第十八話「亡命計画」
市街地を適当に駆け回った後、貧民街に移動し無事仲間達との合流を果たす。集合場所は廃墟となった教会。公安試作隊の面々が長椅子に腰掛け一息ついていた。
私は仲間達との情報共有の後、ラピスとエリーと共に今後の方針について話し合う。
「……ヨルムンガンディア帝国へ?」
「ええ、カラケス自治区へと向かいます」
“剣”、“獣”、“飢饉”、“疫病”____全ての“黙示録の四騎士”の証拠が出揃った。しかし、今の状況で公表の場を国内に設ける事は困難だ。そこでエリーは国外へと目を向けた。
ヨルムンガンディア帝国カラケス自治区。公安部は彼の地にて“黙示録の四騎士”の告発を行うつもりだ。
「亡命って事だよね。ヨルムンガンディア帝国側は受け入れてくれるかな?」
「タティアナ様が協力して下さるでしょう」
タティアナ・ヨルムンガンド。ヨルムンガンディア帝国の第一皇女だ。政治家であり軍人であり、竜核の保有者でもある。
「問題を国外に持ち込む事への抵抗はあるが……最早、仕方がないだろう」
難しい顔でラピスが告げる。亡命は最善の方法ではない。私もあまり気乗りしないが、選択肢がそれ以外に無いこの状況では致し方ないのかも知れない。
「公安部全員で帝国に向かうつもり?」
「いいえ、半数をこちらに残します。国内情報の収集やグナイゼナウ教授との連携も必要ですし。後は囚われたルカ様の保護も。もしもの時のための戦力をエストフルトに置いておきます」
エリーは休憩中の公安試作隊隊員達を見回す。
「残留組と亡命組の選出は隊長であるミシェル様にお任せします」
「選出か……うん、分かった」
私は頷き、何とはなしに教会の祭壇へと向かった。隊員達の様子が一望出来る。
……さて、ヨルムンガンディア帝国へと向かう事になった訳だが、誰を連れて行くべきか。
私は亡命組に入るとして____まずは、ミミ。彼女はグナイゼナウ教授との“飢饉”に関する連携のためにエストフルトに残しておくべきだ。
そして、エストフルト側にも頼れる頭脳と戦力を残しておきたい。となれば、ラピスとサラを残留組に組み入れるべきか。
秀蓮も国内の情報収集と偵察のために残留組に加えたいが、それよりもエリーの護衛を優先させる方が良いだろう。
まとめると、私、アイリス、マリア、秀蓮が亡命組。ラピス、サラ、ミミが残留組。後は残りの隊員達を半々に分ける。
咳払いを一つ____
「皆、聞いて。今から組分けを行う。私、アイリス、マリアは亡命組____」
祭壇の前で組分けを行う私。皆、緊張の面持ちで発表に耳を傾けていた。
「以上が亡命組と残留組の組分けだ。何か異議がある者は?」
全員の名前を呼び終わり、私は一息つく。最後に選出に関する異議を問うたが、私の組分けに対する異論は出なかった。
教会内が少しだけ騒がしくなる。隊員達が____取り分け、亡命組の者達が不安の声で仲間達と今後の事を話し合っていた。
しばらくは好きに話し合いをさせておこう。私は祭壇を離れ、ラピスの元へと向かった。
「こちらはお願いしますね」
「ああ、任せておけ」
ラピスと対面する私。いつになく真剣に見つめられ、私は「どうかしましたか?」と首を傾げた。
「いや……いよいよだと思ってな。いよいよ決戦かと」
ラピスはそれから居心地が悪そうに頭を掻いて____
「今する話かとも思うが、この一悶着が終わったらお前は正式にチャーストン家の人間になる」
「ん、ああ、養子縁組の話ですね」
そんな話もあったな。晴れてラピスの妹になるという訳か。
「あの家の人間になれば色々と苦労もあるかも知れんが、表でのお前の立場は今よりもずっと良くなる」
チャーストン家の養子になり貴族の地位を手にすれば、実働部隊を去った後、騎士団上層部に上がる事が出来る。しかし、私が騎士団に残ることは無いだろう。この戦いが終わり公安部が勝利すれば、公安団が創立される。私はいずれ公安団団長となり、竜核を手に騎士団団長と並び立つ存在になるのだ。
「お前の事は私が守る。一族の悪意を近付けはさせない」
「随分と勇ましいですね」
男らしいラピスの言葉に私は思わず笑みを浮かべた。
そう言えば……ラピスには話しておくべきだろうか。いずれ義姉になる彼女には。
「あの、実はマリアに……」
「ん、マリアがどうかしたか?」
「……ちょっと、あちらの方で話しませんか」
私は周囲を見回し、ラピスを教会の隅っこの方へと誘導した。
誰も聞き耳を立てていない事を確認し、小声で____
「今する話かとも思うのですが……その……マリアに告白されまして」
「……告白? それは、つまり____」
「求婚ですね」
ラピスは驚きと動揺を隠す様に咳払いをした。
「で、お前の返答は?」
「まだはっきりとした答えは。考えさせて欲しいと」
ラピスはちらちらとマリアの様子を窺っていた。
「何故私にその話を?」
「何故って……私がチャーストン家の人間になるなら、色々とあるじゃないですか。お家同士の事とかで。だから、相談しようかなって……ラピスお姉様に」
マリアと結婚すれば私はベクスヒル本家に婿入りする事になる。その際に権力争い上のごたごたが発生するかも知れないと思ったので、ラピスに意見を求めたかった。
ドンカスター家の生まれでチャーストン家の養子になりベクスヒル家に婿入りする。何か面倒事を呼びそうな経歴だ。
「私は……そうだな、お前の好きにすれば良いと思う」
「私の好きに、ですか?」
「結婚に関してはお家の事情を考える必要は無い。マリアと結婚したいならそうすれば良い」
ラピスは腕を組み真剣な面持ちで語る。
「我々貴族にとって、結婚とは政治や権力争いの延長線上の出来事に過ぎない。だが……いや、だからこそ世の中に新しい風を吹かせたい。お前には自由に誰かを愛して欲しい。お前自身の____何と言えば良いのだろうか____“好み”で伴侶を選んで欲しいのだ」
「……私自身の“好み”」
ふと、腰元、助言を求めるようにカネサダに目を遣る私。
『好きな女と結婚しろってこった。まあ、女より男が良いならそっちでも構わねえけど』
「……好きな女、ね」
ラピスとカネサダの言葉で私は自身の男性的な内心部分を意識する。
私はどのような女性が好みなのだろうか? それとも、実は男性の方が好みだったり?
私の周りには多くの女性がいる。異性として見た場合、私は彼女達の事をどう思っているのだろうか? 誰が“好み”なのだろうか?
「あの、ラピスさん」
「ん……どうした、ミシェル?」
ラピスの名を呼ぶ私。普段はラピス隊長、あるいは少しだけふざけてラピスお姉様と呼んでいるので“ラピスさん”呼びは少しだけ新鮮だった。
「好きに結婚しろって事ですが……もし、私がラピスさんと結婚したいって言ったら、ラピスさんはどうしますか?」
「え、な……わ、私とか?」
ラピスは吹き出し、目を泳がし始めた。これはまた初心な反応。意外と可愛い所があるのはもう大分前から知っている事だ。
「私達姉妹になる訳ですけど、血の繋がりは無いですし……」
悪戯心が働いて私は思わせぶりな視線をラピスに投げ掛けた。彼女は咳払いをして____
「いたっ」
「私をからかうな」
デコピンを食らう私。ラピスの頬が若干膨らんでいた。可愛い……が、これ以上、彼女を困らせるのは止めておこう。
ニ、三言葉を交わした後、少しだけ変な空気になったラピスから離れる。
「ミミ、気分はどう?」
ミミと目が合った。彼女も残留組なので別れの挨拶を済ませておこうと思う。
「ああ、まあ……何て言うか……大変な事になったわよね」
心ここに非ずと言った具合のミミ。彼女の不安が嫌と言う程伝わる。酷な事かも知れないが____
「しっかりとね、ミミ。こっちのメンバーの指揮は貴方とラピスとサラの三人に任せたから。それと、“飢饉”の件ではグナイゼナウ教授との連携をお願いね」
「……うん……そうね。……はあ____よし、腹を括るしかないわ」
溜息を一つ吐いてから、ミミは自身の両頬を手の平で叩く。気合を入れているようだ。
「ねえ、ミシェル。ちょっと話しておきたいんだけど」
手の平の赤い跡が付いた頬を見せびらかしながら、ミミは改まった口調で私の名を呼ぶ。
「私ね、大学に行こうと思うの」
「大学に?」
「あ、今すぐにじゃなくて……実働部隊を去った後の話」
ヴァイゼン大学での話の続き____いや、答えか。
「大学に入って魔導工学の研究がしたいの」
「うん、良いと思うよ。ちなみに、公安の仕事はどうする?」
「続けて良いなら続けたい。大学との二足の草鞋になるけど」
ミミの答えに私は大きく頷く。
「ミミの好きなようにして良いよ。公安団には貴方のための特別な役職を用意するから」
「……ありがとう」
お礼を述べるミミは懐から何かを取り出し私に寄越した。それは小さな板状の物体。見た目からして魔道具なのだろうが____
「これは?」
「魔導ハンドウォーマー。ヨルムンガンディア帝国は寒いって聞くから持ってって」
懐炉の魔道具か。微量な魔導の力を流し込むと、ほんのりと優しい温かさを放つ。
「ありがとう、大切に使わせて貰うよ」
お礼を言ってミミの元から立ち去った私はサラの姿を探した。
「サラ」
「何、ミシェル君? 別れの挨拶?」
長椅子に腰掛け、人工魔導核を手に瞑想をしているサラ。受けた傷を魔導の力で癒しているのだろう。
「こっちは宜しく頼んだよ。特にルカ様。もし、彼女に危険が及びそうなら拘置所を襲撃してでも安全な場所に連れ出して欲しい」
サラがちらりとこちらを見遣る。衣服や頬には血がこびり付いており、手負いの獣のような野性味が感じられた。
「……さっきは助かったわね」
「ん……ああ……サラこそ、よく踏ん張ってたよ」
サラは溜息を吐いて____
「駄目ね、私。もっと強くならなくちゃ」
「サラは充分に強いよ。戦力として私は一番に信頼してる」
「でも、ミシェル君には遠く及ばない」
剣の柄を撫でるサラ。
「誰にも負けたくないの。ミシェル君にもね。サラには敵わないって、皆に思われたいのよ」
少しだけ子供っぽい口調でサラは言う。それからしばらく彼女は黙り込んでいたが、傷が癒え顔色が良くなって来た頃____
「まあ、取り敢えずは____この戦い、絶対に勝つわよ」
立ち上がり、サラは告げる。不敵な笑みを浮かべ、私の肩を叩いた。
「余裕ぶった騎士団上層部の奴らの鼻を明かしてやろうじゃないの」
「うん、そうだね。ぎゃふんと言わせてやろう」
サラの勇敢な言葉と表情に私の胸にも勇気が湧いて来た。
騎士団に追い込まれた私達。だが、少なくとも私にとって、これは大いに望んでいた機会だった。
私や私の大切な者達を散々不幸な目に遭わせて来た騎士団。彼らにどんでん返しを味わわせてやろう。取るに足らなかった者達の逆襲を思い知らせてやろう。
油断の出来ないこの状況。しかし、ここは私が欲した戦場だ。
だから、恐れるよりも____この瞬間を勇んで往こう。
「皆、準備は良い?」
再び、祭壇の前に立つ私。不安、恐れ、迷い。それらを吹き飛ばすように高らかに宣言する。
「これより亡命組はヨルムンガンディア帝国を目指す。……公安部の反撃開始だ!」




