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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第十五話「ラピス:戦端」

 朝、寝ぼけ眼を擦りながら朝食のパンを食す。


 先晩はあまりよく寝付けなかった。今も心を支配する緊張の所為だ。


 昨日、ミシェル、マリア、秀蓮(シュウリエン)の三名からなる公安試作隊の潜入班が旧アンドーヴァー領へと発った。カリヴァ中央研究所に忍び込み、最後の“黙示録の四騎士”である“剣”の計画を調査するためだ。これが最後の試練であると考えるとやはり心が騒いでしまう。


 朝食を終え、朝のミーティング。ラピス隊の騎士達に業務の指示を出し、私は事務作業に向かった。


 書面と向き合っていると、脳裏に浮かぶのはミシェル達の顔。潜入班の面々は上手く任務を遂行出来ただろうか。気が散って仕方がない。


「……巡回任務の方に顔を出してみるか」


 我ながら情けないが、気もそぞろで仕事にならない。書類仕事を一旦切り上げ、隊員達の巡回任務の監督を行うため街に出る事にする。


 首都エストフルト。その街中は相変わらずの賑わいだ。水面下で繰り広げられている公安部と騎士団の闘いなど知り得ようのない市井は今日も平和に往来を行く。


 だが、この平穏も近しい内に一時的な終わりを迎えるだろう。公安部が“黙示録の四騎士”を世に明かせば、この国に変革期が訪れる。変革には動乱が伴うものだ。騎士団の権威が墜ちれば、世の治安が乱れるのは必至。


 その時、私達にはもたらした変革に対する責任が課せられる。秩序の破壊者で終わってはならない。乱れた世の中を最大限の努力で治め、世界と人々に生じ得るありとあらゆる不幸と向き合い、正しく対処しなければならない。


「……おっと」


 考え事をしていた所為か、目の前の歩行者にぶつかりそうになる。一度立ち止まり、バツが悪くなって足早にその場を去った。


 思考が一度途切れた事により、私の意識が街中の様子に再度向く。


「……?」


 何だろうか。街の様子がおかしい。人々の喧騒が普段より大きく感じられた。そして、往来の真ん中で人の群れが形成されている。


 事件だろうか。身を乗り出す私に____


「ラピス隊長!」


 力強く片腕を掴まれる。驚いて首を傾けると、騎士が血相を変えて私に詰め掛けていた。


「ドロテアか。どうした?」


 ドロテア・ハンプシャー。ラピス隊の騎士であり、公安試作隊の一員でもある少女だ。普段は飄々としている彼女が今はひどく取り乱している。


「魔導乙女騎士団の襲撃を受けています! 王宮とフィッツロイ家別宅屋敷が!」

「……何だと」


 ドロテアの言葉に私は目を丸くする。王宮とフィッツロイ家が?


「何故だ? 一体、何が起きているんだ?」


 混乱して思わず声を荒げてしまう。心臓が嫌な早鐘を打ち始めた。


「狙いはエリザベス王女とフィッツロイ家当主ルカ・フィッツロイ。即ち、我々公安部です」


 周囲の騒ぎの原因を理解する。告げられた事実に愕然としつつも、私はすぐに覚悟と次に取るべき行動を決めた。


「公安試作隊隊員を招集する。頼めるか、ドロテア」

「勿論ですよ」


 ドロテアの行動は早かった。私の命令を耳にするや否や風の様に街中を駆けていく。その後ろ姿を見送りながら、私は自身の気持ちを落ち着けた。


 騎士団が____四大騎士名家が仕掛けて来たのだ。よりにもよって、ミシェルのいないこのタイミングで。


「いや……このタイミングだからこそ、と考えるべきか」


 推測だが、待ち伏せを受けたのかも知れない。カリヴァ中央研究所に見張りを配置し、ミシェル達の来訪を確認するやその隙を突いて公安部の最重要人物であるエリザベス王女とルカ・フィッツロイを襲撃する魂胆だったのだろう。


 今は情報が少ない。“襲撃”とドロテアは口にしたが、騎士団は一体どの様な大義名分を掲げて、王宮とフィッツロイ家別宅屋敷に攻め入っているのだろうか。気になるのが王女殿下とルカ様の無事だ。ラ・ギヨティーヌではなく騎士団の実働部隊が表立って動いているのであれば、暗殺やそれに類する実力行使には出ないと思われるが。


 不安と様々な憶測に溺れる中、私の元に次々と公安試作隊の騎士達が集結し始める。


 私は集合が完了するまでの間、隊員達から断片的な情報を集めた。それらを統合すると、どうやらルカ様は既に騎士達に捕らえられ拘置所に連行された後のようだ。それはかえって当面の彼女の命の保障をするものだったので、私は一安心をした。

 ルカ様は特段の抵抗もなく易々と騎士団の要求に応じたらしい。これには屋敷内で匿っていた元マーサ隊の騎士達、ミーア、ルイス、セイラを秘密裏に逃がす目論見があったらしく、その甲斐あってか“獣”の実験の生き証人達は全員無事に騎士団の目を盗み、逃げ果せたようだ。ちなみにその彼女達は今、私の目の前にいる。

 エリザベス王女殿下に関しては今現在も情報が錯綜しているが、一つ分かっているのは未だ王宮前で騎士団が宮廷官吏と睨み合いを演じている事だった。これは危うい事態だ。武力に訴えかけられ、その衝突の最中に王女殿下が命を落とす可能性だってある。


「全員揃ったな。今から作戦を伝える」


 集結が完了した公安試作隊隊員達に私は呼び掛ける。


「元マーサ隊の三人は安全な場所まで移動させる。いざという時のための空き屋敷があるので、アリアに誘導して貰おう」

「かしこまりました」


 アリアは頷くと、早速元マーサ隊の三人を呼び集める。


「そして、ドロテアにはルカ様に関わる動向を監視して貰う。何か緊急の案件がある場合、すぐに連絡を寄越すように」

「はい、任せて下さい」


 秀蓮(シュウリエン)には劣るが、公安試作隊の中ではドロテア以上のフットワークの軽さの持ち主はいない。


「他隊員はこのまま王宮に直行する。二人一組となり、ルートを分けて目的地へと向かうとする。そして、王女殿下の保護を行う」


 その言葉を合図にすぐさま隊内でペアが形成され、王宮へと向かう準備が整う。私の相方はアイリスだ。


「では、作戦開始」


 隊員達が移動を開始する。私もアイリスと共にエストフルトの市街を駆け出した。


「このタイミング。偶然じゃありませんよね」


 並走するアイリスが不安げな瞳をこちらに向ける。


「明らかにミシェルちゃんの不在を狙った襲撃。完全な待ち伏せです。……ミシェルちゃん達は大丈夫でしょうか?」

「ミシェル達なら心配要らないだろう。秀蓮(シュウリエン)も一緒だ。あれらを罠に掛けて葬るなど騎士団の総力を結集させたとしても不可能だ」


 一騎当千の戦闘能力を誇るミシェルと搦め手に置いては右に出る者がいない秀蓮(シュウリエン)。彼らが危機に陥る事はほぼ無いと言っても良い。


「……ルカ様は無事でしょうか?」

「囚われの身となっているのはかえって都合が良い。当座の死の危険がないからな」


 アイリスを、そして自分自身を安心させるために私は断言する。


 群衆を避け、街中を疾駆する私達。次第に荘厳な建造物____王宮が目前に姿を現す。


 喧騒が激しくなった。騎士達と宮廷官吏の怒鳴り声。戦闘はまだ起きていなかったが、一触即発の空気が漂っており、いつ鞘から剣が抜き放たれてもおかしくはない状況だった。


「一応は間に合ったか」


 未だ睨み合いの膠着状態が続いている事を確認し、私は安堵する。


 他の隊員達の到着はまだのようだ。私は王宮敷地内から離れた小高い丘に登り、擾乱の様を改めて俯瞰した。


 流血こそないものの堅牢な城壁の一部が破壊されており、瓦礫の間から騎士達が王宮前の庭園に雪崩れ込んでいる。


「これはまた派手にやってますね」


 アイリスが呆れ混じれに述べる。私も実際に襲撃の様子を目の当たりにしてその大胆さに衝撃を受けた。まるでクーデターだ。如何に騎士団と言えど国家反逆罪が適用されるのではないだろうか。


 王宮を注意深く観察しつつ公安試作隊の再集結を待つ。全員が揃ったところで____


「今から王宮に忍び込み、騎士団に気が付かれないようにエリザベス王女殿下を連れ出す。その後、空き屋敷まで殿下を避難させる」


 私は隊員達の顔を見回す。


「半数は私と共に待機。残り半数はサラの指揮の元、作戦を遂行する」


 大人数で王宮内に忍び込むのは下策だ。潜入スキルの高い少数の隊員達に任務を委ねる事にする。


「分かりました。潜入メンバーは私が選出しても宜しいですか?」

「ああ、頼む」


 私が頷くと、サラは即座に潜入メンバーを選び、王宮背後の城壁に向かった。意思決定の迅速さは騎士団正規の実働部隊にはない公安試作隊の武器であろう。


 遠ざかるサラ達を見送りつつ、私は一人、更なる情報を求めて王宮正面から騒ぎに近付き、その様子を観察した。


「エリザベス王女を差し出せ!」


 幾つもの怒声の中からその言葉を聞き分けた。


「ひ、退け、狼藉者共が! 貴様ら、一体何をしているのか分かっているのか!」


 宮廷官吏側の怒声も聞こえて来る。騎士達のそれに比べればやや弱腰の様にも思えた。武官と文官の差であろうか。


 遠目にはてんやわんやの大騒ぎに見えた王宮敷地内だったが、実際にうるさいのは遠巻きの外野だけで、両陣営の中央では騎士団側の代表者と宮廷官吏側の代表者が落ち着いた様子で話し合いをしていた。


 どうにかして、会話の内容を耳に出来ないだろうか。


 私は素知らぬ顔をして騎士団側の集団に紛れ、前へ前へと身体を進めた。


「ですから、こちらはその王女殿下の直接の言葉を要求しているのです」


 騎士団側の代表者の言葉が辛うじて聞き取れた。


「上位の竜核(ドラコ)を持つ王女殿下の命令とあらば我々も大人しく撤退致しましょう。しかし、言伝ではなく、直接、殿下自身のお口から発せられた生の言葉でなければ、我々は決して従いません」


 騎士団側の代表者は不動の態度で宮廷官吏側の代表者に相対していた。


「分かりました。しかし、まずはそちらの戦闘態勢を解除していただく方が先です。こんな____今にも乱闘が始まりそうな危険な場所に殿下をお呼びする事は出来ません」


 周囲を見回しながら毅然と宮廷官吏側の代表者が言い返す。


「それは出来ない相談です。我々は殿下の直接の言葉以外の命令に従う気はありません」

「柔軟に対応して頂きたい。常識に照らし合わせた判断を要求します。殿下をこのような場所にお呼びして、何かの誤りで怪我を負う事になったらどうなさるのですか」


 両者の言い合いは続く。断片的な言葉から察するに、以下の様な状況であることが窺えた。


 エリザベス王女の引き渡しを要求する騎士団側とそれを拒否する宮廷官吏側。宮廷官吏側はエリザベス王女が持つ騎士団団長よりも上位の竜核(ドラコ)の権限を行使して騎士達を撤退させようとしている。しかし、騎士団側は宮廷官吏側の撤退命令をエリザベス王女の直接の言葉ではないとしてこれを無視。エリザベス王女の登場とその直接の言葉を要求していた。そして、宮廷官吏側はエリザベス王女をこの場に呼び出すのは危険であると騎士団側の要求を拒否。以降、延々と意見の衝突が続いている。


 エリザベス王女の登場を拒む宮廷官吏側の対応は正しいだろう。背後を振り返った私は騒ぎ立てる騎士達の中に不穏なものを見つける。


 周囲からやや浮いた存在。大声を張り上げたり、身体を激しく揺すったりするような事はせず、ただ息を止めてじっと佇む騎士がいる。その手元には銃が握られていた。アルビオン製の狙撃銃で、その位置から王宮の玄関口を十分に狙える代物だ。


 ラ・ギヨティーヌのスナイパー。周囲をよく観察するとそれらしき人物が各所に複数配置されていた。もし、エリザベス王女がこの場に姿を現したら、迷わずに狙撃するつもりだろう。


 ルカ様を拘置所に連行した騎士団だが、王女殿下に関してはその存在ごと葬り去る魂胆だ。


 スナイパーの顔と位置を確認しつつ、私は仲間達の待機する小高い丘へと引き返した。


「どんな様子でした?」


 緊張の面持ちで待機していたアイリスが尋ねて来たので、私は騎士達と宮廷官吏達の揉み合いの様子を細かく伝えた。


「スナイパーが?」

「ああ、奴ら、騒ぎに乗じて殿下を葬り去るつもりだ」


 アイリスの表情が険しくなる。


「どうしますか? 念のためにスナイパーだけでも潰しておきますか?」

「不安な気持ちは分かるが必要ない。サラが今頃上手くやってくれているだろう」


 エリザベス王女が騎士達の前に現れることは無い。王宮に潜入したサラが今頃裏口から王女殿下を逃がすために誘導を行っている筈だ。


「……!」


 その時だ。耳をつんざくような爆発音が周囲に鳴り響いた。轟音の発生源は王宮。もくもくと黒煙を噴き上げる荘厳な建造物に目を向けると、宮廷官吏達が瓦礫の中に倒れ伏していた。


 痺れを切らした騎士達が強引な攻勢に出たのだろうか。混沌は最高潮に達し、悲鳴と破壊音が波のように押し寄せて来た。


「待て。落ち着け、お前達」


 突如始まった王宮敷地内の衝突に剣を抜いて前傾する隊員達を制止する私。


「行動を起こす必要は無い。我々はただ待てば良い」


 騒乱の王宮に急ぎ駆け付けんと勇んでいた隊員達は顔を見合わせ、躊躇いがちに剣を鞘に納めた。


 騒ぎは次第に大きくなる。それにつれ私や隊員達の不安も膨らむ。王宮に向かう足を必死に抑える私。今は動くべきではない。サラを信じて待つべきだ。


 逸る気持ちを抑えるように目を閉じる。


 自身の暗闇の中で、じっと佇んでいると____


「サラちゃん!」


 アイリスの歓声が上がる。大切な仲間を迎える声が。そして____


「殿下、よくぞご無事で!」

「ええ、助かりました。さすがですね、皆様」


 エリザベス王女の肉声だ。私は目を開き、冷静な態度を努めてその姿を視界に留める。


「お怪我は御座いませんか、王女殿下」

「はい、少々衣服は乱れていますが」


 エリザベス様はやや疲れ気味の声で応えた。言葉の通りこれと言った外傷は見当たらない。


「色々と情報の整理が必要ですが、一先ずは避難を。ここは危険ですので」


 サラのおかげでどうにか王女殿下を王宮から連れ出す事に成功した。しかし、油断は出来ない。気付かれない内に避難させなければ。


 最低限の挨拶を済ませ、私達は早々にその場を立ち去る事に。


 背後にふと目を遣ると、黒煙を噴き上げる王宮が視界を支配した。王国を象徴する建造物が破壊の浸食に遭う光景は衝撃的で非現実のものの様に思える。


 ついに戦端が開かれたのだ。

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