第八話「ヴァイゼン大学」
ラ・ギヨティーヌ及びヴィクトル・ベクスヒルとの戦闘を終え、私達は研究施設の脱出を試みる。
「出口を探そう」
来た道を戻って行くよりも、研究施設の正規の出入り口を探ることにする。外に出て建物の所在を確かめるためだ。
幸運にも私達は通路で施設内部の地図を発見する。記載されている現在地と出入り口の場所を記憶し、すぐさま目的地まで向かう事に。
無機質な廊下をひた進み、一つの扉の前で立ち止まる。研究所の出入り口だ。外の敵を警戒しつつ、私は扉を開けた。
「敵はなし、か」
身構えていたのだが、扉の向こう側に敵は控えていなかった。少しだけ錆びついた鉄扉が固い音を立て、淡い陽光が私の身に降り注ぐ。
「皆、大丈夫だよ」
外の空気を吸いつつ、私は仲間達に手招きをする。
____ところで。
「……ここって」
周囲を見回す私。見覚えがある場所だ。立ち並ぶ堅牢な建物。ここは……そう、国有倉庫街だ。私がカネサダと出会った場所であり、異能のアサルトウルフ____“パック・モンスター”と初めて闘った場所でもある。
私にとっての始まりの地。この場所に“獣”の研究所は隠されていたのだ。
『国有倉庫街だな。こんな場所に研究所はあったのか』
「うん……意外……でもないのかな。よくよく考えてみたら、この場所が初めから怪しかった訳だし」
首都エストフルトの街中に突如として現れた異能のアサルトウルフ。その出所である倉庫街には前々から目星を付けていた。
「……戻って来たね、この場所に」
カネサダを初めて振るい、闘ったあの日。私の運命は大きく変わり出した。こんな時だと言うのに、感慨深い気持ちになる。
「……さて____よし、皆、今からフィッツロイ家を目指す」
気持ちを切り替え、号令を出す。私達はルカの待つフィッツロイ家の別宅屋敷に向かうことにした。
日が傾きかけている。薄暗さのお陰で道中は何事もなくルカの元に辿り着くことが出来た。
「ご苦労様です、ミシェルさん」
屋敷の一室。労うルカの前に囚われの元マーサ隊の騎士達であるミーア、ルイス、セイラを出す私。
「マーサ隊の生き残り、ミーア、ルイス、セイラです。他の者達は既に帰らぬ人となっていました」
「ええ」
神妙に頷くルカはミーア達に優しく触れる。
「辛い思いをされた事でしょう。ですがご安心下さい。貴方達の身の安全は私共が保証します」
ルカがそう言うと、近くで控えていた屋敷の使用人達がミーア達を勝手知ったる様子で何処かへと誘導し始めた。
「彼女達のその後の事は私に任せて下さい。さて、ミシェル隊長。件の研究施設内での調査報告をお願いします」
丁寧な口調で促すルカ。公安試作隊隊長として畏まった様子で頷く私は“獣”の研究施設で起きた出来事、見た物の報告をする。
「研究所の場所を特定し、施設内の様子は記録石に収めました。そして、マーサ隊の生き残り____彼女達が非道な実験の生き証人となってくれる事でしょう」
「ええ、これで“獣”の計画については暴かれたも同然です」
満足気なルカに私は「しかし」と続ける。
「我々公安が“獣”の研究施設に潜り込んだ事実は直にあちら側に明らかになってしまう事でしょう。最大限の欺瞞は施しましたが」
「元より覚悟していた事です」
ルカは隣に立つ使用人から紙片を受け取ると、それを私に手渡した。
「賽は投げられました。ならば、ここで一気に攻め切ります。次なる“黙示録の四騎士”を討つのです」
ルカに手渡された紙片に目を向ける私。まず目についたのは“飢饉”の文字。
「“飢饉”の研究に関する調査報告です。ラピスさんと秀蓮さん、そしてミミさんの助力もあり、リッシュランパー地方で発見した謎の魔道具の製作者を特定するに至りました」
ルカの言葉に私ははっとなって紙面上に目を這わせる。“飢饉”の計画の有力な手掛かりである謎の魔道具。その製作者が判明したのだ。
「ヴァイゼン大学理工学部魔導工学科教授アルト・グナイゼナウ」
紙面に記されたその名前を口にする。
ヴァイゼン大学____義母エリザから聞き出した場所だ。
「アルト・グナイゼナウ教授はチャーストン本家当主であるキャシー・チャーストン氏のグナイゼナウ家に婿入りした弟君に当たります。優秀な科学者で“飢饉”の研究に携わる者としては最適と言えますね」
ルカはそれから新たな紙片を使用人から受け取ると、またもやそれを私に手渡した。
「次なる任務です。丁度明後日、ヴァイゼン大学では公開講座が開かれるようです。騎士達も後学のために多数受講するイベントとなっています。公開講座に乗じ、“飢饉”の研究の調査を行って下さい」
新たに手渡された紙片はヴァイゼン大学の公開講座の案内だった。
此度の一件で公安部と騎士団上層部は再び表面的にも対立する事となるだろう。猶予は多少あるだろうが、その時間的な隙を無駄にすることは出来ない。ここは一気に敵に切り込む所だ。
「畏まりました、ルカ様。任務、必ずや完遂してみせます」
公安試作隊隊長として私は告げる。
屋敷を立ち去る公安試作隊一同。融通を利かせてくれたラピスの元に何事もなかったかのように帰還する。
一波乱が去った。
その後の経過なのだが、救出した元マーサ隊の騎士達はフィッツロイ家の別宅屋敷で秘密裏に匿われ、それなりに丁重な扱いを受けているらしい。人道的な観点からも彼女達に対するケアは重要なものであるが、実利的にも彼女達には“獣”の研究の証人としての価値がある。なので、その守護は公安部の使命の一つとなっていた。
“獣”の研究所での調査から特に何事もなく公開講座の日が訪れる。
さて、ヴァイゼン大学に乗り込む公安試作隊。その潜入メンバーを選出する事に。
まずはミミ。魔導工学のエキスパートである彼女は今回の潜入に必須である。続いて頼れる戦闘力としてサラを。そして、“獣”の調査任務から引き続きドロテアをメンバーに加える。今回は私を含めたこの四人が潜入班だ。
特別に休暇を取り、私達は首都北部に位置するヴァイゼン大学の敷地内に足を踏み入れていた。
大学生や大学職員の中に紛れる私達。
「ミミ、少しだけ楽しそうだね」
大学構内に到着した途端、きょろきょろと子猫のように周囲を見回し始めたミミ。
「え……ああ、ごめん」
ミミは頬を掻き____
「ヴァイゼン大学って魔導工学に携わる者にとっては憧れの場所なのよ」
リントブルミア王国内で最も知名度が高く栄誉があると言われているのはエリーことエリザベス王女の母校でもあるエストフルト大学であるが、科学分野において最高の権威を持つ教育研究機関はヴァイゼン大学だった。事前のリサーチで私もそれは把握している。
「実はね、二十歳になって騎士団の実働部隊を去った後はヴァイゼン大学に入ることを目指してたりしてたんだ。博士号を取得して研究職に就きたかったの」
「へえ、そうなんだ」
「でも、まあ、結局それは止めにして、公安部に身を寄せることにしたんだけどね」
肩をすくめるミミに私は____
「別に良いんだよ。ヴァイゼン大学に入っても」
「え?」
「ミミの魔導工学の才能は本物だからさ。夢を諦めるなんて勿体ないよ」
私の言葉にミミは首を横に振る。
「もう決めたのよ。私は公安部を選んだの。ヴァイゼン大学は正直惜しいけれど、こっちの方が断然大切だから」
「いや、だからさ」
私は人差し指を立てて説明する。
「公安部に所属しつつヴァイゼン大学に入れば良いじゃん」
「え……いや、でも」
「ミミには将来的に通常業務よりも何か技術的に特別な役割を与えるつもりだからさ。色々と融通は利かせられるよ。籍だけ置いといて、こっちが必要な時にだけ声を掛けるような形態も取れるし」
私の提案にミミが悩まし気に唸る。
「……考えておくわね」
ぼそりと答えるミミ。サラがちらりとこちらを見遣り____
「あんまり遠慮しない方が良いわよ。生きたいように生きなさい。二足の草鞋が大変なら、アンタの負担が軽くなるように手を貸してあげるし。……仲間、だからね」
照れているのか、ぶっきらぼうに言い放つサラ。ミミも少しだけ照れて「ありがとう」と小さくお礼を言う。
そう言えば、気付かぬ間にサラとミミも仲良しになっていた。以前なら考えられない事だ。ミミはみなしごであるサラを見下していた節があったし、サラもミミをいけ好かない貴族の息女として敵視していた。
「よし、じゃあこの話は一旦保留で。仕事の時間と行こうか」
少しだけ微笑ましい気持ちになりながら、私達は“飢饉”の調査に取り掛かる。