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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第四幕 天使の時代
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第一話「ガブリエラ:苦しみの中で生まれた」

 苦しみの中で私は生まれた。


 冷たい石壁。重い鉄格子。定期的に振るわれる暴力からは逃れる術もなく、凍えるような寒さの中で私は痛みに堪えた。


 痛い。止めて。声が幾つも聞こえた。苦痛を訴える呪いの様な声が。どれもか細い少女のそれで、しかしそれらは確実に私に元に届いた。


 私は地獄に居たのだろう。今の私にならば、それが理解出来る。あそこがどれ程理不尽な場所だったのか。それを知った今ならば。


 多くの死者の声を聞いた。大勢の少女の死体を見た。私もその内の一つになる運命だったのかも知れない。


 しかし、そうはならなかった。


 ____私は選ばれたのだ。


 絶えぬ苦痛の中、私に“第二の心臓”が宿った。


「ガブリエラ・アンドーヴァー。私の天使。今日から貴方は私の娘です」


 身体を苛む耐え切れない痛みはいつの間にか消えていた。代わりに、温かい抱擁が私を包み込む。


「……貴方……は……?」

「私の名前はアンリ・アンドーヴァー。今日から貴方の母親となるものです」


 母親。知らず、私は涙を流していた。私を支える彼女の手は救済そのもので、地獄からの解放を意味していたからだ。


 幾年かが過ぎた時、私は自身の置かれていた状況をアンリ・アンドーヴァー____最愛の母親から教えられた。


 私の産みの両親はリントブルミア王国____いや、サン=ドラコ大陸に築き上げられた平和に対し唾を吐きかけるような危険思想の持ち主だったそうだ。そのため、平和と秩序を愛する正義の暗殺部隊により始末された。正義の名はラ・ギヨティーヌ。邪悪なる両親を持つ呪われた子供である私も本来であれば、ラ・ギヨティーヌの裁きを甘んじて受けなければならなかったのだが、幼かったこともあり救いを受ける機会を与えられたらしい。


 私は試練を受けさせられていたのだ。暗い牢屋に閉じ込められ、過酷な暴力に曝され____死か、それとも“第二の心臓”を得るか。結果、“第二の心臓”を手に入れた私は生きる事を世界に許された。


 邪悪な両親から産まれた罪もまた赦されたのだ。


「貴方に宿ったその心臓の名は魔導核(ケントゥルム)と言います」

「……魔導核(ケントゥルム)

「過酷な試練に耐え、貴方は見事に選ばれたのです。世界の平和を守る天使として」


 魔導核(ケントゥルム)____私に宿った“第二の心臓”は私に天使の力を与えた。その名は“固有魔法”。己の姿を自由自在に変えることの出来る無双の力を手に私は最強の騎士へと成り上がる。特別な措置が取られ、騎士学校入学を待たず、私は暗殺部隊ラ・ギヨティーヌのエースとして君臨するに至った。


『貴方が私の天使となる者ね。話はアンリから聞いているわ。よろしくね、ガブリエラ』

「……ギロチンが喋った!?」


 ラ・ギヨティーヌ最強の騎士となった幼き私はその証である“働き者の女神”____ギロチン刃の両端に取っ手が付いた武器を手渡される。


 女性の声を発する鉄の塊に私は目を丸くした。


『さすがに驚くわよね、喋るギロチンなんて』

「……え、ええ……。貴方は一体……」

『“働き者の女神”____この大陸に新たな秩序を作る者よ』

「……女神様」


 それが私と女神様との出会いだった。


 伝説によれば“働き者の女神”は“ロスバーン条約”が締結された変革期において後の為政者となる者達に神託を与えたと言われている。ただの伝説ではない。それは真実だったのだ。私には、今こうして女神様の声が聞こえる。


 女神様は様々な事を私に教えてくれた。魔導核(ケントゥルム)の力の使い方。数世紀間の人類の歴史。騎士として、人としての正しい在り方。


 その出会いの時から、女神様は常に私に行くべき道を示してくれた。


『エステル・ウォラストン』

「……エステル・ウォラストン? 誰の名前ですか?」

『人間だった頃の私の名前よ』

「人間だった? どう言う事ですか、女神様?」

『実はね____』


 近年____ここ二、三年の事だ。女神様は自分自身の事をよく私に話してくれるようになった。


 曰く、女神様は元人間で、その魂をギロチン刃に移すことで今の姿を得たらしい。人間の頃の彼女はかの英雄フランシス・ホークウッドが率いる“白銀の団”で副団長を務めていたのだとか。


 正直、ひどく困惑している。


 私は女神様が本物の女神であると信じていた節があったからだ。


 人智を超越した絶対の存在。神聖なる正義の指針。私は女神様を崇拝していた。そんな彼女が見せる人間としての一面を目にし、心に動揺が生まれたのは事実だ。


 但し、だからと言って、女神様への信頼は寸分も揺るぎはしなかった。彼女は依然、私にとっての先導者である。


「私、女神様は本物の女神だと……心の隅では思っていました」

『あら、幻滅させちゃったかしら』


 ある時、そんな呟きを漏らしたことがある。


『でもね、ガブリエラ。私、本物の女神になりたい____いえ、なるのよ、いずれ』

「……本物の、女神?」


 私には女神様の言葉の意味がよく分からなかった。


『サン=ドラコ大陸____そして、その正義を支配する者となる。それが私の目標。英雄フランシス・ホークウッドですら成し得なかった事よ』


 やはり何を言っているのか分からない。


 何を言っているのか分からないと言えば、最近のお母様もそうだ。


「ガブリエラ、サン=ドラコ大陸の平和はいつまで続くと思いますか?」


 大陸を縦断する大運河の開通式での事だ。隣で控える私にお母様はそう問いかけた。


「いつまで続く……? 何を言っているのですか、お母様。サン=ドラコ大陸で戦争はもう起きないのですよね?」


 かつて、サン=ドラコ大陸は戦火に包まれ、それが途絶えることは無かった。しかし、それに終止符を打ったのが“ロスバーン条約”だ。戦争とは男性が起こすもの。男性軍人の存在を禁止したこの国際条約により大陸は永遠の平和を手に入れた。


 “ロスバーン条約”の体制の下、大陸で二度と戦争は起きないのだ。


 なので、“平和がいつまで続くのか”と言うお母様の問い掛けは“ロスバーン条約”が築き上げた秩序に対する疑いに他ならない。


「見てみなさい、ガブリエラ。立派な蒸気船ですね」


 私の言葉を無視し、お母様は運河に浮かぶ蒸気船を指差した。自然科学大国であるアルビオン製の最新式だ。


「あれは荒れ狂う海原の波をものともしないと言われています。近年の科学技術の発達には目を見張るものがありますね」

「……え……あ、ええ、そうですね。科学の発達は人類の進化そのもの。とても喜ばしい事です」

「本当に喜ばしい事でしょうか?」


 お母様の言葉に私は困惑する。


「……喜ばしい事ではないのですか?」

「あれは……あの蒸気船は災いの船です」


 お母様は忌々し気に蒸気船を見つめていた。


「この大陸を縦断する大運河もそうです。予想以上に速すぎる。世界は先人が想像していた以上に急激に繋がり始めています。四半世紀も経たず、新大陸への安定した航路が確保される事でしょう。人と物の行き来が大規模になり、やがてパイの奪い合いが発生します」


 お母様の穏やかでない発言に私は唸ることしか出来ない。


「ガブリエラ、貴方は賢い娘です。時が来たら、全てを託しましょう」


 思えば、私は多くを知っているようで、そうでないと思える瞬間がある。お母様も女神様も最近になって色々な事を明かしてくれるようになった。恐らく、まだまだ私に明かしていないような事があるのだろう。


 何はともあれ。


 私には使命がある。ラ・ギヨティーヌとして魔導乙女騎士団を守護しなければならない。それが私の存在理由。


 最近はどうも世の中が不安定だ。公安部なるものが設立され、騎士団が委縮しているように思える。決して許されざる事だ。


 そして、ミシェル。先日も騎士団本部で好き勝手暴れたと聞いているが____アレは近い内に始末するべきだろう。


 私と同じ力を持つ邪悪な騎士。


 次は必ずその命を貰い受ける。

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