第十四話「火種と焦燥」
暗闇の牢屋。騎士のマントにはギロチンの紋章が____ラ・ギヨティーヌの証が躍っている。
「レイズリア」
騎士の名前を口にする私。カネサダの切っ先がその額に向けられている。
「まさか、よりにもよってこんな場所で出会うなんて。嫌な偶然もあったもんだ」
溜息交じりの私の言葉にレイズリアが肩をすくめる。
「偶然ではありませんよ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるレイズリア。
「“獣”の研究施設に謎の集団による襲撃がありました。貴方達の仕業ですよね。だから、ずっと張っていたんですよ。貴方達を判別する事が出来る私が」
剣を引き抜き、レイズリアは横振りをする。
「ビンゴでしたね。今ここで公安部の反逆行為を確認しました。これよりラ・ギヨティーヌは貴方達を敵とみなし、徹底的に排除します____愚かな王女もろとも」
さすがに動向を勘付かれていたようだ。想定の範囲内なので驚きはしない。今までラ・ギヨティーヌに表立った動きがなかったのは最後の確証が得られなかったからなのだろう。大組織故のしがらみだ。
だが、レイズリアによってラ・ギヨティーヌは最後の確証を得るに至った。なので、これ以降は公安部とラ・ギヨティーヌが表舞台で衝突する事になる。
「隙ありッ」
「おっと」
初めに動いたのは秀蓮だった。ナイフを片手にレイズリアに迫るが、紙一重で躱される。
「ここで貴方の口を封じさせて頂きます」
秀蓮は空いている方の手でもう一本のナイフを懐から手品師の様に取り出し、レイズリアに二撃目を放つが、これも剣で防がれてしまう。
「秀蓮ではありませんか。再就職を果たしたと聞きましたよ」
「ええ、お陰様で。今はエリザベス王女護衛団団長です。大出世ですよ大出世。もう貴方よりも偉いんですよ」
秀蓮の交差する二本のナイフとレイズリアの剣が押し合う。
「どうせ、直に失職します。エリザベス王女護衛団団長と申されましたが、その王女が消えてしまうのですから」
「消え……? レイズリアさん……貴方、本気で言ってるのですか?」
「ええ」
秀蓮はレイズリアから距離を取ると共にナイフを投擲し、身に着けている仮面を取り外した。
「殿下を手に掛けるおつもりで?」
秀蓮のナイフを躱し、レイズリアは笑みを浮かべる。
「いい加減我慢の限界なんですよ、騎士団は。この際だから公安部ごと消えて貰います。愚かな王女に相応しい末路を」
レイズリアの言葉に秀蓮は瞳に冷たい殺気を宿した。
「出来るものならやって見て下さいよ。消えるのは貴方達の方です」
地を蹴る秀蓮。追加のナイフを取り出し、レイズリアに斬りかかる。
「所詮は“便利屋”。真正面からの勝負で貴方如きが私に敵うとでも____」
危なげなく秀蓮の斬撃を躱したかに思えたレイズリアだが、ふとその膝ががくんと下がる。
「……!?」
「ラ・ギヨティーヌともあろう者が油断ですか」
目を見開き床に倒れるレイズリアを秀蓮が見下ろす。何が起きたのだと私とマリアは身を乗り出した。
「くっ……身体が……貴方、一体何を……」
壊れたからくり人形の様に首だけをぎこちなく動かすレイズリアに秀蓮は口元から何かを吐き掛けた。私の動体視力が捉えたそれは細い針。空を切り、レイズリアの首元に刺さる。
「毒針です。ああ、ご安心を。致死性のものではありませんので。ただ長い時間動けなくはなりますが」
レイズリアの首元に刺さっている針は二本。一本は先程秀蓮が吐き掛けたもの。もう一本は剣戟の際に放ったものだろう。
レイズリアよりも秀蓮の方が一枚上手だったようだ。
秀蓮はレイズリアの前にしゃがみ込み、慣れた手つきでその衣服を剥がし始めた。
「……やはり持っていましたか」
若干の落胆を見せる秀蓮。宝石の様なものをレイズリアから取り上げていた。
「遠隔通話の魔道具です。起動している所を見ると、ここでの会話は既に外部に漏れていると見て良いでしょう。口封じが出来るとほんの少しだけ期待していましたが、叶わなかったようですね」
秀蓮は遠隔通話の魔道具を投げ捨てて破壊し____
「すぐにここを出ましょう」
秀蓮の言葉に私は背後の暗闇を振り返り、囚われの少女達を見回した。
「彼女達は?」
「今はまだ。ここに残しておきましょう」
首を横に振る秀蓮。感情を押し殺した目で私を見つめていた。
「この人数を一度に連れ出す事は不可能ですし、そもそも今すぐ連れ出す事に意味はありません。それよりも私達はすぐにこの施設を……いえ、この旧アンドーヴァー領を出なければなりません」
秀蓮が焦っているのが分かる。
「先手を打たれる前に、早く首都へ。殿下の元へ向かいます」
秀蓮の焦燥の言葉に触発されて妙な胸騒ぎがした。先程のレイズリアとの会話を思い出す。彼女はエリザベス王女を手に掛けると口にしていた。
エリーの事が心配だ。
「……分かった」
秀蓮に頷き、囚われの少女達を再度見回した。彼女達は一先ずここに残しておく。直ぐにどうされると言う訳でもないだろう。
「仕方がないですわね。……ですが、彼女達はいずれ全員助け出します」
唇を噛みマリアが悔しそうに告げた。
そうと決まれば、私達は囚われの少女達、そして毒で動けないレイズリアを残し牢屋を飛び出す。
再びの白く眩い空間。私は敵襲を予感して身構えたが、周囲に人の気配はなかった。
警戒しながら地上への道を進む。地上へと続くスロープの先で今度こそ敵が待ち構えているものと思っていたが、私が目にしたのは全くの無人。かえって不安になって____
「さっきから敵の気配が全くしない。と言うか、ここまでで顔を合わせたラ・ギヨティーヌがレイズリアだけだなんて」
何かの罠なのだろうか。秀蓮はこちらをちらりと見遣ると、「むう」と唸って周囲を見回した。
「これは……そうですね……恐らくですが、押さえられていますね」
「押さえられている?」
どう言う意味だろうか。秀蓮は苦々しい表情を浮かべていた。どうやら宜しくない事態を察しているようだ。
私達はその後、何の困難もなくカリヴァ中央研究所を脱出し、早々に首都に帰還するべく馬車乗り場へと向かった。日の出にはまだ早い。この時間に馬車の営業はやっていないが、馬はそこにいる。緊急事態故、人数分の馬を勝手に拝借させて貰うつもりでいた。
しかし____
「馬がいない」
厩舎に忍び込んだ私達だが、そこはもぬけの殻だった。藁だけが馬房に敷き詰められており、馬はただの一頭も存在していない。
「やはり、こう来ましたか」
秀蓮が溜息を吐く。
「ラ・ギヨティーヌの仕業です。彼らは私達と正面切って戦う事よりも足を奪う事に専念したようです」
厩舎内を眺めて秀蓮は腕を組む。
「ここの馬は全て奴らに回収されたって訳?」
「ええ、そうです。私達が首都へと帰還するのを邪魔するために」
秀蓮はげんなりとした表情を浮かべていた。
「直ぐに発ちましょう。首都まで歩く事になります」
「徒歩で首都まで、ですか?」
マリアは目を見開いて秀蓮に尋ねる。
「恐らくですが、近辺や道中でも馬を確保出来ない状態にされていると思います。兎に角、歩くしかありませんね」
非情な現実を伝える秀蓮。マリアは「首都まで歩きですか」と額を手で押さえていた。
旧アンドーヴァー領から首都までの移動には馬車で一日を要する。それを徒歩で移動しなければならないとは。気が滅入る。
私達は厩舎を抜け出し、白み始める夜空を見上げた。そして、覚悟を決め首都エストフルトまでの道程を進むことに。
「無事でいて下さいよ、殿下」
足早に街道を行く中でふと秀蓮が呟く。レイズリアの言葉が彼女に不安を与えているようだ。
「エリーの事が心配?」
「……ん……ええ」
尋ねると、珍しく照れたように頬を掻く秀蓮。
「護衛団団長ですからね、私。それと____」
バツが悪そうに秀蓮。
「大切な友人です。ミシェル先輩と違って頑丈じゃないですし」
何処か不安げに“友人”と言う言葉を使う秀蓮だったが、彼女なりに内心色々と弁えているのだろうか。
移動の途中、街があったので馬車乗り場に顔を出したが、秀蓮の予測通り、全ての馬がラ・ギヨティーヌにより押収されていた。突然の事態にひどく困惑している御者がラ・ギヨティーヌの横暴な様子を伝えてくれる。朝方に馬車乗り場に雪崩れ込んで来た騎士達は囚人よろしく乗り馬を何処かへ連行していったらしい。
「徹底してますね。やはり、首都まで歩くしかないようです」
肩をすくめる秀蓮。マリアは溜息を吐いていた。
「このまま首都まで歩き続けでしょうか?」
疲労の色が濃いマリア。私は秀蓮に視線を送る。
「次の街で休息を取った方が良いかな?」
「……」
秀蓮は口を閉ざし、悩むように前髪を弄り出した。
「このまま歩き続けて早く首都に到着したとしても、その頃には私もマリアも秀蓮もへとへとの状態だよ」
忠告する私。一刻も早く首都に到着し、エリーの無事を確認したい。秀蓮からはそんな想いが伝わってくる。そしてそれが叶わぬ事へのイライラが。
「エリーなら大丈夫だよ。自己防衛ぐらい出来るし、あっちには仲間もいる。柄じゃないけど、信じて任せてみようよ」
私の言葉にもどかしそうに唸る秀蓮。一匹狼が本質の彼女にとって、他人に命運を委ねるという行為は躊躇いを伴う選択。
「……その通りですね」
秀蓮が呟くように言葉を漏らす。
「体力には限界がありますし、無理は宜しくありませんね」
己を納得させるように秀蓮が述べる。幾分か表情も落ち着きを取り戻した。
「取り敢えず、次の街まで急ごう。宿を借りて六時間の睡眠を取る。そして、体力を回復させて首都まで急行する」
マリアと秀蓮に言い聞かせる。二人は頷き、引き続き首都への帰途へと移った。
首都エストフルトには公安試作隊隊員も頼れる大人でエリーに近しいルカも居る。エリーの身に危険が迫っても彼女達がきっと助けてくれるだろう。
なので、今は焦りを抑えて現実的な判断をする。