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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第四話「脱獄のマーサ隊」

 昼下がり。


 巡回任務中での出来事だ。騎士の制服を身に纏い、首都エストフルトの街並みを静かに歩いていた私の目の前に____


「ミ、ミシェルさん、ちょっと!」

「……マリア?」

「こっちに来て下さいまし!」


 現れたのはマリア。かつてはマーサ隊の所属だった彼女だが、今や同じラピス隊の副隊長。実働部隊においては私の上司に当たる。


 血相を変えて私の腕を引っ張るマリア。その様子に私は何かしらの事件を察した。


「どうしたの、そんなに慌てて。何の事件が起きてるの?」

「……と、取り敢えず____来て頂ければ分かりますわ」


 有無を言わさずマリアは私を引っ張る。


 ……それにしても異常な取り乱し方だ。騎士なのだから事件の一つや二つで慌てふためいたりなどしないものなのだが。


 マリアに連れられ、行き着いたのは暗い路地裏。


 埃っぽい空気の中、ぼろぼろの毛布で身体を隠した一人の少女がいた。


「……」


 無言の少女の前に立つ。その怯えた瞳がこちらに向いた。見覚えのある顔だ。


 やつれた少女の風貌を観察しつつ、彼女の正体を記憶の中から探る私。……見覚えはある____が、上手く思い出せない。彼女は一体誰だ? 視線でマリアに問いかける。


「スーさんです。スー・オースティンさん。分かりますか?」

「……スー・オースティン? ……確か……元マーサ隊の……」


 マリアに言われて思い出した。スー・オースティン。二つ年上の騎士で、マーサ隊に所属していた。すぐに思い出せなかったのは、その身なりの変化ゆえだ。マーサ隊は家格の高いベクスヒル派の騎士貴族の息女により構成されていた。スーもその内の一人で、以前は高貴な風采を誇っていたのだが、今はその見る影もない。


「……どうして、元マーサ隊のスーが」


 マーサ隊の騎士達はマーサ・ベクスヒルの共犯者として刑務所で罰を受けている最中の筈だった。


「脱獄してきたの? ……何でそんな事を」


 どのように厳重なセキュリティの刑務所を抜け出したのかも気になるが、それよりもスーがわざわざ牢破りの禁忌を犯す理由が分からない。彼女を始めマーサ隊の騎士達に与えられた最終的な罰は半年にも満たない禁錮刑だった筈。大人しくさえしていれば、彼女達は時間で罰から解放されるのだ。


「……こ、殺される……」


 私の目の前でぶるぶると震え出すスー。


「わ、私も……殺されるんだ……! 他の皆と同じように……!」

「わわっ」

「お、落ち着いて下さい、スーさん」


 半狂乱になって私の身体に縋るスーをマリアが宥める。ぼさぼさの髪。血色の悪い肌。スーの鬼気迫る表情に私は気圧されてしまった。


「落ち着いて、ゆっくりと事情を話して下さいまし」


 優しい声音で告げ、マリアはスーに深呼吸を勧める。両目から溢れる涙を拭い、スーは呼吸を整え始めた。


 やがて____


「私は逃げて来たんだ____研究所から」

「……研究所から?」


 刑務所ではなく研究所から。スーの発言に私は何かを察した。


「信じられない話かも知れないけど……私は……私達はとある研究のための使い捨てのモルモットにされて……それで……」

「____“黙示録の四騎士”」

「……! なんで、アンタがそれを……」


 私がそっと呟いた単語にスーが反応を示した。彼女の様子に私はとある確信を得る。


「安心しなよ、スー。貴方は運が良い。私達なら貴方を十分に護ることが出来る」

「……」

「“黙示録の四騎士”が関係してるんでしょ? 話してくれるかな。貴方や……貴方の仲間達の身に起きた事を」


 スーは語る。彼女がマーサ・ベクスヒルの共犯者として刑務所に収監された後の出来事を。牢に入れられてからの数週間は囚人としてのごく普通の禁錮生活を送っていたスーだが、ある日突然マーサ隊の仲間達と共に馬車に乗せられ、見知らぬ建物へと護送されたらしい。


 マーサ隊の騎士達が連れて来られた場所____そこは研究施設だった。


 何のための研究施設なのか。マーサ隊の騎士ならばすぐに判る事だった。そこでは“黙示録の四騎士”の計画____その内、“獣”の計画の研究が行われていたのだ。


「“獣”の計画は特殊な人工魔導核(フェクトケントゥルム)____“パック・アルファ”を人体に植え付け、それにより“パック”と呼ばれる特殊な魔導核(ケントゥルム)を体内に宿した魔物を操ることを目的としているんだ」


 関係者であるスーの口から直接“獣”の計画の内容が語られる。


「“獣”の研究はこれまでに一定の成果を上げている。だけど、従来の“パック・アルファ”では魔物を一匹操るのが限度で、数匹の魔物を同時に操ることは出来なかった」

「____森に現れた巨大なアサルトウルフ」


 スーの話を遮る私。


「アメリア隊を壊滅に追い込みかけた魔物。あれは“パック”を宿した魔物だったんじゃない?」

「……ええ」


 かねてからの私の推測にスーが肯定を示す。


「あの時、あの森に現れたアサルトウルフは“パック”を宿した“パックモンスター”だった。アメリア隊は“獣”の計画の実験台にされていたの。マーサ様の私怨のついでにね」


 真実がまた一つ明らかになった所で、話は戻る。


「今、“獣”の計画では新型の“パック・アルファ”の開発が進められている。複数の魔物を同時に操ることが可能な“パック・アルファ”の開発が」


 スーは目撃する。彼女の同僚の身体に新型の“パック・アルファ”が植え付けられる所を。


「新型の“パック・アルファ”はその複雑な構造故に魔導の扱いに慣れた魔導騎士ですら制御が困難な代物だった。植え付けられたマーサ隊の騎士達は……魔導の力を暴走させて次々と命を落としていったんだ」


 その光景を思い出したのか、再び恐怖で震え出すスー。


「失敗してはまた新たに改良された“パック・アルファ”を騎士に植え付け……失敗してはまた新たに改良された“パック・アルファ”を騎士に植え付け……モルモットになった私達は使い潰されていって……」


 スーは呼吸を荒くして頭を抱え出す。


「命の危険に耐え切れなくなった私達は研究所の脱出を試みた」


 スーが纏う毛布の間から血で汚れた彼女の衣服が覗く。


「数の力で警備の騎士達に襲い掛かって……武器と人工魔導核(フェクトケントゥルム)を奪って……戦って……逃げて……逃げて……必死で逃げて……!」


 感情が爆発しないようにスーは必死で自分を抑えているようだった。


「逃げ切れたのは……私だけだった……! 他の皆は……!」

「場所は?」


 敢えて素っ気なく私は尋ねた。


「スーは何処から逃げて来たの? 研究所の場所は?」


 スーの肩に手を置き、彼女の息が整うのを静かに待った。幾分か興奮が収まった時____


「街外れの沼地。私はそこからここまで逃げて来た」

「……街外れの沼地?」


 私はマリアと顔を見合わせた。


「街外れの沼地……ですわよね? あんな場所に建物などありませんわよ」

「研究施設へと続く秘密の地下通路の出入り口があるんだ」

「隠し通路……という訳ですか」

「ええ……恐らく、研究施設そのものはこの首都内にある筈。馬車で刑務所から移動させられたんだけど、ほんの数分で護送は完了したから」


 スーの口から有益な情報が漏れ出る。研究施設は首都内に存在し、その秘密の出入り口は街外れの沼地にあるのだ。


 私は念のためにカネサダの白刃を鞘から覗かせ、スーの発言が罠であるかどうかを彼に調べさせたが、結果は白だった。


「事情は分かった」


 情報を脳内で整理した後、私は頷く。


「貴方を保護しよう」

「保護?」

「私達公安部が貴方を護る」

「……公安、部?」


 公安部と言う単語に首を傾げるスー。件の組織が立ち上げられたのは彼女が投獄された後の事だ。それがどのようなものなのか理解しかねているのだろう。


「兎に角、貴方の安全は保証された。だから、安心すると良いよ」

「……」


 未だ状況を飲み込めないでいるスーだが、私の言葉にほっと溜息を吐いた。


「本当に……助けてくれるの?」

「それが私達の使命だから」


 かつては剣を交えたマーサ隊のスー。しかし、今の彼女は行き場を失った哀れな子羊だ。公安部として放ってはおけない。

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