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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第三幕 義母に与える鉄槌
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第二十三話「鉄槌の刻」

 魔導核(ケントゥルム)が燃えるように熱い。怒り、悲しみ、喜び、使命感や開放感____様々な感情が私を滾らせる。それは熱病を凌ぐ程激しく、心身をただ、闘いの化身へと染め上げていった。


 咆哮を一つ上げる私。カネサダを構え、義母の元へと疾駆する。


 義母は大講堂の舞台上で幽鬼の如く佇んでいた。こちらの突進に対し回避行動を示しもしない。私の速さに彼女の知覚が追い付かないのか。否____避ける必要がないのだ。


「……!」


 魔導装甲。それも何重にも同時展開された鉄壁の守護が私の進行を阻む。白刃を振るい、その連撃を以て魔導装甲を次々に破壊していくが、数が多すぎるため義母の元に到達する前に私の疾駆は完全に殺されてしまった。


 そして____


『来るぞ、ミカ!』


 カネサダの警告と共に身体を浮遊感が包み込んだ。念動力の前兆だ。私は地を蹴り、義母の視界から脱するように大講堂の片隅へと跳躍した。


 刹那、義母の視界に収まるありとあらゆる物体が宙に浮き、天井目掛けて超高速の激突を開始する。雷鳴のような大音声が響き、スクラップと化した椅子や机が天から雨のように降って来た。恐ろしい威力の念動力だ。その桁違いの魔導の力に私は冷や汗を垂らす。


「……これなら、どうだッ!」


 埃が舞う大講堂。その不明瞭な視界の中で、私は再び疾駆し、義母の背面方向に移動。闇討ちを仕掛ける。


「無駄な事ですよ」


 微動だにしない義母の口から冷たい声が漏れる。その背後、半透明の壁が私の視界に映った。


「……くそッ」


 魔導装甲は義母の背後にも____いや、全方位に展開されている。私の疾駆は再びその守りに阻まれる事に。


「大人しく消えなさい、ミシェル!」


 失速した私を義母の念動力が襲う。今度のそれは大講堂全体に効力を及ぼすもので、隅に慌てて避難した私も身体の制御を奪われてしまった。


「……ぐっ!?」


 広範囲の念動力であるため、その分威力は弱い。壁に身体を叩き付けられた私だが、直ぐに立ち上がる事が出来た。


 激痛を堪えて二足で立つ私。揺れる視界。義母と視線が交差する。私は忌々し気にその身体を観察した。


「……お義母様……何ですか、その力は?」


 吐き捨てるように尋ねる私。義母の身体から溢れ出る大量の魔導の力に目を細めた。


「一体、何故……それ程の力を……」


 全く意味が分からない。義母の力の正体は何だ? 先程、ガラス瓶を取り出してその中身を口に含んでいたようだが。そこに何か秘密があるように思える。


 義母は勇むように足を一歩前に出し____


「“疫病”の力です」

「……“疫病”の?」


 義母の言葉に首を傾げそうになるが____鋭敏になりつつある私の感知能力がその意味を教えてくれた。


 義母の魔導の力。その性質を子細に分析する。初めに気が付いたことは、それが一つの大きな力の塊ではないと言う事。それは、小さな力の集合体だった。全体として巨大に見えているだけで、一つ一つの力は微小なもの。


「……まさか……“ドローン”の魔導の力」

「ええ、その通りです」


 悠々と頷く義母。私は理解する。彼女の放つ絶大な力の根源を。


「ガラス瓶の中身____先程私が飲み込んだ“ドローン”は何世代も前に開発されて、その計画が放棄された失敗作に過ぎません」


 義母は再びガラス瓶を取り出し、その造形を私に誇示する。そこには彼女の“女王蜂”から生成された“ドローン”が詰められていたのだ。


「このタイプの“ドローン”は制御出来る距離が小さい代わりに正確な命令を下すことが出来るのです。“疫病”の力としては不十分ですが、その代わりこう言った使い方が出来ます」


 再び、義母の____正確には義母の身体に宿った“ドローン”の念動力が発動する。私は回避行動を取るが、逃げきれず壁に身体を叩き付けられてしまった。


「……ぐっ!」

「私の“女王蜂”を介し、体内で瞬間的に増殖させた無数の“ドローン”に命令を下す。“ドローン”の一体一体は小さな魔導核(ケントゥルム)を持つ微弱な存在に過ぎませんが、それらが一斉に力を解放する事により、絶大な魔導の力を発揮する事が出来るのです」


 壊れた建材の山を掻き分け、私は再び義母の前に立つ。口の中に溜まった血を地面に吐き、カネサダを構え直した。


「まだ立ち向かいますか。貴方は本当に……愚かで、そして恐ろしい」


 戦意の絶えぬ私の様子を義母は顔をしかめて眺めていた。


「貴方には分からないでしょうね。一族が持つ歴史の重み。その尊さ。恐ろしさ。私は為さねばならないのです。一族が失敗を重ねて積み上げて来たものを次代に託すために」


 義母の軽蔑したような視線が私を刺す。


この力も(、、、、)、一族の歴史の中で生み出されたものの一つです。思い知りなさい。私が背負う使命の力を!」


 両の腕を大きく開く義母。途端、薄気味悪い浮遊感が私を襲い、気が付いた時には背中が天井に激突していた。意識を失うよりも早く、私の“固有魔法”である“超変化”が身体を回復。地面に堕ちた私は素早く立ち上がり、縦横無尽に大講堂内を駆け回ることで義母の念動力から逃れようとした。


「ちょこまかと! その様な無駄な足掻きで私の力から逃れられるとでも?」


 義母の念動力に支配された大講堂に逃げ場はない。私は何度も身体を壁や天井に叩き付けられ、その度に立ち上がる。


 まるで渦潮の中を泳いでいるかのようだ。


 叩き付けられ、立ち上がり。また叩き付けられ、立ち上がり____


 私の身体は“固有魔法”で修復されるが、衣服は血と埃でぼろ雑巾のように汚れている。大講堂内は義母の周囲を除いて廃墟の様な状態になっていた。


 念動力の嵐の中、荒れ狂う瓦礫を避け続ける私。幾度も失神しかけ、夢と現が混濁し出した。口の中には血の味が広がり、その鉄臭さにえずくように息を吐き出す。


 防戦一方。いや、防戦ですらない。私は一方的にいたぶられるだけのサンドバックになっていた。


「いつまで立ち上がり続けるおつもりですか? もう、お止めなさい。貴方に勝ち目はありません。早く死んで楽になりなさい」


 義母は呆れたように言う。同情するようでもあった。一方的に攻撃を受け続けるだけの私。その姿は敵である義母にすら憐れまれる程のもの。


 しかし____私はただ義母に虐げられていた訳ではない。


 この圧倒的な状況下で勝ち筋を模索し、掴み取ろうとしていたのだ。


「……そろそろ、かな」


 念動力の嵐が一旦止み、私は静かに呟く。ゆらりと義母に向き直り____


「お義母様……覚悟は宜しいでしょうか?」

「覚悟? 貴方……一体何を____」

「今から、反撃に移らせて頂きます」


 私の宣言に義母は目を丸くした。


「反撃? 馬鹿な事を。この圧倒的な力の前に手も足も出ない貴方がこれから何をしようと言うのですか?」

「……」

「下らないはったりです」


 はったりなどではない。


「お義母様は闘いの素人ですね」


 足を大きく開き、半身になって構える私。カネサダの切っ先を真っ直ぐ義母へと向けた。


「強い力はただ無闇に振るえば良いと言うものではありません。その性質を理解し、己との融和を為す。これが最も肝要な事です。その点、お義母様の力の使い方は赤子が玩具を振り回すも同然。そこには何の統率も駆け引きもない」


 私の言葉に義母は不愉快そうに眉をひそめる。


「おかげでじっくりと観察する事ができました。お義母様が行使なさる“女王蜂”の魔導の力はその性質が複雑で解析が難解でしたが____今、完全にその全てを理解しました」

「理解した?」


 鼻を鳴らす義母。


「理解して……それが一体何だと言うのですか? それで彼我の力の差が覆るとでも?」

「覆りますとも」


 断言する私は己の魔導核(ケントゥルム)に意識を集中させる。


「それを今からお見せ致しましょう。……カネサダ」

『何だ』


 私は相棒に呼びかける。


「あれから私は強くなった。剣の腕を磨いて、様々な葛藤を味わって。今の私になら____この力(、、、)が使いこなせる筈。だから……良いよね、カネサダ」


 魔導核(ケントゥルム)を活性化させる。私は相棒に背中を押す言葉を求めた。共に闘う彼の言葉が欲しい。その言葉があれば、もう恐いものは何もなくなる。


 カネサダは____


『ああ____やっちまえ、ミカ!』


 カネサダの声と共に私は魔導核(ケントゥルム)に秘められた力を解放する。“固有魔法”____“超変化”の真なる力。それは身体の修復ではない。自身を己の望む姿に変容させる力こそが“超変化”の真価である。それは恐ろしい力であり、故にガブリエラとの一戦以来使用を控えていた。身の丈に合わない力の行使は己を滅ぼすからだ。


 しかし、今の私にならば____


「力を____魔導核(ケントゥルム)よ!」


 叫び、私はその力を引き出す。衣服を突き破り、鋼の羽で構成された白銀の翼が私の背中から現れた。


 変化は止まらない。双翼は煌きを放ちながら伸長し、宙で捻じれたかと思うとカネサダの刀身へと巻き付き始めた。


「カネサダ、力を貸して!」


 カネサダに巻き付いた白銀の双翼は二重螺旋になって絡み合い、先端を義母へと向けたドリルとなる。私の異様に義母が腰を抜かしそうな勢いで後退りした。


「……な、何ですか、その力は? ミシェル……貴方は一体!?」


 刀身と身体との融合。相棒との神経の繋がりを感じる。“超変化”の力を介し、私は今、カネサダと一つになっていた。剣との一体化____それが私の抱く己のイメージであり、在るべき形だと確信している。以前の化け物の様な姿ではない。“私”でありながら自身の姿形を変容させる。これならば、私が己を失う事などない。


『驚いたな、ミカ』


 カネサダの声がやけに近くから聞こえる。


『分かるぜ。今のお前は完璧に力を己のものにしている。お前は勝ったんだ____“超変化”と言う恐ろしい力に』


 もう力に振り回されたりはしない。この力は真の意味で私のものとなった。だから、もう誰にも負けない。そんな無限の自信が湧き上がる。


「いくぞッ!」


 白銀の双翼はカネサダを取り込み、さらに伸長を続ける。向かう先は舞台上の義母。その恐怖に歪む顔へとドリルとなった先端を突き付ける。


「……む、無駄な事です!」


 白銀の双翼が義母の魔導装甲にその進行を阻まれる。堅牢な守り。しかし、一拍の後、その守護が音を立てて儚く砕け散った。


「ま、まだまだ! たかが一枚の装甲を砕いた所で____」


 魔導装甲は何重にも展開され、義母を守っている。その一つが破壊された所で彼女に傷一つ付かない。


「……!?」


 白銀の双翼は止まらない。魔導装甲を破壊し、更に伸長し、また次の魔導装甲を破壊する。迫り来る白銀の先端に義母の目は限りない恐怖の色を湛えた。進行は遅いが、このまま行けば、いずれ双翼が自身に到達する。


「……え、ええい! 吹き飛びなさい!」


 我に返り、攻勢に転じる義母。念動力を発動させ、白銀の双翼ごと私を吹き飛ばそうとする。


 が____その判断が義母の仇となった。


 力を行使するその刹那。私はそれを逃さなかった。念動力に魔導の力が集中するその瞬間は魔導装甲に向けられる力が弱くなる。私は一瞬の見切りで白銀の双翼を伸ばし、幾重もの魔導装甲を一息に破壊して____義母の身体に触れた(、、、)


「____え」


 白銀の双翼の先端が義母の胸を突き刺す。間抜けな声が彼女の口から漏れ____


取った(、、、)


 こちらの声に重なり、義母の念動力が発動。しかし、それが私の身体を吹き飛ばすより先に彼女は異変を感じる。途端、念動力は一瞬の内に消え去り、大講堂内は静寂に包まれた。


 白銀の双翼を伸ばす私と、その串刺しとなる義母。


「……ち、力が」


 義母は弱々しく呟く。胸から血を流してはいるが、それが彼女の意識をすぐに奪うことは無い。


「力が……出ない……!」


 吐血し、義母は目を丸くした。自身に起きている異変に困惑しているようだ。


「使えない!? “女王蜂”の力が……私の力が……!」

「もう、貴方の力ではありません」


 私は冷酷に告げる。


その力(、、、)は私が奪い取った」


 白銀の双翼は極小の二重螺旋となり、義母の胸部を突き刺している。そこには彼女がその身に宿す“女王蜂”が存在していた。カネサダと融合を果たしたように、私は今、双翼を介して“女王蜂”との一体化を成している。


「……く……じょ、“女王蜂”よ! 私に力を……! 私に____」

「無駄ですよ、お義母様。何故なら、闇雲に力を振るっていただけの貴方と違い、私は先の一幕でこの力を十二分に理解し、己のものにしたからです」


 “女王蜂”には今、私と義母の両方が触れ、両方が干渉し、両方がその力を引き出すことが出来る状態だ。しかし、その魔導の力に対する理解において私は義母を凌駕していた。故に、力の行使権は私にある。


 今や、“ドローン”は義母の働き蜂ではない。それらは私の支配下にある。


「貴方は本当に……! 何て出鱈目な! 返しなさい! 今すぐに、私の“女王蜂”をッ!」


 ヒステリックに叫ぶ義母。胸から流れる血などお構いなしだ。私は目を瞑り____


「良いですよ。“女王蜂”をお義母様に返しましょう」


 意識を途切れさせ、“女王蜂”への干渉を止める。物理的に未だ私の双翼と繋がってはいるが、これで“女王蜂”の行使権は義母へと移る。


 しかし____


「……! 何が……!? 何故、“ドローン”が反応しないのですか!? “女王蜂”の制御は確かに私の手にあるのに!?」


 “女王蜂”の制御を再び得た義母。“女王蜂”から“ドローン”へと命令を下せない事に困惑しているようだ。それもその筈。


「“ドローン”はもういませんよ」

「……何ですって」

「私が全て死滅させました」


 私の告げる言葉に義母が愕然となる。


「今の一瞬で“女王蜂”を介し全“ドローン”に命令を下したのです____“自滅せよ”と。なので、貴方の身体に宿る“ドローン”も私の身体に宿る“ドローン”も周りの空間に漂って潜伏している“ドローン”も全て消滅しました」


 白銀の双翼が“女王蜂”に触れた瞬間、消滅したのは大講堂を支配していた念動力だけではない。その力の源になっていた“ドローン”も消滅したのだ。


「そ、そんな……! わ、私は……一体どうすれば……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 血を吐き出し、絶叫する義母。私は今、“超変化”の力を使いカネサダと“女王蜂”とその宿主である義母と一体化している。その為か、カネサダの力を借り、私は義母へと電流を流すことが出来た。


 カネサダから放たれる電流にやられ、義母が苦し気に痙攣するのをしばし眺める私。ふうと息を吐き、静かに口を開く。


「貴方の力は無力化させて頂きました。……さて、ここからは仕事(、、)です。知っていることを洗いざらい吐いて貰いましょうか」

「……し、知っていること?」


 虚ろな目で義母は私を見つめる。


「“黙示録の四騎士”について知っていることを全て話して下さい。かの計画はアンドーヴァー家が“剣”、ベクスヒル家が“獣”、チャーストン家が“飢饉”、ドンカスター家が“疫病”をそれぞれ担っていますが、研究について各家が技術的な協力をし合っていると聞いています」

「……貴方が何故、そこまでの情報を」

「お義母様がそれを知る必要はありません」


 顔を強張らせる義母を私は鋭く睨む。余計な口は挟むなと言う警告だ。


「“疫病”だけでなく他の計画の内容についても貴方はご存知の筈。誰が、何処で、具体的にどのような研究をしているのか。お答えになって下さい」

「し、知りません!」


 義母は急くように____


「私は自身の計画に手一杯で……他家の研究など……!」


 義母の目は明らかに泳いでいる。カネサダに尋ねずとも分かるが____


「カネサダ」

『嘘だな。お前の義母は他の計画の内容についても有益な情報を持ってやがるぜ』

「だよね。……お義母様、ご忠告致します」


 私は冷たい瞳を義母に向け、刺すような言葉を吐いた。


「私に嘘は通じない。もし、虚言を弄されるのであれば」

「な、何を……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 再び義母の身体を電流が襲う。口内から血反吐をまき散らし、彼女は絶叫した。


「これは尋問です。素直になれないのであれば、今の様に痛めつけさせて頂き____」

「け、“剣”の研究は! “剣”の研究はカリヴァ中央研究所の地下で行われています! 指導者はアンドーヴァー本家当主で騎士団団長のアンリ・アンドーヴァーで、その主な協力者は彼女が推薦する騎士会議の議員達です!」


 私の言葉を遮り、義母が急いで答える。


「け、研究の内容について、詳しくは知りません! ただ、複十字型人工魔導核ダブルクロス・フェクトケントゥルムの発明は“剣”の計画によるものだとか。ああ、それと……伝え聞くところによると“魔導核(ケントゥルム)を覚醒させた騎士”の量産により、魔導乙女騎士団による武力支配の強化を目指していると」

「……“魔導核(ケントゥルム)を覚醒させた騎士”!」


 義母の言葉に私ははっとなる。


「アンドーヴァー家は覚醒した魔導核(ケントゥルム)の研究をしているのか!? 歴史の中に葬り去られた筈の研究なんじゃ……! “固有魔法”についての研究は? もしかして、ガブリエラの力も……!」


 まくし立てる私に義母はぽかんと口を開けている。何を言っているのかと。そう言った類の表情だ。恐らくだが、“剣”の研究について彼女はこれ以上具体的な情報を持っていないのだろう。


「“獣”の計画については?」


 息を整え、私は他の計画について尋ねる。


「“獣”の計画について知っていることは?」

「……詳しくは。知っている事と言えば、主導者がベクスヒル本家当主のバーバラ・ベクスヒルであると言う事ぐらいです。協力者や研究場所についても、確かな事は」


 おっかなびっくりに答える義母。私は「そうですか」と頷き、次の質問に移ろうとするが____


『こいつ、懲りてねえな。また嘘ついてやがるぞ』


 カネサダの言葉に私は溜息を吐いた。


「お義母様」

「へ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 三度目となる電流を義母にお見舞いする。私は冷たい目で彼女が痙攣するのを眺めていた。


「嘘は通じないと言いましたよね?」

「ベ、ベクスヒル家とドンカスター家との間には互助関係がありましてッ!」


 呆れた口調で言い放つと、義母は慌てた様子で口を開く。


「互いに技術提供をし合っている仲なのです! 協力者や研究場所について知らないのは本当ですが……その内容について、おおよその事は把握しています!」


 私が電流を止めると、義母は涙目になりながら憐みを求めるようにこちらに手を伸ばした。


「“獣”の計画は魔物を意のままに操ることをその目的としています。その方法は“女王蜂”で“ドローン”を操るのと同様、特殊な人工魔導核(フェクトケントゥルム)を用いて改良した魔物を使役すると言ったものです。計画はほとんど完成状態に近く、今は最終調整の最中だとか」


 “女王蜂”で“ドローン”を操るように____ドンカスター家とベクスヒル家は“黙示録の四騎士”の研究において互助関係にあると先程義母が言っていたが、両計画は根幹の部分で同じ技術が用いられているのだろう。


「これ以上は何も知りません! プロジェクト名だとか開発コード名だとか……そう言うものは全く……!」


 必死に訴える義母。私はカネサダに意識を向ける。


『嘘は吐いてねえ。これ以上は本当に何も知らないみたいだ』

「さすがに懲りたか。……お義母様、“飢饉”の計画については?」


 次の質問に移る。義母はどんよりとした目を私に向け、まくし立てるように____


「そ、それこそ何も知りません! チャーストン家の研究とは一切関わり合いがないので! 恐らく主導者は本家当主のキャシー・チャーストンですが……!」


 義母の言葉に私は再度カネサダに確認を取る。『嘘じゃない』と短く返答が返って来たので、軽い落胆を覚えたが____すぐに重要な事項を思い出し、もう一つ問い掛けを行った。


「全リントブルミア王国民を対象に行った採血。あれは、貴方がドンカスターの血族を探し出すために企てたものですよね?」

「そ、そうですが……」

「血液を集めるために特別な魔道具が使われていましたが、その魔道具の製作者は誰だか分かりますか?」


 義母は何故そんな事を聞くのかと言った具合に首を傾げている。


「答えて下さい、お義母様」


 再度の問い掛け。採血魔道具の製作者の名前は“疫病”の計画を探る上で重要な鍵になる。ミミによれば、採血魔道具の製作者とリッシュランパー地方で発見した謎の魔道具の製作者とは同一人物らしいからだ。


「採血魔道具の製作者……ですか……確か……いえ、名前は知りませんが、ヴァイゼン大学付属の研究所でアレは開発されたと……」

「ヴァイゼン大学、ですね」


 ぽつぽつと答え出す義母の言葉の中から私はその単語を拾い出し、しっかりと記憶する。


 ”剣”の力。”獣”の力。”飢饉”の力。”疫病”の力以外についても有益な情報を手に入れることが出来たようだ。


 さて____聞くべきことは全て聞いた。


「……では、仕事(、、)は終わりです」


 私は大きな息を吐き、きっと目を細めた。


「ここからは母娘の時間(、、、、、)と行きましょうか」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『嘘は吐いてねえ。これ以上は本当に何も知らないみたいだ』 「さすがに懲りたか。……お義母様、“疫病”の計画については?」 上記の疫病の部分、飢饉では?
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