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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第五話「秘密の地下通路」

 巡回任務を抜け出し、マリアと共にスーをフィッツロイ家の別宅屋敷に連れて行くことに。


 人目の付かない道を選び、移動すること半時が経過する。目的地に到着した私達は屋敷の玄関扉を潜り、フィッツロイ家当主ルカにスーを引き合わせた。


「事態は把握しました。彼女は私どもの方で保護いたしましょう」


 一通りスーの事情を話し終えた後、ルカが静かに頷いて告げる。


「……本当に宜しいのでしょうか? 私を匿えば……最悪騎士団に……ラ・ギヨティーヌに始末されますよ」

「そうはさせません」


 細々とした声で尋ねるスーにルカは決然と言い返した。


「我々公安部は決して騎士団に屈しない。貴方の事も護り抜きます」

「……ルカ様」

「ただし、全てが片付いた時、貴方に課せられた本来の刑罰をその身で受けて頂く事にはなりますが」


 不正や横暴を許さず、世の中を正しい規則と正常な倫理で回す事。それが公安部の使命である。話し合いの結果、スーはフィッツロイ家の別宅屋敷で当分の間匿う事になったのだが、いずれ元居た刑務所に送り返し、禁錮刑を受けさせると言う事になった。


「さて、“獣”の計画に関する有益な情報がまた手に入りましたね」


 スーを使用人に任せ、私、マリア、ルカの三人が話し合いの場を設ける。


「街外れの沼地に“獣”の研究施設へと続く秘密の地下通路の出入り口がある。……どう致しましょう? すぐに調査に向かいますか?」

「……」


 ルカの問い掛けに私は悩まし気な唸り声を発した。


「件の沼地も無警備では無い筈です。特に脱走事件起きた直後では警戒レベルも上がっている。今調査に向かえば、高い確率でこちらの動きがあちら側に捕捉されてしまいます」

「ええ、でしょうね」

「そうすれば、エリーの演技が無駄になってしまいます。“黙示録の四騎士”の全ての証拠が出揃うまで、公安部は四大騎士名家と敵対しない体を貫く。この作戦があちら側にバレてしまいます」


 しかし、と私は続ける。


「見捨てたくはないです」


 私は強く言い切る自身に若干驚いていた。


「脱走を試みたマーサ隊の騎士達の内、何人かは生存して研究所に囚われの身となっている可能性が高いです。彼女達を見捨てる事は出来ない。手遅れになる前に助けに行きたいです」


 私の言葉にルカは大きく頷いた。


「そうですね。ここで彼女達を見捨てるのは騎士道に____いえ、人倫に反します。それは公安部の本意ではありません」


 ならば、取るべき行動は一つだ。


「動かすことが可能な公安試作隊騎士達の内から潜入メンバーをすぐに選出し、研究所へと乗り込みます」


 強く私は宣言した。


 と、言う訳で____


 ルカの激励と共に私とマリアは即座に屋敷を後にし、ラピス隊隊長であるラピスの元に向かう事になった。


「自分の決断に驚いているよ」


 道中、マリアに話しかける私。


「エリーの四大騎士名家を欺く作戦を潰してしまうかもしれない。それなのに、私はマーサ隊の騎士達を助ける選択をしてしまった。よりによってマーサ隊の奴らを」

「……ミシェルさんが“見捨てたくない”と言い切った時……その……少しだけ驚きましたわ。別にミシェルさんの事を薄情な人だとは思ってはいなかったのですけれど……何と言うか……」

「うん、私らしくは無かった」


 言い辛そうにするマリアに私は苦笑を浮かべる。


「全然私らしくなかった。嫌いな奴らをわざわざ不利益を覚悟で助けに行くなんて。だから、これは新しい私(、、、、)なんだ」

「新しいミシェルさん?」

「公安試作隊隊長としてのミシェル。もう私はただのみなしごのミシェルじゃないんだ。立場だけじゃなくて、その心も公安試作隊隊長になっているんだと思う」


 私は私が思っている以上に公安試作隊隊長たれているのだと自覚した。アイリスのような騎士への憧れも、ラピスのような腐敗した権力への怒りも、マリアのような騎士道への献身も私にはなかった筈だ。しかし、公安試作隊隊長として任務を遂行していく内に、私にもその役職に見合った精神が宿り始めているのだろう。


「ラピス隊長」

「ミシェル、それにマリア。……何があった」


 所定の場所で待機していたラピスの姿を発見し声を掛ける。私達の登場に彼女は鋭く何かを察したようだ。


 私は人目に付かない場所にラピスを誘導し、事情を説明した。


「……研究室に乗り込むのか」

「ええ、出来ればすぐにでも」


 私の決断にラピスは少々戸惑っているようだった。公安部の不利益を覚悟でマーサ隊の騎士達を助け出す。彼女からしても意外な判断だったのかも知れない。……冷血と見なされているようで少しだけ心外だったが。


「良いだろう____いや、承知した、ミシェル隊長(、、、、、、)


 ラピス隊隊長としてではなく公安試作隊隊員____私の部下としてラピスは返事をした。


「潜入班を結成したいです。ラピス隊から騎士達を何名か引き抜いても宜しいですか?」

「ああ、便宜を図ろう」


 話し合いの結果、潜入班のメンバーが決定する。その構成は私をリーダーにアイリス、サラ、アリア、ドロテアの五人となった。


 アリア・ノルマン。ドロテア・ハンプシャー。両者とも一つ年上のラピス隊の騎士で信頼の置ける人物だ。公安試作隊隊員の中でも優秀な能力を有している。


 マリアも潜入班に加えたかったのだが、彼女にはラピス隊副隊長としての責務があるので、メンバーに加入させる事は出来なかった。


 兵舎に帰還し、私達は騎士の制服から旅人の様な服装に着替える。公安試作隊の騎士が裏で活動する時の変装のようなものだ。


 集合地点を予め決め、私達は時間をずらして個別に兵舎を抜け出した。


 首都エストフルト郊外。馬車が通る道から少しだけ外れた場所の空き小屋。その陰に私達潜入班は再集合を果たす。


「皆、今から件の沼地へと向かう」


 私の言葉に潜入班の皆が頷く。


「ところでミシェル隊長、秘密の地下通路の出入り口の場所は把握しているのですか?」


 移動を開始した所で、アリアが私に尋ねて来る。街外れの沼地は広大であり、隠された出入り口を探すとなるとそれなりに骨が折れる。


「詳しい場所まではスーから聞き出せていませんが、おおよその予測は出来ます」


 私は人差し指を立て説明する。


「私が発見した時、スーは血で汚れていたものの泥では汚れていませんでした。足元もそれなりに綺麗だった筈です。つまり、彼女は沼地の中でも乾燥した地面を歩いていたと思われます」

「……乾燥した地面ですか」

「そして、通路の出入り口の周囲ですが、恐らくは丈の高い草が生い茂っていると思われます。秘密の通路を自然の中に隠すために」

「成る程」


 畏まった様子でアリアは頷く。


 しばらくすると私達の目の前に大きなぬかるみが出現し出し、目的地が近い事を教えてくれた。


「こんな場所まで首都から地下通路が続いているのよね。随分と頑張ったのね、工事」


 サラがぽつりと呟く。私ははたと気が付き____


「……サラ、そう言えば……その、大丈夫?」

「……? 何が……?」


 首を傾げるサラ。私達はこれから光の少ないであろう地下通路に潜ろうとしているのだが、暗所恐怖症の彼女にとってそれは辛い事ではないのだろうかと言う懸念が今更湧いて来た。


「……ああ、もしかして____気にしてくれているのね、あの事(、、、)

「……うん、まあ」


 私が何を言いたいのかサラは気が付いた様子だ。彼女は手の平を目の前にかざすと____


「大丈夫よ。魔法で何とかするから」


 サラの手の平から発光体が出現し、辺りを薄く照らし出す。照明魔法だ。これなら例え地下通路に灯りがなくとも平気だろう。


 サラはわざとらしく鼻を鳴らしてからそっぽを向き____


「……そ、それに、最近は平気になって来たしね、暗いの」

「ん……え? そ、そうなの?」


 口籠りながら告げるサラに私は目を見開いて尋ね返した。


「ミシェル君のお陰かな」


 恥ずかしそうに頬を掻くサラ。


「ミシェル君と過ごす夜が楽しいから……その……辛かった暗い場所での記憶が楽しい思い出に書き換えられているのかも」

「____楽しい思い出って何かな?」


 私とサラの会話に割り込んで来たのはアイリスだった。幽霊のようにぬっと登場してきたのでサラはびくりと肩を震わせる。


「ねえ、楽しい思い出って? ねえ、サラちゃん?」

「……な、何よ、アイリス……近い……離れなさいよ!」


 謎の気迫でしがみ付いて来るアイリスをサラは迷惑そうに剥がしにかかる。しかし、アイリスは離れない。


「楽しい夜の思い出って……もしかして、ミシェルちゃんとサラちゃん……夜な夜ないかがわしい事を」


 アイリスの言葉にサラが一瞬だけ凍り付き、次いで烈火の如く怒り出す。


「馬鹿じゃないの、アイリス! 色ボケも大概になさいッ!」

「いてっ」


 サラの頭突きを食らうアイリス。


「アンタの想像している事なんて何一つないわよ! ……と言うか、いかがわしいのはアイリスの方でしょうが」

「……え、私?」

「ミシェル君を恋人だって両親に紹介して」


 サラの指摘にアイリスは慌てて____


「そ、それは……お見合いの話を断るためだって」

「どーだか。アンタら裏でイチャコラやってんじゃないの? ねえ、ミシェル君?」

「……へ? い、いや……ないない」


 とばっちりで私までサラに睨まれる。私は冷や汗を垂らしながら彼女の疑いを否定した。


 意外な事だが、アイリスとサラは割と高い頻度で口喧嘩をする。気が弱く他人に譲歩しがちな性格のアイリスが、気が強く喧嘩っ早い性格のサラと互角に言い争えているのだから不思議なものだ。


「仲が良いよね、あの二人」


 アイリスとサラが尚も言い争いを続けている横でドロテアが私に呟く。


「そうですか?」

「喧嘩する程仲が良いっていうやつだよ」

「……まあ」


 実際、二人は仲が悪いと言う訳ではない。アイリスもサラも互いを強者として認め、尊敬し合っている。戦闘における連携も見事なものだった。


「罪な人だねえ、隊長は。強いオスがモテるのは自然界の絶対原則って事だね」


 からかう様にドロテアが私の肩を叩く。


「でもまあ、色恋騒動は任務中には控えて欲しいな。真面目ちゃんのアリアの目にも毒だし」

「……」


 ドロテアに名前を呼ばれアリアがちらりとこちらを一瞥する。


「ほどほどにしておいて下さいね、ミシェル隊長」


 アリアにぼそりと呟かれる。私は弁解しようとしたが、結局何も言い返せず、困ったように頬を掻いた。


 更に歩みを進める私達____


 淀んだ水辺。泥臭い空気。目の前には巨大な沼地が広がっている。足場は悪く、一歩足を動かす度に湿った土が靴に纏わりついて来た。


「迂回しようか」


 土壌成分の違いで場所によりぬかるみが発生していないルートを選び、私達は沼地に分け入っていく。


 手付かずの自然。あるいは未踏の荒れ地。こんな場所に本当に秘密の地下通路の出入り口があるのだろうかと疑ってしまう。


 と____


「皆、止まって」


 先頭を行く私が背後に制止を掛ける。


「魔物だ」


 丈の高い緑の中に、私は黒い影を視認する。それは人の身の丈以上もある体躯を誇る狼____アサルトウルフだった。


「……一匹ね」


 サラが注意深く前方の魔物を観察する。アサルトウルフがただの一匹。狼と同様に群れる習性を持つ魔物としては異常な事だった。


 そのため、私はとある予感を抱く。


「気を付けて、ただのアサルトウルフじゃない」


 注意を促した矢先、私達に気が付いたアサルトウルフが雄叫びを上げてこちらに突っ込んで来た。


 迫り来る魔物を包囲するように散開する私達。アサルトウルフは首を周囲に巡らし、威嚇するように唸った後、サラの元へと疾駆した。


「はあッ!」


 サラが剣を抜く。一撃目でアサルトウルフの前足をすれ違い様に切断し、翻った二撃目でその胴体に深い斬り込みを入れた。


 疾駆のための足を失い、地面を無様に滑るアサルトウルフ。負った傷の深さから出血死は確実だった。しかし____


「サラ、油断しないで!」

「……!?」


 アサルトウルフは再び立ち上がる。失った前足は瞬きの間に再生していた。胴に負った傷も消え失せている。


「何なのよッ」


 アサルトウルフの再度の突進にサラが素早く対処。開かれたどす黒い顎を回避し、今度はその頸を刎ねた。


 宙に舞う狼の頭。地の取り残されたその胴体。アサルトウルフは今度こそ絶命したかに思えた。


「……嘘でしょ」


 しかし、次の瞬間、頭部と胴体の断面から無数の触手が伸びたかと思うと、それらが捻じれて絡み合い、やがて接合を果たした。そして伸びた触手が今度は収縮し、ものの数秒で切り離された頭部と胴体が一つになる。


 アサルトウルフは再生した。頸を刎ねられたにも関わらず。


「“パック・モンスター”だ!」


 “パック・モンスター”____人間が操る事が出来るように“パック”と呼ばれる特殊な魔導核(ケントゥルム)を植え付けられた魔物。


 “獣”の計画において、“パック・モンスター”は特殊な改造強化が施されており、同種の魔物にはない異能の力が与えられているとスーは教えてくれた。首都の倉庫街に現れた個体や森に現れた個体と同様、目の前のアサルトウルフにもその手の能力が備わっているのだ。


「……くっ」


 アサルトウルフが三度目となる突進を繰り出す。その常識外れな再生能力に呆然としていたサラは、反応に遅れ、宙に吹き飛ばされてしまった。


「援護するよ、サラちゃん!」


 追撃を行おうとするアサルトウルフにアイリスが氷の矢を放ち、その動きを牽制した。


 その隙に私は腰元のカネサダを抜き放ちながら魔物に接近し、胸元の複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムに意識を集中させ、魔導の感知能力を高める。


「見えた!」


 アサルトウルフが持つ魔導核(ケントゥルム)の正確な位置を掴む。私はカネサダの切っ先を魔物に突き付け____


「そこだッ!」


 アサルトウルフの魔導核(ケントゥルム)に正確無比の一撃を放つ。驚異的な再生能力。さりとて、不死身ではない。その異能の源さえ破壊すれば、絶命に至らせることが出来る。


 確かな手応えがあり、魔物は断末魔と共に地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。


「ありがとう、アイリス、ミシェル君」


 サラが額の汗を拭い、アサルトウルフの死体に近付く。


「“パック・モンスター”____アメリア隊を壊滅間際まで追い込んだ魔物だ」


 私は血振りをしてからカネサダを鞘へと納め、地面の魔物を観察する。


「“パック・モンスター”がここにいるって事は、やっぱりこの沼地にあるんだよね……研究所への地下通路が」


 そして、目的の出入り口はすぐ近くにある筈だ。恐らくだが、目の前のアサルトウルフは警備用に配置された魔物だと思われる。


「隊長! ちょっとこっちに来て!」


 ドロテアの声が少し離れた場所から響いて来る。私は魔物の死体から顔を上げその姿を探した。


「見てよ、あれ!」


 ドロテアが指差すのは草が生い茂る塚のような場所だった。風景に溶け込んではいるものの、よく見れば不自然な具合に地面が盛り上がっているようにも思える。


「……扉」


 そして、私は発見する。草に隠れて遠目ではよく見えなかったが、巨大な木製の扉が塚には取り付けられていた。


 私達はすぐさま扉に駆け寄る。顔を見合わせる一同。ドアノブに手を掛け、私は慎重にその先を確かめた。


「当たりだね」


 扉の先はスロープになっており、先の見えない地下空間へと続いていた。人が二、三人程度通ることが出来る通路は完全な暗闇ではなく、奥の方には淡い光が存在している。


 沼地に現れた人工物。


 目的地____研究所へと続く秘密の地下通路に辿り着いたようだ。

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