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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第三幕 義母に与える鉄槌
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第二十五話「疫病が過ぎ去って」

 いつの間にか気を失っていた。フィッツロイ家の別宅へと向かう途中での事だろう。私が目を覚ました時、身体は屋敷のベッドに安置されていた。


 どれほど時間が経過したのかを屋敷の使用人に確認する。私は二日間寝たきりになっていたようだ。頑張れば動かすことは出来るが、身体はまだ石のように重たい。ベッドで横になりながら、私は一緒にフィッツロイ家へと逃げ込んだ仲間であるラピス、アイリス、サラ、秀蓮(シュウリエン)____そして、エリーのお見舞いを受けた。


「エリー!? ……来てたんだ」

「はい。ご無事で何よりです、ミシェル様」


 リントブルミア王国王女エリザベス・リントブルム____魔導乙女騎士団公安部部長でもあるエリー。その温かい笑顔に迎えられる。


 エリーは私が眠っていた間の出来事を話してくれた。


 私達がフィッツロイ家に逃げ込んだ次の日____即ち昨日の事だ。秀蓮(シュウリエン)に事情を伝えられたエリーはフィッツロイ家へと急いで出向いたそうだ。その直後、騎士団が大勢の騎士達を率いて屋敷へと押し寄せて来た。私達の身柄を引き渡すことをフィッツロイ家当主であるルカへと要求した騎士団だが、その目前にエリーが現れ、竜核(ドラコ)を持つ者の超法規的権限を以て彼らを退却させたらしい。


竜核(ドラコ)を持つ者の権限で? ごめん、助かったよ、エリー」

「いえいえ、これしきの事」


 竜核(ドラコ)を持つ者の権限は万能である。しかし、その行使には慎重さが求められるのだ。以前にもエリーはその権限を以て騎士団を退却させたことがあったが、その翌日の各新聞紙には神聖なる竜核(ドラコ)の力を濫用したとして彼女は手酷く非難されていた。例え私達の冤罪を晴らし、マーサ・ベクスヒルの罪を暴くという正当な理由があったとしてもだ。


 今回の一件も、竜核(ドラコ)を持つ者の権限を無闇に用いたとしてエリーは痛罵を受ける事になるのだろう。


 魔導乙女騎士団団長が仮に竜核(ドラコ)の権限に縋ったとしても、かくも痛烈に非難を受けることはない。エリーだけが悪く言われるのはとても悔しい事だが、これが“ロスバーン条約”の生み出した秩序の現実だ。


「ミシェル様、大事なご相談があるのですが。お具合の方が宜しければ、是非」

「大事な相談? うん、良いけど。この姿勢のままで大丈夫かな?」

「はい」


 ベッドに腰掛けたままの私は姿勢を正してエリーに向き直った。


「一週間後、騎士団団長アンリ・アンドーヴァー様とドンカスター本家ご当主エリザ・ドンカスター様がこの屋敷にいらっしゃいます」

「……!」


 私が殺気立ったのが分かったのだろう。椅子に座るエリーは少しだけ腰を浮かして、宥めるような仕草を取った。


「ご安心を。事を構えるためではありません。平和的な話し合いをするためです。此度の一件について、我々は適切な処理を施さねばならないので」

「……適切な処理?」

「そのために、事前の打ち合わせを済ませておきたいかと」


 エリーは落ち着いた様子で私の発熱から始まる今回の騒動の総括を行い、今後の方針について説明をし出した。


 ____目覚めてから何事もなく一週間が過ぎる。


 私の体調は完全に回復した。実は少しだけ不安だったが、“超変化”を使用した後遺症も何一つない。


 フィッツロイ家の別宅屋敷。その応接間では私、ラピス、エリー、ルカの四人が来客を静かに待っていた。


 扉が開かれる。現れたのは騎士団団長のアンリと車椅子に腰掛ける不具の義母エリザ____そして、その車椅子を押す八夜(やよ)だった。


「……八夜」


 八夜の登場に私は思わず狼狽える。彼女と視線が合った。ドキリとして、固まる私。小さくお辞儀をされたが、それ以上の仕草はなく、掛けられた言葉は何一つなかった。


 長机を挟んで対面する双方。形式的な挨拶を済ませた私達は、さっそく話し合いの本題に移る。


「さて、此度の騒動ですが、アンリ様の竜核(ドラコ)を持つ者の権限でなかった事にして頂きたいのです」


 開口一番、エリーがそう言い放った。騎士団団長アンリは顔をしかめる。


「ほう……私の権限でなかったことに、ですか」

「ええ、ミシェル様が犯した特別隔離病棟の脱走と騎士団本部での狼藉の罪を不問にして頂きたいのです」

「私の権限に頼らずとも、殿下の権限を以てして事態を処理なされば良いのでは?」


 アンリの険悪な視線がエリーに刺さる。


「その場合、ご存知かと思われますが、竜核(ドラコ)の権限を濫用したとして私は手酷い非難を受ける事になるでしょう」

「それに関しては、殿下に甘んじて頂きたい。私とて何らメリットもないのに竜核(ドラコ)の権限を行使したくはありません」

「嫌です。私は悪評を立てられたく無いのです」


 その子供じみた言い草にアンリが目を丸くする。


「……王族の我儘も大概にして頂きたい!」

「落ち着いて下さい。すみません、先程の言葉はほんの冗談のつもりです」


 怒鳴り立てるアンリをエリーが宥める。


「真面目にお答えしましょう。これは双方に利する提案なのです」

「双方に? ……我々に何かメリットがあると?」

「アンリ様の権限で事を収める。これこそが互いに要らぬ傷を負わずに済む方法なのです」


 首を傾げるアンリにエリーが説明をする。


「私が竜核(ドラコ)を持つ者の権限を行使するとなると、当然その正当性の説明が求められます。即ち、ミシェル様の行動の正当性。……何が言いたいか、お分かりですか?」

「……」

「ミシェル様の行動の正当性を説明する場合、どうしても“黙示録の四騎士”への言及は避けられません」


 顔を強張らせるアンリにエリーがその言葉を突き付ける。


 今回の一件はエリザ・ドンカスターが“疫病”の力を用いて私を始末しようとしたことがその始まりだった。エリーが竜核(ドラコ)を持つ者の権限を行使する場合、その正当性の説明の中で“黙示録の四騎士”への言及は外せない。


「腹を割ってお話しましょう。公安部部長として、私は秘かに“黙示録の四騎士”について公安試作隊隊員達にその調査を行わせていました」


 エリーの視線が一瞬だけ私に向けられる。アンリも忌々し気にこちらを一瞥し____


「そちらのミシェル殿とラピス殿が件の公安試作隊隊員ですか」

「はい」

「これはまた……何とも間が悪い」


 己の不運を呪う様にアンリが吐き捨てる。


「“黙示録の四騎士”に関して、私なりに情報を整理し、その在り様について考えさせて頂きました。その結論としては____」


 一瞬だけ間を溜めるエリー。


「我々は件の計画について黙認する事を決定致しました」


 エリーの言葉にアンリが息を呑み込んだ。身を乗り出しそうな勢いで、机に片手をついている。


「件の計画の各段階において無辜の民が傷付くのは不本意ではありますが、時に為政者は残酷であらねばならない。もし、“黙示録の四騎士”の計画が世に暴かれてしまえば我がリントブルミア王国の国益を大きく損ねるだけでなく、大国間に軋轢を生じさせてしまいます」

「……宜しいのでしょうか?」


 心中を探るように確認するアンリにエリーが頷く。


「“ロスバーン条約”が掲げる不戦の誓いに抵触する恐れのある“黙示録の四騎士”の計画。秘匿しなければ、サン=ドラコ大陸の平和バランスが崩壊します。秩序への反逆者の例が生まれた事で、離反者が次々に現れ____やがて、大陸は再度の戦火に覆われるでしょう。この決定はリントブルミア王国ひいては大陸の平和に利するものになります」


 エリーの説明にアンリは考え込むように腕を組んだ。


 長い沈黙があり____


「分かりました。私の権限を以て此度の事態を処理させて頂きましょう」


 アンリが自身の胸元に手を添える。恐らく、そこにあるのだろう。騎士団団長に与えられる絶対的権威の象徴____竜核(ドラコ)が。


「そして、再度の確認ですが、殿下……“黙示録の四騎士”に関しては知らぬ存ぜぬを突き通して頂けると?」

「ええ、これはもうやむを得ないとしか。そちらとて無分別ではないのでしょう? アンリ様の判断を信じると致します。それに“黙示録の四騎士”の研究が生み出すものは人類に多大なる恩恵をもたらしました。それらも勘案しての事です」


 そこで話し合いが一旦終了し、今度は事務的な取り決めを行う段階に入った。繊細な事案を扱っているためか、処理に関する手続きは長丁場となり、休憩を一度挟むことに。


「……どうにか、欺けましたね」


 アンリ達が応接間から消え失せた後、聞こえるか聞こえないかの声量でエリーが呟く。


 “黙示録の四騎士”を黙認する____先程、エリーがアンリに伝えた決断だが、これは真っ赤な嘘である。我々公安部の方針に変更はない。“黙示録の四騎士”について、その全ての証拠を集め、来る日に世に明らかにするつもりだ。黙認に関するもっともらしい理由を付けたが、全てはアンリ達を油断させるための虚言に過ぎない。


 当初の予定では四大騎士名家の警戒を恐れ、全ての証拠が出そろうまでは“黙示録の四騎士”についての調査を秘匿し、その告発を控えるつもりでいたのだが、此度の一件でその企てが破綻してしまった。そのため、エリーは戦略の変更を決断。こちらの懐を相手方に明らかにし、敵意がない事を伝える事で警戒を解く作戦に出た。我々は“黙示録の四騎士”を黙認する、と。


 アンリの反応を見るに、エリーの作戦は成功しているように思えた。彼女は完全にこちらの言葉を信じ切っている。


 さて____


 応接間から廊下に抜け出した私は何者かに肩を叩かれる。


「お姉様」

「……八夜」


 誰かと思えば、八夜だった。絹の様な黒髪が私の視界で揺れる。


「……」

「ご無事で何よりです」


 黙り込む私に八夜がそう告げる。私は窓辺に彼女を誘導し____


「……危うく死にかけ____いや、殺されかけたけどね」


 敢えて言い直したことで八夜の表情を曇らせてしまった。私は若干急くように言葉を続ける。


「八夜はどこまで聞かされたの?」

「……」


 何も答えず、悲し気に俯く八夜。私と義母の間にどのような遣り取りがあったのか、恐らくは全て把握しているのだろう。あくまで義母視点で。


「お母様は、アレ以上回復なさらないそうです」


 八夜の視線が彼方へと____恐らくは義母が居るであろう方向へと向く。


「手足は完全に動かない上に両目は失明状態。記憶能力にも問題が発生していて、聴覚も片方が失われています。首から下は痛覚すらなく、まるで頭だけのお化けになったみたいだと本人は言っていました。……お母様にはもう、当主としての責務を果たす能力はありません。今はお飾りの状態で、当主代行の私がドンカスター家の実権を握っています」


 私は八夜の顔をじっと見つめて____


「私がやったんだ。私がお義母様をあんな風にしたんだ」

「……知っています」

「私の事、責めてる?」

「あ、いえ……そんなつもりはありません!」


 少しだけ慌てた様子の八夜。


「お姉様は悪くありません。何があったのか、私は知っているので。ただ……本当に悲しい事だなと……」


 八夜が溜息を吐く。私は言うまいか迷ったが____


「私、お義母様に言ったんだ。ミラと八夜____お前の大切な娘達を細切れにしてやるって」


 私の言葉に一瞬だけ八夜がぎょっとした表情を浮かべる。


「細切れにされるんですか、私?」

「まさか。その場のノリだよ」


 肩をすくめる私。「ですよね」と八夜が相槌を打つ。


 私はすっと表情を変え____


「……その時にさ……お義母様、何て言ったと思う?」

「……」

「娘達だけには手を出すなって」


 自分でも声が震えたのが分かった。八夜が心配そうに私の顔を見つめている。


「随分と娘想いな母親だなって。八夜もそう思うでしょ」

「……ええ……そう、ですね」


 私から顔を背ける八夜。要らぬ意地悪をしてしまった。あの時義母が私に見せた表情が脳裏に焼き付いて離れないのだ。彼女の母親としての顔が。


 ミラのために勇気を奮い。八夜のために勇気を奮い。……しかし、私のために義母が勇気を奮う事などない。


 ……悔しかった___いや、悔しいのだろう……私は……。


 八夜に八つ当たりをするのは間違っているが、それでも堪え切れない情けない自分がいた。


「私はどうするべきなのでしょうか」


 八夜は暗く独り言を呟く。


「お母様があの状態で……お家の事、そして“黙示録の四騎士”も既に私の手に託されてしまった」

「八夜なら大丈夫だよ。何だかんだ言って立派に隊長も務められてるし。当主の代行だって」


 八夜はそれでも悩まし気に唸る。


「私は未だ迷いの中にいます。何が正義なのか、それが分からない。ドンカスター家を、リントブルミア王国を、この世界をどの方角へ導けば良いのか____何一つ分かっていない」

「……八夜」

「運命の悪戯で私は大きな力を手に入れてしまった。今やドンカスター本家当主代行。その力に見合った強さを身に着けなければならないのです」


 葛藤する小さき少女に私は目を見張った。


 変わらない。出会った当初から、八夜は何一つ変わっていない。常に己を鍛え、常に他人に優しく、常に何が正しいのかを考え、それらと真っ直ぐ向き合う。本当に強い娘だ。


 ……眩しかった。


「私、そろそろお母様の元に戻りますね」


 そう断り、私に背を向ける八夜。


 少女を視線で追いながら、私は夢想する。


 もし、運命が違っていたのであれば、私と八夜は普通の家族で、そこには何一つ隔たりがなかったのであろう。


 八夜は私の自慢の妹で、私も彼女に見合う年長者として立派に振舞っていたのであろうか。


 取り留めのない会話を交わし合い、喜びや悲しみを共有し____時に肩を並べて闘う。


 そんな未来があったのかも知れない。


 だが、現実は違う。


 この先がどうなるのかは分からないが、もし必要に迫られれば、私は八夜とも剣を交えねばならない。彼女はドンカスター家の人間で、私は公安部の人間だからだ。


 願わくば____


 せめて、八夜とだけは手を取り合って生きていきたい。

第三幕・完

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