第十八話「イビルラット討伐作戦」
月日は流れ、秋めく季節。私の姿はリントブルミア王国首都エストフルト北部の草原にあった。複十字型人工魔導核を胸元に装備し、腰には相棒であり愛刀のカネサダが据えられている。
「一同、準備は良いか」
草花を揺らす風を押し退けるように、隊長のラピスの声が響く。
「我々ラピス隊の狩り場は一帯の森林だ。暗く、遮蔽物も多いので視界が悪い。決して油断はするな」
ラピスの声に隊員達の間で緊張が走る。
私達は今、リントブルミア魔導乙女騎士団が指揮を執る大規模なイビルラット討伐任務の最中であった。私が所属するラピス隊の担当は首都北部の森林となっている。
「頑張ろうね、ミシェルちゃん」
森に足を踏み入れた私の肩をアイリスが叩く。
「早い所狩り尽くして、他の場所にも応援に駆け付けようか」
「うん、でも油断は禁物だからね」
薄闇に身を投じ、騎士達は一斉に複十字型魔導核を起動し、魔導の力を得る。
カネサダを抜き放ち、臨戦態勢を取る私。増幅された魔導感知能力が一匹のイビルラットの魔導核の気配を捉え、私にその居場所を伝えた。
「ラピス隊長、宜しいですか?」
腰を低くしてラピスの戦闘許可を待つ。一拍。隊長の首肯と共に私は砲弾のような疾駆を見せた。
茂みから姿を現す隙を与えず、私の放った刃がイビルラットの脂ぎった体躯を両断する。周囲に飛び散る巨大鼠の濁った血潮。その生肉が腐ったような臭気に釣られてか、まるで森そのものが目覚めたかのように、辺りから魔物の気配が一気に押し寄せてくる。
仲間の死に報いを与えようと、イビルラットの大群が私達に迫って来ていた。
「来るぞ、皆!」
ラピスの声に騎士達は瞬時に迎撃態勢を整える。ここからが、戦いの本番だ。魔導騎士とイビルラットのぶつかり合いが始まる。
「ミシェル」
「何ですか、ラピス隊長」
「お前は単騎で戦った方がやり易いだろう。好きに暴れて来い」
私に一瞥を与え、短く述べるラピス。投げやりなその信頼に私は苦笑を浮かべた。
「かしこまりました」
お言葉に甘えさせて貰おう。私は地を蹴り、仲間達から離脱。迫り来る敵の大群目掛けて走った。
『久々の大立ち回りだ。派手に暴れようぜ、ミカ』
「うん」
カネサダは戦いに飢えていたかのような、はつらつとした声を発する。
会敵____
私の視界に四つの巨大鼠の姿が出現する。その巨体からは想像もつかない速度で迫る魔物達を、カネサダの刃がすれ違い様に両断。悲鳴の一つも上げさせず、全てを絶命に至らす。
血風が舞う中、私は身体を反転させ周囲の様子を窺う。ほんの一瞬の出来事。十ほどのイビルラットに私は囲まれていた。
『うじゃうじゃと。デカい上に素早いな、このネズミ共』
「うん、でも____私の敵じゃない」
不快な金切り声が腐臭と共にイビルラットの口から放たれる。一斉に迫る巨大鼠の体躯。私は腰を落とし、カネサダで白銀の円陣を描いた。
一瞬にしてイビルラットの群れは不潔な毛の生えた肉塊と化す。汚れた血が森の地面に血だまりを作った。
「次行くよ、カネサダ!」
人工魔導核から魔導の力を引き出し、魔物の気配を探る。怒りのままに魔導核を昂らせたイビルラットの集団があちこちに。私は血振りをしてから、邪悪な気配の元へと疾駆した。
「……はあッ!」
カネサダを振るう。その刃の餌食となり、無数のイビルラットが血飛沫の中で死に絶えた。久しぶりの戦闘と呼べる戦闘に私の身体は高揚しているのかも知れない。魔物達の死体はすぐに森を埋め尽くさんばかりになる。
『驚いたぜ、ミカ。前にもまして剣の腕を上げたな』
「……そうかな」
『自分じゃ気付かねえか? 今のお前なら全盛期の俺とでもやり合えるかも知れねえぜ。まあ、それは言い過ぎかも知れねえけど』
カネサダの称賛に私は自身の手の平を見つめる。
ガブリエラとの殺し合い____あれから、私は更に研鑽を積んだ。来るべき闘いに勝つ為に。強くなることに無我夢中だったのであまり意識していなかったが、私の剣の腕は格段に上がっているらしい。
それを証明するように、辺りから魔物の気配が消え失せていた。あれだけ居た数の魔物の気配が。全て私に狩り尽くされてしまったのだ。
「ミシェルさん、大奮闘でしたわね」
いつの間にかラピス隊の仲間達と合流を果たす。私の元に副隊長のマリアが駆け寄って来た。
「遠くで戦っているのが見えましたけど、凄かったですわ。ミシェルさんなら一人でイビルラットの千匹も相手取れますわよ」
ラピス隊の騎士達の視線が私の身に集まる。尊敬と畏れの眼差しだ。彼女達はエストフルト第一兵舎の新規隊員達。大々的に私の力を目にするのは今回が初めてで、その凄まじさに圧倒されたと言った具合だった。
「この森のイビルラットの駆逐は完了した。乙女兵士団を呼び、討伐数の確認と残党排除を行って貰う」
ラピスの凛とした声が森気に響く。私達魔導乙女騎士団のイビルラット掃討が完了したので、その成果の確認を乙女兵士団の者達に行って貰うのだ。
三人の騎士が森の外へと乙女兵士団を呼びに出向く。私は一応警戒態勢のまま背中を樹皮に預けた。隣にはマリアがいる。
「……去年はずっと落とし穴掘ってたなあ」
世間話程度に私は口にする。マリアはぴくりとその言葉に反応を示した。
「一年……いえ、たった数か月の間に私達大分変りましたわよね」
「イビルラット狩りで剣を手にする事も、こうやってマリアと会話をする事も……絶対にあり得なかった」
私の視線は腰元、相棒のカネサダに注がれる。
「カネサダのお陰だね」
『ん……ああ』
「臆病者だった私に力と勇気をくれた。本当にカネサダには感謝しているよ」
『そんな綺麗なもんじゃねえだろ。俺はただ、お前に復讐を勧めただけだ』
ぶっきら棒に言い放つカネサダ。照れているのだろうか。
「色々な事に決心を付ける事が出来たのはカネサダの存在があったからだよ。私は変われた。あれからずっと強くなって……だけど____まだそうじゃない部分もある」
これまでの事を振り返っていく中で、私の脳裏を一つの影が掠めた。
「私の中に、未だ煮え切らないでいる部分がある。それは、私が“過去”に対して完全な決着を付けられていないからだと思う」
「……ドンカスター家の……それと、八夜さんの事ですか」
独白のような私の言葉。それに対してマリアが遠慮がちに口を開いた。
「……うん」
ゆっくりと頷く私。ここ最近、私の頭には常に八夜とドンカスター家の事があった。周囲の親しい人間にもそのことはバレており、私と八夜が一緒にいる時、気遣わし気な視線を貰う事が多々ある。
「無理もありませんわね。ドンカスター家はミシェルさんにとって一言では言い表せない存在ですもの」
マリアの言う通りだ。私はドンカスター家に対して複雑な想いを抱いている。それは最近になってようやく自覚した事だ。ただの憎さでもない。ただの親しみでもない。私自身、ドンカスター家をどうしたいのか分からなくなることがある。
「私はお家の事では色々と失敗をした身ですので……ミシェルさんには……その……後悔して欲しくはありませんわ」
ポツリと呟くマリア。四大騎士名家の一つベクスヒル本家の次女として生まれた彼女は姉のマーサ・ベクスヒルに対してあまり良い関係を築けなかった。血を分け合った姉妹だと言うのに、二人は敵対し、姉には無惨な終わりが訪れてしまう。最後まで何一つ分かり合えずに終わった悲しい姉妹だった。
私は____少なくとも、八夜とだけはそんな風に終わりたくはない。要らぬ心配なのかも知れないが……兎に角、あんな悲しい関係は嫌だ。
頭を振り、ネガティブな思考を振り払う。
しばらくすると、森の外に出向いたラピス隊の騎士達が乙女兵士団を引き連れて戻って来た。兵士達は森の地面に広がるおびただしい数のイビルラットの死骸に目を丸くする。
「まだ数刻も経っていないのに、この数の魔物を……一体、何があったんですか?」
地獄の風景でも目にしているかのように戦々恐々とする兵士達。手元には討伐数を記録するためのペンやら用紙やら記録石やらが握られていた。
「あの人……いえ、あの方、噂の“ドンカスターの白銀の薔薇”じゃない」
「そうか、だからこんな嘘みたいな短時間で」
「噂通り綺麗な人だよね」
兵士達のひそひそ声が聞こえる。私の話題で盛り上がっているようだ。
「乙女兵士団による確認が終了し次第、次の掃討場所へと向かう」
ラピスに横から声を掛けられる。私は頷き、腰元のカネサダをポンポンと叩いた。
「かしこまりました。私はまだまだ余裕です。むしろ暴れ足りないくらいですね」
「頼もしい奴だ。さすがは我が隊のエース」
肩を軽く叩くラピスに私は不敵な笑みを浮かべた。
イビルラットの大群相手に蹂躙の限りを尽くしたばかりだが、まだまだ体力の限界とは程遠い。私はこの何倍も戦える。
やがて、兵士達が記録を付け終え、皆で森を抜け出すことに。
そして____その変化は唐突に訪れた。
「……あれ」
最初は僅かな違和感だった。丁度、森の暗闇を視界の太陽が振り払った時、喉元を何者かに締め上げられたかのような錯覚を抱き、次いで目の前の光景がぐにゃりと揺らぐ。
暗い場所から明るい場所に出た時の環境の変化によるものかとも思ったが、いつまでたっても身体は適応せず、違和感は無視できない苦痛へと変わって行った。
「……ミシェルちゃん!?」
叫ぶアイリス。私はいつの間にか膝を折り、勢いのまま地面に突っ伏していた。
「……何だ……これ……」
頭が痛い。身体も熱く、心臓が尋常じゃない程バクバクしている。歯を食いしばって立ち上がろうと踏ん張るが、上手く行かない。
「ラピス隊長! ミシェルちゃんが!」
「……! おい、どうした、ミシェル……!」
ラピス隊の騎士達が地面に倒れた私の元に一斉に駆け付けるのが分かる。
「……凄い熱だ!」
「……熱……?」
私の額に手の平を当て、ラピスが声を張り上げる。
「担ぎ上げる。誰か手を貸してくれ」
ラピスが隊長として指示を出していく中、私は呼吸を荒くして困惑していた。
熱がある? もしや病気か? ……いや、どうしてこんないきなり? そもそも私は魔導核の影響で体質的に病気に罹ることはないのだ。それが何故?
訳が分からぬまま、私はラピス隊の仲間に担ぎ上げられる。
「……はあ……はあ……」
「ミシェルちゃん、しっかり!」
肩を貸してくれているのはアイリスのようだ。私を励ます彼女だが、それに応える余裕は無い。
「……くそっ……一体……どうして……」
身体が重い。意識も遠のいていく。……これ、不味くないか?
混濁する思考。私はその中で、ただ一点、胸の奥の魔導核に意識を集中させる。
私の身体を冒そうとする謎の病魔に対抗しようと必死に力を振り絞った。
必死に____そう、あの時のように。
だが、次の瞬間____
「ミシェルちゃん!?」
アイリスが叫んだ。私を心配する声。その表情はもう見えない。
そして……。
私の意識は暗闇へと消えていく。