組と騎士団に何食わぬ顔で復帰する偵察組だ」


 要は私達の内の何人かをスパイとして騎士団側に送り込もうと言う訳だ。


「私達の中には公安試作隊としての顔を知られていない者達がいる。例えば、アリア。恐らくだが、お前が公安に属している事を騎士団は知らない筈だ」

「ええ、そのように立ち回って来ていましたから」


 頷くアリア。彼女には密偵としての才能があった。周囲には隊の一員としての顔をあまり知られていない。


「アリアを始め公安試作隊隊員である事がバレていない者達を偵察組とする」


 私はざっと顔ぶれを確認し、偵察組の選出を行う。私、サラ、ミミが偵察組に入れない関係上、彼女達のリーダーはアリアになった。


「詳しい指示は私が出すが、お前が一応のまとめ役だ。頼んだぞ、アリア」

「はい」

「定期連絡のための集合地点は____」


 取り決めの後、私はすぐさま偵察組を騎士団へと帰す事にした。教会内には私を含め7人の潜伏組が残る。


「首都の北の外れに家屋がある。この人数を収容するには少し狭いが、諸々の設備が生きている。良い隠れ家となるだろう」


 首都市街の外部にも緊急時のための拠点は用意してある。潜伏組の人数ならばギリギリ収める事が出来る規模のものだ。


 それから私達残留組は国内の情報収集に努める。


 リントブルミア王国は逃亡したエリザベス王女の話題で持ちきりだった。新聞各社も連日王女と公安部に関する情報を報道している。


 意外だったのが、新聞各社が我々の扱いについて少しだけ割れている事だ。報道業界には熱心な騎士団信奉者が多く、此度の一件でも王女が全面的に非難されるものかと予測していたのだが、幾つかの新聞紙では擁護とは行かないまでも中立的な視点で騎士団と公安部の争いを論じていた。


 ここ最近の公安部の活躍で人々の物の見方も変化してきているのだろう。


「騎士団の王女捜索の手が首都周辺からその外部へと伸び始めています」


 潜伏組と偵察組の定期連絡用の集合地点____エストフルト第一兵舎に近い廃棄物処理施設でアリアが報告をする。


「そうか、首都周辺に王女はいないと騎士団は察したようだな」


 予想以上に動きが鈍くて助かる。亡命からは既に二週間が経っての事だった。


「亡命組からの連絡があった。あちらはあちらで上手くやっているようだ。それはそうと、我々にもこちらでの準備が必要らしい」


 亡命組からの連絡によれば、エリザベス王女は“黙示録の四騎士”の告発の声をラジオ放送を通してリントブルミア王国中に伝えるらしい。強力な魔導装置を用い、全ての魔導波帯をジャックする算段だとか。残留組にはそのための国内での準備を依頼された。幸いこちらにはミミが居るので技術的な事は彼女に任せれば良い。


「カラケス自治区からの魔導波を中継するための装置が必要になります。国内の幾つかの地点に中継アンテナを設置しましょう。それとエストフルトの市街地にラジオ受信機を出来るだけ多数新設した方が良いと思います」


 ミミがラジオ放送の計画についてのアドバイスをする。彼女によればラジオ放送は近年ようやく実用化されたばかりの技術で、軍事用あるいは防災用として利用されてはいるものの未だ民間には浸透していないものなのだそうだ。私も存在だけは認知しているが実物に触れたことは人生で一度もない。安定したラジオ放送のためにこちらである程度のインフラを整備する必要があると主張された。


「バリスタガイにいる伯父のジェームズと彼の仲間達に協力を要請しましょう。我々だけでやろうとすれば、ラジオ普及率の乏しいリントブルミアではインフラ整備に半年以上掛かります」

「そうだな、専門家の集団に仕事を依頼した方が良いかも知れんな」


 ミミの伯父、ジェームズは優秀な魔導エンジニアだ。バリスタガイの住人でもあるので裏で動いて貰うのには丁度良い。


 ミミにラジオ放送の準備を任せ、更に一週間が過ぎた頃、私達の元に秀蓮(シュウリエン)が訪れた。


「お元気で何よりです、ラピスさん」

「そちらこそ、変わりが無いようで安心した」


 秀蓮(シュウリエン)がこちらを訪ねて来た理由。それは残留組に対する政治工作の指示だった。彼女はリントブルミアの政治力学を熟知している。“黙示録の四騎士”の告発をより効果的なものにするためにどのように根回しをすれば良いのか。それを一番に理解している。素早く適切な政治工作には秀蓮(シュウリエン)の直接の監督が必要だった。


 法曹界、貴族社会、竜神教会、学会、報道業界____秀蓮(シュウリエン)は裏のルートから公安試作隊隊員達を各界の有力者に送り込む。


 エリザベス王女の亡命から一月が経過。告発計画は驚くべき速さで進行し、全ての準備が整った。


「計画によれば二時間後にエリザベス王女からの告発が始まる」


 私達残留組はエストフルト市街地の路地裏に集合していた。


「最後の仕事だ。我々は今から市街地中にラジオ受信機を取り付けて回る。カラケスから発せられる王女の声を首都中の人々の耳に届けるために」


 私達の足元には多数のラジオ受信機が置かれていた。これらを騎士団の目を盗んで市街地中に設置する。


「そして、王女のラジオ放送が始まる10分前に騎士団本部を襲撃する。この任務はサラに主導して貰う」


 ラジオ放送が始まれば、それを妨害するべく騎士団が動く可能性が考えられる。彼らを封じ込める目的で、直前の騎士団本部襲撃を計画した。


「ミミと彼女の伯父達は素晴らしい働きをしてくれた。その努力を無駄にしないためにも最後の仕事を完遂する」


 私がラジオ受信機を抱えると、他の隊員達もそれに倣った。


「では、作戦開始!」


 私の合図と共に仲間達がラジオ受信機を手に順次散って行く。私も自身の受け持った設置地点に向かって歩を進めた。


 ラジオ受信機の設置は一時間もしない内に終了する。


 王女の放送まで残り一時間。サラが騎士団本部の襲撃任務へと移行する傍ら、私達は首都の外周部へとはけていく。


「どうなりますかね、リントブルミア王国は」


 高い建物の屋根に上り、緊張の面持ちでミミが首都の街を一望していた。


「告発は上手く行くでしょうか」

「それは賽を振ってみない事には分からんな」


 ミミの側に移動し、私は静かに告げる。繕ったが、声が少しだけ震えていた。私も緊張しているのだ。


 私は自身の胸に手を添え、それからミミの肩を叩いた。


「お前はよくやってくれている」

「何ですか、急に」

「お前だけじゃない、他の隊員達もだ」


 ミミが不思議そうな目で私を見つめている。


「正直な話、公安試作隊がここまで大きくなることに私は懐疑的だった。騎士団の人間達は上から下まで性根の腐った者達しかいないと私は思っていたからだ。公安の仕事は騎士団と言う権威との対決に他ならない。そして、風評との対決でもある。それらを乗り越えてまで何かを変えたいと言う気持ちのある者達がこんなにもいる事に私は心を打たれた」


 公安部が設立されてから現在に至るまで公安試作隊の脱退者は一人もいなかった。此度の一件で裏切り者や隊を離脱する者が現れるかとも思ったが、今の所そのような存在は確認していない。皆、本気なのだ。本気で騎士団と闘う覚悟があるのだ。


「お前達は皆、勇敢な騎士だ。お前達と共に居られる事を私は誇りに思う」

「褒められて何ですけど……私、結構今ビビってるんですよね。心の準備が未だって言うか。この期に及んで計画が明日に延期されないかなとか思ってたり」


 ミミは苦笑いを浮かべた。多く接して分かった事だが、彼女は意外と神経質だ。


 私達はそれから黙ってその時を待った。


 心臓の音が妙に大きく聞こえ、不快感を覚える。思わず口元を押さえ、それから短い呼吸を繰り返した。


 ミミや他の仲間達も同様に落ち着きがない。


 やがて____


 歴史が動くその時間がやって来る。私は首都の中心部に爆発を捉えた。騎士団本部が爆撃を受けたのだ。サラの襲撃任務が始まった。と言う事は____


「王女の放送まで後10分か」


 呟いてから私は深呼吸をした。


 まもなく、ヨルムンガンディア帝国カラケス自治区からエリザベス王女の声が魔導波を介して首都全域に伝えられる。


 “黙示録の四騎士”に人々はどのような反応を示すのだろうか。


 王女の言葉を信じ、騎士団を非難し出すのか。あるいは、ただのデマとして片付けられるのか。


 早く確かめたい。


 逸る気持ちを抑える私。時間が過ぎるのをただ待つ。


<____!>


 短いハウリング。金属同士が擦れる様な音が首都を包み込み。音響で空気が震えた気配がした。


<聞こえていますか、皆様>


 それは機械を通して聞こえるエリザベス王女の声だった。ラジオ放送は無事開始されたのだ。


<私はリントブルミア王国王女エリザベス・リントブルム。リントブルミア魔導乙女騎士団によってあらぬ罪を被せられ、追われる身となった王女です>


 凛とした声音。王女の堂々とした佇まいが想像できる。


<騎士団は私と公安部を闇に葬り去ろうと企てています。それは私達が彼らの重大な罪に迫ったためです。我々は屈しません。騎士団の許されざる過ち。それを今から告発します>


 市街地の方から人々の声が押し寄せて来た。遠く離れたこの場所からでも彼らの戸惑いが伝わってくる。


 私は息を潜めて、祈るように王女の次の言葉を待った。


<騎士団は四大騎士名家主導の元“黙示録の四騎士”と呼ばれる計画を進めてきました。それは非人道的であり、“ロスバーン条約”が掲げる不戦の誓いとは相反するもの____即ち、騎士団の存在意義と矛盾するものに他なりません。以下にその内容をお伝えします。“黙示録の四騎士”とは____>


 それから、王女の長々とした告発が始まった。


 騎士団と四大騎士名家が行って来た数々の非道が市民に明かされる。そして、これから彼らが為そうとしている事も。


 男性軍人の存在を禁止する“ロスバーン条約”によりサン=ドラコ大陸では今後一切の戦争が起きないと人々は信じている。そして、条約の申し子である乙女騎士団は世界平和の守護者であると考えられて来た。


 しかし、その世界平和の守護者である筈の乙女騎士団自身が平和を害するような力を手にしようと目論んでいる。


 これは乙女騎士団の存在意義と彼らが掲げる理念に反する重大な矛盾だ。


 首都を包み込む王女の言葉。


 私は静かに震えていた。


 騎士団を支えていた思想の柱が崩れていく。彼らを平和の使者であると崇めていた者達の呆然とする顔が目に浮かんだ。


 私が今感じているもの。それは快感だった。破壊者が抱く快楽と言うやつだ。


 無知な自称賢者や偽りの平和主義者にざまあ見ろと言ってやりたい。お前達はペテンに掛けられた愚者に過ぎなかったのだと。


 世界は変わって行く。古びた秩序は崩れ、次の時代の価値観や思想が生まれるのだ。“ロスバーン条約”はいつまでも“新しい秩序”では居られない。それは直に過去のものとなる。


 いや____


 過去のものにしてみせる。私達の手で。

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