第十七話「姉妹対決」
首都エストフルトに到着した私は街の異様に立ち尽くした。周囲を埋め尽くす喧騒。それなのに通りに歩行人はいない。市民は皆、道路の脇に避けて不安の声で話し合っている。一つ一つは小さな囁き声だが、それらが重なり合って巨大なうねりとなっていた。
「……どういう状況だ、これ」
困惑の面持ちで周囲を見回す私。その袖をマリアが引っ張り____
「ミシェルさん、脇にどきましょう。目立ちますわ」
道路の真ん中で立ち止まっていた私はマリアと共に脇へと逸れた。
「……あれ、そう言えば秀蓮は?」
秀蓮が居ない事に気が付く。さっきまで私、マリア、秀蓮の三人で居たのに。
「秀蓮さん? 確かに……どこに行ったのでしょう____」
「ここですよ」
突然後ろから声が掛けられたので私もマリアもびくっと肩を震わせた。相変わらずの神出鬼没。心臓に悪い。
「情報を集めてきました」
そう言って秀蓮は私達を人気のない場所へと誘導した。
薄暗い路地裏。周囲に人の気配はない。私達三人は小さな円陣を組む。
「ルカ様が拘置所へ連行され、宮廷が騎士団の襲撃を受けました」
秀蓮の言葉に私は目を見開く。
「ルカ様が連行? それに宮廷が襲撃って……滅茶苦茶な!」
「どうやら公安部は」
騎士団の余りに強引なやり方に憤怒する私を制し秀蓮は続ける。
「魔導乙女騎士団に対する不当な攻撃行動により軍規違反やら国家憲章違反やら国際条約違反やらその他諸々の法規違反……まあ、何か凄くいけない事をしでかした事になっています」
秀蓮自身いまいち納得していない様子の説明だ。理不尽を理不尽のまま説明しているので無理もない。
「と言う訳で、公安部の重要人物であるエリザベス王女殿下とルカ様が逮捕されるに至ったそうです」
私は怒りを抑えるように深呼吸をした。
「ルカ様が連行されたって言ったよね。……エリザベス王女____エリーはどうなってるの?」
秀蓮は宮廷が襲撃されたとだけ口にした。エリーの存在には言及していない。
「王女殿下は行方不明だそうです」
「行方不明……って事は」
「恐らくですが、逃げ果せたのでしょう」
“行方不明”と言う単語に一瞬だけドキリとするが、何の事は無い。エリー自身で宮廷を抜け出したのか、あるいはラピス達の手助けを受けたのか。
「……さて、どうしますかミシェル先輩。ルカ様は捕らえられ、王女殿下は追われの身」
「一先ずは」
私は喧騒の方へと目を向ける。
「仲間達と合流しよう。情報を共有したい」
「ええ、それがベストですね」
何はともあれ、連携が必要だ。目抜き通りに戻った私達は駆け足で移動しつつ、公安試作隊隊員の姿を探した。
身を寄せ合う市民。騎士達は開けた道路を群を成して闊歩する。しばらく街中を彷徨っていたが、一向に仲間の姿が見つからず私達は立ち止まった。
「皆、何処かに身を潜めているのかも」
私の言葉にマリアが頷く。
「ラピスさんの事ですわ。既に王女殿下を保護し、安全のために隠れているのでしょう」
だとしたら、彼女達は今何処に? どう足取りを辿れば良い?
悩む私に秀蓮が____
「チャーストン家の空き屋敷」
思い出したように告げる秀蓮。私もはっとなって言葉を継ぐ。
「東区にある建物だよね。そう言えば、有事の際にあそこを隠れ家にするかしないかの議論をしてたっけ」
正式な決定事項ではなかったが、もしもの時のための避難場所は検討していた。ラピス達が潜んでいる場所としては可能性が高い。
「空き屋敷に向おう」
二人に告げ、私は市街地東区の空き屋敷に足を向ける。
焦る気持ちを抑え、足を動かす私。しばらく道を進んでいると、周りの様子がおかしい事に気が付く。
騎士達の姿を多く見かけるようになった。しかも、その進む先が私達と同じ。嫌な予感がした刹那____
「……!」
爆発音が市街に響き渡る。もくもくと立ち昇る黒煙。その方向は私達の目指す先、すなわち空き屋敷の方へと続いていた。
「先に行く!」
一言告げ、宙へと発つ私。地面と共に市民の悲鳴が遠ざかる。
もしや、空き屋敷が襲撃を受けている? だとすれば、一刻を争う事態だ。
立ち並ぶ建物の屋根の一つに着地し、再び飛び立つ。無人の空を目的の屋敷まで翔けて行く私。
嫌な予感は的中していた。煙の元はチャーストン家の空き屋敷。それを囲うのは大勢の騎士達。
「アイリス……それにサラも……!」
アイリスとサラが屋敷を包囲する騎士達と交戦していた。大勢の敵を相手に二人は優勢を保っていたが、突如状況が一変。サラが目に見えない謎の攻撃を受け、地面に倒れる。
「……不味い!」
すぐさま事態を察する。サラを襲った謎の攻撃の正体は銃撃だった。空き屋敷の屋根に狙撃銃を構えた騎士の一団が陣取っている。
銃声の大合唱。追撃の一斉射撃が為され、弾幕がサラを飲み込んだ。魔導装甲の展開で命拾いはしたものの、既に戦闘不能状態のサラ。騎士達が次撃の準備を整え、満身創痍の彼女に更なる銃撃の嵐が迫ろうとしている。
「____サラッ!」
名前を叫び、空を走る。私の身体は狙撃銃からの射線を遮るようにサラの目前に墜ちた。
舞い上がる土埃。私の視線は屋敷の屋根____狙撃銃を携えた騎士の一団へと注がれる。
「ごめん、遅くなった。でも、どうにか最悪には間に合ったみたい」
振り返る事なく背後のサラに謝罪し、私はカネサダを構え直す。「……ミシェル君」とサラの安堵の声が返って来た。
銃声が幾つも響く。
「このッ!」
胸元の複十字型人工魔導核から魔導の力を引き出し、動体視力を強化。迫り来る多数の弾丸をカネサダで迎撃する。
「……ぐっ」
全ての弾丸を叩き斬る事は出来なかった。数発の鉛弾を身体で受け止める私。回避をする事は可能だったが、背後にはサラがいる。彼女を銃撃にさらす事は出来ないので、弾丸は全て斬るか受け止めるかしなければならない。
「これならどうだ!」
再度の銃撃の波が私を襲った。剣のみでの迎撃を諦め、今度は魔導の力の一部を魔導装甲の展開に回す事に。
目論見は成功。私の魔導装甲は弾丸の物量を半減させ、斬撃による銃撃の完封を可能にさせた。
しかし____
「……動けない」
敵は見事に連携し、絶え間なく弾丸の嵐を降らせて来る。こちらは辛うじて防ぎ切っているが、それが限界だった。サラを庇いつつ次の一手に出る事が出来ない。私は拘束状態にあった。
「くそ……まだ、続くのか」
相手は銃だ。その内、弾丸が尽きる。弾切れまで耐えるしかないようだ。舌打ちをする私だが____
前方、屋根上の騎士達が爆散した。
何事かと周囲を見回す。すると、視界の端で秀蓮が騎士達目掛けて爆弾のようなものを投げつけているのが見えた。
小規模の爆発が続き、爆風が騎士達を襲う。
爆弾攻撃は思った以上には効果を発揮せず、騎士達を散らしただけでその身体は彼らの魔導装甲により無傷だった。しかし、そのおかげで隙が生まれる。好機に気が付いた私は地を蹴り、騎士達の元まで一直線に飛翔。驚愕する敵にカネサダを振り回し、次々と峰打ちを決めていく。
「ナイスアシスト、秀蓮」
銃撃部隊を一掃した所で秀蓮と合流する。私の称賛に彼女は一瞬だけ微笑むと____
「まだあちらでアイリスさんが戦っています。加勢しましょう」
秀蓮の指さす方ではアイリスが大勢の騎士達相手に激戦を繰り広げていた。サラの分まで無理して戦っているのか、疲弊の色が濃い。
私は屋根から飛び降り、アイリスの元まで走る。サラの方を見遣ると、屋敷から飛び出した公安試作隊の仲間達が彼女の元まで駆け付けていた。サラの事は他の仲間達に任せよう。
「アイリス、手伝うよ!」
「ミシェルちゃん!」
数人の騎士を昏倒させつつ、私はアイリスと並び立つ。
「貧民街まで逃亡する。突破のための道を作らないといけないの。あっちの方」
短い言葉で状況を説明するアイリス。その視線が突破口を示していた。
「薄手になった所で皆一緒に突撃するつもり」
後ろを振り向く。屋敷の出入り口よりやや奥方に仲間達が集まっていた。待機している顔ぶれの中にはエリーもいる。その事実に安堵を得た。やはり彼女はラピスが保護していたのだ。
「そっか……じゃあ、皆で無事に突破できるようにしっかりと道を綺麗にしないとね」
カネサダを構え直す。傷付いたサラの分まで暴れさせてもらう。
「私が相手だ!」
烈風を伴い、騎士達の間を駆ける。突進の勢いで敵を押し倒し、減速した所で襲い掛かってくる者達をカネサダの峰打ちで返り討ちにした。
騎士達に動揺が広がる。
「くそっ! ミシェルだ! 公安試作隊隊長ミシェル!」
呪う様に私の名前を口にする騎士達。まるで災害の様な扱いだが、敵陣のど真ん中で暴れ回る私は彼らにとっての災いそのものだ。
敵を倒して、倒して、倒して____しかし、数は思った以上に減らない。外部から絶え間なく新たな戦力が投じられているからだ。
全滅させられるかとも思っていたが、甘い見通しだった。アイリスの言うように敵の勢力が薄くなったタイミングで逃亡するのが最善の策なようだ。
「皆、今だよ!」
アイリスが片手を振り上げ、後方に大声を発する。その瞬間、堰を切ったように屋敷から仲間達が飛び出し、倒れた騎士達の間を一心に駆け出した。逃亡のタイミングが訪れたようだ。
「殿は任せて!」
逃亡する仲間達を尻目に私は追っ手の前に立ち塞がる。「後で合流しよう!」と遠ざかるラピスの声が聞こえた。
相対する私と騎士達。あちこちから囁き声が聞こえて来た。あれは本当に我々と同じ人間なのか。先程の私の戦い振りに彼女達は困惑の様子だ。
「どうした、掛かってこい! 私一人が相手だ!」
白銀の刃を携える私に騎士達は怯んでいる。誰も彼もが剣先をこちらに向けるだけで全く襲い掛かってこない。私から騎士達の方に突撃すると、彼らは及び腰になりながら防御の姿勢を取り、敢え無く昏倒させられる。
敵の戦意は既に失われていた。騎士としての使命感が彼女達を辛うじてこの場に縛り付けているようだ。
一人の殿相手に逃亡寸前の騎士達。そんなグダグダな状態で小競り合いを続けていた私達だが____
「道を空けて下さい」
凛とした鈴の音の様な声が戦場と化した市街を一変させた。
ゆっくりと落ち着いた様子で声の主がこちらに歩み寄ってくる。騎士達はさっと道路脇に避け、道を譲り出した。
私は目の前に現れた声の主に動揺の表情を浮かべる。
「……八夜」
声の主の名前を呼ぶ私。八夜は丁寧に頭を下げ、真っ直ぐと私の顔を見つめた。
「ミシェルお姉様、お願いです」
改まった口調で八夜は____
「どうか、降参して下さい」
「……降、参?」
一瞬だけ言葉の意味の理解が遅れた。
「公安部の皆様には大人しく拘束されて頂きたいのです。騎士団に勝利を譲って下さい」
余りにも率直過ぎる要求に私は八夜が冗談を言っているものかと思ったが、彼女の目は真剣そのものだった。
「素直に従うと思う?」
私は呆れ混じれに尋ねる。八夜は思い詰めたような口調で____
「私を信じて下さい」
「……信じるって」
「公安部の皆様の身の安全は私が保証します」
切実に訴えかける八夜。私は地面を苛立たし気に蹴ってから、彼女を鋭く睨む。
「八夜は騎士団側に付くの?」
責めるように私は続ける。
「騎士団が____四大騎士名家が何をしているのか分かっているの? その悪行を許せるの? 八夜なら……正しい心の持ち主である貴方なら、立場を捨ててでも私達を助けてくれるって思ってたのに」
八夜は私の言葉に一瞬息を詰まらせたようだが、その立振る舞いは未だ毅然としている。彼女はすうと息を吸い込み____
「正しいと思っての事です」
迷いを振り払うように八夜は告げる。
「私は“黙示録の四騎士”を成就させる事が正しいと判断しました」
「……」
断言する八夜に私は唖然となる。
「“黙示録の四騎士”は新たな時代に必要なものです。……そして、公安部の存在も私は必要であると思っています」
八夜は私にそっと、しかし力強く手を差し出す。
「ですから、“黙示録の四騎士”成就のため、まずはお姉様達には負けて頂きたいのです。“黙示録の四騎士”が成った後、公安部の自由な活動は保証しますので」
私は困惑しながら八夜の言葉を脳内で整理する。
「八夜は“黙示録の四騎士”を成就させる事に賛成で、私達公安部の存続にも賛成……なんだよね」
「はい」
八夜の瞳には決意が宿っていた。
「“黙示録の四騎士”の成就と公安部の活動の存続。二つを両立させます」
言い切る八夜に私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「八夜は夢を見がちだ。現実に何が起きているのか全く理解していない。身の安全を保証するから降参しろ? そんな事はあり得ない。四大騎士名家は私達を徹底的に潰す算段だ。エリザベス王女だって命を狙われている。身の安全なんて絶対に保証しない。八夜はそんな事も理解出来ていないようだけど」
「理解しています」
対抗するように八夜が語気を強める。
「ですから、私が保証します」
一歩も退かない様子の八夜。
「私が四大騎士名家からお姉様達をお守りします。私が“黙示録の四騎士”を完成させ、私が自由な公安部の活動を保証するのです。私自身の手で」
カネサダを握る私の手を八夜は強く握りしめていた。
「私は八夜・東郷・ドンカスター。ドンカスター本家当主代行であり____次期当主となる者です。必ずや成し遂げてみせます」
それは虚勢ではない、真に意志の籠った言葉だった。八夜の抱く野望、情熱、使命感、全てがエリーのそれにも引けを取らないもののように感じる。
八夜は真剣だ。だからこそ、私は彼女を侮るのを止めた。
「……ッ」
私はかつてない程の強さで八夜を突き飛ばした。彼女の身体は地面に叩き付けられ、その口からは苦痛の呻き声が漏れる。
「八夜の提案には乗れない」
冷たく吐き捨てる私。カネサダの切っ先を八夜へと向ける。
「八夜には八夜の願望がある様に、私にも私の願望がある。私の願いは騎士の支配する世の中を終わらせる事____騎士団を壊す事だ」
「……お姉様」
立ち上がる八夜。敵意を剥き出しに刃を構える私をじっと見つめている。
「私の邪魔はさせない」
八夜を対等な敵対者として認めた以上、容赦はしない。互いの目指す場所に折り合いが付かないのであれば、やるべき事は決まっている。
「剣を抜いて、八夜。その覚悟がないなら大人しく退くんだ」
最後の警告。部下の騎士達に囲まれる中、八夜が一歩踏み出す。
「皆さん、手出しは無用です」
後方の騎士達に告げ、八夜が鞘から剣を抜き放つ。命じられて仲間の騎士達が一斉に戦闘態勢を解いた。
「お見せしましょう、お姉様。私の覚悟を」
「……八夜一人で闘うんだ。助太刀は要らないの?」
私の問い掛けにこくりと頷くと、八夜は特殊な剣の構え方をした。片方の手の平を剣の腹に添え、まるで盾のように広い剣身をこちらに向けている。防御の態勢だ。
「守りの構え、か。覚悟を見せるとか言ってる割に及び腰なんだね」
挑発するように言い放つが八夜は表情を変えない。その瞳は肉食獣が獲物を狙うそれの様に光っている。
魔導の力を足元に集中させる私。一息____地を蹴り、八夜の真横に回り込む。滑り込み様に峰打ちを放つが____
「____ッ」
「……!」
私の一撃を辛うじて防ぐ八夜。カネサダの峰は八夜の剣身にぶつかり、持ち主の華奢な身体を後方へと吹き飛ばした。
「……ぐぅ」
地面を転がり、しかし即座に起き上がって剣を構え直す八夜。苦し気な表情から呻き声は漏れたが、致命傷は受けていない。
私は目を丸くして八夜を見つめた。
「驚いた。まさか、防がれるなんて」
防ぎ切ったとは言えなかったが、十分な動きだった。私は先の一撃で八夜を昏倒させるつもりだったのだから。
「ラ・ギヨティーヌでも今の一撃には対応出来なかった筈だ。八夜は本当に凄いね。こんな短期間でここまで強くなるなんて」
以前八夜と手合わせをした時、彼女の剣の腕はエストフルト第一兵舎の騎士としてはギリギリの及第点レベルのものであった。それが私の本気の一閃を防ぐまでに至るとは。
「……」
荒い息を吐きながら、じっとこちらを見つめる八夜。勝負はまだ続いている、と言っているようであった。
「____はあッ!」
「……ぐっ」
踏み込み、再度の突撃を八夜に繰り出す。真正面からのフェイントを挟み、少女の真横に回り込んで峰打ちを放つ私だが、これもすんでのところで防がれてしまった。
横薙ぎの威力に圧され、八夜の身体が地面を転がる。追いの一閃を放つ私に対し彼女は回転の最中に地を蹴り、アクロバティックに宙へと逃れ、着地と同時に再び守りの構えを取った。
「……はあ……はあ……」
「やるね。でも守ってばかりじゃ勝負はつかないよ、八夜」
立ってはいるが満身創痍の八夜。私はじりじりとその身に近付き____今度は正面から力をぶつけた。
「____ッ!」
八夜が言葉にならない声を上げる。ぶつかり、押し合う剣と剣。大分苦し気だが、それでも私の攻撃を受け止め、彼女は鍔迫り合いを演じていた。
「……“黙示録の四騎士”は正しいって、八夜は言ったよね。それは何で?」
鍔迫り合いの最中、私は八夜に問う。
「“黙示録の四騎士”は多くの人々を苦しめた。そして、その力は今後更に多くの人々を不幸にする」
「……力は使い様です」
剣に圧され、苦し気に八夜が口を開く。
「“黙示録の四騎士”の計画が多大な犠牲を生んで来たのは事実。そして、力そのものが危険性を孕んでいるのも事実。しかし____」
八夜は決意の瞳を微塵も揺るがせない。
「“黙示録の四騎士”が後の時代のために必要となるのもまた事実。正しい者が正しくその力を使いさえすれば、“黙示録の四騎士”は新たな時代の正義となります」
説得するように八夜は続ける。
「“黙示録の四騎士”は直に完成します。もう、成就は間近なのです。そして、今後一切の犠牲や不幸を生まない事を私が誓います」
「戯言だ。“黙示録の四騎士”は今後も多くの犠牲を生む」
「私がそうさせません!」
八夜の力が強くなる。
「ですから、お願いです。力を貸して下さい。“黙示録の四騎士”も成就させます。公安部も自由に活動させます。私の我儘にどうか付き合ってください」
八夜の意志を値踏みするようにその瞳を睨みつける私。
「全ては力だ、八夜」
敢えて冷酷に私は告げる。
「八夜が何を正しいと思おうが、何を為そうと思おうが、それは貴方の勝手だ。だけど、貴方にその力がない以上、それを実現させる事は不可能だし、実現させようとするだけ余計な不幸が生まれる」
身体の重心を前方へと移動させ、カネサダに更なる重みを与える。
「貴方にその力はあるの? 貴方の願いを叶えるためには四大騎士名家と公安部を従えるだけの力が必要になる。そんな力が貴方にはあるの?」
ありったけの魔導の力を腕力に変換する。もう話は終わりだ。このまま八夜を押し込んで決着をつける。
「私は____強くなります」
その瞬間、八夜の身体が異様に軽くなった。
「お姉様のように。いえ、お姉様よりも強くなって見せます」
私の身体が大きく前傾する。奇妙な浮遊感。そして、いつの間にか剣を手放していた八夜に胸倉をがっしりと掴まれ____
「せいッ!」
身体を捻った八夜が渾身の力を込めて私を背負い込み、勢いのまま地面へと投げつける。彼女の祖国、アウレアソル皇国の体術だ。敵の力を制し、利用する。防戦一方の八夜だったが、この反撃を狙っていたのだろうか。
完全に虚を突かれた。
私の身体は地面と激突し、目の裏には火花が散る。鋭い痛みに呻き声を上げる私だが____
「甘い!」
それでダウンする私ではない。ネックスプリングと共に八夜の顎を蹴り上げる。
「……ぐっ!?」
八夜の身体は独楽の様に回転し、そのままばたんと地面に倒れ、伸び切ってしまう。
「……ふう……今のは効いたよ、八夜」
私は口元を拭い、近くに落ちていたカネサダを拾い上げる。八夜は仰向けの状態のまま荒い呼吸を繰り返していた。気絶はしていない。まだ、こちらの声も聞こえるだろう。
「一本取られたよ。ここまで八夜がやるなんてね」
一本取られた所の話ではない。下手をすれば、今の八夜の反撃で私は気絶していたのかも知れなかった。
「……侮り過ぎですよ……私の事……」
八夜の虫の音の様な返答。私は首を横に振り____
「侮っていた訳じゃないんだ。測り損ねていただけなんだ」
「……」
「強かったよ、八夜」
もぞもぞと悔し気に動く八夜。どうやら起き上がるだけの力はないようだ。
さて____
「良い時間稼ぎになった。私はもう行くよ」
そろそろ頃合いだろう。離脱し、貧民街に避難した仲間達と合流する。
「じゃあね、八夜」
「……」
騎士達に囲まれる中、私は八夜に別れを告げる。引き留めるような声が聞こえたが、それは弱々しく、しっかりとした言葉にはならなかった。
戦場を発つ私。騎士達の追跡は振り払うに容易だった。このまま、撹乱のための寄り道をして、貧民街に向かう。
そう言えば____
“黙示録の四騎士”が何故正しいのか。その答えを聞いていなかった。立場上の賛同ではなく、八夜は“黙示録の四騎士”そのものに何かしらの価値を見出していたようだ。
一体、それは何なのだろうか。