第十一話「飢饉のリッシュランパー地方」
山を越え、私達はリッシュランパー地方の農村の一つに到着した。魔導乙女騎士団に同伴していた乙女兵士団の兵士達が荷馬車から物資を運んでいる様子を見守りつつ、私は公安試作隊のメンバーに声を駆け回る。
リッシュランパー地方には半日の滞在予定だ。その間に、エリーに言い渡された公安試作隊の任務、即ち“飢饉”の計画の調査を行う。人員は私を含めて六人。その内、ラピスとマリアは部隊の隊長と副隊長として仕事場を碌に離れる事が出来ない。彼女達には兵士団の兵士達の監督責任があるのだ。
少ない人数、そして限られた時間内での調査になる訳だが、私達はどうにかして真実の一端を掴まなければならない。
正直な話、エリーに命じられた決定的な証拠の確保は難しいだろう。私達は“飢饉”の計画について朧げな輪郭しか把握できていない。手探りの状態。しかし、何かしらの手掛かりは得られる筈だ。そうだと信じ、血眼になって目的の物を探し求める。
「ミシェル、これを皆に配って」
ミミに声を掛けた時、私は彼女に透明な容器を手渡された。
「そのサンプル瓶にこの土地の複数個所の土壌を集めて頂戴。ああ、ラベルが貼ってあるから、場所が分かるように記録するように。それと、駄目になった農作物だけど、もしまだ処分されていないようならサンプルとして回収するように。何かの手掛かりになるかも知れないから」
いかにも学者肌らしいミミの言葉だ。私は彼女に従い、土壌と農作物のサンプルを集めることにした。
この遠征任務における私達騎士団の役割は荷物の護衛。リッシュランパー地方に到着した時点で、平隊員にはある程度の自由行動が許される。そう言う訳で、私は人目を憚らず調査を行った。
農地に赴き、すっかり禿げ上がった土壌を採取。しかし、雑草の一つまで燃やし尽くされた畑にはそれ以外に何の収穫もなかった。
私は必死に土の状態を調べていたのだが____
『専門家でもあるまい。土を眺めていても何も分かんねえだろ』
カネサダに言われ、私は調査方法を変更。農村の住民を掴まえて聞き込み調査を行った。
往来に人は少ない。ほとんどの村人は飢えで外出する気力も無いと言った様子だったが、それでもごくわずか会話の出来る者達がいたので話を聞いてみる。
最近この周辺で何か無かったか? そう尋ねると、ほとんどの住民は飢えによる自身や知り合いの不幸話を始める。皆、悲愴な調子で近況報告をするので、こちらまで陰鬱な気持ちになった。栄養不足による病人多数、少数だが死者も発生しているらしい。時期が悪かった所為もあるが、ほんの僅かな間の食糧不足がここまで人々に深刻な打撃を与えるとは。
食料は生命線そのものだ。それが断たれることの恐ろしさをじわじわと思い知らされた。飢えとは流血を伴わない暴力であり、それを操る力があるとすれば____紛れもなく世界を支配する力に相当する。
他の三つの力に比べ”飢饉”の力を一段下に見ていた私だが、その考えは改めるべきだろう。
さて____
聞き込みのほとんどは、飢えの苦しみを訴えかけるものだったが、それとは別に何か引っかかる情報を手に入れた。
「一月ほど前に大規模な魔物の出現があった?」
「ええ、そうです」
「それで、その魔物の群れを駆逐するために騎士団の数個部隊がリッシュランパー地方に派遣されていたと?」
一月ほど前____農作物の病気が広がり食糧危機に陥る少し前、リッシュランパー地方に大規模な魔物の出現があったらしく、それを鎮圧するために騎士団がこの地に派遣されていたらしい。
そんな報告初めて耳にしたのだが。
妙な事に____
「魔物って……一体どのような魔物だったのです?」
「それが……分からないのです」
「分からない?」
「魔物の姿を見た者は、少なくともこの村には一人としていません。他の村の者も似たような感じです」
私は違和感を覚えた。
「大規模な魔物の出現だったのでしょう? それにしては……その、襲撃による被害が見受けられないのですが」
「ええ、魔物による被害は何一つ出ていませんので」
「……ここ以外の村も、ですか?」
「被害報告は何一つ聞いていませんね。あくまでも私の知る範囲では、ですけど」
大規模な魔物出現。しかし、その姿を見た者は誰一人としていない。被害も何一つ出ていない。
私は妙だと思い、魔物の出現に関して他の村人にも話を聞いてみたが、皆同じような事を口にするだけだった。
「大規模な魔物の出現がリッシュランパー地方で発生した。だけど、誰一人として魔物の存在は確認出来ていない。その痕跡もない。つまり____」
『騎士団が嘘を吹き込んだんだ、ここの奴らに』
人気のない場所で私はカネサダと推理をする。
「騎士団は魔物が発生したなんて嘘を吐いた。何のために? 騎士を____いや、工作員を派遣するための大義を得るために。そして、魔物の鎮圧ではなく“実験”を行ったんだ」
『ああ、恐らくはな』
真実の一端を掴んだ。一月ほど前、魔物の鎮圧のために派遣された騎士達は、“飢饉”の計画を完成させるためにこの地で“実験”を行っていたのだ。
「派遣された騎士達についての情報を集めよう」
再度聞き込みを行う。今度は派遣された騎士達に焦点を絞って。何か不審な行動が無かったか調べるのだ。
しかし____
「一月前に派遣された騎士達ですか? ……特にこれと言って何も」
「何か不審な行動は?」
「さあ……そもそも、彼らは日中もそうですが、夜中も村の外でキャンプをしていたので、ほとんど姿を見かけませんでした」
「村の中にはほとんど足を踏み入れていない、と言う事ですか?」
「ええ」
「と、言う事は、村の農地にも?」
「……? はあ、それは当然そうですが」
騎士達の行動についてあまり有益な情報を得られなかった。彼らはほとんど農村で時間を過ごしていない。そのため、何をしていたのか目撃情報がないのだ。
行き詰まったか?
「____いや、一つ分かった事がある」
騎士達が村の外で活動をしていたという事実。即ち、“実験”は村の外で行われていた可能性が高い。それはある種の死角だった。
農作物が病気で壊滅したと言う話から“実験”は農村内、取り分け農地で行われていたと思っていたが、その考えは捨てるべきかも知れない。
“実験”はあくまでもリッシュランパー地方内で行われていた。盆地と言う結界のように閉ざされたこの土地で。一つの農村規模ではない。一つの地方が実験場だ。
私の中で閃くものがあった。調査の場所を農村の外に____いや、盆地の外縁部に移すのだ。
私は急いで行動を起こした。
「村の外に手掛かりが? どう言う事、ミシェルちゃん?」
「ごめん、時間がないから詳しい話は……兎に角、調査の場所を移す。皆にもそう伝えて」
近くにいたアイリスに伝令を任せる。撤収の時間までほとんど時間が残されていないため、詳しい説明は省いた。
「……見つかるかな、手掛かり」
私は他の騎士達には気が付かれないように農村を抜け出し、リッシュランパー地方を囲う山々の麓まで走った。神経を集中させる。騎士達が活動していたとすれば、何かしらの痕跡が残っている可能性があると思うのだが。
何かないのか? ……何でも良い、手掛かりが欲しい。
「カネサダ、何か分からない?」
『分から____いや、俺を鞘から抜き放て、ミカ』
俄かに口調を変えるカネサダの言葉に私はすぐさま相棒を抜き放った。
『……魔導の力を感じる……いや……これはその残滓……』
カネサダが何かを感じ取った様子。私は思わず息を飲んだ。この周囲に何かしらの手掛かりがある。
『……おい、そっちの土を掘り返せ!』
「え……そっちって、どっち? あ……これって……」
カネサダに急かされ、私は視線を下に落とす。“罠係”として培われた能力故か、私は不自然な箇所____何者かによって掘られ、その後に埋められた地面を見つけた。
「ここだけ土の色が違う。触ってみるとほんの少し柔らかいし」
『誰かがここを掘って____』
「何かを埋めた」
私とカネサダは同時に確信する。この地面の下に“飢饉”の手掛かりがある事に。
納刀し、私は魔導の力で強化された両手で地面を掘る。そして、すぐにそれは現れた。
「……これは」
私の手の中に土に塗れた筒状の物体がある。地面から掘り返したそれは明らかに人工の物で、微かにだが魔導の力が感じられた。
「魔道具だ。今は起動していないみたい」
筒の端から内部の構造が少しだけ見える。私は魔導工学にはあまり明るくないが、それでもその精巧さが理解出来た。精密機械と言っても過言ではない代物だ。
一体これは、どのような魔道具なのだろう?
「……起動してみようかな」
ごくりと唾を飲み込む。私の手元のそれは魔導の力を流すことで起動するタイプの魔道具だった。
「いや、それは危険か」
魔道具を起動させようとして私は思い留まる。これが“飢饉”の計画の核となるものならば、安易に弄るのは宜しくない。何が起こるとも分からないのだ。
『これはあれだな。ミミの奴に見せた方が良い』
カネサダが口を挟む。魔導工学の天才であるミミならば、これがどのような代物か理解出来るだろう。私はその意見に賛成した。
「この魔道具、ここから動かしても大丈夫かな? 持ち帰っても問題ないと思う?」
『それは大丈夫なんじゃねえの。起動してねえんだから、この場所から動かしても何も起こらないだろ』
「うーん」
手元の魔道具。これ程の精密品が回収されずに投棄されているとは考え辛い。何かしらの問題が発生する可能性は否めないが……それでも手掛かりとして持ち帰った方が良さそうだ。
私は懐に魔道具を仕舞いこむ。
『ミカ、他の場所も探してみろ。俺の予想だが、埋まっている魔道具は一つじゃない筈だ』
「うん、私もそう思ってた所。多分、同じ魔道具がリッシュランパー地方を囲うように複数配置されているんじゃないかな」
魔道具は盆地の外周部で発見された。他の外周部でも同様の物が埋められている可能性が高い。
「回収しよう」
果たして私の予測は正しかった。盆地の外周部には一定の間隔を空けて筒状の魔道具が埋められており、私は足を踏み入れた場所のその全てを回収する。
「……等間隔に魔道具が配置されていて……まるで、結界でも張っているみたいだ」
私はそんな印象を抱く。恐らく、この先の外周部にも等間隔に魔道具が配置されているのだろう。このリッシュランパー地方を覆う巨大な“飢饉”の結界が張られているのだ。
やがて____
『ミカ、時間が』
「そろそろ戻らないとね」
撤収の時間が迫り私は農村に帰還する。懐に掘り起こした魔道具を隠して。
ラピスの元に行くと、既に仲間達が全員集合していた。私は素知らぬ顔でその中に混ざり、ラピスに目配せをする。
「……ラピス隊長」
他の騎士達もいる。聞こえるか聞こえないかの声で私はラピスに伝えた。
「掴みました」
手掛かりをつかんだ、と。
ラピスは目を丸くして、すぐに平素の表情に戻る。
「……」
そして、無言で頷いた。